【20】事件と俺と嫁。前編
俺はフローティナ大城の長い廊下を走っていた。
本来走るべきではないのは分かっているし、謹慎中の身だということも理解している。だが、走らずにはいられない。
レイノルが…。俺の弟が、襲われて重体と近衛兵に聞かされたからだ。
「レイノル!!」
目的のドアをノックもせず、勢いに任せて開けると、ベッドに横たわるレイノル。高度な状態異常を治す魔法陣が息を荒くする弟の上で浮かんでいる。
その周りには、両親の姿があり、こちらを驚いた様子で見た。
「父上、母上…レイノルは!?」
息が切れたままベッドに近付き、両親に問いかけながら弟の様子を覗き込んだ。
体のいたる所の血管が浮き出ていて、痛々しく腫れ上がり、その周辺の皮膚が赤紫に変色し脈打ち、斑点のようなものが出来ている。
「付きの者と行動中に何者かに襲われたようだ。左足、腹部、右肩に矢を撃ち込まれた痕がある。恐らく…。」
「毒…ですか。」
「…うむ。」
状態異常の治癒の中位魔法…高度なものでも緩和すら出来ていないように見える。なんなんだ、一体どんな毒を使ったらこんな風になるんだ…!?
ヒメリドクタケ…いや違う、あれは紫じゃなく青痣のような斑点が出る。
ツユラクソウ、違う、小動物ならすぐに殺せるが人間ほど大きなものになると難しい。
コバクオオバチ…症状はよく似てるが違う。あれは高度な状態異常治癒の魔法ならすぐに効果が現れる。
フローリアントビヘビ…違う。あの毒は溶解性の毒だ。
なんだ、なんなんだよ。俺の頭の中に入ってる毒の症状と、弟の症状を照らし合わせても、合致する毒がヒットしない!
「グレイズ。レイノルに使われた毒は、確認されている毒の全てと照合したのですが…。」
「まさか…。」
「一致するものがないらしいのです…。」
「じゃあ…新種の毒、と言うことですか…?」
「…っ、そう…です。」
驚きながらオフクロを見ると、本当に辛そうにしている。それもそうだ、厳しいがとても愛情深い人…自分の息子がこうなってしまって、平気なわけがない。
「レイノル…お前、誰にこんな…。」
倍近く腫れ上がってしまった弟の手をそっと握り、悲しいような苦しいような、悔しいような、そんな感情に瞳を強く強く伏せた。
新しい毒。この症状。状態異常の中位治癒魔法も効かない。…この状況が行き着く先は、ここにいる誰もが想像出来る。
嫌だ…弟であり、ライバルでもあり、良き理解者でもあったお前が、若くして両親や俺より先に逝くなんて絶対にダメだ。
「どうにか、どうにかならないのですか?父上…。」
黙る両親。それが答えのような気がした。
クソ…クソ!クソ…!!!認めたくない、諦めたくない。俺の、俺の大切な弟なんだ。ここで何も出来ずに、ただ苦しみ弱っていく姿を見るだけだなんて…!
「それは…。」
親父を縋るような気持ちで見ると、親父は瞳を伏せる。それが全ての答えなような気がした。
「クソ…!逝かせぬ…逝かせないぞ!」
頭に浮かぶ様々な治癒魔法を思い出す。世界は広い、1つの治癒魔法が正解と言うわけではない。何種類もの治癒魔法があるんだ!魔力を練り上げ、魔法陣を展開する。
…ダメだ。もう1つのは?…これもダメ。なら、これは!?…ダメか…じゃあ、次は…!これでもダメだ。手応えがない!ならあれはどうだ!?……これも、これもダメだ!クソ、クソ!!
「グレイズ!お止めなさい!そんなに無理に魔法を使ってはアナタまで倒れてしまいます!」
オフクロがしがみつくように俺の腕を掴んだ。
「でも!レイノルが…!!」
「自分をよく見てみなさい!」
珍しく声を張り上げるオフクロに、ふと一瞬我に返ったような気がした。苦しい呼吸、流れる汗、押し寄せる疲れ…短時間で高度な魔法を行使しすぎて、俺は視界がぐらりと揺らぐのを感じた。
「…っ…!」
「「グレイズ!」」
親父とオフクロの焦る声。ふらついた俺を両親が支えてくれた。
「グレイズ、もう十分だ…。」
「でも、でも親父…。家族、だろ…弟なんだ。今度は助けたいんだ…もう亡くしたくない…。」
「グレイズ、貴方まで倒れてしまっては…私は耐えられません…!」
オフクロの言葉が俺に衝撃を与えた。そうだ…俺は知っている。オフクロは愛情深い人…レイノルがこんな状況になっているのに、俺まで倒れたら…!
でも、どうにか出来ないのか?本当に弟を助けられないのか!?
