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第二話

 家政婦の浅野渚さんは、若いのに落ち着いた女性だ。大変なことがあった後だというのに、ピシッとした佇まいを崩さない。伸びた背筋に長い黒髪が垂れている。

「すみませんね、来てもらってしまって」

 感染対策のために窓を開ける。三人ともマスクはつけているけれど、念には念を入れるべきだろう。

「いいえ。私も気になっているんです。谷山さんには本当にお世話になっていたので……。まだ、信じられません。解決の手助けになるのでしたら、なんでもお話ししましょう。……と、言っても、別に証拠になりそうなことを知っていたりはしないんですが……」

「いいえ、大丈夫です。ありのままを教えていただければ、そのあとは我々の仕事ですから。なにか、気になったこととか。なにもなければ事件前後の出来事とか、聞かせてください」

 少し考え、ためらってから浅野さんは口を開く。

「……あの家について、とかでも構いませんか?」

「もちろん。雇い主の愚痴とかでもいいですよ。田島、コーヒー三つ入れて来て」

「はーい」

「ありがとうございます。あの家、ちょっと変わった家で……」

 そう言って、浅野さんは話を始めた。


 職場としては、いいところでした。

 給料はいいし、上司は優しいし。

 ただ……。不気味なところがあって……

 ちょっとオカルトじみた……失礼、しきたりを大事にする家で。

 やり過ぎなくらいなんです。そういう、信仰みたいなものが。

 仏壇と神棚はすごく立派だし、その二つは私たち使用人ではなくて、当家の方がご自分で掃除されます。

 庭にはちょっとした祠があって。あと、あっちこっちにパワーストーンだの魔除けの像だのが飾ってあったりして、家の中がちょっとした博物館みたいなんです。

 やっぱりお金持ちって、そういうジンクスみたいなもの、大事にするんですかね。

 あれだけやると、もう神仏を祀ってるってよりはオカルト趣味の収集癖みたいなんですけど。

 谷山さんは若い頃からずっとこの家に勤めていて、昔の様子とかもよく知ってるそうで、時々話して聞かせてくれました。

「戦時中に爆撃を受けた時ね、あの像が飾ってあった離れだけが難を逃れたの」

「大地震の前もそう。玄関に飾ってある大きな琥珀、ちょっと割れてるでしょう? 地震が来る前の日に、誰も触ってないのに急にパキッと欠けてしまって」

「先代の当主様が亡くなった時にね、あの鳥の彫刻が鳴いたのよ」

 ……ともかく、代々この家はそういうルールで回っていたようでした。

 私はそういう体験、一度もないんですけど。

 正直、非科学的だと思いながら勤めてました。

 私としては掃除したりご飯作ったりするだけなので、家の人がなにを祀ってようが儀式してようが別にいいんです。うちの母だってお守りとか数珠とか大事にしますし。

 でもね。

 谷山さんは長らくあの家にいたせいか、完全に飲まれていました。

 いいことがあれば神様のおかげ。

 悪いことがあったら魔除けをしなくちゃ。

 昔話とか時代劇とかでしか聞かないような感覚で生きてたんだと思います。

 だからね、刑事さん。

 私、谷山さんはやってないと思うんです。

 せいぜい、なにか腹にすえかねるようなことがあって「この家に悪いことが起こればいいのに」とか念じてしまった程度。

 その程度でも、彼女なら「呪いをかけてしまった」って思うんじゃないでしょうか。

 例の金庫も、そういうオカルトアイテムの一つでした。

 我々使用人どころか、家の者も当主と長男以外は絶対に近づくな、という厳命が出されていたんです。あれは門外不出で、中身は絶対に家の外に出してはならないから、と。

 よっぽどのものだったのでしょう。

 中身がなんだったのかは、誰も知りません。長男……、いえ、もう当主様ですね。当主の義孝様ならご存知かと思います。

 あれは数ある縁起物の中でも、特別重要な力の強いものです。

 そんな場所で事件が起これば、彼女がどれだけ怯えたことか。

 私、この前見てしまったんです。事件が起こる一週間ほど前でした。

 当主と長男しか近づいてはいけないはずの、金庫がある部屋に、谷山さんが入っていくところを。

 なにか、金庫に向かって話しかけていたようでした。部屋の中からボソボソ声が聞こえたんです。

 それから……、そう、おにぎりを持って部屋に入ったんです。お供えだったんでしょうね。

 いつも不思議だったんですけど、食事を作るときのメニューに、毎食毎食おにぎりが一つあるんです。

 でも、給仕の時におにぎりを食卓へ運んだことはありません。あのおにぎりを、誰かが食べているところは、一度も見たことがないんです。

 きっと家の方が、金庫の中のなにかにお供えをしていたんです。この家が栄えますように、悪いことが起こりませんように。って。

 そうだとすると谷山さんはあの日、金庫の前にお供えを持っていって……。

 一言だけ、聞こえました。

 立ち聞きなんて趣味が悪いと思ったんですけど、気になってしまって。

 谷山さんは箱に向かって「ここから出たいですか?」と聞いていました。

 彼女は、あの金庫にいたなにかに供え物をして、なにか話しかけた。

 箱に収められているなにかに、外に出たいか聞いた。

 そして程なく事件が……。

 仙右衛門様の遺体が見つかった時、金庫の中には、遺体の他はなにもありませんでした。中身は持ち出されているのです。もしかしたら、谷山さんが……。

 いえ、なんでそんなことをするのかはわかりませんが。

 事件が起きたのは自分が禁を破ったからだって、彼女が思っても無理はありません。

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