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12 熱病(シヴァ)

執務室にて幾つもの書類の山を淡々とこなしていると、ノックの音が響いた。

先ほど侍従から訪問者がいると聞いていたため、凝った目を解して作業を一時中断する。筆を置いて作業途中の書類を簡単にまとめ、デスクの端へ除けると訪問者が顔をのぞかせた。


「どうもー、お久しぶりです。お仕事、お疲れ様ですー」


軽い口調で入室したのは、商人のギンロだった。異名として白狐と言われるように、癖毛のある白銀の髪に糸目の風貌は狐を連想させる。いつも笑ってはいるが、それが逆に胡散臭いと評されることが多い男である。通常は王都に店を構える大商店の主であるが、情報屋や密偵も行う私の腹心の部下の一人だった。


「で、使徒さまは主君の想像通りのお方でした?」


「…急になんだ」


「いやぁ、驚かせようと思ったのに、逆に驚かされる羽目になるとは思いもよらなかったので」


キャラが完全に違ってましたけど、どうしちゃったんです?

面白そうに聞いてくるギンロに、私は苦虫を噛み潰したように渋い顔をした。シヴァ・サジタリウス。父親を蹴落として爵位を継ぎ、邪魔をする者は徹底的に排除した冷酷無比な男。女性が目の前で泣こうとも顔色一つ変えぬ血も涙もない冷徹な伯爵。かつて、そう呼ばれていたことは知っている。それはあながち間違いでもなかった。


先日のパーティーでのことは、私自身も驚いていることなので下手に否定も出来ない。ミコトさまを前にすると気分が高揚して、考えるより先に口から言葉が飛び出していくのだ。それはミコトさまが”あの時の少女”だと確信があったからだが。そんなことをわざわざギンロに教えてやる必要はない。


「どうもしていない」


不機嫌さを隠さず、言い捨てる。

ギンロは誰に対しても嘘をつかない人物だ。だが、意図的に情報を操作することを好む悪癖があった。大臣を秘密裏に排斥して代わりに仕事を難なくこなし、虐げられてきたジギル村の人々を救済した気高く心優しい人物。報告の内容や使徒について語る話題も、男性をイメージさせる言い方だけしてきたのだ。ギンロのそれは生来の性格なため、正すことはとうの昔に諦めている。だからこそ、使徒が女性であるということも想定の範囲内ではあった。それでも、まさかという思いはあったが。


「女性であることには驚いたが、素晴らしいお方であるという認識は変わらない」


「それは何よりです。良質な刺激は人生のスパイスですからねー」


そう、姿が問題なのではない。昔と変わらない、澄み切った清流のような雰囲気。全てを見通しているかのような目が印象的な、美しい少女。それでいて実は怖がりで、面倒なことが嫌いと言いつつ面倒見がいいという可愛らしい一面があることも知っている。彼女は昔も今も変わらず、俺にとって狂おしいほど愛しい人物に他ならなかった。


「主君は元から他人を信用するタイプじゃないですけど、特に女嫌いじゃありませんでした?」


「男女差別する気質はない。だが、俺を欲望の捌け口にしてくる人間は嫌いだ」


過去、シヴァの周りには碌な女がいなかった。身近な女性はシヴァを自慢のアクセサリーのように他人見せびらかすことを好んでいたし、物扱いしたと思えば女という面を見せてアピールしてくる姿は醜悪としか言いようがなかった。他の女たちも遠巻きに見ているかと思えば人を使って誘拐しようとしたり、薬を使おうとする。既成事実さえ作れば、と意気込む女たちは俺にとって魔物とそう大して変わらぬ生物でしかなかった。


「そうですか。でも、使徒さまには今まで見たこともないくらい甘い態度全開でしたねぇ」


「…からかうな」


ムスッと不機嫌だと態度に表わすと、ギンロは楽し気に笑い出すのだから小憎たらしい。これ以上は相手にするだけ無駄だと、指先で机を叩いて黙らせる。


「それで、状況はどうだ」


「国が変わったことに関して、目に見えて悪印象を抱いている人はいないですねぇ。むしろ王家が仕切っていた時よりも暮らしやすいと好意的に見てる立場の者がほとんどです」


王家の悪行は晒され、それを是正することで国民たちの不安を軽減することには成功したということだ。そもそも何をするにも無駄に税金がかけられ、町の管理を怠ったことで悪人だけが得をする世の中になっていたのだ。他国では当たり前の人権を取り戻しただけで、人々は新たな皇帝を認めた。王族下で騎士や警備隊が国民たちを虐待されてきたことを考えれば、当然のことだともいえる。ギンロが「ちょろいですよねぇ」と笑うのに、黙らせるため額にペンをぶつける。


「主君、すぐに手が出るのは止めましょう!馬鹿になったらどうするんです!」


あまりに騒ぐので、予備のペンを見せてやればギンロは両手で口を覆った。懸念事項であったジギル村の人々も差別なく受け入れられて、今の所はどの施策も上手くいっているようだ。他国からの宣戦布告もなく、国は平穏な時を迎えていた。一つの問題を除いて、だが。


