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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

Crazy for you ~あなたに夢中~

作者: 鈴本 案




 拳ほどの大きさをした鉄の塊が、凄まじいスピードで僕に向かって飛んでくる。

 飛んできた鉄の塊を、素手で空気を包み込むように素早くキャッチする。電光石火の反応で彼女に鉄の塊を投げ返した。

 夕闇迫るこの空き地で、もう何度となく繰り返されたやり取りだ。

 低空で高速飛行する鉄の塊は、唸りをあげ地面の砂埃を巻き込みながら彼女の方へと飛んでいく。

 今までと同じく、彼女も飛んできた鉄の塊を華麗にキャッチしようする。

 だがキャッチしたその瞬間、彼女の手の中で鉄の塊は爆発した。

 爆発と衝撃で彼女の手は弾け飛び、華奢(きゃしゃ)な腕も吹き飛んでいく。

 肉片や、血や、骨。

 彼女は自分のそれらを、爆風と同時に空中や地面、四方八方へ撒き散らす。

 爆発と同時に四散した鉄片も柔らかな白い肌を容赦なく剥ぎ取り、彼女の美しい全身に次々と突き刺さっていった。




「もー、またお兄ちゃんの勝ちかよー」


 彼女はフリフリのミニスカートで地団太を踏みながら、ふくれっ面で不服そうに言った。自分が負けるといつもこうだ。

 何はともあれ、勝敗は決した。

 妹お手製の特殊な手溜弾、それを使ってのキャッチボール。キャッチして爆発すれば負け。サドンデスルールの一本勝負。

 かなりの数が散々空中で爆散して実に手こずりはしたが、やっと勝負がついた。

 彼女は、負けると途端に機嫌が悪くなる。だがそれは僕にとっては好都合な反応だった。

 もし彼女に勝ちが行き、そのまま調子づくようなことにでもなれば――。


『ごめんねー、また勝っちゃった。今日これツイてるかも!』


 愛らしい満面の笑顔を見せるであろう、邪悪な妹。

 機嫌が良くなって、次第に輝き始める見えないオーラ。

 そんな彼女が、次に口にする台詞。


『お兄ちゃん、こうなったら覚悟してね。今日の夜は長くなるから!』


 ――なんてことにまた成りかねない。


「お兄ちゃんの、バーカ!」


 彼女が言い放ち続けている様々な罵詈雑言(ばりぞうごん)

 そんな野次など、勝利の美酒に酔いしれている僕の耳の中には、一切入ってこない。――という振りをしていた。

 彼女は好き勝手に野次を飛ばしながらも、早くも治っている右腕で自分の身体に刺さった鉄片を器用に抜いている。


「負け貧乳の遠吠えか。だけど吠えるなら、胸は無理でも先ず左腕を治してからにしなよ」


 僕はわざと馬鹿したような口調で言うと、彼女はムッとした顔を見せた。

 そのあと、彼女はふわりと宙に浮き上がる。

 そして右手だけであっかんべーという憎たらしい表情をすると、そのまま空き地からどこかへと飛び去っていく。下からは見たくもないパンツが丸見えだ。

 しかし、作戦は成功。

 妹という最大の邪魔者は、この場からは消えた。

 これで彼女の機嫌が直って戻ってくるまでの間、暫くは僕だけのプライベートタイム。




 空き地の隅に備え付けてある、テレビデオ。

 テレビの電源を入れてビデオのチャンネルを合わせながら、僕は思案した。

 今回の『手溜弾キャッチボール』で、トータル十戦目、戦績は五勝三敗二引き分けだ。先の勝利で新潟県は僕の物になった。次に賭ける土地の候補は宮城県。

 さて、今度はどんな競技にしようか。まあ僕が思いつかなくとも、きっと彼女の方からまた持ち掛けてくるだろう。彼女はそういう類のことを次から次へと考え出すのが大好きなのだから。

 それに僕達には、時間なんていつまで経っても腐るほどあるのだ。それこそ永遠に。いや、本当はそんなことなど今はどうでもよかった。考えるだけ無駄だ。この瞬間はそれよりも――

