2 儀式
着の身着のまま、馬車に押し込められて城へと連れてこられた。その広大で立派な建物に感動を覚える暇もなく、地下へと連れていかれる。
神を召喚するための儀式は、儀式に必要なだけの一定の聖力を持つ人間が複数人集まってから行われるのが恒例らしい。まあ、一人見つかるたびに儀式だなんて名前だけでも仰々しいことを行うのは非効率的だろう。だからこそ、私には三年という猶予が与えられたのだ。そのせいで逃げることが出来なくなったので、良し悪しであるけれど。
ちなみに下界の聖力と神域の神力は似通った力であり、聖力によって道筋を作ることで神が降臨するのだという。よく分からなかったが、分かったふりをして頷く。どうせ理解できないものを延々と説明されても困るだけだし。ここまで案内してくれた騎士から「また後で会いましょう」とネバつく声で別れを告げられ、城のメイドに引き継がれる。
案内されたのは一般的な家屋であれば豪華であるが、城という観点からすれば質素な部屋だ。その部屋には、私の他に三人の老若男女がいた。まだ学童ぐらいの身なりのいい女の子、褐色肌のイケメン青年、左手の薬指にハマったシルバーリングを愛しそうに撫でる老夫人。そして異世界人の私という、なんとも統一感のない人間が集められていた。
聖力とは、生まれ持った先天的な力と生命の危機に瀕して目覚める後天的な力の二種類だという。こちらの世界に来てからだろうから、私は後者の部類になる。どちらが優れているという訳ではなく、聖力の力はその人が持つ魂の強さに比例するらしい。
「こちらが儀式を行う場所です。高貴な方々がいらっしゃるので、失礼のないようくれぐれも気を付けて下さい」
二人の騎士が両サイドへ控えた大きな門の前で、メイドが忠告した。高貴な方々ねぇ。国のお偉いさんが集まるということは、それだけこの儀式が重要だということだろう。
この国の名前はビリーバーズ帝国。
またの名を神聖帝国といい、神秘に満ちた土地を有して神の力を行使する強国だった。諸外国では共産主義が主流となっていく中で、ビリーバーズ帝国では今も社会主義を掲げている。つまり王族が絶大な力を持ち、貴族制度が根強い。だが欠点としてGDPが低く、部品も食料品もほとんどを輸入に頼っている。
それでも強国として、各国のなかでも上位に位置するのは軍事力の高さゆえだった。他国を侵略し、植民地として運用することを繰り返す独裁国家。神を軍事利用するなど身の程知らずの罰当たりだと絶句するが、それがこの国での当たり前だった。
使用人たちの会話を盗み聞きして知った事実だが、儀式は成功した人も失敗した人も行方不明となるらしい。国が重要人物として保護しているというが、正直嫌な想像しかできない。成功すればブラック企業に勤めるようなもので、失敗すれば闇に葬り去られるというのが私の予想である。あながち間違っていないんじゃないかとも思ってしまうのは、漫画や小説の読み過ぎだろうか。
そんな恐ろしい国の重鎮たちがいる中での儀式を行わなければならないというのは、プレッシャーが半端なかった。チラッと私と同じ状況に置かれた人々を覗き見る。
女の子は自信満々で、希望に満ちた目が眩しい。青年はずっと無表情のままなので考えが読めないし、老婦人は少し微笑んでいるようだ。怖がっているのは私だけ、か。こう、誰とも共有できない気持ちを抱えるのは、少し寂しい気分になる。
大きな扉が開かれ、中の様子が見えるようになった。まず目を引いたのは、部屋の中央にある大きな魔方陣だ。その魔方陣の中央付近には大小さまざま色とりどりの宝石が並べられている。
部屋の壁には神官たちが並び、祭壇には大神官と思われる人物が立っている。周囲の座席には高位貴族たちが品定めするような目を私たちに向け、そして王族では退屈そうな様子を隠さない王太子が参列しているようだった。
神官の人に魔法陣の傍まで案内され、一人ずつ中へと入って宝石を一つ選ぶように指示される。魔方陣といえば魔術のイメージだ。この世界では、魔法によって召喚する訳ではないらしい。そして召喚に必要な宝石は、神物とか依代になる物なのだろうか。
到着順に行っていくのか、まず最初に呼ばれたのは女の子だった。シンク・フォン・ハウスブルグ男爵令嬢。古くから帝国に仕えてきた名家のご令嬢だったらしい。シンクは幼いながらも厳しくしつけられたのだろうか、姿勢正しく堂々とした足取りで魔方陣の中へと入っていった。
最初から決めていたのか、迷いない足取りでエメラルドのような美しい宝石を手に取る。祈るように胸の前で握りしめると、宝石が光り出して一匹の大きな犬が現れた。その額には、シンクが持っていたはずの宝石がハマっている。「また会えて嬉しい」とシンクはぎゅっと犬の首にしがみつく。そして優しく撫でると、共に魔方陣から出た。
