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5 ギルドマスター

いつものように仕事を終わらせ、次の仕事を貰いに行く。だが手渡されたのは、いつもと比べて五割は少ない量だった。聞いたところによると、昨日から皇族たちが出かけていることが関係しているのだとか。


パーティーに買い物にと散財三昧で、貴族や一般市民と喧嘩するほど血の気が多いのに?皇族に関することは守秘義務があるから、詳しいことを知っている人がいないため謎のままである。まあ、仕事が減れば休み時間が増えるから大歓迎だが。後が怖いだなんて、今考えた所で意味はないのだし、早く終わらせて王家のほにゃらら漫画をゆっくり読もうと決めた私の足取りは軽い。


「あれ?どうしたんだろう」


渡り廊下の途中で、ローブを着た子供がきょろきょろと辺りを見回している姿が見えた。フードから覗くのは灰色の髪をした、十歳くらいの少年である。貴族っぽくないし、使用人でもなさそうだが。


少年は下ではなく、目線の高さで辺りを見回している。どうやら誰かを探しているようだ。ご両親とはぐれた迷子、といったところだろうか。


知り合いなど、ほぼ皆無な私が役に立てるとは思えない。

だが、待ち合わせの場所があるなら、案内くらいはできるはずだ。心細い思いをしているだろうし、声をかけてみようかなと少年の方へ足を向ける。その瞬間、少年がバッと勢いよく私の方を向いた。目が合うと満面の笑みを浮かべながら私の方へと走ってくる。


初めて見る子だったから、たぶん私の後ろに知り合いでもいたんだろうか。だが、後ろを見てみても特にそれらしい人はいない。退屈そうに欠伸を漏らす警備兵がいるだけである。


疑問に思いつつ、前に向き直ると少年はいつの間にか私のすぐ傍まで迫ってきていた。走るのが早いな、と感想を抱いていると少年が私に抱き付いてくる。急にぎゅっと抱きしめられ、私の頭の中は大パニックを起こした。


「ちょ、ど、どうしたの?!」


驚いて大きな声を出す私にも意を返さず、少年は私の胸元で頭を擦りつけてきた。女好き?まあ、これくらいの年の子ならばセクハラと責めるまでもないけど。だが、助けて欲しいと求めてきた少年というには纏う空気が明るすぎる。


とにかく、まずは少年を引きはがそう。できるだけ優しく引きはがそうとしたが、その前にバリっと音がしそうな勢いで少年から引きはがされた。そのまま誰かの腕の中にすっぽりと納められる。


「ナルキスさま?」


ナルキスがムッとした表情で見下ろすと、少年はビクリとした。子供は、まるで蛇に睨まれたハムスターのように震えている。子供を怯えさせるなんて、大人げない。非難する気持ちを抱いていると、ナルキスはまたもや勝手に心を読んだのか、ゴホンと咳払いをしてそっぽを向いてしまった。


ナルキスの視線が外れたことで、少年は少し落ち着きを取り戻したらしい。まだナルキスに怯えた様子は見せるものの、私を見ながらどこかを指さした。私が何のことか分からずいると、少年は身振り手振りで何かを伝えようとする動きをする。どうやら、少年は話すことが出来ないらしい。


「私を何処かに連れていきたいの?」


なんとかジェスチャーを読み取って確認すると、少年はパッと顔を明るくしてブンブンと首を縦に振った。純粋無垢という言葉が似あう少年に、警戒心は湧いてこない。王宮内であるし、滅多なことにはならないだろうと判断する。


「ナルキスさま。この子の行きたい場所へついていってもいいですか?」


ナルキスは不服そうではあったが、反対はしなかった。ナルキスによって未だ拘束されたままであった腕を離してもらい、少年が導くままに後をついていく。そして連れてこられた場所は、要人が使用する客室の一つだった。少年は迷いなく客間を開けて、中へと入っていく。私も特に深くは考えずに足を踏み入れた。


「おかえり。お客様を連れてきたんだね」


少年が駆け寄ってくるのを、中にいた青年が受け止める。高校生くらいの青年は少年によく似ていて、兄弟のように見えた。


「勝手に入ってしまい、申し訳ございません」


慌てて謝罪すると、青年は私に穏やかな表情を向けた。


「気にしないでと言いたいところだけど、この子が迷惑をかけてしまったのだろう。謝罪しなければならないのは俺の方だな」


「そんな。迷惑だなんて思っていません」


「そう言ってくれると助かるよ。優しいね、巫女さん」


まあ、人外の美しさを誇るナルキスがいるのだから巫女だということは丸わかりだろう。優しくはないのだけど、私は苦笑いだけしておいた。


少年は再び私の傍へと来ると、服の裾を掴んで軽く引っ張る。しゃがんで目線を合わせると、ニコニコと嬉しそうな笑顔が向けられた。自分を見て、ということなんだろう。可愛いさのあまり、悶絶しそうになる。


「この子が他人にここまで気を許すなんて。ちょっと驚いたな」


「そうなのですか?とても愛想のいい子に見えますが」


初めて会った私に、懐くぐらいなのだ。とても人見知りのようには見えないけど。


「俺の神様は、まだ生まれたばかりだからね。警戒心が強いんだ」


やっぱり小動物みたい、とクスリと笑みが漏れる。って、俺の神様?


