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15 束の間の休息

今日も今日とて暇日和、のはずだった。

それがどうしてこんなことになっているのだろう、と震える手でカップを握る。いつもは対面に座っているはずのナルキスが、今日だけは私の隣に座っていた。その代わりに正面から私を見つめるのは、皇帝のシヴァだ。優しげに微笑んでいるので、ダークサイドではないのは良かったと心から思う。けれど綺麗な紫の目が、先ほどから私を凝視しているのが怖い。


「その、いい天気ですね」


耐えきれず、近所のおばさんのように当たり障りのない話を振る。頼むから空を見てくれと念じるが、シヴァの首は少しも動かない。


「はい。ミコト様の黄金の髪が光に透けて、とても美しいです。やはり、あなたには陽の光が似合います」


「ありがとうございます…」


見られすぎて穴が開きそうだ。できるだけ気にしないようにと紅茶を飲み過ぎて、すでに胃はタプタプだった。一体このお茶会の意味は、そしてシヴァの目的は何なのだろう。


シヴァの外見はまさに最上級、優しい言葉遣いに気品がある仕草。ただし異常行動が全てを台無しにする。いい人だと思いたいけど、本当によく分からない人だ。


まさか私を懐柔することが目的だとか。

自分で考えておきながら、私は「ある訳ないない」と否定する。皇帝にまで上り詰めた男がそんな稚拙な作戦を立てるとは思えないし、巫女として活動歴ゼロの私を味方につけた所で利点などないからだ。しかし、他の理由など私の頭レベルでは思いつかなかった。


シヴァの存在自体が、もはや謎。思い切って「私をどうするつもり!」と胸ぐらを掴んで問いかけたい。小心者の私に、そんなことが出来るはずもないけれど。


ただ、三人で静かに紅茶を飲むだけの空間。今のこの状況を作り出したのは、シヴァがお茶会の申し出をしてきたことが発端であった。ちょうどギンロが帰った時に、シヴァの侍従だという人が話を持って来たのだ。なんでいきなりお茶会?と不思議に思ったが、普通に考えれば何か話があるということだろう。


断ることも出来ただろうが、王宮に居候させてもらっている立場であるし、聖女の件で迷惑をかけ続けている身としては受け入れざるを得ない。そう覚悟を決めて挑んだのだが、シヴァはなかなか本題を切り出さなかった。


そんなに言い出しずらい話題なのだろうか。いつもは騒がしいナルキスも何故か借りてきた猫のようにお茶を飲むだけだし、何か話をしなければ、息が詰まって窒息してしまいそうだ。共通の話題、と考えて私は安易に地雷を踏みぬいてしまった。


「聖女が、また要求をしてきたそうですね」


「どこでそれを…?」


スウッとシヴァの目が細められる。やばいと思ったが、一度口から出た言葉は帰らない。私は誤魔化すように微笑んでみたが、「ギンロですね」とどこからの情報かはすぐに察しがついたらしい。ごめんなさい、ギンロさん。後で怒られると思う。


「確かに、教会側からくだらない要求が届きました。もちろん応じるつもりはありませんが」


「…何か、私でもお役に立てることはありませんか?」


国家と宗教というのは、切っても切り離せないものだ。宗教戦争や弾圧など歴史の授業でもあったが、国民たちのためにも仲良くするに越したことはないと思う。それに亀裂をいれたのは、私とキィラが相容れぬ存在だったが故に起こってしまったことである。せめて聖女であるキィラと戦うだけの力が私にあればと、叶わぬ望みを抱いてしまう。


かつて大臣に”出来損ないの巫女”と言われた通りに、ナルキスが自由に力を使えない原因は私にあると薄々と気づいていた。所詮、私は少しだけ聖力があるだけの一般人。殺されると分かっていて、飛び出していく勇気もない臆病者なのだ。役に立ちたいなんて、どの口が言うんだと自分でも思う。


