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19 赦しと旅立ち

「ミコト様は、どこか行きたい場所はございますか?」


単刀直入に告げられた言葉に、私は雷でも落ちた気分に陥った。この時がくることは、前々から予想済みではあった。そう、城から出ていけという通告だ。使徒としてもクビだということである。


当然といえば当然のこと。

仕事をせずにダラダラしていたこともだが、何より私のせいで侵入者を招いて城の人間に危害を加えられてしまったのだ。裁判沙汰や問答無用で牢屋へと入れられないのは、最高権力者たる皇帝陛下のお目溢しあってのこと。島流しの刑でも、私に文句を言う権利はない。ぐっと自分の胸元を掴み、シヴァの目と向き合う。


「希望はありません。どこへ行こうとも、ご迷惑はおかけしませんから」


「ミコト様の為さることで負担になるようなことはございませんよ。むしろ、もっと頼って頂きたいと愚かな願いを抱いているくらいです」


私はシヴァの言葉を不思議に思った。相変わらず私に対しての敬語を使うこともそうだが、追い出す人間に対して頼ってくれだなんて言うだろうか。…何かすれ違いを起こしている気がする。


「あの、どうしてそのような質問をされたのでしょう?」


シヴァは僅かに目を見開いて、そして顔をほんのり赤く染めながら頬をかいた。そういえば、シヴァが照れる時の仕草はいつも同じ気がする。どうやら恥ずかしくなると頬をかくのがシヴァの癖らしい。


「失礼いたしました。特に行きたい場所がないようであれば、友好国をご紹介しようと思っていたのです。ミコト様は、別の国へ行きたがっていたように思えましたので」


私の早とちりだった。そして以前から国外逃亡しようとしていたことがバレていたことに気まずくなり、自然と体が小さくなる。


「確かに国を出ようと思っていました。ですが、いいのですか?」


「本心を言えば引き留めたい気持ちがないとは言えません。けれど、自由を奪う気もないのです」


やはり、シヴァは神様だったのではないかと心の中で拝む。ナルキスとは大違いだと迂闊にも思ってしまい、実は私の傍にいたナルキスがむくれて睨んでくる視線を感じた。後で大変そうだと脱力した気分になりつつ、今はナルキスのことは置いておく。許可を得て国を出れるならば、ハッキリさせておかなければならないことがある。


「私は大罪人です。一つの国を滅ぼし、私を狙った犯人が城に侵入して罪なき人たちが亡くなりました。なのに何の罰を受けることなく、のうのうと生きています」


実際は私は革命軍に手を貸したつもりはないし、勝手に聖女とイカれた騎士に狙われただけだ。本当は私は悪くないと言いたい。私のせいじゃないと山の頂上で叫びたい。でも、何も知らなかったからというのは通用しないことも分かっている。


テーマパークで事故が起こった時、百年に一度の水害が起きた時。予見できなかったから責任はない、という報道を見るといつも嫌な気持ちになった。起こってしまったことは戻らない。万全の状態を保つのが義務なら、それに伴う責任は必ず付きまとうべきだ。ようは、私は私に責任を持たなければならない個人社長なのである。まあ、逃げようとしたりカッコいいことを考えてみても足はガクブルなんですけど。


「私は革命を起こした人間ですし、多くの人から恨みを買っています。ミコトさまはそれに巻き込まれただけのこと。罰するなど、する気もありません」


そこで言葉を探すように一度口を閉じたシヴァは、再び続けた。


「ミコト様は特別なお力を持っています。そのことが、これからもミコト様のお心を蝕んでいくかもしれません。それでも諦めず折れることなく救いを求める命を導くことは贖罪にならないでしょうか」