私は何食わぬ顔を繕う裏で、思考が駆け巡らせた。話の内容を直訳すると、少年が神であり青年が巫覡ということになる。どう見ても、人間の仲良し兄弟にしか見えないが。それに神と巫覡だったとしたら、王宮勤めのはずだから客間を使っていることもおかしい。


王宮の客間を使用するのは、貴族か他国の要人だと考えるのが普通だろう。何か理由があるのだろうが、なんにせよ王族の客人に無礼を働くことは不味い。今更ではあるが、とりあえずカーテシーをするべきか。見よう見まねでしかないので不格好だが、しないよりはマシというもの。私がぎこちない動きで挨拶をしようとしたのを感じ取ったのか、先に青年が自己紹介してくれた。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。俺はこの国でギルドマスターをしているんだ。気軽にマスターって呼んでくれ」


ギルドマスターだなんて、ゲームの世界みたいだ。冒険者ギルドや商売ギルド、夢のある職種である。使徒として王宮に勤めていない理由は、そこにあるのだろうか。


「よろしくお願いします、マスターさん。私はミコトといいます」


握手を交わす。マスターの手は、柔和な表情からは想像もつかないほど沢山のタコが出来てごつごつとしていた。若いのに、随分と苦労してきたのだろう。少年が、自分も!というように飛び跳ねた。


「この子の名前はアレク。風属性の神だよ」


アレクとも握手を交わす。そして、この場で自己紹介をしていないのは一人だけ。ナルキスは自分で自己紹介するかな、と思ったが棒立ちで二人を見ているだけで口を開く気配がない。仕方がないので、私が紹介する。


「こちらの方は、ナルキスさまです」


属性については知らないので、言わないでおく。未だに力を行使する姿を見たことはないので、予想すらもつかない。教えてくれたところで減るものでもないのに。ジトっと不満を込めて視線を流すが、ナルキスは素知らぬ顔をしている。マスターは、ナルキスの失礼な態度にも態度を変えずにナルキスへ敬意を込めて頭を下げてくれた。


「今思い出したんだけど、俺はミコトさんに会うために王宮へ来たんだ」


内緒話をするように、マスターは声を潜めていった。


「私に、ですか?」


マスターとは会ったこともないし、王宮では私は何の活躍もしていない駄目巫女とされている。何のために?という疑問が浮かび上がった。


「事前工作として、王族や貴族たちに賭博場を貸し切りにしてあげたんだけどね。まあ、肝心の巫女さんのことを王宮に来た途端忘れてた。思い出せて良かったよ」


マスターは呆気からんとした様子で笑った。どうやら私に会いに来たとは冗談だったらしい。笑いどころは分からなかったが、無難に愛想笑いしておく。


「実は探し物があってね。ギルドメンバーたちが一生懸命探してはくれているが、手掛かりも見つからない状況で少し困っているんだ」


王都で最大規模のギルドということもあって、様々な分野に特化した組合員のいる五月雨。商売も情報も、様々な伝手はあるし得られないものはないと他国にも名声が届くほどらしい。だというのに情けない話だけど、とマスターは困ったように笑む。


「なにを探しているのですか?」


「ある大樹を探しているんだ。少し話が長くなってしまうけど…」


どうやら現在王都では、ある熱病が流行っているらしい。今の所は貧困層の者しか患者は出ていないが、危険視した警備隊が貧しい者たちを片っ端から捕らえていった。そしてスラムに急ごしらえの粗末な収容施設を作り、不衛生な環境で監禁しているのだという。


ギルド五月雨では、人は財産だという考えを掲げている。

どんな人間にも価値はあり、尊厳は守られるべき。だからこそ彼らを救わなければならないし、これ以上の感染拡大も防がなければならない。そのために何人もの名医を集め、病原の特定と対策に必要な素材の議論が交わされたのが一月前のことだという。


「治療薬は作れそうなのですか?」


「うん。ただ、そこが探し物と関係している所になるんだけどね」


必要な素材の一つが入手困難なんだとか。太陽の大樹という木の皮は、万病に効くとされる万能薬の素材。ビリーバーズ帝国は太陽神が眠った場所だとされていて、この帝国内のどこかに自生しているらしい。ただし伝説級の代物すぎて、どこにあるのかが分からないという。