ぎゅっと膝の上に置いた拳に力を込める。私は身綺麗になっても、中身はスラムで座り込んでいたあの頃のまま。シヴァは俯く私を優しい眼差しで見つめた。


「では、私の気分転換に付き合ってはいただけないでしょうか?」


優しい声に、私は顔を上げた。


「今日は休みなんです。しかし休みの使い方が分からず、困っていた所でした」


思わぬ提案に、目を丸くする。驚いて言葉の出ない私を見て、シヴァは少し落ち着かない様子だった。気を落ち着けようと紅茶を飲もうとしたのだろうが、中身はすでに空。いつの間に、と言わんばかりの表情に思わず笑みがこぼれる。緊張していたのは、私だけではなかったらしい。ティーポットからおかわりを注ぐと、シヴァは耳を赤くさせながらお礼を言った。


「なら、シヴァさまの一日をお借りしてもいいですか?きっと楽しませて見せます」


皇帝という重圧と責務に肉体的にも精神的にも疲れているだろう。本当なら体を休めたり、趣味のことに没頭したりすればいい。それでも誘ってくれることが、シヴァなりの気遣いであると流石に私でも分かる。また迷惑をかけてしまったと落ち込んでしまいそうになるが、暗くなっても仕方がない。少しでも報いるためには、シヴァにとって今日が楽しい一日になるよう頑張ればいい。


「ありがとうございます。では、早速ですが買い物をしませんか?」


シヴァは輝かしい顔で、言った。買い物といっても、私は外に出られない。本をお勧めし合ったり、チェスなどのゲームをすることを考えていただけに予想外だ。


「ちょうどギンロに用事があるので、他の商人たちも一緒に王宮へ呼びましょう」


なるほど、王宮に来てもらえれば安全に買い物が出来るはずだ。商人を呼びだすだなんて、庶民にはない発想である。久々のショッピングか、と心が疼きだした。シヴァは文句なしの美青年なので、どんな服もアクセサリーも似合うだろう。


シヴァは侍従から用紙を受け取り、伝書鳥の足に手紙を括りつけた。「行け」と腕を振るい、鳥は空高くへ飛んでいった。


「半刻もせず来るでしょう」


「…王宮の門からここまででも、結構な距離がありますが」


「王都一を自称する商人ですから、顧客の要望くらい簡単にこなしてくれますよ」


なるほど、嫌がらせも兼ねている訳か。美しい微笑みを浮かべているが、そこはかとなく腹黒さが見え隠れしていた。


xxxxxx


ギンロは、本当に時間通りに王宮へとやって来た。

門からここまで馬車は乗り入れることはできないので、走って来たらしい。いつもは綺麗に整えられた銀髪が乱れ、肩で息をしている。


「主君、無茶を言わんでください!もう本当に大変だったんですよ!」


シヴァは素知らぬ顔で、ギンロと二人の商人が持ってきた荷物を確認している。無視をされたギンロは、傷ついたといわんばかりに半泣きのまま床に座り込んだ。急な呼び出しの原因は私にある。私は謝罪の意味も込めて、事前に用意していたレモン水を手渡した。塩も少し入れているので、脱水症状の予防にも効くはずだ。ギンロはパッと顔を明るくして「助かります!」とレモン水を一気に飲み干した。


「ミコトさまは本当にお優しい。おかげさまで生き返りました」


ニコニコと笑い、ギンロは空になったコップを私ではなくメイドへ手渡した。そして感謝の気持ちを表すためか、握手を求められる。大したことはしてないのに気恥ずかしい気持ちがするが、私も手を伸ばした。だが、手を握る前に、何故かシヴァがギンロの手を叩き落とした。邪魔をされたギンロは少し赤くなった手をぶらぶらと揺らし、唇を尖らせる。


「主君はボクに冷たすぎます。忠臣には、もう少し優しくしても罰は当たりませんよ」


「お前の口の軽さが治れば、考えてやってもいい」


冷たい言葉に、ギンロはシヴァが何に対して怒っているのかを察したらしい。冷や汗をかきながら「ボクが悪かったです」と謝罪する。わざわざ来てくれたのに、このままでは少し可哀想だ。私は手を叩いて注目を集めてから、商人たちに商品を見せて欲しいとお願いした。