次に呼ばれたのは、イケメン青年だった。ブルーと呼ばれた異国の青年も、真っ直ぐに青い宝石を手にした。光の後に現れたのは、ウンディーネという美しい女神で。ブルーは膝をついて、差し出された女神の手に額をあてた。美しい女神とイケメン青年の姿は一枚の絵画のようで、ドキドキとしてしまった。
そして、老夫人。彼女はターニャというらしい。彼女もまたアメジストのような宝石を手に取った。とても大切なもののように、柔らかくそれでいてしっかりと握りしめる。現れたのは、ひげが素敵な紳士だった。ロマンスグレーっぷりが、とてもカッコイイ。ターニャは静かに涙を流し、その涙を紳士が拭って優しく抱きしめていた。暖かく優しい光景に、私まで涙ぐんでしまった。というか、邪魔したくなくて鼻をすするのを鼻をつまむことでずっと我慢していた。
そして、最後は私。苗字は隠しているので、ただのミコトである。お腹の中で一度死んだのに、奇跡的に息を吹き返したことから命という漢字があてがわれた。両親から贈られた、大切な名前。
さて、ここで問題である。魔方陣に入って、宝石を手に取り祈ることで神が降臨される。そして神の姿は、召喚者の大切な存在の姿を形どっていた。
シンクは今は亡き大切な愛犬の姿、ブルーは砂漠の民で水の女神、ターニャは亡くした夫の姿。どの神も半透明ではあったが、しっかりとした形を持っていた。
ならば、私の大切な人とは誰になるのだろうか。今は帰れない場所にいる家族や友人。この世界で出会った孤児院の人たち。
だが、私は大切な存在の姿をした神を愛せるのだろうか。たとえ同じ姿をしていようとも、新しく出会ったその人が大切になれるかは過ごした時間によるものだと思う。誰かの代わりなんていない、という考えだ。
そんな私が呼び出してしまう神はどんな姿をしているのだろう。嫌な想像だが、もし神が現れなかったら?どんな視線を向けられるかも、今後の私が生きていられる保証もない。
溢れそうになる唾液をゴクリと飲み干し、私は恐る恐る一歩踏み出す。魔方陣の前で一礼してから、中へと入る。宝石は残りピンク、黄色、白、黒、虹色のものだ。同じ色のものはなく、五種類の中から選ぶしかない。それにしても、みんなよくすぐに選べたな。どれがいいかなんて分からないし、こうして目の前にしても一目ぼれするような物もない。
早くしろよという無言の圧がかかる中、私は焦った。どれにする?私の運命がかかっているが、もう色で決める方がいいだろうか。駆け巡る意味のあるようでない思考の中、私は「これだっ」と黄色の宝石を選んだ。陽の光のような、元気色とでもいうような。
心の中で「失礼します!」と声をかけて、黄色の宝石を手に取った。生きたいとか帰りたいとか雑念に溢れながら、ぎゅっと祈るように握りしめる。宝石は、光を放ち……
眩しい、というか痛い?!光というそんな生易しい表現では済まない、太陽光を直接見てしまったような激しい光が一瞬で溢れた。
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眩しくて、ぎゅっと閉じた目をそうっと開いてみる。見てはいけないものが見えて、すぐにまた目を閉じた。
激しい光の後に出現した、あれは一体なんだろうか。私の前には、神がいるはずではなかったのだろうか。刺激的すぎたのか、瞼の裏に焼き付いた幻影が消えてくれない。それでもと現実を認めたくがないゆえの防衛策として見ないことを選択していたが、原因たる存在が何やら凄みのような圧をかけてくるのを感じる。見ろということ?嫌だ、目が潰れそう。
宝石はもう手の中にはない。それでも祈りのポーズ崩さぬまま、仕方なしに顔を壁の方へ背けて目を開いた。壁面にいる神官たちの頭の上、すなわち斜め上の方だ。装飾が美しい城の壁が見える。
「おかしいな、君の目の色はそんな色だったか?」
うえぇぇぇ。
イケボ声優張りの麗しい声が耳に入ってきて、ぞわっと背筋に悪寒が走る。そのせいで、聞かれた言葉を認識することは出来なかった。
とりあえず、このままずっと私の前に要る人物を無視し続けることは出来ないだろう。凄く嫌だけど。少し心構えをしようと、先ほど見た姿を思い起こしてみる。
右肩から流された、シルクのように揺れる銀髪。化粧など一つもしていないはずなのに、目鼻立ちは凡庸な私では到底表現しきれないほど整っていた。持ち上げるだけでも苦労しそうな鋼の剣を軽々と持ち、白と黒のコントラストで彩られた古代の衣装に身を包んだ体は細いという印象が強い。だが見た目に反して筋肉がバランスよくついているのか、スタイルが良い。
