秘書
高校生活は順調だった
しかし、さすがにすべてを高校生活に割くには幸明の存在は大きすぎた
土曜日、幸明は会社に出社していた
「うわぁ…何ですか、この机は…」
幸明は書類やファイルに埋め尽くされた机を見ながら言う
「いやぁ、小鷹君のいない間は何とか…と思ったんだけど、判断に困る案件が多くて…」
社長が言う
「いや、別に社長決裁ならだれも何も言わないと思いますが…」
「かと言って適当な判断はできないじゃないか。」
「とりあえずわかりました。」
幸明が座って書類を眺め始めた
「どうぞ。」
スーツをビシッと着こなす眼鏡の似合う女性社員がコーヒーを差し出す
「ありがとう…って、あれ、なんで本社に?」
「お久しぶりです、常務。」
「東京支店にいたはずじゃ…」
「会社からの正式な辞令で常務付きの秘書に着任しております。」
「俺付きの?」
幸明が社長を見る
「いや、さすがにこの仕事量を押し付けて何のサポートもなし、というわけにはいかないじゃないか。
とりあえず、優秀な秘書をつけようと思ったら彼女が立候補してくれたから辞令でここに引っ張ったのさ。」
「確かに、彼女は優秀ですけど…東京支店が回らないんじゃ…」
幸明が言う
「ご心配なく。
ちゃんと後輩の教育もしてきてますから、私が異動したところでちゃんと機能します。」
「さすが、相変わらず優秀なようで…」
「常務の指導の賜物です。」
「そう…」
「改めまして、如月亜紀、小鷹常務付きの秘書として尽力させていただきます。」
亜紀は深々と頭を下げる
17時
「ふぅ、大体こんなもんでしょ。」
幸明が言うと…最後の書類に方針を記載し、PDFで読取後担当者にメールを送るのが亜紀の作業
「お疲れ様です。
あの量の書類を捌くとはさすがです。」
「如月さんの助けがあったので。
さて、帰りますか。
ノー残業ってことで…っていうか社長たちは?」
幸明が事務所を見回す
「土曜日だから、と昼過ぎには帰りました。」
「まじかよ…
じゃ、俺たちも帰りますか。」
幸明が言う
「…そうですね。」
亜紀が一瞬、言葉を呑み込んで頷く
「あー…いや、せっかく明日は休みだし、飲みに行く?」
幸明が言う
「常務からの誘いなら断るわけにはいきませんね。
荷物を取ってきますので外でお待ちください。」
亜紀が足早に立ち去る
表情に変化はないがその足取りは軽く、素早かった
居酒屋
「もうちょっとおしゃれな店でもよかったんだけど…。」
幸明が言う
「私の決めた店に不満かしら?」
亜紀が言う
「いや、俺はいいんだけど…」
「今までだっておしゃれな店はたくさん連れてってもらったし、幸明はこういう居酒屋のほうが好きでしょ?」
亜紀がタッチパネルを操作しながら言う
「よくご存じで。
しかし、会社とのONとOFFがしっかりしてるなぁ…」
ビールのジョッキが二つ運ばれてきた
「じゃ、乾杯。」
幸明が言うとジョッキが軽くぶつかり合う
「で、どうなのかしら?
高校生は。
亜紀が言う
「新鮮だよ。
知らないことも、理解できないことも多いけど。」
「そう。
彼女でもできた?」
「さすがに一回り以上年上の奴と付き合おうなんて高校生には無理だろ。」
「そうかしら?
私は年上が好きだし、高校生は大人に憧れるわよ。」
「そんなもんかなぁ…そういう亜紀はどうなんだ?
東京支店は優秀な男が多いだろ?」
「前も言ったでしょ?
私は幸明一筋よ。」
「よくそんなことを堂々と…聞いてるほうが恥ずかしい…」
幸明が言う
「言ってるほうも恥ずかしいわよ。
幸明に彼女ができたら邪魔するけど。」
「なんでだよ…俺、亜紀と付き合って、振られたよな…?」
「それはそうよ。
まだ、私があなたと結婚するには私は未熟で釣り合わないもの。」
「そんなことはないと思うけど…」
「そもそも、あなたがプロポーズさえしなければ付き合ったままだったわ。
私があなたに釣り合うようになるまで…あなたとは絶対結婚しない、これは譲らないわ。」
「そんなこと言ってたらほかの人と結婚しちゃうぞ?」
「それは全力で邪魔するわ…。」
二人は言い合いというか痴話げんかというか、のろけのような話し合いを続けながら、どんどん飲み続け、居酒屋を出る
「久々に結構飲んだな。」
幸明が言う
「私もです。」
「亜紀はまだ余裕そうだけどな。
異動になったんだろ?
家は近くか?
帰れないならタクシーを…んむっ!?」
亜紀が幸明の口を自分の口で塞ぐ
「私がそのまま帰すわけないでしょ?
行きましょう。」
亜紀が幸明の手をつなぎ歩き出す
「プロポーズのOKをもらうよりも既成事実のほうが先になりそうだがな…」
二人は先ほどよりも強く寄り添いながら夜の街を歩いていく