【15】俺と弟と嫁の涙。
ゾディアス皇帝がフローリアに滞在して4日目。そして、ゾディアス皇帝一行が国に帰る日。
俺は親父からの城に出向けとの命令を受け、城に来ていた。大体の察しはつく、王太子である俺がギルメキア皇帝に無礼を働いたんだからな。
親父にオフクロ、そしてゾディアスが一定の間隔を開けて立っている。その脇の方には、法を司る白の大臣であるアルがいる。
俺は王の称号を持つ3人の前で俺は跪いた。
それと同時に、アルが持っていた羊皮紙を広げ、俺を呼び出した理由を読み上げた。
それは、予想通り…俺が目眩をおこし、倒れそうになったところをゾディアスが抱き受け、助けた際に俺が無断で部屋に入り、怒鳴ったことに対してだった。
2枚目の羊皮紙が読み上げられる。
これは、2人がいた部屋の近くで控えていたゾディアスの近衛兵長からの申し立てで発覚したこと。また、俺の処罰をゾディアス並びにレイリアは望んでいないことが読み上げられた。
そして、フローリア国王である親父から声が掛かる。
「グレイズ。」
「はっ。父王様。」
「そなたは我が国の次期国王…全てを語らずとも分かっておるな?」
「はい、このグレイズ。恐れ多くも、我が妃を介抱して下さったゾディアス陛下に対し、無礼を働きましたことを深く反省し、謹んで処罰を受けたく思っております。」
それを機に、アルの声が聞こえた。
「グレイズ王太子殿下は、本日より2ヶ月の謹慎とし、謹慎期間中の外出、公務は禁止とします。尚、軍への介入も等しく禁じ、これらをグレイズ王太子殿下の処分とすることをフローリア王大国、ゼアル国王陛下と白の大臣、アルベルトの名を持って命じることとする。」
「…しかと拝命しました。」
内心では、次期国王を剥奪されたらと思っていたが、2ヶ月の謹慎処分で良かったかもしれない。でも、法を司る白の大臣の名前も添えられるとは…厳正だな。
俺はそのまま、王家を守る近衛兵達に、自分の部屋に連れて行かれる。公務をしてはいけないので、ゾディアスを見送ることは良しとされないんだ。
部屋を出ようにも扉の外には、近衛兵達が立哨している。これから2ヶ月、24時間休まず、俺が勝手に行動しないか監視するわけだ。
…本当に何故あんなことをしてしまったんだろう。
あの場はああするべきではないと分かっていたのに、レイリアとゾディアスが抱き合っているのを見て、部屋にノックもせず立ち入った。
レイリアを愛していて、それを裏切られ怒鳴り込むのなら、俺自身もまだ納得出来る。だが、俺はアイツを愛していない。
「いや、違うな…。」
最初、ゾディアスが誰と抱き合っているか分からなかった。声を聞いて、レイリアと認識した途端に、今まで感じたことのない怒りがこみ上げてきたんだ。それこそ、殺意に相当するほどの怒り。
…不思議だ。本当に不思議だ。
レイリアは好かん、アイツは俺の命を狙っているかもしれない、それに嫌味のような言い回しやはっきりとしない態度…あと見た目が嫌いだ。
冷静になって考えてみれば、妻と認めたくない、妻として振る舞って欲しくない、触れないで欲しいし、近づいて欲しくない…俺がレイリアに思うことは以上だ。
別邸で過ごしていたら、アイツに会わなくて済む。だから、俺は別邸いた。それで良かった。なのに、だ…殺意を覚えるほど怒るか?
そもそも、怒鳴り込む直前と直後の記憶がはっきりしない…気付いたら俺はゾディアスに謝罪し、部屋を出ていた。
「…それに、調子もいいんだよな…。」
自分の手の平を見て呟いた。握り拳を作り、開く。意味はないが、何回か繰り返してみる。
本当に調子がいい。肩こりからおこる頭痛のような痛みもない…1日に何度か必ずあったのに。
「……一体なんなんだ…。」
色々考えすぎなのかもしれない。謹慎中は少 大人しく休ませてもらおう、休めばストレスも緩和されるはず。
早速横になろうとした時、扉が数回ノックされた。
「何用だ?」
「弟君のレイノル殿下がおいでです。」
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「そうか…お前が引き続き執務を。」
「はい、兄上。」
「すまない、不甲斐ない兄を許してくれ。」
「許すも何も咎めてなどいませんよ、兄上。どうか、気にしないでください。」
ソファーに座り、レイノルと対面する形で話を聞いたところ、レイノルは俺の謹慎が解けるまで、軍部の仕事をしてくれるらしい。本当に世話をかけてしまってるな…謹慎が解けたら、久しぶりに遠駆けにでも誘うか。
「それはそうと、兄上にお聞きしたいことが。」
「ん?なんだ?」
「アズールのことについてです。」
「ああ、あの街がどうした?」
アズールは、ここ王都から馬で2時間ほど行った場所にある街だ。"フローリアンエール"と言う酒が名産で、黄金色の発泡酒で口当たりはよく、上品な味わいが特徴で各国にファンが多いことで有名だ。
街は活気にあふれ、たくさんの醸造所が見られる。
「よからぬ話を聞いたのです。」
「…どんな話だ?」
「はい。アズールの街外れにある、今は使われていない醸造所に、怪しい者達が出入りしていると。」
「なに?」
「その使われていない醸造所には、女の幽霊が出ると聞いたことは?」
「いや、ない。そもそもそう言った類のものは、冒険者ギルドへ話が行くだろう。」
そこでレイノルは、顎に手を当て何か考え始めた。
なぜそれを俺に聞くんだ?
