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嫁が最強スペックすぎて戸惑うんだが。  作者: tetoc
■ 嫁暗躍 編 ■
21/25

【19】嫁と神獣と雷鳴。

 

 風が強い。

 風に撫でられ、木々が枝を荒々しく揺らし、空気は湿り気を帯びて、体にまとわりつくようです。空を覆う分厚い雲。昼間だと言うのに辺りは暗く、嫌な感じがしてならない。


「……嵐が来ますね。」


 私は仮の実家の庭に立ち、空を見上げながら独り言をもらします。

 遠くの方から雷鳴が聞こえる。でも、この感じは普通の嵐ではない。ここから見える森の入口には、何かに怯える小妖精達の姿がチラホラと見え、身を隠すように一人また一人と、いつの間にか姿を消しています。

 彼らは、視る力を持つ者には見えるのですが、こういう時、とても助かるんですよね。


「善くない前兆、ですか。」


 妖精族の中で、一番力が弱く繊細な小妖精は、とても警戒心が強い。彼らがあんな風に、身を隠すのは悪い報せです。


 心がざわつく。胸騒ぎ?…何の?

 辺りが更に暗くなってきた。風もより一層強くなってきた。頬を撫でる風が嫌に生暖かい。なんだろう、この嫌な感じ。


「お頭、雨が降りそうですよ!中に入って下さい。」


 部屋に入れるガラス戸を開け、エリーが私に声を掛けてくれます。私は、一度振り返って、首を傾げるエリーを見た後、すぐに見ていた空を見上げる。


「お頭…?」

「胸騒ぎがします。」

「え?」


 グレイズ殿下の周辺は、ダンが目を光らせているはず。ダンが不在だとしても、城には4人の隊員が潜入しているので、殿下は安全でしょう。

 …他国にいる者達?何か危険が?だとしたら、該当するものが多い。

 私の周辺は事がおこったとしても、私が何とかしてみせる。


 考えて。考えるんです。身に覚えのあるこの嫌な感じ…おこりうることを全て考えて。事を防ぐ為に。


「お頭。ダン副長から報こ…。」

「姉さん。」

「エリー。お頭、どうしたの?」

「分かんない。胸騒ぎがするって。」


 リリーが背後にいる。エリーの隣に並んで私を見ている。けれど、今の私はこの胸騒ぎへと意識が向いていて、聞いているようで聞いていない状況です。

 彼女達の言葉を、どこか遠くで聞いている感覚で、考える。


「で、どうしたの?姉さん。」

「ダン副長から報告があってね。お頭に伝えようと。」

「ダン副長から?」

「ええ、そうよ。」

「ダン副長がなんて?」

「レイノル殿下がアズールに向かって出発したって。」


 レイノル殿下と言う言葉に、思考が流れ始めました。まるで、せき止められていた大量の水が一気に流れるように。


「リリー。」


 この胸騒ぎが嘘であって欲しい。


「なんでしょう?」


 かかとを返し、リリーとエリーを視界におさめる。


「直ちにフローティナへ戻って下さい。全速力で。」

「えっ!?」


 リリーではなく、エリーが困惑した様子で、驚いたような声を上げます。反して、リリーは慣れもあってか、かなり落ち着いた表情で私を真っ直ぐ見つめ返します。


「何か予兆が?」

「ええ、この感覚…ギルメキア前皇帝が崩御なさった時のものによく似ています。あの時、私はギルメキアにいて、この感覚を覚えました。」


 あの時も周りの小妖精達が身を隠し、空は暗雲に包まれました。そして、不安や焦り、恐怖に似たよく分からない感情を覚えながら数日の時が経った時、ギルメキア前皇帝の崩御を耳にした。


「そして、私は今フローリアにいる。確定ではありませんが、フローリア王家に不吉な影を感じます。私は万が一のことを考え、緋褪の森へ向かい、力を蓄えるので、その間貴女に影の進行を防いでもらいたいのです。」


 この感じがあの時のものならば、防がないと。いくら私と言えど、完全に死んでしまっては、どうすることも出来ない。生死を操り、扱えるのは祖龍だけなのですから。

 そう、将来フローリア王家の柱となる者の死は、今絶対におこってはいけません。死を未然に防がなければ。


「御意。今から準備をして、終わり次第フローティナへ向かいます。」

「お願いしますね。」

「はっ。」


 そう言って、リリーは風と共に姿を消した。残ったのは、不安にかれられる私と、まだ困惑しているエリーだけ。


「エリー。」

「え、あっ、はい!」

「貴女はしばらくここにいて下さい。」

「ぎょ、御意。本当にいいんですか?」


 エリーに背を向け、自分がつけているネックレスに触れ、膨大な魔力を込めると緋褪色の宝石が光り、私はネックレスに触れていた手をかざした。すると、連動するように、私から数歩離れた地面で究極召喚魔法の大きな陣が煌々と光りながら浮かび上がる。


