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11 聖女キィラ

「あんた、目障りなのよ」


ティーセットが置かれたガゼボに到着した所で、クルッと私の方へ振り返った聖女キィラは不機嫌さを隠さず言った。足を開いて、腰に手を当てた堂々たる立ち姿。顔は斜め上に向けて、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


先ほどまでの聖女然とした姿からかけ離れた姿に、私の憧れが音を立てて崩れ落ちていった。マジかー…と思わず遠い目をしてしまう。これが現実って辛すぎない?シヴァに続いて聖女までもが二重人格かもしれない疑惑に、もうすでにお腹いっぱい食傷気味である。


いい人の仮面(ペルソナ)を被っておきながら、いきなり暴露していくスタイル。この世界の住人の間では、そういうのが流行っているのだろうか。二面性は個人の自由だが、私の前では永遠に隠しておいて欲しかった。


「あんたのせいで私の人生設計が滅茶苦茶よ。ダブルヒロインとか続編のヒロインってとこ?悪役令嬢って線もあるけど、何にせよ絶対に許さないから!」


状況についていけない私は、その勢いにただ圧倒されるばかりだ。苛立ちをそのままぶつけるように、キィラは文句を言い続ける。


「聖女になって、皇太子も誑し込んで勝ち組だったのに!ヒーローが掴まって、国が乗っ取られるとかどんな試練よ!バッドエンドの兆候なんてなかったのに!」


髪を掻き毟りながら地団太を踏むキィラに、私は彼女についてきたのは明らかな選択ミスだったと悟る。


キィラが口にした言葉から、同郷であることは分かったけれど。同じ異世界転移に巻き込まれた被害者なら仲良くしたいところだが、この様子では関係修復は難しそうだ。何故初対面からこんなに嫌われているのだろうと、私は内心で泣き崩れるしかない。


「なに黙り込んでるのよ!なにか言ったらどうなの?私を馬鹿にしてるのね!」


そんなことはないと、私は慌てて首を横に振った。だが、キィラの女優かくやという迫力に圧倒されてしまう。この世界に来てから人に責められることが増えて、心が折れそうだ。


ふと、そこでキィラが言った言葉に違和感を覚える。バッドエンドの兆候、というからには未来が予測できていたということではないだろうか。


「あの、聖女さま。この世界は何か原作があるのですか?」


「こんな世界観なんだから、当たり前でしょ!何か知ってるなら教えなさい!」


それは知らないということでは。思った返しと違い、私は首をひねる。


「つまりゲームとか、そういうものだと思ってるだけということですか?」


キィラは、私の疑問を鼻で笑い飛ばした。


「聖女の私が主人公兼ヒロインの乙女ゲームじゃなかったら、なんなのよ。異世界転生した私が、苦節歪曲の末に幸せになるストーリーよ!」


大変な目に合って、ヒーローと共に立ち向かう。確かに創作物としては定番だ。なら、今は皇太子を支えてあげるのが正しいのでは?と思いはしたが、口にすれば余計に怒らせてしまうだろう。あと、たぶん転生じゃなくて転移だと思う。なんにせよ、確信もないのに乙女ゲームだと思い込めるのも凄いなと変に感心した。


「残念ながら、私ではお役に立てそうもありません。今までのことをゲームだとも思えませんし」


「はあ?美形の神様に選ばれて、美形の皇帝陛下に優しくされて。そんなのあるはずないでしょ、現実を見なさいよ!」


言われて、ハッと気づく。確かに現実ではありえないようなことを体験し続けている。平穏無事に生きて、いつか家族のいる元の世界に帰りたいと願っていた。それこそが物語になっていると、何故気づかなかったのだろう。


身近なものは気づきにくい、第三者からすれば分かりやすいことに自身は鈍くなりやすいことは陥りがちなことだ。そもそも私が冤罪をかけらるという雑で理不尽なことも、適当に考えられたからこそ生み出されたのだとしたら納得がいく。それに気づいた聖女は、まさしく天才なのでは。尊敬の眼差しを向けると、キィラは少し怯んだように顔を引きつらせた。


「確かに、聖女様の言う通りなのかもしれません。これからどうなっていくのか、分からない未来を不安に思う気持ちも分かります」


「そ、そう?分かればいいのよ。それで、アンタもこのゲームの内容は知らないのね?」


「はい。状況に流されるままは怖いですが、対策の取りようもない状態です」


「聖女と巫女のダブルヒロインだとしたら、どちらかを脱落させればいいのよ。アンタが退場すればいいってだけ、簡単でしょ?」


「なるほど。私もこの国から出ていくつもりでしたので、丁度いいですね」


話し合いで解決できてよかったと、ホッと息をつく。最初はどうなることかと思ったが、杞憂にすぎなかったらしい。聖女が味方となってくれるなら堂々と表から出ていくことが出来るだろうし、いい話が出来た。


国が変わった原因とされる居心地の悪い場所からおさらばして、元の世界に戻る術を探そう。この世界がゲームだというなら、きっと解決策が用意されているはずだしとポジティブに考えられるようになってきた。気分が上昇してきた私を、キィラは冷めた目で見る。


