【02】獣と雨と嫁。
俺は机上の積み重なった手紙をとった。月桂樹を冠し、全てを創造したと言われる祖龍の神が描かれたエンブレムが刻印されているその封筒は、紛れもないフローリアを治める王家のもの。
「…内容は簡単に想像出来るな。」
多分、と言うか絶対に"城に帰って来い"だろうな。
ん?どこにいるかだって?俺が所有する別邸にいるんだ。
結婚したあの日、俺は自軍に用もないのに向かい、その足でここに来た。あの娘との初夜が待っているとなると、どうしても気が進まなかった。…と言うか、正直に言おう、自信がない!!
よし、落ち着け。いいか、考えてみろ?誰かと初めて会った時、第一印象は外見で決まるもの。そう、かなりの割合で外見が大きな役割をする。残念な事にな。仕方ない、人だから。うん。
嫁を見て、ほんの一瞬だが"イケる!"と思った。
瓶底メガネ…外せば美しいか、可愛いかもしれん。
そばかす…チャームポイント程度なら愛らしい、だが散乱するかのようにあった。もはや星空だ。あそこまでそばかすがあると、潤いを常に持つ年下とは思えん。シミに見えてしまう。実際それで悩む者もいるくらいだ。
ここまでなら許せる。目眩程度でおさまる。
話してからの印象でと思った。物腰は柔らかく、聞き心地いい鈴を転がしたような愛らしい声ではあるが、何故かイラつく。何故だ。負けるな俺。
必死に言い訳?黙らっしゃい。させて下さいお願いします。
まあ、近付いた時に判明した事が大きな決め手となったわけなんだが。喋り始めると唾をよく飛ばしてくるし、美しい肌はよく見るとうぶ毛でおおわれ、毛穴がボツボツと目立った。
説得力はないが、見た目で決めつけてはいけないとは思っている。けれど、見た目の印象に全力でぶん殴られた気分だ。それが気になって気になって長所が見つけられない。だから言う。再三だがな。
俺はどうやら嫁のことを生理的に受け付けないらしい。
あれから5日。居場所は当然ながらバレているらしく、ここに使者が来ては手紙を置いていく。
そう、俺が新婚初夜をすっぽかしたからだ。
「ですが目を通さないと。」
背後からの声に、手紙を持ったまま振り返る。そこには美しい女が立っていた。
「ソフィア。」
彼女へ手を差し伸べると、彼女はしずしずと近づいて来て、俺に身をゆだねた。持っていた手紙を元の位置に放り投げ、彼女の細い腰に手を添えて抱き寄せる。
ふわりと香る国花"フローリアローズ"の芳醇な香り…ソフィアが愛用する香水の香りだ。
「本当によろしいんですの?妃殿下の元に戻らなくて…。」
「構わんさ。お前といる方が気も休まる。」
「ふふ、光栄ですわ。」
ソフィアは中流階級の女性、器量も良く、美しい。付き合いも長いし、俺の相手の中で一番のお気に入りだ。ソフィアの髪を撫でながら考える。
今回のことをまとめると、女遊びが過ぎて結婚しない俺を正す為、親父とオフクロが選んだ女と結婚させられた。結婚をしない場合、俺は王位継承権を剥奪されるから当然ながらそれに了承し、婚姻届に署名した。
こんなところだ。よくよく考えてみたら不可解な点が多すぎる。
俺には元々妃候補が複数人存在した。
妃候補全員は十二貴族やその他の貴族、他に華族から選抜された者だ。
彼女らは妃になるべく、教育された完璧な女性達で、そんな妃候補全員を下してまでもレイリアを妃に押し上げたわけだ。
何故妃候補達は申し立てをしない?
俺と同じく物心つく前からそうなるよう、厳しく育てられて来たはずだし、この国の王子である俺の妃になれば自分も、家も更に安泰だ。申し立ての1件2件あってもいいのに、それが全くない。
レイリア・ソル・ローズブレイドは何者か?