「死んだ人は帰らないのに?」


我ながら意地の悪い言葉だ。慰めてくれようとしているのに、その気持ちを踏みにじっている。どうして私はこうも性格が悪いのだろうか。捻くれ者加減には、自分でも呆れる。


「死者を救うことは出来ません。輪廻に帰り、洗浄された魂は新たな命として帰ってきますから。だからこそ、今を生きている命に目を向けて欲しいのです」


新しく生を受けた同じ魂を救うことは、きっと出来ますから。そう優しい声で言うシヴァは、まるで父親のようだった。どんなことがあっても許してくれて、最後まで味方でいてくれるような気がして。私は情けなくも泣き出してしまった。異世界に来てから、ずっと我慢していた感情が決壊して抑えることができない。


目の奥が熱くて、自然と溢れた涙が次々と勝手に零れていったのだ。卑怯だと思った。私なんかに、こんな優しくしても得なんて一つもないのに。


ガタっと椅子を倒したシヴァが駆け寄る前に、ナルキスが私の頭を胸に抱き込んだ。私は夢中でナルキスの胸にしがみ付き、声を殺して泣き続けた。思い出すたびに悶絶したくなる黒歴史の瞬間だった。


xxxxxx


青い空に惹かれて空を見上げ、太陽光に目を焼かれる。まあ、異世界なので太陽という名ではないだろうけど。


私は帽子に動きやすいドレスという恰好で、小さなバッグを手に持っている。どう見てもお出かけスタイルな姿で私は今日、この国を出る。まだ赤みの残る目から分かる通りに、男性の前で大泣きをした黒歴史からそう時間は経っていない。


あの後、泣き止んだ私にシヴァは休むよう提言してくれたが、私は断った。時間が経てばたつほどシヴァの前に立ちづらくなることが目に見えているからだ。


心配しつつもシヴァは私の意を汲んで、話の続きをしてくれた。友好国は、シヴァとも変わらぬ同盟を築きたいと電報を送ってきていた。その国の名前はエンネス王国。国民に寄り添う賢王と名高い人物が納めている国で、自然豊かな国なのだという。


すでに私が行くかもしれないことは連絡済みで、エンネス王国も友好の印と捉えて歓迎する返信が届いているのだという。ネットも電話もないのに、こんな短時間にどうやったのかと思えば魔法なのだとか。便利な世の中だ。


いつでも行っていいなら、いつ旅だとう。そう考え始めた私だが、シヴァは思い立ったが吉日という行動派だった。元から準備はしてあったのだろうが、あっという間に必需品などが積み込まれた馬車が用意され。エマは心得ていると言わんばかりに身支度を手伝い、そして半日もせずに見送りタイムとなった。展開が暴走特急すぎてついていけない。


「うーん。こんなはずでは無かったのだけど」


まあ、別に嫌という訳でもないが。元の世界に帰るためには、色々と調べないといけないし。時間は沢山あったので、元の世界に戻る方法については調べてはいたのだ。しかし、この国では異世界人に関する記述が全くと言っていいほどなかった。異世界と扱うのは神様のいる次元のことを現わしていて、お国柄しょうがないことのようだ。


前向きに考えよう。お金もあるし、異世界一周でもすれば何かしら見つかるはず。仕事三昧と貯蓄生活のおかげで、実はお金持ちなのだ。シヴァとナルキスへのプレゼントで減りはしたが、まだまだ大丈夫。


大臣の仕事の肩代わりをした期間、巫女としてのお給料を頂いてはいたのだが流石は国家公務員。なかなかに高給取りだった。ニートだった時はもちろん給料など無かったが、それでも贅沢さえしなければ五年は生活できる額なのである。


これからの仕事は適当に探すとして、まずは美味しいものをいっぱい食べよう。王宮の食事は当然ながら美味しかったが、味の濃いジャンクフードだとか下町グルメも大好きだ。グルメレポートとか書くのも楽しそうだし、夢は広がる。


だが、ジッと私を見守るような目に浮かれた気分のままではいられない。目立つのは嫌いだと伝えたことで、現在私は王宮の搬入口にいる。それはいいのだが、見慣れない顔に困惑が隠せない。見送りに来てくれたのは、シヴァとその護衛達だけではなく謎の美女がいたので。


