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4 お仕事

私が王宮に来てから一年が過ぎた。


15歳でこの世界に迷い込んだ私も、あっという間に20歳である。女子高生という輝かしい青春は失われたことは、非常に残念だった。恋に勉強に、体育祭に文化祭。私だって今までとは違う、ちょっと大人な日常を夢見ていたのだ。忙しい毎日で手いっぱいなため悲しむ時間もない、という一足飛びで大人になってしまった気分である。


「公務員って話じゃなかったっけ……」


使徒(かんなぎ)の仕事内容は、簡単に言えば派遣社員だった。自身が召喚した神の得意分野に基づいて様々な職種に短期でつき、国の端から端まで必要とあれば駆けつけて問題を解決するお仕事である。そのため王宮に部屋は用意されているが、基本的に無人であることが多いらしい。


たまたま帰還していた先輩が説明をしてくれたが、基本的に貴族から要望書が届くのでそれを叶える仕事だということ。山火事の鎮火、水源の確保、帆船を動かすなどの仕事から、貴族のパーティーで奇跡を披露するという見世物まで。


この世界の神様って、人間にとって都合のいい存在扱いされているがいいのだろうか。まあ、困った時の神頼みという言葉もあるし、地球でも神様が身近な存在であったら同じようになってたかも、だけど。


「なのに、私は何をしてるんだろう」


「巫女、今いいところだから独り言は少なめにしてくれよー」


「あ、申し訳ございません。気をつけます」


私の謝罪を聞いた美しい神様は、生返事をしてゲのつく妖怪漫画の複製に向き直った。ナルキスは私が仕事をする傍で、今日もまた来客用の豪華なソファーに仰向けになって漫画に夢中のようだ。しかも感動してるのか、時折鼻をすする音がする。


神の力で作成された私の伝記を読み終えたナルキスは、異世界の知識が大層お気に召したらしい。特に漫画という形態を好み、まずは私の知識から作成された辞書でお勉強。その後は私が読んだことのある漫画やアニメを本にして、日がな一日ダラダラと読みふける日が続いている。怠惰という言葉が頭に浮かびそうになって、慌てて振り払う。


ふう、とため息をついて、一息入れるために冷めたコーヒーを口に運んだ。最初の頃は部署で待機しているだけという無為な時間を過ごしていた。同期たちはすぐに要請書が届いて、忙しい日々を過ごしているらしく帰ってくることがなくなって。対して私だけ仕事が割り振られず待機を余儀なくされ、神様の娯楽のために本を作るという作業だけの日々。それを責められることはないけれど。だが、時間が経つにつれてラッキーなどという楽観視から不安と焦りに変わっていった。


完全な姿で顕現し、しかもオリジナルの姿を持つ神はかなり上位になるらしい。なのにこの神様が必要なブラック的仕事はないし、美しさで目が眩んだり失神する女性もいない。おかしいな、と感じるが面倒に巻き込まれないことはいいことだ。下手に知ると、良くないことになると私の直感が告げている。


空になったマグカップの底を覗き込み、私はまた溜め息をはいて立ち上がった。おかわりと、ちょっとだけお菓子を貰ってこよう。勝手知ったる王宮の内部構造だ。私の足取りは迷いがない。巫女になってから一月ほど経った頃にニート脱却を目指し、仕事は自分から見つけなければと最初に手を付けたのがメイドの仕事だったので。


引き籠もりの神様を置いて、丁度見つけた第一村人ならぬ第一メイドに仕事が欲しいとお願いしたのだ。最近王宮に来たこと、誰からも指示を貰えず制服もない。頼れる人がいないのだと伝えると、快く余りの制服も仕事も割り振ってもらえた。


本来ならば待機したままでいなければならないだろうが、誰もいないし誰も来ないのだから仕方がない。そう自分に言い訳して、孤児院の時よりも便利な道具を駆使しつつ掃除洗濯家事仕事に励んでいたのだ。


だが、メイド長にバレてしまったのが約半年前。いい加減な仕事はしていない。大きなドジを踏むことなく働けていたのだが、流石に知らない者がいると指摘されて発覚したという経緯だった。まあ、半年もバレなかっただけ良かったというべきか。ザルな警備だなぁと思わないでもないけど。


そしてメイド長に怒られる私を助けてくれたことになるのは、とある大臣だった。彼は自分が管理するから、そこまでにしといてあげてくれと表面上優しい笑顔で手を差し伸べてくれた。待っていた結果は、大臣の仕事の肩代わりである。