安直な考えだが、申し立てがないのはレイリアかレイリア自身の家が絶大な力を持っているからか。でも、俺の妃候補の中には十二貴族の令嬢もいる、それをねじ伏せるならそれ以上の力が必要だ。
ありえない。十二貴族の上は王族だけだ。つーか、そんな絶大な力を持つ者なら俺が知らないわけないだろう。ましてや、あの娘は親父とオフクロから望まれて嫁に選ばれた。
アイツは一体なんなんだ?不可解すぎる。…ダメだ。ここ数日、ずっと考えているが分からん。
「グレイズ様。」
「ん?」
「そろそろ夜も深まってきました。お休みになりますか?」
色々と考えることがあるわけで、ソフィアにはそんな俺が疲れて見えていたのだろう。優しくそう問われ、俺は見上げくる彼女の額にキスを送る。
そのままの流れで、彼女の額と自分の額を合わせ、瞳を伏せてみると、気持ちが和らいだ。
「ソフィア、お前も…。」
「グレイズ様が必要となさるのなら。」
瞳を開けば、彼女と視線が重なり、互いに笑いあう。そして、自然と唇を重ね、互いに唇をはむと気分の高揚を感じた。
「…ベッドに。」
「はい、グレイズ様。」
ソフィアの体温。息遣い。そして、重なり合っている時の甘い声…それを思い出すとたまらない。それを堪能すべく、俺はソフィアと共に寝台へと向かった。
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情事を終え、そのまま俺達は眠りについたわけだが、ふと目が覚めた。寝息を立てているソフィア。彼女の首筋には俺がつけた痕がある。それを指で撫で、彼女の頬にキスをした後にベッドからおり、ガウンをまとった。
「ん…?雨か…。」
ふと聞こえる雨音に、レースのカーテンだけひかれた小窓に視線を向ける。音も相まって気付いた。どうやら今し方、降り始めたようだ。
所定の位置に置かれた水飲みビンをとり、脇に置かれた伏せられているグラスを手に取る。それに水を注ぎ、水を飲みながら窓に近づく。
カーテンを少し開けると、向こうの空が明らみ始めていた。
金の月、銀の月。2つの月がいつも空にある。
金の月が遠く小さく、銀の月が近く大きな時は上半期。逆に金の月が近く大きく、銀の月が遠く小さな時は下半期。
この世界に暮らす我々にとって、太陽と2つの月はかなり重要だ。
例として、金の月が赤く染まる時は、偉大な者が生まれた証。こちらは吉兆。
銀の月が赤く染まる時は、夜中に多くの血が流された証となる。言わば凶兆の証。
そして、今空に浮かぶ銀の月も日が昇ると言うのに、血で染めたように赤い。
(数年ぶりに見たな…。不吉だ。)
眉をひそめてカーテンを閉める。グラスを持ったまま、近くのソファーに座り小さくため息をもらす。
レイリア。俺の嫁…。申し訳なさはある。
でも、何故お前なんだ?何故…。お前はどうやってその地位まで来た?本当、どうやって掴み取ったんだ。 仮にも自分の妻…考えたくないが、レイリアはものすごく狡猾なのかもしれない。
あらゆる計略や謀略をもって、あそこまでのぼりつめて来たとすると…怖さもある。
あ…?そうだ、そうだよ!しっくりくる!
王位継承権を持つだけでは、正統な王位継承者ではない。そう、王位継承者と準継承式で任じられて初めて、次期国王となれる。
大罪を犯したりしなければ、剥奪されることもないし、俺が次期国王として確定している。
準継承式で婚姻届に名を書いた。書かなければ次期国王の地位になれなかった。レイリアにとって次期国王の俺の妃になるメリット。…ありすぎる。
アイツが恐ろしい野望を抱いていたなら…。
(殺される。…王位を継いだ時に間違いなく。そうすれば、アイツは女王だ。)
もし、今過ぎったこの算段がアイツの描いた通りならゾッとする。
「レイリア…お前は俺の命を奪うつもりか。」
とらせぬものか。俺は親父よりも偉大な王になる。
俺は、俺の執政で民を重んじる世の中にする為に王になるんだ。二度とあんなことがおこらないよう、その為に頑張って来たんだから。
そうだとしたら、絶対に負けねえ。
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グレイズの別邸を囲む林の中、子猫のような小さな獣が走っていた。
尾は体より倍以上長く2、本ある。背には飛ぶには心もとない、小さな黒の鳥羽。額にはスギライトのような紫の宝石があり、そのすぐ上には純白の小さな1本の角。