「聖女は相も変わらずか」


「現状は悪化が防げている程度ですねぇ。信者が多い上に厄介ですし、狂信者と化すものが増加傾向なのも気になります」


「とにかく聖女に接触した信者は厳重に監視し、暴徒化すれば即時捕縛に徹するように」


「そんなの時間の無駄ですよ。まったく、始末した方が早いです」


「安易に片付けると後々弊害が生まれるだろう。何より、使徒さまが望まれないことは出来ない」


パーティーの翌日、教会からミコトさまに対する抗議文が届けられたことが始まりだった。


聖女を愚弄し、傷つけた行為に対しては誠に遺憾であるという文面を見た瞬間に俺は手紙を破いた。冷静に対処しなければと、改めて紙を繋げて読み進めると今度は握りつぶしてしまう事態になったが。要約すると聖女に謝罪し、悔い改めさせるために教会が罰を与えるから身柄を引き渡せという到底理解できない内容だ。


「心配せずとも、あの者たちには必ず報いを受けさせる」


教会が強硬な姿勢を崩さぬわけは、神話によるものだ。


──真白の地に降り立った神が世界を作った。

海と大地を作り出し、生命を生み出した原初の神は世界の管理者として五人の分身体を作られた。

五人の分身体は五大神将という特別な位を持ち、それぞれが強大な力を与えられて世界を導いていった。その後、役目を終えたとして姿を御隠しになってから数千年の時が経っている。


育ち始めた世界が生んだ新たな神たちは、強大な力を有する太陽・月・海・大地・生命・時・死の六神。自然発生した、世界そのものを司る神である。ただしこの神々はすでに世界と同化しているとされ、神々が眠りについた場所はそれぞれ特性のある土地となっていた。


六神の役割を引き継いだ従神という下級の神は、世界の正と負のバランスを保つために使徒を選んで世界の監督者または調停者とする。


子供でも知っている話だ。そして教会が崇める神こそ原初の神。この世界全ての父なる存在。聖女は世界の穢れを祓う役目を担っており、原初の神の代行者と呼ばれている。使徒は聖女よりも下の存在、という認識がされているからこその暴挙なのだろう。


「…あのお方がボクたちにだけ力を解かれたのって、警告やと思います?」


「さあな。必要だからか、もしくはお力を行使されるという予告なのかもしれない」


下級神は現界するほどの力をほとんど持っていない。そのために使徒の聖力頼りなのだが、透けていたり小さな体であることが普通だ。だが、ミコトが降臨させたナルキス神は完全体である。


それにも関わらず、誰も騒がなかったのは認識阻害を受けていたとみて間違いないだろう。シヴァもギンロも、最近まではナルキス神のことをまともに見ることも考えることも出来なかった。直接人に干渉する力、神の権能を持つのは下級神ではありえない。


「あのお方が何者なのか、知るのが本気で怖いんですけど」


「覚悟はしておいた方がいいだろうな。私たちに出来るのは、あの方のご面倒にならぬよう使徒さまをお守りすることだけだ」


「やっぱり聖女諸共教会を潰しません?ボクが直接出向いて片づけてきますから」


「使徒さまの行く道に、穢れを残す訳にはいかない。血が流れぬ道を考えろ」


「うーん。世界全土に広がる教会って所が厄介ですよねぇ。圧力で潰したら、教会側と戦争になるだろうし」


教会側はこちらが何もできないと思って調子づいている。その内にとんでもない要求も行なってきそうだ。


「ミコト様はどうされてます?」


「お名前を軽々しく口にするな」


即時に指摘すると、ギンロはニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた。


「ボクはお名前を呼んでいいって許可を頂いているので、何の問題もありません」


「俺とて、お名前でお呼びすることは許されている」


「なら、自分だけが特別になりたいという訳ですねぇ。嫉妬は控えないと嫌われますよぉ」


ビキッと俺の額に青筋が浮いたのを見て、ギンロは表情を引き締めた。これ以上揶揄えば、碌な目に合わないことは学習しているらしい。シヴァは気を落ち着かせるように、深い息を吐き出した。


「……これ以上の面倒をかけたくないと自粛されたままだ」


パーティーの翌日、散歩にと出かけられたミコトさまが襲撃を受けた。聖女のことがあったので出入りの門は閉じられていたのだが、隠し通路を使って町へと下りたらしい。そこで暴徒化した信徒に襲われ、無傷ではあったが恐ろしい目に合い、城まで逃げ延びられたことがあった。


だが流石、ミコトさまというべきか。王家が非常時に使用する通路を正しく開け、迷宮を難なく突破されたというのだから。彼女に少しでも危険が迫らぬように、現在は封鎖済みであるが。


「もう二か月にもなりますし、さぞや退屈されているでしょうね」


「こちらを気遣って、何も仰られはしないが。あの方に窮屈な思いをさせるなど、己の無能さに嫌気がさす」


「まあまあ。気落ちしてると失敗しやすいんですから、頑張って気分を上げていきましょう。なんならミコトさまの暇つぶしのために、一緒にティータイムでもしてきたらどうです?」


ギンロにとっては、何気ない提案だっただろう。


「…ミコト様と…相席か…」


ポポポッと目に見えて顔が熱くなる。ギンロは鳥肌がたたせて腕を擦った。


「退廃的で、冷たい物言いすらも素敵!と、数多の女性たちを虜にした美男子はどこにいったんです…?」


「……うるさい」


遅すぎる初恋による病は、深刻なようだった。


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