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10 立国パーティー

急ごしらえのパーティー会場とは思えないほど、その空間は綺麗に整えられていた。


元からあったものを活用したのだろうが、白を基調としていて百合の花も飾られている。明るい照明に、楽し気な人々の話し声。香しい料理の匂いに、私の心は高鳴った。


「皇帝陛下シヴァさま、使徒ミコトさまのご入場です!」


中へ入ると紹介がされて、一気に人々の目が向けられた。予想よりもずっと人が多い。覚悟はしていたが、実際注目を浴びる立場となると体が震えてしまいそうになる。ぎゅっとシヴァの腕を掴んでいた手に力がこもるが。


皇帝?この国で一番偉い立場にある、あの皇帝陛下?

ギギギ、と錆びた鉄が軋む音を立てるように私は隣の人物を見上げた。シヴァは私と目が合うと、悪気のない顔で首肯する。


「はい。ご紹介が遅れてしまい、申し訳ございません。ミコトさまの代行者として、この度皇帝に就任いたしました」


照れた様に頬をかく仕草もカッコイイが、この方が新しい皇帝陛下。今回の革命を成し遂げて、私を革命の首謀者にした真の黒幕。ザっと血の気が引く。騙された!少しは近づいたと思った心は、私の思い違いであったらしい。私はニコッと笑って心の防御を固め、さり気なくシヴァから距離を取った。


「あ、ご不快にさせてしまいましたか?身の程もわきまえず、申し訳ございません。ミコトさまが望む人物がいらっしゃるならば、私はすぐにでも身を引きます」


そうじゃない、そうじゃないんだ。どうして私に任命権があるように話すのだろう。会場にいる人たちが、私たちの会話に聞き耳を立てているのが分かる。だって先ほどまであんなに騒がしかったのに、今は音楽しか聞こえてこないし。矢面に立たせて切り捨てるつもりか、もしくは皇帝を影から操る悪役にしようとでも?そうはいかないと、私は一歩下がって腰を曲げて低姿勢になった。


「皇帝陛下とは露知らず、無礼を働いてしまったのは私です。私はただの神の僕、国の大事にかかわる気はありません」


頼むから巻き込まないでくれ。案にそう言ったのだが、一体どう解釈したのか。感心したように、心なしか顔を上気させながら私を見つめる目は輝いているようだ。これが演技なら、まさに天才俳優だろう。


この人、そんなに私を吊るし上げたいのか。皇帝が一般人に下手に出たり、意見を尊重するなんて聞いたこともない。勘弁して欲しい。変なことに巻き込まれるなんて、断固としてお断りである。


会場の中央にはレッドカーペットが敷かれており、シヴァはそこを私と歩こうとしていた。新しく作られたのであろうピカピカの玉座に続く道など、私にとっては断頭台への道と同義である。来て早々のため不自然だろうが、壁の花になるしかない。


「少し疲れてしまったようです。会場の隅で休ませて頂いてもよろしいでしょうか」


「気がつかず、申し訳ございません。ミコトさまがお姿をお見せになったことで、みなも満足したことでしょう」


最低限の使用人だけ残して、あとは全員帰らせますというシヴァに私の顔が盛大に引きつりそうになった。もう、これは陰謀論で確定しているのでは。私一人が退場するという選択肢が用意されないのは、私を黒幕として周知させるためとか。だとしたら、逃げられずともせめて悪役にならないよう上手く立ち回らなければ私が生き残る道はない。


