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RPG1

怖い話始めました。


‥‥もう三日砂糖水しか嘗めてません‥‥

 上杉麻衣子さんは鉄人さんの一つ上で、去年の本部役員をしていたらしい。文芸部でも部長を務めていたそうだが、これは二代続けて部員一人という如何ともし難い状況が理由であった。麻衣子さんが三年で部長の時に神谷さんなどが入っているわけである。そして麻衣子さんは大学院に進んだ現在も何かと理由をつけて課外活動棟に顔を出しているのである。

 言い方悪いが、鉄人さんの言う残骸ではあったわけである。まぁ本人も残骸なことは認めているのではあったが。


 その週末の昼過ぎ部室にいた。昨日の夜、部会が終わり神谷さんと僕、そして一年の部員大野と永井という二人が部室でダラダラとしていた。大野はアイドルオタクで当時人気が出始めていた三人組の踊りの上手なアイドルの話ばかりする。

 吃音が少しあって目をあまり合わせてくれないので、誰と喋っているのかよくわからなくなる。適当に相槌を打ってあげないと全部独り言みたいになってしまう。

 永井のほうがもっと面倒くさい。常にマウンティングを取っていないと気に入らないというやつで、なんでも知っている風に話すのである。まぁあんまり喋る気が無かったので適当に流すわけだが。

 もう一人の同回生が松井といった。僕らの代の文芸部の部長殿であります。松井‥‥いや松ちゃんは色んな部分で普通のことが普通にできる普通の人だった。


 僕は神谷さんに言われて、本部に鉄人さんを呼びに行かされた。今日の部会で決まったことをとりあえず四年に報告する必要があったからで、五月は最初の冊子が出される。文芸部冊子は、お題作品かフリー作品を一つ作り、それを部員全員で論評する。そしてその中で選ばれたものが冊子に乗り、売店などの横に置かせてもらうのである。自分が作った小説や詩が全校生徒の目に留まるというのは何とも言えず気恥ずかしいのであるが、そこはやはり部活動の一環で皆やる気を出すのであった。


 僕が鉄人さんを呼びに本部のドアを開けるととんでもないことになっていた。まず会長の新谷さんがいつものソファーに座っておらず、電話横の僕ら本部付きが座るところにいる。

 テーブルを挟んで向かい側に渉外局長の猪股さんが新聞を読んでいる。いや新聞は新聞でも大スポだった。競馬が好きでいつも競馬情報を追っているような人だ。背が低い上にビール腹で何となく芸人のナインティナインの岡村さんっぽい。

 そして文化祭準備局長のキテレツさん。本名は尾長さんというのだが、落研出身で芸名のようなものを付けられるのでそっちでばかり呼ばれている。御陵亭キテレツ。我が大学の落研はみなさん御陵亭という屋号を付けられている。痩身で背が高く黒ぶち眼鏡で禁煙パイポ。これがキテレツさんのすべてだ。キテレツさんはパイプ椅子に座って何やら授業の準備をしていた。


 本部役員が端っこに座らされていて、奥のソファーはどうなっていたかというとこっちが酷かった。

 鉄人さん、麻衣子さん、そして去年の会長の平岡さんという人が正座させられている。平岡さんは残念テンプレートを見事に踏んでいって現在目下留年中。歴史学研究会に所属してたのでしょっちゅう顔を見る。お父さんっぽい見た目からパパと呼ばれて新谷さんと麻雀ばっかりしている印象だった。残骸の中では比較的ウェルカムな扱いをされている。

 その前に少しふくよかな女性が仁王立ちで説教していた。女性は美術部の四回生で森本さんという。平岡さんの彼女である。

 どうやら何か良からぬことをしたのがバレて怒られているらしい。いい大人がみっともないったらありゃしなかった。

 僕は猪股さんに小声で尋ねた。


「何があったんですか?」

「あれ? あれね。全員被害者」


 笑いをこらえているのがわかる。


「被害者?」

「これ見てみ」


 猪股さんの話に会長がスマホを差し出した。そこには平岡さんが映っているのだが、その前に何十枚という回転寿司の皿が積まれて顔を覆っている。


「こんなに食べたんですか?」

「そんなわけあらへんやん。そうかアス君知らへんかったか。パパって暴飲暴食が酷くてな。あの歳で尿酸値にちょっと危ない数字でてんねん。ほんであれ糖尿病の患者の手帳みたいなのを持たされてんねんな。そんなやつがあない一杯寿司食ったらやばいやん」

