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真実の愛症候群~とある魔術師のぼやき~

作者: 糸会りん

「班長!ブラックです。酷過ぎます」

「なんだ?君のはちゃんとカフェ・オレだろう?」

「ちっっっがいますよ!!誰がコーヒーの話してますか!

わたしの休みは?売るほど余ってる有給は?この前休日出勤した分の代休くれるって言ったじゃないですか~!有給も取っていいって言ったじゃないですか~!ウソつき~!ブラックだぁぁぁ~!!」


わたし、リリース・ルクレミは王宮の魔術局に勤める魔術師だ。子爵家の次女として生まれたが、なんといっても所詮子爵家。しかも次女ともなれば、自分の食いぶちは自分で稼ぐしかない。

幸い、この国では高位貴族の子息令嬢でもない限り、就職して労働することは当たり前だ。下位貴族であれば、嫡出であってもどこかに所属して働いていて不思議はない。領地経営の収入での生活なんて、わたしからすれば雲の上の話。平民、貴族に関係なく、優秀であれば王宮での職にだって就くことができる。

現に、魔術局の局長は侯爵家の三男だが、わたしの直属の上司である班長は平民だ。


学園を卒業する時、王宮の魔術局はちゃんと労働環境が整っていると聞いたのに…。

週休二日、当直があるが手当てはきちんと出るし、有給も取れる。区切りのいい年齢でリフレッシュ休暇なるものもあるし、産休育休、子育て期間の短縮時間勤務も認められている。

(まいない)を受け取ったり、利益供与を受ければ処罰されるが、真面目に働く人間にとっては、福利厚生の整ったホワイト職場だと聞いたのに…。

だから、民間ではなく王宮勤めを選んだのに…。

とんだブラックだった。


シフト制の職場なのに、休日に出勤要請をされた。後日代休をくれるという話だったのに、何やら申請されて特別勤務とされた…わたしの代休は微々たる手当てに変えられたらしい…。

あの症候群(やまい)が流行りだしてから、わたしの当直がなくなった。当直魔術師の役割は切れずに魔術展開がされているか監視するだけ。わたしは魔術をかけないといけないから、当面の間日勤だけにシフトが変更された。休日も削られて出勤日は増えたのに、当直手当てがなくなったから給料は減った…。


本当になんたるブラック。


就職した頃は、ここまで忙しくなかった。

忙しくなり始めたのは、()()症候群(やまい)が我が国でも流行りだしたからだ。


ことの始まりは近隣国だった。ある国の王太子が公の場で婚約者の侯爵令嬢に冤罪を着せて断罪し、婚約破棄をした。そして、新たに婚約したのが男爵令嬢。その婚約破棄の場での王太子の決め台詞が「真実の愛を見つけた」だったらしい…。

それから、その国の高位貴族の令息たちの間に婚約破棄の流行(なみ)が巻き起こった…。彼らは決まって「真実の愛を見つけた」と、ふざけた台詞で婚約者の令嬢たちに婚約破棄をつきつけたらしい。

そして、その国には妙齢の高位貴族令嬢がいなくなったらしい…令嬢たちは皆、国内の令息たちを見限って、他国に嫁いでいったそうだ。

下位貴族の令嬢と新たに婚約した彼らは、軒並み廃嫡されたらしい。まず家同士の契約である婚約を破棄して潰し、新たに婚約した令嬢たちは高位貴族としてのマナーも教養も足りない。真実の愛は幻だったと気づいた時には手遅れだった。

王太子ももちろん廃太子となり、弟が王位を継いだという…。廃太子は臣籍降下し、伯爵だか子爵だかになったらしい…。


症候群(やまい)は国を越え、世界中に広がった。その件以来、いつもどこかの国で同じようなことが起きている。婚約破棄からの身分が釣り合わない相手との新たな婚約…。一見シンデレラストーリーにも思えるそれは、ほとんどが悲劇の結末に繋がっていた。


その症候群(やまい)の名は、誰が名付けたか「真実の愛症候群(シンドローム)」。別名、「運命の恋人症候群」とも言われている。


「真実の愛症候群(シンドローム)」が各国で流行するうち、対処法も発見された。今現在最も有効とされる対処法は、催眠魔術と幻影魔術を重ね掛けし、夢を見せる。夢の中で真実の愛の先にある現実をリアルに体験してもらう。本人や関係者たちの情報を集め、言いそうなことややりそうなことを予測して組み立て、リアルな夢を見せる。より現実っぽい幻影術式を組み立てるのが、わたしたち魔術師の腕の見せ所だ。婚約破棄をして進んだ先を疑似体験させるが、それは夢。その夢がリアルな程、目覚めた彼らは一様に時間が巻き戻った感覚に陥るという。彼らがターニングポイントまで戻れたことを幸いとし、やり直せるのだと悔い改めれば、処置成功だ。


