【01】嫁、参上。俺、逃走。
あれから僅か1時間。俺は既婚者になっていた。流石、フローリア。処理が早い早い。
「ふふっ。」
「るせえぞ。アル。」
応談話室。広く、豪華でいて、趣味の良いレイアウトの部屋、俺は座り心地のいい長椅子に腰をかけた。
俺の後から入って来た、アルベルトことアルに腹が立つ。してやったり顔をしたかと思えば、数分置きに笑いやがって。その金髪燃やしてやろうか。
アルベルト・ミルザーレ。
十二貴族、百合の称号を得ているミルザーレ家の嫡男。
勤勉でいて真面目、仕事も卒なくこなし、周りからの信頼も厚く、若くして法を司る白の大臣と言う地位についている、超エリートってヤツだ。俺の幼馴染でもあり、ある意味相談役でもある。
「いやあ、結婚おめでとう!グレイズ!」
「…………ドーモアリガトウ。」
「これでお前もお遊びが出来なくなるねえ?国としても安泰だよ。」
「ソーデスネー。」
婚姻届に署名した時、腹は括ったんだけれども、今思えばすんごい博打だと思う。
本来、王族の結婚ってのはどんな事でも厳かに執り行われる。ましてや、俺は次期国王。妃候補は何人もいたが、今回の事で妃候補全員が候補から外され、新たに選ばれた、たった1人と結婚したわけだ。
妃候補だった女性達とはそれぞれ会った事がある。
どの女性も申し分ない家柄で、美しい人ばかりだった。…ん…?待てよ…。
「なあ、アル。お前は妃に会ったことがあるのか?」
「うん。」
即答に近い形で返答が返ってきた。
「妃殿下がどんな人か気になる?」
「本来なら2度3度会うところ、会ったこともないまま結婚だぞ?気にならん方がおかしいだろう。」
アルは少し肩をすくませた素振りを見せ、立ったまま俺に視線をあわせてきた。
「妃殿下は我が国の懐刀だよ。」
国の懐刀?軍事関係者?軍事関係者で俺の歳に近い未婚の女…。だとしたら、軍を任せられてる俺が知らないはずがない。
「……軍事関係者?思い当たる女がいねえんだけど。」
「お前が知らなくて当然だと思うよ。妃殿下は特にね。」
「もったいぶらずに教えろよ。」
「やだよ。変な情報入れて俺のせいで2人の仲を悪くさせたくないもん。」
コノヤロウ。
「まあ、失礼のないようにしなよ。国王、王妃両陛下が直々に何度も妃になるようお願いしに行ったんだから。」
「なっ、親父とオフクロが…?!」
国王と王妃が直々にだと!?チョロい親父ならまだしも、オフクロはフローリア十二貴族筆頭の家の出で、その才覚は歴代王妃でも、抜きん出てると言われている。俺の恵まれた才覚もオフクロからのそれが多い。
そんなオフクロが出向いたって!?
驚いていると扉の方からノック音が5回聞こえる。
「両陛下がご入室されます。」
扉の向こうから声が聞こえ、俺は立ち上がって扉の方へ向き直った。アルも身を引き締めた様子だ。
丁度、俺達の些細な準備が終わったと同時に扉が開かれる。俺とアルは、右手を胸に当て、そのままほぼ同時に頭を下げた。
扉が閉じられる音の後、二呼吸ほど置いて、俺だけ頭を上げる。国王である親父、王妃であるオフクロが、数人の従者を従え、威厳たっぷりに立っていた。
「改めておめでとう、我が息子よ。」
「…ありがとうございます。父上。」
「グレイズ。母も心から祝福します。尊敬される夫になり、賢く偉大な王となりなさい。」
「はい、母上。」
軽く言葉を交わし、俺と両親は決められた場所に座り、他の者達は静かに部屋の隅に佇んでいる。
しばらくの沈黙が流れた後、口を開いたのはオフクロだった。
「グレイズ、貴方の妃の名は覚えましたか?」
「はい。レイリア・ソル・ローズブレイド…珍しい名なので覚えています。」
「よろしい。彼女は貴方より12歳ほど年下となりますが、とても…」
12…12??!ってことは今16歳だと!!?!?
妃候補で年が離れててもせいぜい6歳下だったじゃねえか!?軽く倍!?…は?はあっ!?もうしてるけど子供と結婚しろだって!?
狼狽えた。そう、大いに。そんな子供と結婚したなんて冗談じゃねえぞ。これは悪い夢かもしれん…そう、夢であってくれ!
「アリア。固まっておるぞ。」
「あら…何か失言でもしたかしら。」
両親がなんか言ってるが俺の耳には届かなかった。そんな俺を他所に、また扉がノックされる。
「レイリア妃殿下がご入室されます。」
そう扉の向こうから聞こえ、両親が立ち上がる。俺も遅れて立ち上がり、扉の方を食い入るように見た。せめて大人っぽくて美しけりゃ…!!
扉が開く。頼む…!!