ボンキュボンの抜群スタイルを持った、シルバーブロンドの美女である。ダウンスタイルも素敵で、ドラマやアニメでよくあるスパイや怪盗がする全身黒タイツが物凄く似合いそうだ。え、本当に素敵。魅入られた様に見つめていると、シヴァは女性を紹介してくれた。


「この者はカーミラと申します。私の姉であり、人格的にも危険がないことは保証いたします」


シヴァの姉であるということに私は驚いた。だが、確かによく見てみると顔立ちが少し似ている気がする。


「何故この場にいるか、疑問にお思いでしょう。実は彼女をどうかミコト様の護衛として共に行くことを許していただきたいのです」


「護衛、ですか?」


「はい。こう見えて猛獣の異名を持つ、武術の達人です。一通りのマナーも習得していますので、足手まといにはならないはずです」


私に護衛だなんてと戸惑うと、カーミラは一歩進み出て膝をついた。


「巫女さまにお仕えさせていただく栄光を、どうかお与えください。命に代えても、必ずやお守りすると誓います」


「…どうして、私の護衛を引き受けられたのですか?」


皇帝の姉であれば、国でも有数の権力を持っていることになる。そんな尊き身分の方が護衛だなんて、おかしい。シヴァについては、本当にいい人だと思う。だが、この世界に来てから培われた警戒心が、無条件に人を信じるなと警告した。


ビリーバーズ帝国時代から、使徒は国でも重要人物に分類されるため少なくとも王宮を離れる場合には必ず監視が必要だった。仕事で方々に飛び散る他の使徒たちも、護衛を連れていっていたはずだ。それは国の指導者が変わっても変わることはないだろう。


だが護衛でもわざわざ皇帝の姉が選ばれたということには、何か裏があるのではと疑念を抱いてしまう。失礼な聞き方をしているのにも関わらず、カーミラは友好的に微笑んだ。


「陛下は、基本的に他者を信用しません。詳しい話は直接お聞きになった方が良いと思われますので割愛いたしますが、陛下が信頼する希少な人間の中には姉の私も含まれています。大切な巫女さまを他人に任せたくなかったのです」


姉弟仲がいいのは微笑ましいことだ。私は相槌をうって話を促した。


「そして私は、命よりも大切な誰かが欲しかったのです。無礼を承知で申し上げますと、実は私は巫女さまの護衛候補にすぎませんでした」


話しによると、護衛候補の最有力候補はカーミラではあったが彼女は受けることを渋っていた。カーミラの望みは、命に代えてでも守りたい誰かを得ることだったから。使徒を護衛する栄誉に与れることは光栄ではあったが、護衛の任務に就く以上は余所見など出来ない。今までのように各地を放浪し、その誰かを探すことも見つけても護ることも出来ないからこそ断る気でいたのだという。


「でも、巫女さまを初めて見て直感しました。あなた様こそ、私が全てをかけてお守りするべき主君であると。どうか、貴女様の旅路にお供することをお許しください」


「私にそのように言って頂けるような価値なんて…失望されると思います」


「一時の感情で申し出ていると疑われても仕方御座いません。ですが、どうか証明させてください」


心の中で私は唸りながら頭を抱えた。私の中の天秤はゆらゆらと揺れる。旅慣れた護衛がいるというのは、とても心強い。けれど仕えてもらうだなんて、一般人としては負担に感じる重さだ。でも、美女にここまで言われて断れる人間などいるだろうか。断ったとして、悲しげな顔をされたら罪悪感で私が死ぬ。グラグラした天秤は、結局ナルキスとの慣れぬ二人旅への恐怖心の方が勝った。


「分かりました。どうかよろしくお願いいたします、カーミラ様」


「深く感謝申し上げます。ですが巫女様、私には敬語も敬称も不要です。どうぞお気軽にお話頂けますと幸いです」


確かに、一緒にいることになるなら固い口調は面倒なだけだ。仲良くなれそうと、私は柔らかく笑った。


「では、カーミラさん。どうか私のこともミコトと呼んでもらえると嬉しいです。あと我が儘ですが、カーミラさんらしい口調で話して頂けるとなお嬉しいですが、どうでしょう?」