雨に濡れ、額の宝石と小さな角が木々の間をぬって射し込む赤い月光に怪しく光っていた。
金に光る獣の大きな瞳は前を見据え、一心不乱に走っている。
走り続けていると不意に場所がひらけた。獣の瞳に主人の背中が映り、そのままの速度で駆け寄って、主人の足下で踏み込み、主人の肩に悠々と飛び乗った。
『主様。聞きますか?』
フードを目深に被った主人の顔を覗き込むようにしながら獣は言う。すると、獣の主人は小さく頷いた。
それを見た獣の額の宝石が淡く光り、小さな欠片のような結晶が出てくる。
主人は静かにそれを手に取ると、獣が見聞きした景色が直接頭に流れ込む。主人が知りたいものだけ見終わると、小さな結晶は鈍く光りながら砂のように崩れ去った。
「ご苦労様です、バステナ。」
結晶を持っていた手を肩に乗る獣の喉元にやり、くすぐるように撫でると、バステナと呼ばれた獣は、猫のように喉を鳴らし、気持ち良さそうに瞳を閉じた。
その様子に微笑む主人であったが、何かの気配を察知して、バステナを撫でる手をおろし、気配がする方を見やった。すぐに、そちらの茂みの中から白い豆柴のような子犬が飛び出てくる。
「ラプス?」
自分の姿を確認するやいなや、駆け寄ってきた子犬に膝をおってしゃがみながら迎える。が、手前に来たその姿に、主人はフードで隠れている表情を曇らせた。
「怪我をしているの!?」
『これくらい問題ないですよ!』
「ダメです。足を出して下さい。」
『大丈夫ですってばー。』
『ラプス、主様の言う通りにするの。』
しっぽを振りながら答えるラプスと呼ばれた子犬の獣は、肩から降りてきたバステナの言葉に、お座りをして怪我を負ってる前足を持ち上げた。
その小さく血が滴っている足に、主人は手をかざすと優しい光が怪我を包み込み、瞬時に怪我を癒した。
『ありがとうございます!主様!』
『よかったわね、ラプス。』
完全に傷が言えるとラプスは、より尻尾を振ってみせる。それに一回り小さいバステナが近付いて、ラプスの側に品よく座った。
その微笑ましい光景に微笑みながら主人は立ち上がった。
『ラプス、今回はどこに行ってきたの?』
『ヒョルリーナ!ね、主様!』
「ふふ、そうですね。」
『ヒョルリーナってこの次期はとても寒いじゃない。ラプス、あなたよく平気よね。』
『うんっ、平気だよ!バステナは寒いの苦手だものね!』
『あなたみたいに鈍感じゃないからよ。』
『うん?それってどーゆーこと?』
『褒めてるのよ。』
『そーなの?ありがとう!』
しばらくその光景を楽しんだ後、主人はラプスに視線を向けた。
「それはそうとラプス。何故怪我を?」
『あ!はい!奴らを始末してきました!』
「…えっ?!」
『ちょ!今回は偵察だけって主様が!』
『だって仕方がないよ。攻撃されたんだもん。我慢してたけどいい加減にしろー!ってしたらみんな死んじゃってた。』
『あなたねぇ!!主様があれだけ慎重にって!!』
「構いません。」
雨はいつの間にかやんだ。それも相まって主人はかぶっていたフードを下ろす。
フードの下から現れたのは艶やかな桃銀髪。瓶底メガネをかけていない、本来の姿のレイリアだ。
「遅かれ早かれそうなる運命でした。今だろうと変わりはないでしょう。」
『でも、主様…。』
「バステナ。多少の誤算はあれど、全ては計画通りです。ヒョルリーナも、貴女が見せ聞かせてくれたグレイズ殿下の考えも。」
そう言うとレイリアはふっと微笑み、かかとを返して歩き始めた。バステナとラプスがそれについて歩き始める。
「さあ、フローティナ大城に戻りましょう。そろそろ国王陛下と王妃陛下がお目覚めになるころですから。きちんと朝のご挨拶せねば。」
そう言うと、1人と2匹の姿は風にかき消されたように消えてしまっていた。
【02】獣と雨と嫁。END.
■リリー・マーヴェル 25歳
ワンレンボブのセクシーなお姉さん。踊り子に負けず劣らずのパーフェクトボディの持ち主で、それを生かして異性を利用することもしばしば。身内には、世話を焼きたがりのちょっぴり心配性。
■ダン・アザジールド 34歳
口の悪いお兄さん(オジサン)。基本的に豪快な性格であるが、繊細な交渉もお手の物。根っからの兄貴肌。12年前からレイリアを知る人物。
何かと重要な位置にいる人なのでこれ以上は後々。
■紅銀の月"D"
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