「そこで兄上、アズール周辺で不審な者に会ったことは?」
「結婚した頃より王都から出ていないからないな。どうしてそんなことを?」
「次期国王となった兄上を狙う者がいると…。」
「なんだと?」
時期などを考え、一瞬レイリアの姿が過ぎる。
「もしかしたら、そのアズールにいる者達が兄上を狙っているのではと考えたのです。現に疑わしい者の出入りもあるとか。」
「…なるほど。俺の命を狙う者がいるのか…。」
「ええ、そんな不届き者…絶対に許せません。だから正直に言いますと、兄上が謹慎になり、城外に出ることが出来なくなり、ほっとしているんです。」
「お前…。」
「すみません、悪い意味ではないんです。城にいれば不特定多数の者と関わりを持つことはありませんから。」
複雑そうに笑った後、レイノルは肩を竦めて、再び何か考え込んでしまった。
情けないな…レイリアと結婚してから何かと不安定な俺だ。そのせいで愛する兄弟に迷惑をかけてしまっている。いや、兄弟だけじゃない…親父やオフクロ、城の者も…。
疑わしく嫌な言葉を発するレイリア、なるべく近付けたくない。けれど、第一印象からよく思っていないせいで、嫌なところしか目につかなくなっているだけかもしれない。
まだまだその気にはならないが、今は謹慎期間中…考える時間はたくさんある。一度、彼女ときちんと話をしてみようか…。
「決めました。」
どうやら俺も考え込んでいたらしく、弟の声に我に返る。何やら決意した顔をしているんだが。
「兄上、私はアズールに出向きます。」
「は?待て待て、お前を危険な目に晒すのは兄として止めさせてもらうぞ。」
「アズールの輩が兄上を狙っているとしたら、奴らの狙いは兄上です。次期国王でもない私は眼中に無いと踏みました。」
「そう言う仮定は危険だぞ。」
そもそもこの弟は、もう1人の弟に比べて腕っ節もそんなに強くはない。少しでも危険があるのなら、行かせたくはないのが兄心だ。
「ご安心を!兄上達ほど強くはないのは百も承知です。なので、私の私兵より数名同行させ、護衛をしてもらいますから。」
「しかし…俺のせいでお前を…。」
「兄上。私ももう大人です。心配には及びませんよ!」
いつもなら頼もしく思えるんだが、…この複雑な感覚はなんなんだろう。
反対したい気持ちはある、だが弟の言う通り彼は大人だ。あまり心配して縛り付けては、弟の尊厳を踏みにじってしまう…思うところは多々あるが、今回は弟の意向に従おう。
「そうだな、今回はお前を頼らせてもらおう。よろしく頼むぞ、レイノル。」
「はい、兄上!お任せ下さい!」
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『あ……さ…。ある…。主!』
「!!」
勢いよく目を覚ます。目の前には、真っ白な蛇の顔がドアップで私をのぞき込んでいた。
チロチロと舌を出した後、頭を上げて私の上から退いてくれ、私はゆっくり起き上がった。
時間は…もうすぐ4時…。眠り始めて大体2時間ですか…あと30分は寝たいところですけれど、仕方がないですよね。
「ヴェゼル…。」
『珍しいな。貴女が気配に気付かないなんて。』
「…ここ数日、そんなに眠っていないので…。」
私が寝ていたベッドの上でとぐろを巻き、首を持ち上げて私を見る、4mはあろう白大蛇の名前を呼ぶと、彼はその体のサイズを縮め、30cmほどの小さな蛇になった。
手を差し出すと、するすると手首や指に体を巻き付けるので手をあげ、話しやすいようにします。
「それで、ヴェゼル。グレイズ殿下に呪詛を施したのは誰だか分かりましたか?」
私の問い掛けに、ヴェゼルは大きくゆっくり首を左右に振った。
『痕跡を辿ろうにも弱すぎる。途中で風にかき消されたように消えてしまっていた。』
「貴方でも無理でしたか…。」
『だが、とりあえず分かった所までを伝えに来たのだ。』
そう言うとヴェゼルは額の楕円形のイエローダイアモンドの宝石を光らせ、すうっと体を伸ばしてきて、私の額に自分の額を当ててきます。
瞳を伏せてみると、彼が見て来た視界が鮮明に過ぎっていく。
草むらの中…滑るように移動しています。この今にも消えそうな薄い灰色の霧のようなものを辿っているみたいです。
間もなくして、整備された道に出ました。立派な柵が見え、柵の間を通った先に見えた建物は、見覚えのあるものでした。
「…殿下の別邸?」