「こんなに…苦しんでいるのに…俺は…。」
弟の体に浮かぶ斑点が僅かに増えたような気がする。いや、増えたんだ…。
「…1人だけ…。」
静かな空間に、オフクロの声が響いた。俺はオフクロの方を見る。
「1人だけ知っています。これをどうにか出来る者を。」
「誠ですか…!?」
オフクロのその言葉に、オフクロを見る。見たことがないくらい神妙で深刻そうな表情に、何か引っかかるが、レイノルを思うとそんなことは、どうでもよく感じた。
「アリア…まさかそなた…。」
「すみません、あなた。どうしても…どうしてもレイノルを助けたいのです。」
「………。うむ、あの子も許してくれよう。」
俺の前で繰り広げられる意味深な会話に、眉間にシワがよるけど、今は本当にどうでもいい。何よりも優先すべきことがあるんだから。
「だから誰なのです!?早くその者を呼んで、レイノルを治して頂きましょう!」
半ば詰め寄るようにして言うと、オフクロは一度キツく目を閉じ、ゆっくりと目を開け、俺を強い眼差しで見つめた。
「グレイズ、よくお聞きなさい。この状況を打開できる者、それはあなたの妃ですよ。」
「…え…?」
レイリア、が…?レイノルを助けられる…?
「それ、は…誠です、か…?」
「はい。グレイズ、レイリア妃に連絡を。」
「そんな…まさか…。」
…連絡?アイツは…今実家に。この状況で連絡しても絶対に応じてくれはしない…。
「グレイズ。ワシからも頼もう、あの子に連絡を。」
あの嫁が…そんな。そんなことって…。
「失礼致します。」
あらゆる衝撃で、思考が停止しかけていると、どこかで聞いたことがある声がドアの方から聞こえた。
俺も両親もほぼ同時にドアの方へ向く。
「お困りのようですね。両陛下、並びに王太子殿下。」
視界に映ったのは、1人の侍女が丁寧にお辞儀をして、丁度頭をあげたところだった。…この女は…レイリアの侍女!名前は…そう、リリーだ!!
「リリー!そなた…!」
親父が声をあげた。すると、リリーはふっと笑い、こちらに歩み寄ってきて、数歩手前で立ち止まる。
「そなた、何故…?」
またもや襲う驚きで上手く反応は出来ないが、何とか言葉を捻り出すと、彼女は俺を見て答える。
「はい、殿下。レイリア様が城が騒がしいので様子を見て来るようにと。案の定、事がおこっていたようですね。」
冷静にそう言われてしまう。そして、彼女は親父の方を見て、また口を開いた。
「レイリア様は、ただ今ご実家より離れ、緋褪の森においでです。私めの力で会話が出来るのは1人までとなっていますが、如何がなさいますか?」
緋褪の森、だと?両親や、神殿の上位の神官しか入ることが許されていない場所だ。そんな所に、レイリアがいるだって?
「グレイズ。そなたがレイノルを治してくれるよう頼むのだ。」
「し、しかし…私はあの者とは…。」
最悪の仲だ。今までしてきたこと、言ってきたことを考えると、快く引き受けてくれる気がしない。俺がアイツの立場なら引き受ける自信がないんだ、それだけのことをしてしまって来たんだから。
両親の縋るような眼差しに言葉を飲んだ。
もっと。もっと早ければ。レイリアが実家に帰る前に、レイリアのことを知ろうと言う気を起こしていたのなら、こんなにも気が引けることはなかった。
俺は、彼女に何をした?見た目で人となり決めつけ、決定的な証拠がないのに、俺の命を狙っていると…冷たく、酷く突き放して、散々恥をかかせた。もっと、もっと早く彼女と向き合おうとしていたら…。
俺のせいで弟が助からないかもしれない。でも、両親が彼女ならと言うのなら…。
「…私が話す。リリー、どうすればよいのだ?」
「簡単です。そのままで。」
リリーの方を向いて真剣にそう言うと、何歩が下がって距離をとった。
そして、自分の首に下げているネックレスを取り、両手で包む。まるで、神に祈りを捧げるように。すると、ほんの数秒後、手の中から暖かなオレンジの光が漏れ始めた次の瞬間、姿鏡のようなものが浮かび上がったかと思うと、レイリアの姿が映った。
久しぶりの瓶底メガネ。ドレスではなく、ワンピースのような服をまとっていて、パッと見は美しい髪の町娘だ。
レイリアには両親が見えているのか、両親の方を向いてスカートの裾を軽く持ちお辞儀をする女性特有の挨拶ではなく、軍人や騎士が行うようなお辞儀…左手を胸元にあて、軽く頭を下げるお辞儀をしてみせた。
そして、俺の方を見て微笑んで見せる。
『お久しぶりでございますね。グレイズ殿下。』
頭に響く、レイリアの声。両親の方を見てみると、どうやらレイリアの姿は見えるものの、声は聞こえていない様子だ。
俺は腹をきめる。レイノルを助ける為に。
汚く罵られたとしても、頼み込まなければならない。今までの事を思えば、確実に俺が悪いのだから。それでも尚、食い下がらないと…。
そう…なんとしてでも、な。
【20】事件と俺と嫁。前編 END.