「せっかくのパーティーなのですから、皆様には楽しい思い出だけを残していただきたいです。私は少し休めば大丈夫ですから」


「ミコトさまは、身も心も美しさで溢れていらっしゃるのですね。かしこまりました、不肖ながら私もお供いたします」


「皇帝陛下はこれから沢山の方々とお付き合いしなければならないのですよね。どうぞ私のことはお気になさらず」


お願い、空気を読んで。祈るように見つめるが、シヴァにはナルキスのように人の心を読む能力はない。私の意に反し、シヴァは紳士的で模範的な回答をくれた。


「ミコトさまより大事なことなどございません」


真顔だった。その真っ直ぐな眼差しに、思わずたじろぐ。


「そ、そうですか。その、本当にお付き合いして頂いてよろしいのですか?」


「はい、どうかお傍にいさせてください。あと、どうか先ほどまでのようにシヴァとお気軽にお呼びください」


この人、私を尊重している風を気取りながらも私の望む行動を絶妙に避けてくる。ひくひくと、口元が痙攣して引きつりそうだ。このままでは私の鉄壁の作り笑いが崩壊しそうで、さっさと壁際へと移動するに限る。くるっと回れ右、マーメイドドレスでありながら私は素早い動きで逃げ出した。



xxxxxx



会場の端に移動したものの、人々の視線を防ぐすべはない。


不躾にジロジロと見てくるわけではないが、こちらを気にしてチラチラと視線を向けられているだけでもストレスが溜まる。人に注目されるのは苦手なのだ。対人用として猫を被っているが、本当の私は人見知りである。


なんとかして落ち着くポジションを作りたいと、観葉植物の影やシヴァの影に隠れようとする努力のおかげで何とか耐えられている状態だ。


使用人たちが気を利かせてドリンクや軽食などを運んでくれるので、暇にもならない。美味しい料理やドリンクが楽しめて、僅かながら緊張も和らいでくる。


余裕が出てくると、ひそひそと囁き声が聞こえてきた。気になる話が飛び交っているので、つい興味が引かれてしまう。自然と耳に入ってくるのは、皇帝が笑っている、一言で終わらずに会話をしているといった驚愕の声だ。あの冷血伯爵が、とか影武者なのではと疑う声まで。


改めて考えてみると、陰謀論だというなら真犯人は目立つ立場にならないのではないだろうか。革命が成功したことを伝えに来た商人のギンロ。彼はジギル村に関する興味が強かったし、考えれば考えるほど怪しく思えてくる。サスペンスものでは、そういうどんでん返しは多い。


もしかして、シヴァも自分のように被害者なのではないだろうか。私なんかを気遣ってくれる優しい人だし。いったんそう思い始めると、冷たい態度を取ってしまったことを反省する気持ちが芽生えてくる。敵か敵じゃないかを、もう少し見極めた方がいいのかもしれない。私は態度を少し改めることにした。


「シヴァ様、こちらのお菓子がとても美味しかったです。お一つどうですか?」


苺のタルトが乗った皿を差し出すと、シヴァは迷うことなく受け取った。


「ありがとうございます。ミコトさまがお好きな物ならば、じっくりと味合わせて頂きますね」


私は関係ないのでは。やはりシヴァの話し方は苦手だと、溜め息が出そうになる。まあ、ちょっと変だけど今は同類相哀れむという効果も働いているし、大臣のようにパワハラもセクハラをする訳でもないから逃げ出したくなるほどではないが。私はボーイが勧めてくれた別のお菓子に手を伸ばした。


「あ。このプリン、幸せの味がする…」


舌触りも味も最高に美味しい。思わず感想を漏らすと、微かな笑い声がした。シヴァの顔を見上げると、甘い微笑みが返される。うん、しょっぱいものが食べたくなってきた。シヴァから漂う、あまりの激甘な雰囲気は胃もたれを起こしそうだ。出来るだけ心を無にしようと残り僅かなプリンにスプーンを刺す。そうしている間にパーティーは中盤に差し掛かったのか、流れる音楽が変わった。


「ミコトさま、私と踊ってはいただけませんか?」


使用人たちが素早くテーブルなどを片づけ、ダンスが始まった。シヴァは誘ってくれたが、社交ダンスなど私が出来るはずもない。首を振って断るとガッカリした顔をするも、シヴァはすんなりと引いてくれた。


