3 召喚された神様
神を召喚する儀式が終わった後、まず案内されたのは職場となる部署の一室だった。
神に仕えながらも神の力を行使する役職。女性は巫女、男性は巫覡と呼ばれるようになる。ちなみに総称は、使徒と書いて「かんなぎ」と読むらしい。
世界観は西洋風なのに、何故呼び方が日本風なのかは甚だ不思議だが深くは考えない。まあ、たぶん聖女のいる教会と区別するためとかなんだろう。
まずは、召喚した神が何の能力を持っているかの検査が行われた。神は世界を循環させる火・水・風・土・光・闇の属性の力の内、どれか一つを持っているのだとか。そして神にも格差があり、上級の神様には権能という特別な力も持っているという話だ。
神に祈りを捧げる、または言霊を使うことで神が力を貸してくれる。シンクは土属性、ブルーは水属性、ターニャは風属性という結果になった。なら、私の神様はどんな力を私たちに恩恵として与えて下さるのだろう。
ドキドキしながら「どうかお力の一端をお示しください」と祈りを捧げる。が、返って来たのは「今は嫌だ」の一言。え、と私が困惑するのも仕方ないことだろう。同期の神様たちは、快く答えてくれていたのに。巫女に指名されたけど、もしかして私は神様に嫌われている?え、マジで?
しかも監督してくれた先輩は無情にもそれをスルーして、今日はここまでと解散させた。同期たちもさっさと割り当てられた部屋に帰ってしまい、残されたのは私と神様だけ。これは戦力外通告なのだろうか。役に立たないと判断された私は、これからどうなるのか。不安がドッと押し寄せてきて、諦め癖のある私でもこのままではいけないと自分を奮い立たせた。
神に強制なんてできない。異世界人とはいえ所詮はただの無力な人間である。ならば何とか仲良くなって、協力を取り付けなければ。今更だが、有耶無耶にしていた神様の名前からお伺いした方がいいだろう。ゴクリと喉を鳴らし、私は美しすぎる神と向き直った。
「改めまして、ミコトと申します。神様のお名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「俺の名前か?俺の名前は、偉大なる美の化身ナルキスだ」
「偉大なる美の化身ナルキス様。質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ははっ、いいぞ。俺は心が広いからな!気軽に聞いてみるといい」
胸を張って、得意げな様子である。どうやらナルキスは外見の神秘的で大人なイメージとは違い、陽気な少年のような性格らしい。
「どうして、私を巫女にして下さったんですか?」
仲良くなるためには私の何が気に入って指名してくれたのか、まずは知らなければ。面白いとか興味深いとか言われたが、それだけではさっぱり意味が分からない。
「ふむ。君は、神をどう思う?」
質問に質問で返された。人間同士であれば失礼に当たるが、神にそれを咎めるわけにはいかない。
しかし、なかなか難しい質問だ。自分のことをどう思う?と言われたも同然であるが、だからといって媚びへつらうような回答は嘘も同然で無礼千万だろう。
「…神秘的で超常的な力を持っている存在でしょうか。だからこそ人間は畏れ敬い、信仰の対象になる、とか」
私がいた世界にも、神という概念はあったけど実在はしていなかったと思う。それに無神論者ではないが無宗教派だったので、自分の中で明確な答えがないので難しい。うーんと悩む私に、ナルキスは驚いた様に目を丸くした。
「珍しい考えを持っているな。しかも意外と賢いんじゃないか、きみ」
「そうでしょうか?普通のことしか言っていないと思いますが…」
「特にこの国では特異な意見だぞ。あと、君のいた世界に神は存在しないというのも驚きだ」
ナルキスの言葉に、私はハッとして青ざめた。そういえば、この神様は人の心が読めるんだった。
今私、何を考えたんだっけ。慌てて自分の思考を探ろうとして、墓穴を掘ることだと気づき違うことを考えようとして失敗する。無様に慌てふためくさまは、まさに学習能力のない大馬鹿者だった。
「ははっ!本当に君は不思議だな!実に興味深い、面白い!」
「…それは、身に余るというものです。私などつまらぬ矮小で卑小な存在でしかないのですから」
「そう自分を卑下しすぎるのはよくないぞ?私が褒めているのだから、自信を持って喜べばいい」
どうやらこの世界では変わっている考えを持っているから面白い、興味深いということか。私の知識など広く浅くなので、すぐに飽きられてしまいそうだ。
「知識が乏しいのか。ならば少し、この私が教えてやろうか」
「お詳しいのですか?」
神は人間のことなど大して興味がないのだと思っていたが。まあ、本当に興味がなければ力など貸してくれるはずもないか。
「私は好奇心旺盛で、勤勉化だからな。人間の勉強をするため、娯楽本というものを沢山読んだのだ」
実際の人間ではなく、本で得た知識。しかも娯楽本ときて、私の目は一気に胡乱気になった。漫画とか小説、もしくは週刊誌だろうか。どれにせよ、全部を心理として受け取ってはいけないだろうことは分かる。
「人間に会うのなんて、数千年ぶりだからな。当時の人間とは考え方も文化も違うだろうからと予習してたんだが」
さすが神様。生きている年数の桁が凄まじい。だが、予習したという言葉に首を傾げる。人間に会う予定があったのだろうか。私の心を読んだナルキスが頷いて見せる。
「ああ。予定があったが、残念ながら実現はしなかった」
ナルキスの声はとても沈んでいて、深刻そうだった。深く関わるつもりもないのに、いい加減な気持ちで聞ける雰囲気ではない。だが、そのことよりも前に私にとってはまず優先しなければならない案件がある。