開かれた扉を潜り、現れた俺の嫁に、俺は閉まっていた口が開いた。嫁は部屋に入り、美しい動作でお辞儀をして見せた。
「レイリア・ソル・ローズブレイドでございます。」
鈴を転がしたような愛らしい声。
穢れを知らぬ新雪のような白い肌。
春の風のごとく薄く桃色がかった銀色の艶髪。
そして、異質ともとれる瓶底メガネに、そばかす。手入れのされていない極太の眉…紅をさしてるのに血色の悪い荒れた唇……白い肌にベタベタに塗られたチーク………。
これが俺の嫁……ああ、ダメだ。目眩が……。
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体格、武、威厳は父。容姿、学、器は母。両親の長所だけ余すことなく貰い受けた俺。
超大国の王子として生まれ、幼い頃は神童と呼ばれていたが、それに甘んじることなく、己を磨き上げた。武の力も学力も。知識も教養もなにもかも。
完璧でなければならない。そう教えられて来たし、完璧でないといけないと俺自身そう思っていたからだ。
冗談を言ってふざけたりもする。王太子として振舞っていなければ、口も悪い。様々な美女と浮名を馳せてきた。けど、場や身は弁えてきた。王子として。
なのに…。
「グレイズ様?如何なさいました?」
あとは若い2人でということで、城の中庭を2人で歩かされているんだが…。この瓶底メガネっ娘が…俺の妻。この国の妃。嘘だろ、おい。
人を見た目でどうこうってのは、悪いことだと分かってる。けど、天下のフローリアの王太子の妃となると話は別だ。見た目も中身も伴っていないと話にならない。
現にどの国の王や王子の妃は美しい。美しい上で、妃となる器を作る。俺は目の前の現実を、直視出来ないでいた。
「いや、別に…。」
「本当ですか?」
「うん、まあ…うん。」
「では、良かったです!」
うっ…。唾が飛んできた。手は荒れているし、よく見ると産毛の処理もしてないし、肌が見えている部分は毛穴がボツボツと主張している。おまけにドキツイ香水の匂いで鼻が痛い。
ダメだ、今まで相手をして来た女性達が美しく完璧すぎて、生理的に受け付けない。
「す、すまないが少々軍に用があってな。そちらに出向かわなければならない。そなたは好いたように過ごしていてくれ、では…!」
唐突な話の切り替えだと思う。けれども、限界を感じた俺は早口&早足でその場を離れた。
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「……思った反応で良かった。そう思うでしょう?ルディー。」
残されたレイリアは瞳を伏せた。レイリアの背後に、白髪の青年が跪いた状態で、どこからともなく現れる。
「当然ですよ、お頭。この日のために身なりを整えてきたんですから。」
「ちょっと徹底しすぎましたか?これ。」
「徹底しすぎです。今のお頭を副長や隊員達が見たら卒倒しますよ、グレイズ殿下の心中たるや…。」
レイリアはルディーの言葉にくすりと笑いを立て、瓶底メガネを外しながら振り返る。振り返る間に王子を震えさせた欠点の諸々が変化し、ルディーへ向き直る頃には完璧なまでの美少女へと変わっていた。
恐らく、王子が望む以上の容姿である。
「これも計画通りでしょう?」
無邪気に笑って見せたその姿には、長年付き従うルディーでさえ、見惚れてしまうほどだった。
「…グレイズ殿下が気の毒でなりません。」
「これも殿下の為です。」
そう言うと、レイリアは瓶底メガネをまた装着する。すると再び、あの姿へと戻っていた。
「さあ、始めましょうか。」
そう呟くとレイリアは、ドレスの裾を少し持ち上げ、歩き始めたのだった。
【01】 嫁、参上。俺、逃走。 END.
■ゼアル・バーバリィ・フローリア 56歳
フローリア王大国106代目国王。グレイズの父。
ヒゲを蓄えた体格のいい武闘派の王様。威厳たっぷりに振舞っているものの、弱い者にはとことん優しい。
賢王と呼ばれるのは、かつて友好国で続いていた紛争に介入し、血を流さず話し合いで解決した為。賢く優しい王だと言われています。名前にある"フローリア"は国王と王妃のみ名乗れます。
■アリア・バーバリィ・フローリア 54歳
ゼアルの王妃であり、3人の王子、2人の王女を産み育てた人。とても美しい。身内にはとても厳しく威厳たっぷりなものの、とても聡明で、心優しい王妃様。
溺れた農民の子を助ける為、なりふり構わず誰よりも先に飛び込んで助けた過去を持ち、民から慕われている。
■グレイズ・バーバリィ 28歳
次期国王。金髪で王族や貴族が通う学院ではなく、世界屈指の学力を学校に入り、卒業。その後、両親に頼み込み、ギルメキア軍皇国へ武者修行に行った過去を持つ。若い時から恋多く、名だたる美女と浮名を流して来た。基本は気のいいお兄さん。
■アルベルト・ ジェリアン 28歳
母がグレイズの乳母だった為、幼い時からグレイズと共に過ごしてきた。腹をわって話せる仲。グレイズと共に強制的に最高峰の学校に入学、グレイズをおさえ、首席で卒業。
飄々としていて、ある意味事なかれ主義。因みに既婚者で子供が産まれたばかりの新米パパ。