「王宮に手がかりがあるのですか?」


王宮は広いが、防衛面も考えて大きな木などはない。ならば大樹について書かれた本でも探しに来たのだろうか。


「そうとも言えるね。巫女さんが、詳しそうだから」


マスターが意味深に笑った。どういうこと?太陽の大樹だなんて言葉は、初めて聞いたんだけど。


「ジギル村。知ってるよね?」


マスターの断定する言葉に、私は内心で激しく動揺した。ジギル村はビリーバーズ帝国の植民地であるが、何人たりとも村へ行くことは禁じられている。村がある領地でも、出入りが厳しく取り締られているくらいなのだ。


まあ、私は大臣の印章を悪用して一部の人たちだけ許可証を発行しているけど。大臣にバレないように、領主や関門の人たちへ金銭という裏工作も行っている。それを、何故マスターが知っているのだろう。…そういえば、情報収集も得意だと言っていたっけ。


「とりあえず、資料を見てもらえるかな」


マスターは、アレクに指示を出した。するとアレクは何処からかファイリングされた書類を取り出す。テーブルの上に置かれた書類を手に取り、私は目を通した。


太陽の大樹に関する各地の伝承が記されている。よくある、大樹の葉を食べた馬の怪我が治っただとか木の根を食べた人の聖力が増大したとか。だが何処にあるのかについては、全てが曖昧かつバラバラだった。


「………?」


だが、ある伝承に添えられた絵を見て私はデジャヴを感じた。どこで見たんだっけと考える。しばらく考え込んで、ジギル村に関する事業を委任した上級商人ギンロが送ってきた資料だと思い至った。


「ちょっと待っていてくれますか?」


資料は執務室にある。私は一言断わりをいれてから、急いで手紙を取りに行った。目的のものを手に取ると、すぐに客室へと帰ってくる。


「これ、似ていませんか?」


ジギル村から数百メートル外れた場所に、何もない野原がある。その野原に一本の大樹が植わっており、ジギル村の人々に聞くと「神の樹」と言われているという報告があった。ジギル村の人々が大切にしている木なので、交通路を敷くときに避けた方がいいと助言をくれたのだ。


「白色の葉に青みがかった幹。確かに、特徴が一致しているようだ!」


マスターは興奮を抑えきれないように、身を乗り出して目をキラキラと輝かせた。大人っぽいと思っていたが、やはり十代の子供だなと私はクスクスと笑みを漏らした。


「でも、ジギル村の周辺は穢れが強い場所です。大樹も影響を受けている可能性はあります」


「そこも含めて調査するよ。でも、まずは情報提供者のギンロさんともお話がしたいんだけど、話を通しやすくするために巫女さんのお名前を出してもいいかな?」


「どうして私の名前を?」


「ギンロさんは、ギルドに所属していないからね。信頼関係がないから、情報を得ようと思ったらお金だけでは駄目なんだ」


そういうものなのだろうか。まあ、同業に近いから、なんだかんだがあるのだろう。少し話をしただけだが、マスターは悪い人じゃなさそうだし、名前を使われても問題はないだろうと楽観的に考える。


「分かりました。私からも、ギンロさんにお話しておきますね」


「助かるよ!」


マスターは、私の手を取ってブンブンと上下に振る。貧民街のスラムは、かつて私がいた場所だ。一日一日を生きるために泥水をすすり、様々な犯罪だって横行していた危険地帯。普通の人からすれば圧倒的弱者で、時折エサは与えても見捨てられるのが当然の世界だった。


でも、そんなスラムの人にも手を伸ばしてくれる人だっている。それが例え他の人を助けるためだという理由があったとしても、明日も生きていられるという希望を持てることは幸せなことだ。


これで薬が作れると、お礼を口にするマスターは本当に嬉しそうで。私も助けるために頑張ってくれてありがとうと感謝の気持ちを抱いた。


「マスターさんの成功を祈ります」


「うん。必ず治療薬を作って、沢山の人々を救うと約束するよ」


善は急げというように、マスターはすぐに身支度を始めた。だが、一緒に帰らなければならないアレクは私にしがみ付いて離れない。すぐに出られる姿となったマスターは帰ろうと声をかけるが、アレクは私を掴んだまま拒否するように首を振った。


「なに?お姉さんを連れていきたいって?」


マスターが独り言を言い始めた。


「ダメだよ。お姉さんが好きなのはわかるけど、すでに凄い神様が傍にいらっしゃるんだから」


アレクは喋れないので、念話とかそんな感じで話をしてるのかなと察する。だが、傍から見ると子供に一人で喋り続ける変な人にしか見えない。


「そんなにお姉さんと一緒にいたいのか。じゃあ、俺のこと捨てるの?」


アレクは驚愕した顔で首を振った。意外と表情だけで言いたいことが分かる。マスターの説得で、アレクは渋々と諦めたようだ。とぼとぼとマスターの傍へと歩いていく。


「じゃあ、またね。巫女のお姉さん」


アレクもバイバイと手を振って、私も手を振り返した。まさに台風のような二人だった。なんだかすごく疲れた気がする。


こうしてジギル村に深く関わっていくことが国の崩壊につながるなど、ミコトは知る由もなかった。

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