「あの。心の声を読まれてしまうと困ってしまうので、ご遠慮願えませんでしょうか」
「言葉だけでは表現しきれないことも多いし、足りないだろう?むやみやたらと覗き見している訳ではないから、早く慣れるといい」
駄目なんですね。そうですか、イエスマンとしては受け入れるしかないと。心の中では無礼なことばかり考えているが、許してもらえているから意外と優しいのかもしれない。そう、これ以上神様ににごねて機嫌を損ねるわけにはいかない。諦めろ、私。
「さて、俺の話は君に必要か?」
「ぜひ、お願いいたします」
脱線した話を戻したナルキスは、素直に頷く私に「そうだろう、聞きたいだろう」と笑顔を浮かべる。うーん。今まで私が持っていた神様のイメージと違って、ちょろかわ…。いけない、無にならなければ。不審な私の思考を気にした様子もなく、ナルキスは話し始めた。
「人間は私たち神のことを、自分たちの尺度で図ろうとする。簡単に言えば、自分にとって都合のいいものと考えようとする傾向があるな。例えば人の姿をする者が多いからと、人と同等に考える者もいる。または物を依代としていることに着目して、物のように考える者もいる。この国では、神を道具として使おうとする者が多いな。全くもって、愚かしい」
最後の言葉は、ぞっとするほど低く恐ろしい呟きだった。頬が引き攣る私に、ナルキスはニコッと笑って見せる。
「だが、君は違うだろう?私を、人とも物だとも思っていない。畏れながらも、適度な距離を置いている。無礼になり過ぎないよう気を使いつつ、私の望む固すぎない形にしようとしている。それが、先ほどの畏れ敬うという言葉に繋がるんだろう」
「そんな、意識したものじゃないんですけど…お気を悪くされた訳ではないのであれば良かったです」
「どうしてそんな考えになったんだ?」
素朴にも思える疑問だが、今までそういう風に教えられてきたとしか言いようがない。知識を与えられて、そこから独自の考えを広げていくものだ。何と答えるか少し悩み、知っていることをそのまま伝えることにした。
「私のいた国では八百万の神という、神様は数えきれないほどおられると考えられていました。その中で付喪神、という概念があります。付喪神とは物に宿る神様のことです」
「へえ。それだけ聞くと、この世界と大きな差はないように感じるが。とはいえ人間性は違うようだ。私もその世界に行けば毎日がもっと楽しいかもしれないな!」
「ですが、神秘はすでに失われています。たぶん、面白くないと思いますよ。昔は妖怪などもいたそうですが」
「ようかい?なんだ、それは」
聞きなれない言葉だったようで、ナルキスは不思議そうに首を傾げた。
「鬼とか河童とか、様々な種族の総称です」
「おおお!何かは知らんが、響きだけでも面白いな!」
まあ、確かに妖怪とかそういった話は人気があった。不思議な話や怖い話、妖怪と人間の感動ものや恋愛もの。そういった妖怪を題材にされた作品を私もいくつも読んだし、興味を持って話を聞いてもらえると私も嬉しい。まあ、詳しくは知らないけど。妖怪博士じゃないし。
ナルキスがぐっと距離を縮めてきて、思わず後ずさる。外見は美しいし、何だか花のような良い匂いがした。
「もっと君の話を知りたい。どんな世界でどんな風に君が育ってきたのか。もっと教えてくれないか?」
ナルキスの言葉に、私はドキッとした。単純な言葉なのに、私のことを知りたいという言葉は胸に響いて染み渡っていく。堪らなくなって、ぎゅっと胸を押さえた。
今まで誰も聞いてくれなかったし、誰にも話せなかった。聞かれたとしても、困ってしまっただろうけど。異世界から来た、だなんて頭がおかしいと思われるに決まっているし。だから孤児院ではスラム出身とだけ思われていたことは知っていたけど、私も否定はしなかった。でも、この神様には私が本当のことを言っていると信じてくれるだろう。
冷めていた心臓がドクドクと脈打ち、熱を取り戻したような気がした。そうだ。この世界に来てから本当はずっと思っていた。助けてくれなくても、誰かに私の話を聞いて欲しかった。誰かに知って欲しかった。そんな自覚していなかった欲求に気がついて、寂しかったのだと分かって。じわりと目が熱くなる。
「…はい。聞いて、欲しいです」
「よし!じゃあ、俺の手を握ってくれ」
なんで?
差し出された手に疑問を感じつつも、深くは考えずにナルキスの手を握る。すると放射線状の光が溢れて、辞書並みの太さのある本が現れた。
なんだろ、これ。表題を見ると、霧岬 命の人生と書かれている。なんなんだろ、これ。
「じゃあ、さっさと部屋に戻るか。何が書いてあるか楽しみだ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!これは、この本は何ですか?!」
慌てる私にナルキスは悪びれた様子もなく、晴れやかな笑顔で答えた。
「君の記憶を写し取った伝記だ!しっかりと纏められたものになっているはずだから、心配する必要はないぞ!」
「記憶を写し取った?伝記?私の?!」
「人間はどうしても主観というか、変なものが混じるからな。これなら正しく君を理解できる。今晩中に読み切るから、気になった所はまた作らせてくれ!」
この神様、情緒もへったくれもない。心配も何も、私の言葉で私の話を聞いてくれるのだと期待した気持ちが一瞬で砕かれてしまった。年号とかで簡略化された説明が書かれているのだろうか。私にとっては味気ないどうでもいいことなのだが、ナルキスとは意見が相反しているらしい。
チベットスナギツネのような虚無顔になった私を置いて、ナルキスは足取り軽く部屋を出ていった。うん、まあ神様だもんね。人間の尺度で物を考えては痛い目を見る。私はこれからに役立つことを一つ学んだのだった。