缶コーヒー
とある日
屋上
そろそろ午後の授業が始まる時間ではあるが、幸明は青空を眺めながら缶コーヒーで喉を潤す
夏にはまだ遠いが徐々に温かくなっているのが感じられる心地よい日差しと清涼感を醸し出すそよ風が雰囲気を作り出す
今日の昼食は久々に一人だった
大空二人はそれぞれ用事があり、莉桜はクラス委員がなんたらかんたら
なのでせっかくの晴れだからと屋上に来たのはいい
昼食も学食の中身がちょっとしか入ってない総菜パンで済ませた
そして、午後の授業が面倒になったのだ
「べつに、午後一の授業が体育で、マラソンだから、というのは理由ではない。」
幸明は誰に言うでもなくつぶやく
ガチャ…
屋上の扉が開き、少女が屋上にやってきた
そして、幸明と目が合う
「さぼりか?」
「関係ないでしょ。」
少女はそう言い放つと落下防止用のフェンスにガシャッと手をかけると揺さぶる
ガシャガシャと音を立て、揺れるフェンス
しかし、決してその場を離れることはなかった
「何がしたいんだ?」
幸明が言う
「外れないかと思って。
上るには高すぎるし。」
少女はフェンスのてっぺんを見ながら言う
「飛び降りたいのか?」
「手伝ってくれるの?」
「一つ下の教室から飛び降りたらどうだ?」
「できるだけ高いところから、事故じゃなく明確な意思で飛び降りた、というのが大事なのよ。」
「遺書でも書けば?」
「書ききれないほどたくさん言いたいことがあるし、私に関わったすべての人が後悔と罪悪感を感じればいいから遺書は不要。」
「ふーん、そんなもんか。
ただ、今、死なれると俺にも罪悪感が生まれるんだが。」
「そう、ごめんなさい。
死んでお詫びします、ということにしといて。」
「月並みな言葉だが、話くらい聞くぞ?」
「それで自殺を止める気?」
「いや、相談に乗って、力になろうとしたけどダメでした、という言い訳づくりのためだ。」
「…。」
「…。」
沈黙のまま見つめあう
「…。」
「…。」
「結婚しよう。」
幸明が言う
「は?」
「おっと、美女に見つめられるとつい本音が。」
「…。
話、聞きたいなら話すけど面白くないわよ。」
「ね?
特に面白くもなんともないでしょ?」
話し終えた少女が自嘲するかのように言う
「そうだな…。
親との不仲、学校でのいじめ…か。
前例がない話ではないけど、俺には経験のないことだ。」
幸明は少女をまっすぐ見つめる
「そして何よりも、面白くない。」
「…。
同情?」
「同情じゃなくて、怒り、だな。」
「親に?
いじめた相手に?」
「お前にだよ。」
「私に?
なんで…」
「親も学校も、そんなにたいそうなものか?
お前が命を投げ出すものなのか?」
「あなたにはわからないのよ。」
「お前にもわからないだろ。」
「何がわからないというのよ!」
少女の声に怒気が混じる
「お前は本当に死にたいのか?」
「ええ、そうよ!
そして、ほかの全員が私と同じように心に傷を負えばいい!」
「お前が死んだところで、だれもそんなに傷つかない。」
「そんなわけ…」
「お前を傷つけても何も感じないやつがお前の死で何か変わるかよ!」
幸明は少女の両肩を強くつかむ
「でも…これ以上生きていても…。」
「そう思ったとしても、心に向き合え!
お前は本当に死にたいのか?」
「そうよ…私は死にたいの。
逃げたい…傷つきたくない…苦しみたくない…。」
「そうじゃないだろ!
お前は死にたいんじゃなくて、生きていたくないだけだろ!」
「…!!」
少女の言葉が消える
少女は口を開こうとする
何かを言おうとする
でも…今、口を開ければ、声を発すれば…言葉ではなく心が出てしまう
だから、吐き出せない
声が、心が、涙が…今まで封じ込めていたすべてが激流のように…
「ほれ。」
幸明は飲みかけの缶コーヒーを差し出す
「吐き出したくなけりゃ、呑み込め。」
幸明が言うと、奪い取るように受け取り半分以上残っていた中身を飲み干す
「けほっ、けほっ…」
勢いよく飲んでむせる
「大丈夫か?」
「あなた…一体なんなのよ?」
「ただの現役アラサー高校生だよ。」
「結局、私がこのまま生きていても何も解決はしないわよ。」
「そんなわけないだろ。」
「あなたは何を言っているのよ…」
「俺と出会っただろ。
お前はあるか?
現役アラサー高校生と間接キスするなんて、プロポーズされるなんて、自殺をじゃまされるなんて。」
「あるわけないでしょ。」
「だったら、何か変わるさ。
それに…。」
幸明は小さな紙にペンで何かを書く
「休日や放課後の暇なときにでも遊びに来い。」
「名刺…?
常務取締役?」
幸明が渡したのは自分の名刺だった
そして裏には、
「住所?」
「おう。
俺の家のな。
一人暮らしだし、俺が不在でもコーヒーが無料で飲めるエントランスもついてるから待てるしな。
その代わり、親には友達もしくは彼氏の家に行くって言ってから来いよ?」
「なんのつもりなのよ…」
「お前より大人で権力も地位も財力もある。
お前が逃げる場所くらい用意してやるよ。
俺としても美女が家に遊びに来るなんて十分にメリットがあるしな。
俺としては遊びに来るときは勝負下着をつけてきてほしいがな。」
「ふふっ…。
また死にたくなったら…じゃなくて生きてるのが嫌になったらお邪魔するわ。
2年B組の桐山 桐子 よ。」
少女が笑う
「1年A組の小鷹 幸明だ。
てか、先輩か。」
「そっちのほうが年上だけどね。」
「愛があれば歳の差なんて。」
「そうね。
さて、次の授業くらいは出ないとね。」
桐子が扉に向かう
「ありがと。」
小さく笑って屋上から桐子が立ち去った
「一件落着かな。
さて、面倒だし、帰りまでさぼるかな。」
「ダメに決まってるでしょ。」
そこには莉桜の姿があった
「なんでここに?」
「あんたがさぼるから、探しに来たのよ!」
その後、説教をされながら幸明は教室へと戻っていった