ギンロが連れてきてくれた商人は、男女の二人。どちらも他国出身で、教会の信者ではないらしい。そこでも気遣ってもらい、私は心の中で感謝した。


「色々と御座いますよ。まずは、どのような物からご覧になられますか?」


愛想よく笑う商人の問いかけに、まずは服飾品を見せて欲しいと希望する。商人たちは沢山あるケースの中から一部を私の前に並べ、中を見せてくれた。そして沢山の服を一枚一枚丁寧に説明してくれる。シルクや高品質のウール、美しいレースに魔獣の皮製品。どれもシワになりにくく、肌触りの良いものばかりだ。服なんてデザインにしか興味はなかったが、こうして手に取ってみると違いは明確である。


「男性服のお勧めって、どんなものになりますか?」


皇帝の服なのだから、フリルがいっぱいついているものが一般的だろうかと想像しつつ尋ねてみる。商人は見た目華やかなものではなく、使い勝手のいいシンプルな白いシャツやお洒落なコートなどコーデ例も交えて見せてくれた。どの色も、どのデザインでも美青年であるシヴァならば着こなすだろう。なにせモデルも裸足で逃げ出すほどの高身長、足長のイケメンだ。シヴァの好みはどんなものだろうと、振り返るとシヴァは紫色のドレスとダイヤのネックレスを手に持っていた。


「ミコトさま。こちらを試着してみませんか?」


「えっと。今日はシヴァさまのお買い物にお付き合いしたいので、私は大丈夫ですよ」


「自分を着飾っても楽しくはありません。私の気晴らしに、付き合って下さるのですよね?」


微笑んではいるが、有無を言わさぬ圧力を感じる。結局はシヴァに根負けして、何故か私のファッションショーが始まってしまった。正直、こんな高そうな服を買えば貯金が全部吹っ飛んでいきそうだ。何枚も袖を通してしまって申し訳ないが、買うのは一枚だけにしようと心に決める。


女性の商人に着付けや髪のセットアップまでしてもらう。着せ替え人形にでもなった気分だったが、シヴァが生き生きとしているので良かったというべきか。シヴァは何が楽しいのか次々と服を選んでは私に着せたがった。


「主君~やらしいですねぇ。男が服を送る意味、ミコトさまは気づいてませんよ」


「ふざけたことを言うな。私はただミコトさまに相応しいものを送りたいだけだ」


「そんな建前、誰も信じませんって」


「そんなことより、もっと柔らかい…可愛らしい服はないのか」


「持って来てませんねぇ。でも、ミコトさまには似合いませんよ?」


私が個室で着替えている間、二人はそんな会話をしていた。ちなみにナルキスは、もう一人の商人からロジックパズルや手品の玩具を見せてもらい夢中になっていた。


xxxxxx


「つ、疲れた…」


何度も着ては脱ぎ、着ては脱ぎを繰り返す作業は思ったよりも疲れる作業だった。どれも素敵ではあったが、予算的に結局は気に入った普段着を一着だけ購入した。あとはナルキスが欲しいと強請った玩具類、シヴァへは特殊な加工がされているというブローチを贈った。


「素敵なプレゼントを、ありがとうございます。一生大切にさせて頂きますね」


シヴァは嬉しそうに、何度も胸元に付けたブローチを触っていた。富と名声をもたらすカーバンクルをモチーフにしたブローチはドレス並みの値段だったので、気に入って頂けて本当に良かった。貯蓄が一瞬で吹き飛んだが、私としても満足感が得られたので後悔はない。


「少し休憩しませんか?」


「はい。良い所がありますから、そちらへご案内します」


シヴァが案内してくれたのは植物庭園だった。緑豊かな木々と美しい花々が計算されて配置され、広々とした空間ということもあってピクニック気分になる。庭園の奥側にある大きな木の傍に、シヴァはコートを脱いで地面へと敷いた。


