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7 革命(シヴァ)

「伯爵、こちらにいらっしゃいましたか!」


駆け寄ってきた青年に、窓から城下町を眺めていたシヴァはゆっくりと振り返った。


「準備は整ったか?」


「はい!みな、気力十分です。いつでも行けますよ!」


青年の言葉通り、以前の青白く痩せ細った姿の面影はない。他の者たちもだ。ふっくらと肉がついて、明るい笑顔が自然と生まれている。食べ物があって、清潔な環境が整い、心に余裕が生まれた人々は思いやりの心を取り戻した。


食料や医療などの物資がほとんどなく、貧しく苦しい日々は過ぎ去った過去だ。無意味な戦争によって夫を亡くすことも、子供が飢え死にすることもなく、少しの怪我でも感染症を引き起こして死亡する事例もない。


陰鬱で闇の中にあった世界に光を与えて下さったのは、新しい使徒であり特別な神の力をお借りすることのできる偉大な方だった。使徒は、ビリーバーズ王国に一方的に搾取され虐げられてきたジギル村に救いの手を差し伸べた。


大臣から権力を奪取し、交通路を整備。王国に身分を詐称して潜入していた商人に利権を与え、ギルド員を派遣して下さったおかげで交渉もスムーズに行うことが出来た。更には部族間だけで使用される暗号を使い、部族たちの手で不当に結ばれた契約書を抹消する機会を与えて下さった。


生きる権利を取り戻した人々の顔を見れば、使徒の意図は明らかだった。闇に沈む世界を良しとせず、誰もが平和の中で生きるために戦う。人間の善性を取り戻すための聖戦だ。


王国に潜入していた商人ギンロも、神をも惚れこませる手腕はあの方ならではのもの。賢く聡明な方だと絶賛していた。人を褒めることが滅多にないギンロにしては珍しく、それだけ素晴らしいお方なのだろう。


シヴァは神の信望者ではない。神とは絶大なる力を持つが、下界には興味がないからだ。使徒の心こそが、神の御心となる。神の力を救いに使うか、破滅に使うか。はたまた自己中心的に欲望に走るか。


力を得た使徒たちは堕落しやすい。最初こそは世界のために、と使命感に燃えていても実際に世界を変えようと行動できた使徒はいなかった。人間が決めた権力に屈し、精神をすり減らして自分のことしか考えられなくなる。


堕落した人間に神も愛想を尽かしつつあったのだろう。昔は使徒が多くいたというが、今では百年に数人出るか出ないかの頻度である。


だからこそ、歴代でも類まれな上級の神を降臨させた使徒は特別としか言いようがない。たった一年という間にこの王国の闇を晴らそうと尽力した、美しく高潔な精神と行動力。そのお姿も声も聞いたことがないのに、ただその軌跡だけで人を惹きつける真のカリスマ。誰もが力になりたいと望み、喜んで仕える。


シヴァが知るのは、その崇高なるお志のみである。貴族としての名誉も人間の尊厳も失われたはずだったシヴァが信じてどこまでもお供しようと誓ったのは、稀有な心を持つ使徒その人だ。


「全ては導き手の伯爵さまと、救世主の使徒さまのおかげです。必ずや成し遂げましょう!」


手段も場も、全て整えて頂いた。落胆されたくない、失望されたくないという恐れが己の中にはある。自分などが、あの方の手段となる資格があるのかと問いかける声がずっと頭の中で囁きかけてくる。だが希望を与えられ、生きる意味を教えてくれたあの方のために身命を賭すことこそが己の全てなのだ。


「ああ。全ては神の使徒、ミコト様の御心のままに」



xxxx




数十台にも上る馬車が、王都入りした。

美しい飾りがつけられた馬車の周囲では奏者の男女が音楽を奏で、踊り子の女性たちが市民たちへとお菓子を配る。まるで花嫁が貢ぎ物を持って輿入れに来たような華やかさだった。


彼らは新しく立ち上げられた商業団で、王室にも取引きを行う予定であるためにご挨拶に来たらしい。それが許されるのも、元々王都では高品質低価額を掲げる名の知られた商人ギンロがサポートしているからだ。かなり大口のパトロンもついているらしく、新風を吹き込む一団となるだろう。王都の門番から明かされた情報に人々はどんなものを扱うのか、一般市民にも利用できるようなお店はできるのだろうかと楽し気に一団を見守る。