王宮でのパーティーでダンス。華やかで優雅な光景に、私は綺麗だなと思いながらそれを眺めていた。食事も堪能したし、私たちに向けられる注目も減って来た。そろそろお暇してもいい頃だろう。シヴァに部屋に戻る許可を頂こうとすると、口を開いたところで近づいてくる影があった。


「皇帝陛下、巫女さま。お初にお目にかかります。聖女のキィラ・ロングスと申します」


聖女きたー!私は心の中で、ワッと歓声が上げた。この世界の聖女は、穢れを浄化する能力を持った黒髪黒目をした女性を指す。神の力を借りる使徒とは違い、自身の力で世界を守る救世主的な存在だ。


凄い人に話しかけられたと、内心で舞い上がってしまう。キィラは、真っ白なローブに意匠が凝らされた金色の刺繍が入った格好をしていた。深くフードを被っているため、顔は口元しか見えない。だが素顔を容易く見せないことも、あえてドレスを着てこない所もカッコイイ。私の厨二心をくすぐってくる。


柔らかく澄んだ声に癒されるし、私よりも小さくて可愛らしい。顔が見えなくても、姿や上品な仕草から感じる雰囲気だけで美少女感が凄い。同性だというのに、なんとなく守ってあげなければいけないような気持ちに駆られた。だが、シヴァは私とは対照的な印象を抱いたらしい。


「……聖女さまが、何の用だ」


冷たい声に、私は驚いて隣を見上げた。シヴァは表情をなくし、冷めきった紫色の目で聖女を見下ろしていた。先ほどまでとは全く違う、恐ろしいまでの変貌に困惑して言葉を無くす。


「そう警戒なさらないで。ただのご挨拶ですわ」


「ならば用は済んだだろう」


さっさと帰れと言わんばかりの態度のシヴァに、キィラは気にした様子もなく軽やかに笑った。


「国が変わろうと、教会は変わりません。私は聖女として、巫女さまと少しお話をしたいだけですわ」


「ミコトさまはお忙しい。礼儀を尽くしてから出直すことだ」


「ふふ。まあ冷たいお言葉ですこと。でも私は皇帝陛下とも仲良くしたいのですよ。巫女さまの代わりに、私に付き合って下さいますか?」


「断る」


温度差が、酷い。春の陽気と極寒が吹き荒れる最中に棒立ちで、私は体調を崩しそうだ。シヴァがまるで別人になったような姿も怖く感じて、ガンガンに私の胃を荒らしてくる。このままでは私の胃に穴が開く。嵐の中に突っ込むようなことはしたくないが。本当の本当に嫌だが、私は勇気を振り絞ってシヴァへと話しかけた。


「あの、シヴァさま」


「はい、ミコトさま。気が休まらないですよね。すぐに排除します」


「いえ、そうではなく」


この人、本気で怖いんだけど。私の方を向いたシヴァは、柔らかな表情で優しい声という態度を百八十度変えてきたことに私はドン引きだった。


聖女は気にしていないように振る舞っているが、シヴァは毛嫌いしているのを隠そうともしない。過去に一体何があれば、こんな謎な関係になるのだろうか。あれ、でも初めましてと言っていたような?


疑問には思ったが、今はこの場を切り抜けることの方が先決である。聖女と話す名目があれば自然な形でパーティーを抜け出せるし、二重人格疑惑があるシヴァについては私も冷静に考える時間が必要だ。


「聖女さまとお話したいので、今日はここで失礼させていただきます」


「ならば私も同席します」


「いえ。申し訳ないのですが、女性同士のお話をしたいのです」


明確な線引きに気づいたのか、シヴァはぐっと言葉を詰まらせた。悔しそうな、寂しそうな顔に良心が痛む。


「では巫女さま、庭園へと出ませんか?夜風が気持ちいいですし、疲れを癒すハーブティーの用意もありますから」


「お気遣いありがとうございます。行きましょう」


ジクジクする胸を無視して、私は黙り込んだシヴァの隣をすり抜け聖女と共に会場を後にした。


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