「最速で緋褪の森へ向います。貴女の体は耐えられないだろうから。」


 言い終わると同時に、中型のドラゴン程度の大きさの白銀の巨狼が召喚された。巨狼は私を見下げ、長く大きな尾を何回か左右に揺らします。


『主様。この姿のまま僕を喚ぶなんて、どうかしたの?』

「ラプス、詳しい話は道中でします。貴方の聖域(緋褪の森)に今すぐ連れて行ってください。」

『僕の?任せて。』


 そう、目の前の巨狼は、ラプス本来の姿なんです。あの可愛いフォルムの方が好きなんですが、今はそんなこと言ってられませんしね。

 私は地面を蹴り、跳躍してラプスの背中に飛び乗り、気を取り直したエリーを見て微笑んで見せる。


「では、エリー。お願いしますね。」

「御意!」

『じゃあ、飛ばすよ!しっかり掴まっててね、主様!』


 ラプスがそう言った次の瞬間、体に大きめの衝撃に似た重さがかかる。すると、私が先程までいた仮の実家から数百m離れた草原に、ワープしたかのように景色が変わります。

 驚きでしょう?魔法なんかではありません、ただラプスは走っているだけ。しかも、たった数歩でこの距離を一瞬で移動出来るんです。もちろん、こうしている間にも、景色がいきなり切り替わるように景色が流れていきます。


「ラプス、あとどれぐらいで着きますか?」

『んー。主様の体のことを考えると、あとた40分くらいかな。』


 この世界はとてつもなく広い。さっきの場所から緋褪の森へは、直線距離で3600km弱。ちなみに、私の仮の実家から王都までは倍以上あるんです。普通ならもっと時間はかかるんですけどね。

 これでも、ラプスにしたら中速くらいなんです。つまりは、私に負担が掛からない速度で走ってくれているんです。本気で走るともっと速いってことでなんですよね…、私も速い自信はあるけれど、流石にラプスには敵いません。


「私のことを考えて…ありがとう、ラプス。」

『主様は神体じゃないから仕方ないよー。いくら強くっても()()()だもん。』

「人の体でもびっくりするくらい丈夫な方なんですよ?私」

『そうなの?神族以外は柔らかいから分かんないやー。』


 …見た目すごくワイルドで威厳たっぷりなのに、このまったりのんびりとした喋り方…。なんだか、さっきまでの嫌な感じが和らいでしまいますね。


『安心して。』


 前を向いて走りながら、ラプスは穏やかな声で私に語りかけてくる。


『嫌な方へ考えると、嫌な事ものが寄ってきて、嫌な事がおこっちゃうよ。だから、安心して。』


 本当にこの子達は…。


「ありがとう、ラプス。貴方にはいつも助けてもらってますね。」

『いいよ!主様はずっと会いたかった"僕達の愛し子"だもの!』


 そうですね。いつもどっしりと構えていないと…事がおこればその時対処をしたらいい。最悪の場合を想定するのはいいけれど、最悪の場合しか考えないのは判断が鈍ります。今から悪い方へ考えて、それに囚われてはいけません。


 空を見れば、分厚い黒雲が天を覆い、フローティナ大城がある方から伸びてきています。そして、フローティナ大城の方から雷鳴が聞こえてくる。


「雨が降りますね。」

『だね。このままの速度じゃあ雨粒があたって痛いだろうから痛くないように走るよ。』

「いいえ。」


 約3km前方に、そんなに高くはない山々が見え、その辺りはどうも雨が降っている様子。

 私は瞳を伏せ、いくつかの魔法を展開する。次の瞬間、服はワンピースからユニフォームへと変わり、魔法のウエストポーチから特殊なフードがついている外套を取り出して、それを羽織ってフードを目深に被った。


「これで大丈夫。このまま行きましょう!」

『任せて!』



 ────────

 ──────

 ────



 雨が降る緋褪の森の白神木が立つ広場に入ると、そこには親しい背中があった。それは人ではなく、黄金に輝いている。


『あ!リュカロスだ!』


 広場に入って元の子犬の姿になったラプスが、その大きな背中に向かって嬉しそうに声をかけつつ、駆け寄って行った。それに反応して、振り向いたのは、雄々しきライオン。神獣達の中で最も力のある者であり、神獣の長と呼ばれる彼。

 リュカロスはゆったりと振り返って、小さなラプスと挨拶がわりに鼻を合わせた。


『ラプス。主様のお役に立っているか?』

『うん!精一杯頑張ってるよ!』

『そうかそうか。』

「リュカ。」


 私が彼の愛称を呼ぶと、彼はラプスの背に合わせ、下げていた首をゆっくりと持ち上げ、悠然と頭を下げた。


『主様。ただ今戻りました。』

「お帰りなさい。ベルガトロンのシャロウ皇子はどうでした?」

『お元気でしたよ。主様に会いたいとおっしゃっていました。』

「そうですか、また近々謁見しにいかないと。」

『ですな。心細く思っておいでです。』


 リュカの目の前で立ち止まって、彼の頬を撫でた後にぎゅっと抱き着く。彼も濡れているけれど、とても温かい…。


『しかし、主様。いかがなされた?心が乱れた痕跡がありますぞ。』

「フローリア王家に影を感じたので。今は平気ですよ。」

『ならば、安心ですな。』


 そう言ってリュカから離れ、笑って見せたあとに、跳躍して白神木の太枝に飛び乗った。途端に全身の悪いものがすぅーっと抜けて、浄化されたような感覚に瞳を閉じた。

 よし、落ち着いた。これで、フローリア王家に何があっても対応出来ます。


 気を改めないと。




【19】嫁と神獣と雷鳴。END.

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