「確かに‥‥」

「ほんで昨日あの二人と、スナちゃんと永ちゃんとで無理矢理パパ誘って回転寿司行ってんて、そしたら‥‥」


 話の途中であったが僕はふっと入口の重い扉がかすかに、音もなく動くのを感じてそちらをちらりと見てしまった。もう会長と渉外局長は笑いが堪えられなさそうであった。


「食った寿司の全員分の皿集めてパパの前に置いてや。いっぱい食べましたってコメントつけてスナちゃんが森もっちゃんに画像送りよったんよ。ほんまはパパ全然食ってないんやで、手帳見ながらこれは大丈夫とか計算しながら食ってたらしいし。でもその画像みたら森もっちゃんあの状態。めっちゃ怒っててや、弁解しても全然聞きよらん。あとの二人はどこやってめっちゃキレてるし」


 すごく楽しそうなのであるが、僕は開いたドアが気になってしょうがなかった。なぜなら黒ぶち眼鏡が高いとこと低いところにあって、半分だけ顔を出してずっと森本さんの背中を覗いている。

 下の眼鏡はすぐに分かったちょっと野球のホーム7ベースみたいな形で一重瞼、間違うことはない副サタンこと永谷さんだった。

 上の眼鏡は軽い癖っ毛を軽く茶色く染めている。結構大柄な人で優しそうな顔立ちだった。カーキ色のパンツに緑の薄手の春物の柄シャツを着ている。おそらくブランド物で見た目も格好がいい。

 僕は会長と渉外局長にドアのほうを指さした。二人ともそちらを向くと、もう笑いが止まらなさそうだった。とうとう猪股さんが笑い声をだした。


 下をうつむいていた鉄人さんと麻衣子さんがこちらを見る。ドアの二つの黒メガネと目が合った。


「あ! あいつら!」


 その声に鬼の形相の森本さんが振り向く。あっという間に隠れる黒メガネ‥‥。そしてとうとう会長も笑い出した。笑い過ぎて元天文部の二人は涙目になっている。


「ヒーヒッヒ。ダメだ。あいつら俺らの腹筋を壊す気やで」

「あかん、ずっと気づかへんねんもん。森もっちゃん」


 森本さんがテーブルの上をすべるように廊下へ躍り出る。僕も気になり後ろからついていく。しかしすでに二人の姿はそこになかった‥‥まるで忍者だ。

 森本さんは怒りで興奮して息が上がっている。


「まったく。なんであの人はいつもこうなの! 人のことからかって!」


 森本さんが本部に戻ろうとドアを苛立ちながら開いた。そこには反対の窓から逃げ出そうとする鉄人さんがいた。すでに麻衣子さんは外に出ている。平岡さんは‥‥正座したままだった。


「ちょっと待ちなさいまだ話し終わってない!」

「武士の情け!」


 わけのわからないことを言いながら鉄人さんは窓の下に身を躍らせた。着地すると同時に走り出す。僕は半ば引きずらられながら連れ去られた平岡さんの姿を見て、こんな大人にだけはなるまいと心に誓った。



 僕はもう一度廊下にでた。鉄人さんを呼ぶために本部に来たのに当の本人が逃げ出してしまったので探さなくてはならない。扉の廊下側、いつもどの本部役員が学校にいるか分かるようにと作ったプレート板の下に、手書きの張り紙がついているのを見つける。


『勇者公介よ。伝説の装備を探すのじゃ。この世界のどこかにある七つの宝を求めよ。

 一、生き地獄の泉

 二、天より見下ろす場所

 三、古の螺旋階段

 四、仄暗い武器庫

 五、燃えさかえし古都

 六、地下の知識の間

 七、魔王城

お主の仲間と力を合わせて伝説の装備をそろえ、魔王を倒すのじゃ』


 こんなことが汚い字で書いてある。

 僕はその張り紙を外して本部に入る。会長の前に張り紙を置いた。


「なんっすかねこれ?」


 会長と渉外局長はその張り紙をみてさらに笑い出した。もはや手が付けれない。


「あかん。アス君荷物大丈夫か? 文芸部のロッカーあったろ」


 勢いよくドアが開く、ちょっと焦った顔の麻衣子さんと鉄人さんだった。


「アス! 張り紙あったろ!?」

「へ? これですか?」


 麻衣子さんがぐったりと両手をついた。軽く汗が出ている。


「やられた‥‥RPGめんどくさい」


 二人とも文芸部の自分のロッカーに荷物を入れられカギを掛けられていた。いや二人ではない。神谷さんが僕の分もあの二人組の忍者に渡したらしい。これがもう一人の副会長との邂逅であった。

 

 

 

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