まさに神々しい美しさ。三次元ではなく、二次元の領域である。まあ、現実にいるから二・五次元だろうか。ミュージカルじゃないけど。一瞬の割に、結構見てるなと自分に引いた。
「まあいいか。それにしても君は実に不思議な存在だなあ」
異世界人だから?もはや気分は創作物の主人公で、テンションはマイナス方面へ天元突破している。
この世界に来たこともそうだが、奇想天外摩訶不思議体験に巻き込まれることが増えたなと感じる。いたって普通の女子高生になったばかりの女の子だったんだけど。
まあ、それでも救いがなかったわけではない。知らない言語なのに、何故か意味が分かるチート能力があること。私を拒絶する言葉や汚い言葉も分かってしまって鬱になったけど。あと何もわからず死にかけていた私を、孤児院の院長先生が私を拾ってくれたこと。孤児院で三年働いた結果として売られたけど。まったく人身売買が公然と行われるとか、世も末な世界である。まあ、馬鹿と天才は紙一重というように、良いことと悪いことは表裏一体なのだろう。
答えのない問題なんて、適当に考えて捨ててしまうのが一番。人生の秘訣は、大事なこと以外を適当にして気を抜くことだとお父さんが言っていた。だから仕事では有能サラリーマンだけど、家ではダラダラモードなのだと私と弟に話してお母さんに怒られていたのが懐かしい。
「外見は普通なんだがなぁ」
反射的に笑顔になった私の額に、ピキッと青筋が浮く。確かに私が平凡な容姿なのは自覚している。二重だけど切れ長の目、というコンプレックスもある。モテたことだってないし、むしろ男の子からは可愛くないと悪口を言われていた。
でもね、自覚してても言われると腹が立つんですよ、クソイケメンめ。今の私は金髪に碧の目をした、この世界では比較的一般的な色をしている。元々は日本人らしく、黒髪黒目だったんですけどね。でも顔立ちは変わらなかったので、違和感が物凄くやばい。ちなみに黒髪黒目は聖女だけの色だという。
「それに随分と変わり者どもに好かれているなぁ。加護と呪いだらけだ。まあ、それも面白いか」
加護はいいとして、呪いってなんだ。不穏すぎるんだけど。これでも品行方正、ゴールド免許もので通っていたのだ。生まれてこのかた、人から呪われるようなことをした覚えはない。まあ、恨みとかは知らない間に買うことがあるそうだけど。全くもって理不尽である。不服な私を無視して、相手は自分の思うがままに話し続けてくる。
「君の顔を正面から見たい。こちらを向いてくれないか?」
私の視界に入ろうと体を傾けた男性を避けるため、慌てて逆の方を向く。必死に目を逸らす私の気持ちなど全く意にも介さず、男性は無邪気そうに笑っていた。珍しい石でも見るかのような反応は、まさに格の違いを知らしめてくる。私にとって非情であり無慈悲の権化といえるだろう。美人だからって、無条件に何でも許されると思うなよ。
「なるほど、君にとって俺は随分と好ましい外見をしているのか。それは良かったというべきだな」
うわ、心の声が読まれてる!私はザっと血の気が引いて、寒気すらした。下手なことを考えられない。だが、人間というものは避けようとすればするほど意識してしまうものだ。考えてはいけない事柄が自然と頭に浮かんできてしまう。壁に頭を打ち付けて、異常者だと連行された方がマシかもしれない。
「うん、興味深い。観察対象としては、これ以上のものはないだろう」
観察て。一気に自分が虫になった気がした。せめて哺乳類に例えられるならば気持ちも和らぐだろうが、あの目は好奇心旺盛な男の子がカブトムシを見つけた時のような反応だ。
全力で関わりたくない。ろくなことにならないことは分かりきっている。遠巻きに私たちを眺めている人々は、その視線に好意的なものなど少しもないし。退屈な儀式に欠伸を漏らしていたのに、今では王族や貴族、神官たちはこちらに意識を向けまくりである。同期たちは自分の神様に夢中で、こちらには全くの関心も寄せてこないし。
変な事になってしまった。何となく、このままでは厄介ごとに巻き込まれるぞと私の本能が警鐘を鳴らす。
ああ、神よ!平穏無事に生きたいと願うことが、そんなに難しいのでしょうか。人の玩具にされるなんて、絶対に嫌です。元の世界に戻れぬ私を憐れむならば、どうか普通の一般市民にして下さい!真面目で善良な人間になりますから!
「神に仕えることを許そう。これからは君が俺の巫女だ!」
あ、やっぱり神様なんだ。無事に召喚できたことを喜ぶべきなのだが、危機的状況は変わってない気がする。私を救ってくれる都合のいい神などおらず、一瞬で目が死んだ。