発症する前…相手の令嬢に婚約破棄をつきつける前に対処できれば尚良しである。いくら症候群(やまい)にかかっていたからといって、婚約者からしてもいないことで断罪されたり、婚約破棄を言い渡されたりして令嬢たちが傷つかない訳ではない。

これから共に生きていくパートナーとして、彼らの行いを令嬢たちが許容できるかはまた別の問題だった。

だから、処置が成功しても婚約解消に至る場合が少なからずあることも事実だ。


今では発症者が多すぎて、王宮の一室を処置室として使うよう王命が下されているが、症候群(やまい)が流行りだした頃は、各貴族家へ派遣されて泊りがけで対処にあたっていた。この症候群(やまい)の処置は数日がかりで行われる。数日間魔術を掛け続け、夢を見せる。

高位貴族ほど、わたしたち魔術師を手厚くもてなしてくれた。(まいない)になるからと遠慮しても、()()()()だと豪華な食事にお風呂の後の侍女さんからのマッサージまでしてくれた。貴族としての格が下がるほど、食事が出るだけありがたいと思えという内容の()()()()だった。


高位貴族ほど、爵位を失うという内容の夢では効果が薄く、領民の生活が困窮するなどの正義感や良心に訴える内容の夢が効果的であった。貴族の格が下がるほど、爵位を失ったあとの貧しい生活の夢を見せればイチコロだった。

さすが、ノブレス・オブリージュ。高位貴族の子息になるほど、しっかり叩き込まれていた。


催眠魔術と幻影魔術の重ね掛けが得意な王宮魔術師は数人いた。以前は、わたしだけでなく先輩の魔術師も処置にあたっていたのだが、どうやら、男性魔術師ではどうしても見せる夢に手心が加わってしまうらしい。わたしが処置にあたった令息は再発しなかったが、先輩の男性魔術師が処置した令息は数名が再発した。

これも、わたしの仕事が増えた一因である。

先輩にどんな夢を見せているのか聞かれたから、内容を教えたら「えげつない」だの「こわっ」と目を反らされたりした。解せない…。

悲惨な未来を夢見させなければ、症候群(やまい)から立ち直れないじゃないか。聞かれたから教えてあげたのに。

先輩たちの見せていた夢の内容を聞いてみたら、甘ちゃんだった。男性の方がロマンチストだと聞いたことがあるが、本当だった。


貧しいながらも笑顔の絶えない暮らし?公爵位を継げなくても、子爵位をもらって暮らし、可愛い子供も生まれた?平民落ちして二人で世界中を旅した?

バカじゃないのか。どこが悲惨な未来だ。幸せそうな未来じゃないか。ホントに甘々だ。


わたしが見せた夢は…例えば、廃嫡され平民に落ちた令息とその妻になった下位貴族の令嬢。令嬢は高位貴族の奥様になれると思っていたのに宛が外れ、不満が溜まる。彼女は食堂で働き家計を支えるが、元令息は帰りの遅い妻の浮気を疑う。彼は力仕事をするが、年下の先輩に使えないと叱られてばかり。働くことも家事も出来ない元令息にさらに不満が溜まっていく妻。二人は常に喧嘩をし、家庭は冷えきりお互いを責める日々…幸せなど欠片も感じられない毎日。

大筋ではそんな内容なのだが、別にえげつなくはないと思う。リアルに「真実の愛症候群(シンドローム)」の行き着く先など、こんなところではないだろうか。


休暇の取れない日々は、いつまで続くのか。本当に疲れたので、休ませてほしい。

遊びに行きたい…。朝寝坊したい…。ゆっくり買い物に行きたいし、旅行にも行きたい…。家の掃除と片付けもずっとしていない…。


ある日、くれるわけないなと思いながら、ダメもとで班長に休暇用紙が欲しいと両手を差し出したら、飴ちゃんを乗せられた。

それから、班長の前に手を出すと飴ちゃんがもらえるようになった。

くっっそ!飴ちゃんくらいじゃ、誤魔化されないからな!!

お付き合いいただきまして、ありがとうございました。


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