どうぞ、と座るよう催促される。シヴァの行動は、私に対しては何故か紳士的だ。裏の面を垣間見たことがある身としては、怖いようなむずがゆいような気持ちになるが。


私は失礼します、と一言かけてから腰を下ろした。続いてシヴァが私の隣に座ろうとするのを、ナルキスが間に入り込んで座ってしまう。ナルキスは、ジロッとシヴァを睨んだ。


「オレの目が黒いうちは、巫女との交際など認めないからな」


「ナルキスさまの目は、最初から黒くないじゃないですか」


すぐに漫画ネタを出してくるのだから、困ったものだ。しかも頑固おやじのセリフだし。シヴァはネタなど分からないはずだが、どこに反応したのか薄っすらと赤面していた。


「…気持ちいいですね」


自然を感じて、のんびりするだなんて贅沢な時間の使い方だ。陽の光と心地よい風、過ごしやすい快適温度。エアコンなどない世界だから、きっと魔法が使われているんだろう。


そう普通に考えられるくらいには、魔法や騎士や日本にはなかったものに対して違和感を感じなくなってきている。どうやら私も、ずいぶんとこの世界にだいぶ順応してきたらしい。なにせ異世界転移をしてから五年の月日が経っているのだ。帰りたいという気持ちはずっとあるけれど、肉体的にも精神的にも慣れた方がストレスが少ない。ナルキスが行儀悪くごろんと仰向けに転がったタイミングで、私はシヴァへと問いかけた。


「どうして親切にしてくれるんですか?」


何の役割もないのに王宮に住まわせて、教会と敵対する。私はシヴァの家族でも愛人でも何でもないのに、危険を冒してまで保護する必要などない。私がしたことといえば、ジギル村を少しだけ援助したことだけだ。シヴァもジギル村に身を寄せていたというから、それに感謝したと考えるのが普通かもしれない。だが、シヴァの私に対する行動や言動はそれだけでは説明がつかないような気がした。シヴァは少しの間、沈黙した。


「…幼い頃、夢を見たんです」


ポツリと零した言葉は、懐かしむような哀愁が含まれていた。


「どんな夢ですか?」


「私よりも小さな女の子が、遊びに来る夢です」


その夢は、一か月ほど毎晩のように続いたらしい。しかも続きが見られる不思議な夢。


女の子は無邪気で明るく、仲良くなるのに時間はかからなかった。妹が出来たみたいで、シヴァは嬉しかったらしい。鬼ごっこやかくれんぼをして遊び、その日に何があったかを話し合う。


「私が悪魔と契約しかけたことは、ご存知ですか」


私は肯定した。シヴァは過去の自分を悔いるように目を細め、最後の夢を言葉にした。


「次は現実で会えるから、そう彼女は言いました。その言葉が私を思いとどまらせたのです」


顔向けできないようなことはしたくないと、思ったのだという。シヴァは、夢であった女の子が好きだったらしい。遠くを見るような紫の目は、愛情のような暖かな光を灯していた。


「ミコトさまに、その女の子の面影を重ねてしまっていたのでしょう。どちらにも、とても失礼なことをしたと思っています」


「いいえ、気にしないでください」


シヴァが私と誰かを混同したというのは、それだけ恋しかったからだろう。気持ちは分かる気がした。シヴァは私が別人だと分かっても、目に見えて落胆したり失望したりすることはなかった。その優しさだけで十分だ。


「ミコトさまは、私にとって特別な方です。あなたの優しさや勇気を、好ましく思っています。その気持ちは、誰の代わりでもないことを知っておいて下さい」


何だか告白されたみたいで、照れてしまう。目が合って、理由などなく私とシヴァは笑い合った。


思い出してくれたら、嬉しいのですが。そう呟いたシヴァの言葉は、風にかき消されて私の耳には届かなかった。


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