大臣には愛人の秘書がいて、彼女とお楽しみ時間を増やすために私を連れて行ったのだ。うん、軽蔑しか湧かない駄目おじさんである。少しは仕事が出来ると分かってからは、他の大臣の雑用も押し付けられた時には目が死んだ。


そしてこの事務仕事が、現在進行形での私の仕事である。主に部下の人たちがまとめた資料を、許可か破棄するだけ。そうして増え続ける書類の山を少しずつ減らしていく。


判子を押すだけなら楽だな、と安易に考えてはならない。これがまさに曲者だった。国の重鎮に回ってくるのは重要案件ばかりであるし、適当にしては国民が被害を被ってしまう。だから、ちゃんと辞書と参考書類を片手に読み込んでいた。大学生みたいだな、と思って一人笑っていたのは、自分でも気持ちが悪かったと思うけど。


だが、笑えたのも最初だけ。首を傾げることから始まり、今では怒りしか湧いてこない。下から上がってきた書類は、誤字脱字に穴抜け間違いだらけのオンパレード。直す作業で仕事が倍増するのだ。中学生までの知識しかない私でも直せるのに、いい年した大人がこんないい加減な仕事をするなんて。絶許である。


確かにこんなものを毎日読まなければならないならば、仕事を放り投げたくなる気持ちが分からなくもない。それを私に押し付けるのは間違っているが。そんなこんなで、神様は娯楽に忙しく私は仕事に忙殺される。まあ、関係としてはある意味正しいのかもしれないけど。


湯気の立つ入れたてほやほやのコーヒーと、来客用の期限間近のお菓子を拝借する。部屋に戻ると、ナルキスは行儀悪く漫画を顔に乗せて寝こけていた。


ニコッと笑顔を作り、そのまま表情筋を固定させる。何も考えてはいけない。私は猫の手も借りたいくらい忙しいが、神様に人間の仕事をさせるわけにはいかない。本人も助けてくれる気は全くないようだし。


見なかったことにして、私は再び執務机と向き直った。すると、いつの間にか机の上には手紙が一通新しく置かれていることに気づく。私が席を外している間に、誰かが持って来てくれたようだ。


表には大臣の役職名が書かれ、裏を確認するとジギル村一同とあった。個人宛てではない手紙は、確認していいと言われている。


「えーと、嘆願書?」


中を確認すると、村が危機的状況にあるため制限を一部解除して欲しいという要望が書かれていた。慌てて参考書類と地図を確認すると、ジギル村とは植民地化された領地の一つであるらしい。


別名、穢れた土地。

大きな特徴は二つあって、その一つは森にいる魔獣を狩って生計を立てていること。その森にしかいない珍しい魔獣から採れる毛皮や爪などは質が良いらしく、様々なものに加工されて貴族たちに大人気なのだとか。


ジギル村の人が三日ほど時間をかけて道なき道を通り、近隣の町まで品物を売りに行く。その町で二束三文で買い叩かれ、それでも得られたお金で日持ちする食料品を買ってジギル村へと帰る。高級品だって言ってるのに、信じられない低価額設定だ。私の額にピキッと青筋が浮く。


もう一つの特徴は、土には毒素があるために農作物が育てられないことだ。その土地で育つ作物は毒を含んで食べられたものではなく、森の木の実なども同様なのだとか。魔獣の中でも毒袋という毒をため込む内臓器官のある魔獣なら食べられるらしいが、ほとんどの魔獣は存在そのものが毒で出来ているために食べることが出来ない。


慢性的な金銭不足と食料不足。なのに、交易ルートさえ整備されていない。国からの予算もほとんど割り振られないのに、高く設定された税が納められない代わりに科されているのは出陣という戦争への強制参加だ。


少し掘り下げて調べてみたが、元々先住民族であった少数部族をビリーバーズ初代国王が追い出したのが始まり。部族は平和的解決を求め、和平協定の場が作られたがそれは詐欺だった。言葉も文字も違うのに、言語学者を翻訳者にするからと半ば強制的につけ。嘘の情報を与えて契約を結ばせたのだ。詐欺は許すまじだが、とにかくその内容が、もう、本当に、殴ってやりたい!