 空き地の向こう側の隅に置いてある高級ソファー。それに向けて、僕は疾走した。

 即座に到着。

 脆弱そうなソファーを見下ろして、手をかける。

 そして砂塵が舞うほどの勢いと速さで、ソファーを無理矢理引っ張ってくる。

 自分が元居た場所まで瞬時に引っ張ってくると、高鳴る鼓動と共にソファーへと滑り込んだ。

 ティッシュ箱とリモコンの準備も完了。

 さあ、お楽しみ鑑賞会の始まりだ。

 そして僕は、ラベルに『快感巨乳娘』とあるテープと『関東殲滅戦』とあるテープを両の手に取って、見比べた。

 どちらを先に見るか――

 少し考えたあと、僕は『関東殲滅戦』とラベルにある方のテープの方を、テレビデオのビデオの口にぶち込んだ。

 卑猥な口が僕のテープを吸い込むと、中のヘッドがテープと触れ合って信号を送り、快楽の再生を始める。




 ジジジジジジ。


 ノイズ混じりの映像と音声が、過去の記憶を呼び覚ます。


 それは、戦時中に僕達が片手間で撮影したものだ。


 絶え間ない阿鼻叫喚(あびきょうかん)、幾通りの悲鳴が聞こえ始めた。

 血と死体が、映像によって鮮明に蘇る。


 映像と音声が、僕の中の破壊と破滅の感覚、鉄と錆の臭いを呼び起こした。


 これは、人類史根絶の記録。


 僕達が世界を蹂躙した日々。


 虐殺に次ぐ、虐殺。


 殺戮の獣となった僕達が始めた、栄光ある人生ゲーム。


 そこには、暗闇で血に染まった爪を磨く妹と、光る目で世界を見つめる僕が、ありありと映し出されていた。


 僕は玉座に座り、強姦の様を眺める。


 究極の自由を手に入れた兄妹が、世界を陵辱し人々を硬直させる様を眺める。


 僕達は変化を恐れていた。

 何かが変わると、代わりに何かが壊れる。

 皆、そう感じていたはずだ。


 だから、僕達がそれを永久に変えた。


 変化が加わり、変わらないままに留めさせた。


 そして世界は、僕達の実行力の前に敗北し、跪く。


 僕達は世界の支配者になった。


 無二の支配者に。


 そう、今のこの地球上には僕達以外もう誰もいない。


 僕達が壊せる人間は、一人としていなくなった。


 だから僕はこうして、過去の記憶で自分を慰める。


 彼方に消えて現存しなくなった享楽にすがりつく。


 彼女と起こした変革を見つめては、その時の感覚を必死で思い出そうとする。


 ――僕と彼女は唯一の同種だった。

 一心同体の存在。

 意識はしなくとも、お互いなしではもはや生きてはいけない。

 まるで、聖書の中のアダムとイブ――。


 そうして今までの闇夜は終焉を告げ、誰も見たことがない太陽が現れた。


 新たな創世記が再び始まる。


 それでも変わらない箱の中の僕と、頬杖をついて過去を眺めている僕。

 二人の目が一瞬だけ見つめ合った。


 箱の中で陽光を受けた兄妹は、知らん顔をして無邪気に笑っている。

 それを見て、僕も静かに微笑んだ。




本作は僕の初期作品を加筆修正したものです。初期作品なので、尖ってて色々な要素がない交ぜになってます。

異常で不条理な世界観を神話やゲーム的に、コミカルな形で描き出したくてかなりぶっ飛んだ話を書きました。

当時は(今もですが)、掌短編レベルでスケールがデカくて刺激的な話を創りたいと思ってました。血生臭い暴力性、サディズム・マゾヒズム的描写も意識的に入ってます。

少し妹萌え的な物にも挑戦してますが、実際僕には妹がいるので余りリアルではないですね。世界が滅亡した後も妹と一緒にいたくないです。

完成後に思ったのが、人間離れした危険な二人というとドラゴンボールの人造人間姉弟を思い出しますね。

僕としては日本の創世神話であるイザナギとイザナミを意識して着想を得ました。このクレイジー兄妹も創世のアダムとイブです。

後半は何かに取り憑かれて書いてました。

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― 新着の感想 ―
なかなかのエゴとは……! 負けてられない!
クレイジーという名の通り、倫理観ぶっ飛び作品。 勢いと雰囲気はこだわりを感じます。 暴力とエロティシズムの過剰な描写が世界観を作り上げ、おそらく厨二病を患ったことのあるものにはたまらないものがあると…
[良い点] 『鉄の塊』などの不穏な単語をはじめとする日常風景のようでいて、ところどころ異質さが描かれる展開にどんな世界でどんな状況だろうと想像力を掻き立てられる不思議な作品でした。 短編というのもあっ…
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