「あのね、勘違いしてるんじゃない?」


キィラの言葉に、私はきょとんと間の抜けた顔になった。


「脱落っていうのは国から出ればいいって問題じゃないの。犯罪を犯して処刑とか、邪心の生贄になるとか、あとは暴漢に襲われるような呆気ない結末のことをいうの」


大したことないように、キィラは軽く言った。


「だってアンタが生きてるだけで私の邪魔になりそうなんだもん。別にいいでしょ?死ねば元の世界に戻れるかもしれないし、試してみたらいいじゃない」


「お断りします!」


素早く断ると、キィラはムッとしたように唇を尖らせた。仕草は可愛らしいけど、言ってることはサイコパスじゃん!なんて恐ろしいことを言うのだろう。


「私が幸せになることが重要なんだよ。あんたが嫌がったって知ったことじゃないし」


真っ青になる私に、キィラは何を思ったのかティーカップを手に取ると、そのまま自分の体へと傾けた。すでに冷えているだろうから火傷はしないだろうが、真っ白なローブにシミが広がっていく。キィラは何が楽しいのか、口の端を吊り上げて笑っていた。


紅茶は口に運ぶものなのに、キィラには随分と変わったご趣味があるようだ。最初からこうするつもりで、外でお茶を飲もうと言ってきたのか。なるほど…と納得できるわけがない。


こういう自作自演で被害者を装うのは、いじめ作品の鉄板である。確かこの後の展開は、酷い奴だと責められて、嫌われ者になることが定番だ。解決策はと模索しても、キィラについてきた時点で負け確定、手遅れな気がする。棒立ちになってしまった私の前で、キィラは座り込んで泣き出した。


すると状況を見計らっていたのか、生垣から聖女つきの神官だという男性たちが飛び出してきた。ずっとそこで隠れ潜んでいたのだろうか。男性たちは頭に草をつけたり、服に土がついたりしてキィラよりも酷い有り様になっている。


彼らはキィラに駆け寄り、心配して慰め始めた。ああ~汚れた手で触るから、真っ白なローブに汚れが移ってしまっている。泥汚れは落ちにくいので、洗濯が大変そうだ。キィラも不快に思ったのか、触るなと神官の腕を振り払った。その後、軽く汚れを叩き落としている。なんだかコントでも見ている気分になって、どういう顔をすればいいのか分からない。


「コホン…私が悪いのです。巫女さま、申し訳ございません。どうかお怒りを鎮めて下さい」


あ、続けるんだ。

仲間と一緒に、私を嵌める作戦なんだろう。だからこそ、言い訳も弁明も通用しない。逃げる一択しか見えないが、正解とは思えなかった。ここにきて、事態の深刻さに気付かされる。悪者にされるのは、怖い。


「人間って変なことをするなぁ」


「……ナルキスさま」


後ろから白い腕が伸びてきて、頭にかかる重みに私は不覚にも泣きそうになった。抱きしめられて、私の髪に頬ずりするような甘える仕草に安心を覚える。遅いですと、心の中で文句を言う。しっかりと私の心の声を拾ったナルキスは、苦笑いしながら「悪かったな」と私の頭を撫でた。


「ミコトさま!ご無事ですか!」


シヴァが兵たちを連れて駆けつけ、私を庇うように聖女側と対峙する。どうやら監視をつけていたらしく、聖女の暴走にシヴァを慌てて呼びに行ってくれたようだ。私の無罪を知っている人がいるというのは心強いが、まだ私の中には不安が残っていた。


「巫女さまをご不快にさせてしまった私の落ち度です。シヴァ様にもご迷惑をおかけして、申し訳ない限りですわ」


キィラは全部バレていることを知りつつ、演技を止めない。私は怒ってもいいのだろうけど、憐れみを誘うような弱弱しい姿に嘘だと分かっていても強くは出れなかった。でも、これ明日とかに酷いことになるんだろうなぁ。シヴァは不愉快そうに睨んでいたが、キィラへ言葉を返さず私へと頭を下げた。


「ミコトさま。お疲れでしょう、どうぞ今日はもうお休みください」


うん、本当に疲れた。重力が倍くらいかかっているんじゃないかというくらい体が重く、何も考えたくないと思うほどネガティブ思考寄りだ。寝て覚めたら状況は良くなるより悪くなる方なんだろうけど、何だっていいから今は寝たい。明日のことは、明日考える。


シヴァが目配せすると、控えていた侍女が案内役として先導してくれることになった。侍女についてこの場を後にする前に、キィラへ何か言うべきか。チラッとキィラを盗み見る。


キィラは私と目が合うと、深淵のように吸い込まれそうな目で無表情のまま私を凝視している。瞬き一つしない。…この子、怖すぎぃ。夢を見ないことを祈るしかない。私は結局何も言わずにペコリとお辞儀をするにとどめた。



部屋に戻り、寝間着に着替える。ナルキスはさっさとベッドに潜り込んで、目を閉じていた。

私も早く寝よう、とは思うものの神経が高ぶっていてなかなか眠りにつけない。それを見越していたように、侍女が温かいノンカフェインのはちみつ入りロイヤルミルクティを淹れてくれた。なんでもシヴァからの指示であったらしい。怖い人なのに優しくて、理由が分からないだけに不気味な気もする。けれど、ここは素直に受け取る。おかげさまで夜明け前まで眠れたけれど、あまり寝た気がしなかった。


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