会合
だーーーーーーいぶ遅くなってしまってすみません。いろいろ考えてたらここまで遅くなってしまいました……。
暖かく、深いまどろみに身を任せていると、不意に頭の中に何人かの話し声が流れ込み、強引に俺は安らぎの世界から引き戻された。
「どうだサニス、少年の容態は?」
「はい、だいぶ良くなってきてます」
「そうか」
目を閉じているのではっきりとは分からないが、どうやら俺はソファーか何かふかふかしたものの上で寝かされていたらしい。
目を覚ましたことを気づかれないように静かに耳をそばたてていると、段々と俺が今置かれている状況が、なんとなく分かってきた。
低く、しかしよく通る男の声が聞こえたかと思うと、すぐさま近くから女性の声が聞こえてきた。「少年」というのは俺のことだろう。
「ですが団長、この子の身に何があったんでしょう? 戦闘ができるということはあのことも知ってるはずなのに、なんでこの子はHPの限界すれすれになるまでコボルトとの戦闘を続けたんでしょう?」
会話から察するに、どうやら俺はコボルトとの戦闘の後に倒れたところをこの人たちに救わっれたようだ。そういえば気絶する直前、遠方に小さな光が見えた気がしたが、多分この人たちだったんだろう。
流石に命を救われたのだから礼を言わないといけないだろうと起き上がろうとしその時、さっきの二人とは違う人の、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
「そんなことよりも、その子供どうするつもりですか? どこかに預けようにも、ここらへんの街はほぼ壊滅しちまいましたよ。。生き残った大きな街にも家を失った住民がひしめき合って、もう入れないだろうし。どうするつもりですか」
「たしかにそうね。遠くの街に送ろうにも、そこも人で溢れかえっているはずよ。どうするつもりなの、団長様?」
意見を求められた男は返答に悩んだのか、低く唸っただけで何も言わなかった。
ドッドッドッと、まるで耳の真横にあるかのように心臓の音が大きく鳴り、なにか喋っていたようだが、数秒間なんの情報も頭の中に入ってこなかった。
街がほぼ壊滅した……? 嘘だろ? たしか俺が住んでいた街は何万の人が暮らしていたはずだ。
それが壊滅しただって?
たった一日で?
そんなはずはない。だってここに戦える人間がいるのだ。ただの高校生でも、軽く十体は倒せた。それなのに壊滅しちまったっていうのか……?
理解したくなかった。たった一日でたくさんの命を失ったという、悲惨な現実を、決して受け入れたくなかった。
「拒否しようとしたって無駄だぞ」
不意に発せられた言葉に、俺は息を止め、再び思考が停止した。
「団長、何を……?」
「信じたくないと思うのは充分分かる。俺だってできることなら今日の出来事が全て夢だったらと思うよ。だがな、これは紛うことなき現実だ。目を背けるんじゃない。しっかりと受け止めろ。いいな、少年」
「「「「!?」」」」
団長と呼ばれる、多分このグループのリーダーなのであろう男がそう言うと、そこにいた人間全員の視線が、俺に集まった。
ゆっくりと起き上がり、そっと声のしていた方向を見つめると、俺は驚きのあまり言葉失ってしまった。だってしょうがないだろう、目の前にいた男の頭に付いていたのは普通の人間には絶対に付いているはずのないものだったのだから。
「け、獣耳……? おっさん、いい年こいてその趣味はちょと……。って、痛!?」
そう、目の前に現れた男性の顔は、豪快という言葉がピタリと当てはまりそうな三十後半ほどの人間のとれと似ているのだが、唯一頭にちょこんと乗った獣耳が明らかに異様な空気を醸し出しる。体は鍛えているのかかなり腕も太く、鎧も着ていてからか平均的な人の二倍ぐらいの体つきをしているように見える。
本人への配慮を一切考えずに本気で引いていると、間髪入れずに頭に平手打ちが入り、思わず頭を押さえてうずくまる。
「馬鹿! 団長に向かっておっさんとはなんだ!? 無礼にも程があるぞ! しかも趣味とはなんだ!」
「お、怒るな怒るなルダン。獣人なんて本物を見たことがあるわけ無いだろう。至極まっとうな反応だよ。それに人間からすれば俺はだいぶ歳をとってるように見えるだろ」
「しかし団長!」
ルダンと呼ばれた、顔の整った二十代程の男性が怒りに任せてまくしたて、動揺した団長が慌ててルダンを落ち着かせようとなだめにかかる。
一方、頭を思い切り叩かれた俺は、ズキズキと痛む頭をさすりながら必死に頭を回転させていた。
獣人。そんなファンタジー上の生き物が、今目の前にいるというのか。
「そんなの、ふつう信じられるはずが無いだろ」
「ま、信じられないのは共感するよ。僕もさっきまでは半信半疑だったっからね」
うずくまったままそうつぶやくと、ルダンをなだめている団長の代わりに答えたのは、さっきまでの会話には出ていなかった、また別の人だった。
見るに歳は高校生の俺よりも下、多分中学生ぐらいの女の子がこちらに手を振っていた。華奢な体故か、装備はごく少量のライトアーマーだけ。これで戦闘するとなれば、かなりの覚悟がいるはずだが。
「でも、正真正銘そこにいる人は、僕らが獣人と呼ぶ人だよ」
少女はそう言うと、テテテッと団長のそばまで走り寄っていくと、彼の耳を掴み、思い切り引っ張り始めた。
「ちょっ、アグニ痛い! 耳痛い! は、離してくれ!!」
「てめ、アグニ! 団長に何をするんだ! 早くその手を離せ!」
「えー、やなこったー!!」
怒るルダンをなだめようと追いかける団長。団長の耳を引っ張り続けるアグニ。そして団長にちょっかいをかけるアグニを止めようとするルダン。三人の追いかけっこはぐるぐると回り、まるで犬が自分のしっぽを獲物と間違えて追いかけ回すように繰り返されていく。
その光景を見ていた俺は、とうとう考えることを放棄していた。今日だけでたくさんのことが起こりすぎた。家族が殺され、怒りに飲まれて敵を切り続け、気を失ったところを助けてもらったかと思えば、今度はその助けてくれた一団のボスが獣人だという。こんなの、理解しきれという方が難しい。
「あら、頭のキャパが限界まで行っちゃったみたいね。まぁ無理もないか」
三人のイタチごっこをただ呆然と眺めていると、ふわふわとした空気を放っていた若い女性が近くまで寄ってきて、すぐ隣でかがんだ。俺の目線と、彼女の目線がちょうど同じ高さになる。
「一回話を整理したほうがいいみたいね。私達が持っている情報をあなたにも共有するから、よかったらあなたの身に何があったのか、教えてくれないかしら?」
思考回路が停止していた俺には、静かに首を縦に振ることしかできなかった。