契約内容は要約すると、野蛮な部族を生かす代わりに国に奉仕せよというもの。それを世界規模の教会に受理させ、他国にも広く周知させたために撤回できないようにして抗う術を奪った。契約書がある限り、誰の助けも得られないのだ。そんな極悪非道が、百年続いている。


しかも、ジギル村が穢れた土地となったのは王国が来てからである。元々精霊の住む土地として豊かであったのに、森の泉が穢れてからあっという間に大地が毒と化したというのだ。動植物はすぐに毒に対応できたらしいが、人間は適応できず。更にここ数年で状況はさらに悪化しているというのだから頭が痛い。ファンタジーな世界観であるが、ついていけないと見過ごすには重すぎる切実な問題だ。


なけなしの正義感が、何とかしてあげるべきだと囁く。私もその意見には賛同した。今の私はただの無力な人間ではない。なんたって、今の私は権力者の象徴である大臣の印章があるのだから!


まず何よりも優先すべきは食料の供給だろう。美味しいものは人を幸福にする。お腹がすくとイライラしやすい、心理だね。流石にインスタントとかレトルトはないけど、カレーに似たものとかよく分からないお肉の唐揚げみたいなものはあるらしい。まあ私は食べたことないけど。いつも新鮮生野菜がメインだけど。調味料を使った美味しい料理なんて、私が食べたい。いつか必ず美食巡りしてやる。


うん、見事に脱線したな。今は私のことじゃない。そのための交易ルートの確保が必要だ。道がないなら作ればいいじゃない。あと、様々な物を取り扱う商人の派遣。ゆくゆくは別の場所に移り住むつもりなら援助するための調査団の派遣とかいいかもしれない。


ちょっとゲームの町作りみたいで楽しくなってきた。なんとか物語みたいに少しずつ成長していく、みたいなのが良いんだよね。


商売範囲を広げたいという商人がいたし、彼にお願いしてみようか。護衛と悪路でも耐えれるような馬車、業者の手配もしなければならない。


残念ながらそう言った方面には詳しくないので、商人に全てを一任しよう。国からの信頼も厚い、上級商人だったので問題ないだろう。それで足りないことがあれば、こちらで後から用意すればいい。


資金については使途不明金が大量にあるし、そういう所を絞ればいくらでも作れるはずだ。横領なんてする奴らに容赦など必要なし。これから好き勝手する予定だが、被害を被る悪人に罪悪感など芽生えるはずもなし。


うーん、まさに権力万歳。私に全てを委任したのだから、文句は言えまい。責任は大臣が取る。だが、もし蜥蜴の尻尾切りのように全てを押し付けられるようなことがあれば。


「ナルキス様。狸寝入りには気づいていますので、どうか起きて下さい」


フッと微かな笑いを漏らしたナルキスは、気だるげに起き上がった。神様は眠らない。眠りを必要としない体だからとのこと。色気満載で、ついイラッとしてしまう。こっちは休む暇もまともになく、仕事で忙しいのに。不満を隠すように、ニコニコと笑顔を作る。


「どうした?なにか悪巧みでもしているような顔をしているぞ」


「心外です。悪いことなんてしません。ただ、もし私が危険なことに巻き込まれたら助けて下さるか確認したいだけです」


「もちろん。俺は可愛い君を護るために存在しているといっても過言ではないからな」


「ありがとうございます。そう言って頂けて光栄の極みです」


よし、言質を取ったぞ。嘘っぽい言い方だが、まさか神様が嘘をついて私を見捨てることはないだろう。虎の威を借る狐になれる私は、もしや意外と最強ポジションなのではないだろうか。


「それにしても、君は働き過ぎじゃないか?確か、ワーカーホリックというのだったか」


「中毒ではないです。むしろ休みたいって、ずっと思っていますよ」


「思っているだけなら意味がない。可哀想な君のために、俺が眠らせてやろうか?」


「お気持ちだけ有難くいただきます。どうか絶対にやめてください」


響きが不穏で、うっかり永眠させられそう。この仕事が終われば、書類とのにらめっこも終わる予定なのだ。今までの労働の賃金を奪い取って、夜逃げした先で平穏に暮らす予定も先ほど立てたし。心配してくれるのは嬉しいけど、大丈夫だからと必死で訴える。ぶんぶん首と手を左右に振って大げさにお断りする私に、ナルキスは気分を害した様子もなく楽しそうに笑った。


「分かった、分かった。まあ、君がどんな道を歩もうと我らの偉大なる父は君の味方さ」


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