一団が王城の前まで来ると、老齢の商人が人の良さそうな笑顔で門番に通行証と許可証を見せる。女性たちが美しい所作で頭を下げて微笑むと、老若男女問わず城の人間たちは顔を赤らめた。それでも規定だからと兵たちが馬車の中を簡単に確認すると、宝石や絵画など様々な品が積み込まれているだけである。問題なし、と兵士たちは兜を取ってみせた。


長いシルバーブロンドの髪に、つり目が猫のように愛らしい女性が「お疲れ様です」と歓迎してくれる兵士たちにお酒を手渡した。非のある所など少しもない一団を疑う者はいない。


歓迎されながら悠々と王城内へと入った、一団の代表である老齢の商人と踊り子たちは手ぶら。奴隷として引き連れた青年たちは献上品を持って、謁見室へと案内される。


迎えたのは、機嫌の良さそうな皇帝と無表情の皇妃だ。玉座にみっちりと嵌まりこむ皇帝は、女性たちを見てニヤニヤと涎をたらしている。皇帝が無類の女好きであることは周知の事実であり、夫の関心をすでに失った皇妃はそれを汚らわしそうに口元を歪めた。


商人は定番の口上を述べ、踊り子たちが艶やかな技を披露する。奴隷の青年たちは美しい宝石や装飾類を皇妃へと捧げると、満更でもない皇妃は美しい輝きに目を光らせて青年へと甘い声をかける。護衛のために控えている近衛兵も、完全に気を抜いてしまっていた。


行動は虚を突き、迅速に行われる。踊り子の女性たちは皇帝を床へと転がし、隠し持っていた暗器で皇帝を人質に取った。皇妃も一瞬で紐で縛られ、何が起こったのか分からず瞬きを繰り返す。


遅れて反応した近衛兵たちが皇帝と皇妃を救おうと剣を抜いたのを、老齢の商人が素早い動きで腕を折って投げ飛ばした。


密かに行動していた別動隊も寝込んでいた皇太子を捕縛し、商団に扮していた部族の者たちは革命が成功したことを告げる。命を奪わなくとも、烙印を押せばそれだけで王家の力は失われるのだ。呆気にとられる城の者たちの前には、馬車の中に潜んでいた兵士たちが投降するよう呼びかけた。旗は焼かれて、代わりに部族の旗が強い風にたなびく。


呆気ないほどの幕引きが、ビリーバーズ王国の終焉だった。状況を把握できる者がいないままの無血勝利。


王国転覆後に明かされたのは、虐げられてきたジギル村に住む部族が挙兵し勝利したこと。それを率いていたのは、悪魔と通じた大罪により貴族の地位を剥奪され、財産をすべて没収された後に王都への立ち入りを禁じられたシヴァ・ラ・サジタリウス。


贅を尽くし、残虐の限りを尽くし、悪行三昧であった皇族にのみ向けられた天罰であると表明。皇帝夫妻と皇太子は彼らが秘密裏に拷問を楽しみ、葬り去った亡骸たちのいる地下牢に入れられた。城にいた大臣たちも捕縛され、二十四時間監視付きの一般牢に入れられて裁判待ちとなった。


兵士や使用人たちは抵抗しなかった。すでに皇族への敬意は失われ、独裁者による恐怖政治の終わりに喜ぶ者も少なくはなかったからだ。彼らの今後も、情状酌量の余地があるとして悪人でなければ保証される。


「ミコトさま、万歳!」


そう叫ぶ部族たちに、誰が革命を成功させたのかは周知するまでもなかった。


何もしていないのに先導者として主犯格にされた巫女ミコト。まさに旋風のような幕劇に、密かに夜逃げの準備をしていたミコトは開いた口が塞がらなかった。


「神の使徒、救世主ミコト様。あなた様の望む世界を築く第一歩、この勝利を捧げます」


いや、何を言ってるの?なんだか外が騒がしかったけど、勝利って何?私の望む世界とは?ミコトが事業を一任した商人ギンロが、うやうやしく跪いている。ちらりとナルキスを見ると、何故か私の後ろでドヤ顔をしていて。


いや、本当に何事なの?誰も説明してくれないまま、ミコトは唖然と硬直するしかなかった。


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