「ミコトさまがそう仰って下さるならお断りする理由はございません。誠心誠意を尽くしてお仕えさせていただきます、よろしくね」


「ありがとうございます。カーミラさん自身も大切にしてくださいね」


「はぅ…!こんな可愛らしい方にお仕えできるなんて、まさに至上の喜び!ああ、可愛い!好き!」


たゆん、と揺れる温かく柔らかな胸に顔が沈む。控えめなフローラルの香りがとても良い匂いで、私は固まったまま大混乱に陥った。


「カーミラ!ミコト様に馴れ馴れしすぎるぞ、控えろ!」


「愚弟は黙ってなさい!愛らしく可愛らしいミコトさまを前に我慢できるわけないのよ!」


他愛もないスキンシップなんて、どれくらいぶりだろう。しかもこんな美女に抱き付いてもらえるなんて。なんだか気持ちが良くって、控えめに私も腕を回すと喜んだカーミラは私の頭に頬ずりしだした。


「あ、ナルキス様」


のことを忘れていた、と私はふと思い出した。先ほどまでは確かに私の傍にいたはずなのだが、不思議と口を挟んではこなかった。カーミラも一緒でいいか先に聞かなければならなかったのに。トントンと軽く背中を叩き、離して欲しいと合図を出すとカーミラの腕が渋々と離れていった。


ナルキスは変わらず私の傍で、漫画を立ち読みしていた。本に夢中だったから気づかなかったのかと、苦笑いが漏れる。


「ナルキス様。カーミラさんに一緒に来てもらってもいいですか?」


「ん?いいんじゃないか。オレは地上のことには詳しくないし、頼りに出来ると思うぞ」


カーミラは任せて欲しいと胸を叩き、一人旅は長いので何でもできると頼もしいお言葉を言ってくれた。馬車もひけるので、御車がいらないから三人旅ですよと輝かしい笑顔を振りまいてくれる。


「これからよろしくお願いいたします、ナルキス様。矮小な人の身ですが、必ずや巫女様をお守りし続けます」


「あの、カーミラさん。私はナルキスさまに仕えている身なので、ナルキスさまを最優先にして下さいね」


カーミラは私に最敬礼をし、ナルキスには敬礼だけを行ったのを見て私は慌てた。これではナルキスを蔑ろにしていると同義だ。この国では神様を道具扱いにする王家によって、一般人でも同様の恐ろしい考えを持つ人は少なくない。


だが、神様は畏れ敬わなければならない。人の姿をしているが、次元の違う存在なのだ。この世のものが害することは出来ないから神様に護衛などは必要ないが、使徒はあくまで神様に仕える立場の者。神の声を聞き、神に祈りを捧げ、神のお世話をさせて頂いている。


使徒に護衛が必要なのは、神様がこの世に留まることはできないからだ。過去の事例集によると使徒を殺された神様が犯人の一族郎党全てに天罰を下したことがあるというから使徒を狙うのもリスクが高いけれど。


「巫女、この女に関しては気にしなくてもいい。よく分かっているようだからな」


きっとカーミラの心を読んだのだろう。だが、遠くを見るような顔をするときはナルキスは何も教えてくれない。ただ私の頭をぽんぽんと撫でて、誤魔化してくる。


「さあ、ミコトさま。そろそろ出発しましょう!」


カーミラが手を伸ばしたのを邪魔して、シヴァが私の手を引き馬車に乗り込むのに手を貸してくれる。ナルキスは私の対面の座席に横になって、カーミラが馬の手綱を握る。私はシヴァへと今までの深い感謝を伝えた。


「どうぞ、お気をつけて。ミコト様が再びこの国に来られるのを、心待ちにしております」


面倒ごとばかりだったが、いつかこの国での出来事も笑って話せる日が来るだろう。その前に元の世界へ戻る方法を探したり、お世話になった人たちへの恩返しを考えたりしないといけないけど…。まあ、何とかなるでしょう。シヴァやエマ、この場にいない人たちへ向けて、私は笑顔で手を振りながら異世界最初の国を後にした。

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