『そうだ。』
そのままヴェゼルは灰色の霧を辿り、巧みに建物内へと侵入を果たし、ある部屋に入る。
恐らくそこは寝室、寝心地の良さそうな大きなベッドが…って、うわぁ…ベッドの上の霧が濃い。と言うことは…あの呪詛はここでかけられたんですね。
…大体察しはつく、色んなものの。
一通りその部屋を見渡した後、ヴェゼルの前に小さな魔法陣が現れ、躊躇いもなく彼はその魔法の中心に入る。転移魔法…簡単な魔法陣でしたね、使う力も少なそうですし。今度ちょっと使ってみましょう。
すり抜けた先には、先程の道程にあった霧より少し濃い色のもの。また彼は、また辿り始める。
時折、霧が薄れすぎていて迷いそうになりながら、ついた場所は…。
「醸造所…?」
『どうやら使われていなかったようだが、人の気配がした。』
確かに霧は醸造所に入って行っています。しかも、正面入口から堂々と。
彼の言う通り、外には3体ほど鞍がつけられた飛竜が木に繋がれて……。
「待ってください…。この飛竜…。」
『可哀想にな。』
悲しそうなヴェゼルの声。
飛竜達は痩せていて、疲れきっている様子です。しかも、彼らの翼はとても傷んでいる。古い傷…それに新しい傷も…ああ、目が抉られ、耳も焼かれている…尾先も切ら…。
目頭が熱く熱くなって、頬に涙が伝う感覚。それに気付いたヴェゼルは、私から離れ、映像はそこで途絶えた。
『主…。』
彼が巻きついている手を下ろし、膝に置くと、彼は私の膝に移動する。ほんの少しの重みがなくなった手で、自分の涙を拭い、目を開けると心配そうに私を見上げる小さな彼が目に入った。
「ごめんなさい…、どうしても…。」
『…構わぬよ。我らの愛し子よ。』
あの飛竜達…虐待を受けていいます。
小型の飛竜は、数も多く人1人なら乗せて飛べる。でも、誰でもそれが可能ではなくて、彼らの了承がいるんです。
小さくてもドラゴン種としての誇りと知能を兼ね備えた彼らにお願いして、彼らに許しをもらって乗せてもらう。そうして出来た絆が繋がり、意思が疎通し、行きたい所を思うだけで伝わって、彼らが連れて行ってくれる。
彼らは…力によってねじ伏せられ、攻撃手段である尾先の棘を切られていた…。
目は潰されて、彼らは恐怖の中で空を飛んでいるに違いない。耳も焼かれ、仲間とのやり取りも出来ない。どんなに、どんなに辛いのでしょう。
それにあの痩せ方と翼の痛み具合。大した食事も与えられず、長距離を飛ばされ続けてきた証拠です。
小型の飛竜は人や物を乗せた状態で、飛べる時間は大体2時間弱…最高速度で飛んで1時間。明らかに超過した様子です。
「…彼らを保護しましょう。」
『いいのか?主よ。』
「私も全ての命を助けることは出来ません。でも…せめて目に入り、助けることが出来る命なら助けたい。エゴかもしれません、けれど…。」
『分かった。だが、今すぐは無理だ。分かるな?』
「ええ、感情に任せて今すぐ飛び出すようなことはしません。」
気持ちを切り替えて。今はもう涙を流してはダメ。
呼吸を整えて。感情的にならないように。
そう、全ての気持ちを落ち着かせて。私は子供だけれど、子供でいるのは許されないんだから。
「なるべく早く作戦を考えます。グレイズ殿下の件とあわせて、あの醸造所と飛竜を見張って下さい。追って指示を出させてもらいます。」
『うむ、任せておけ。』
そう言ってヴェゼルは、小さな姿のまま、小さな魔法陣を出して姿を消した。
丁度その時、ドアがノックされ、すぐに開かれる。
「おはようございまーす!おか…レイリア様。」
元気よく入って来たのはエリーですね。無断で入っては怪しまれると何回も言ったのですが…。
「おはようございます。エリー。」
「今日の朝ごはんは、お頭が大好きなものですよー!早く顔洗っ…。」
ベッドから下り、微笑んで彼女を迎えると、流石に何かを察したのか気を改めた様子で、私を真っ直ぐ見つめてくれる。
「エリー、お願いがあります。」
彼女は姿勢を正し、左手を胸にあて、小さくお辞儀をした。
「なんなりと。」
【15】俺と弟と嫁の涙。END.
※私的メモ 4。
■ゴディルエレスカのあれとこれ。
原初の神々の中に、光の女神、闇の女神が存在し、どちらの女神が創ったかで呼び名や分類が変わります。
光の女神が創ったもの達。
・人族→普通の私達のような人間。
・エルフ族 ・ドワーフ属 ・小人族 ・精霊族 etc.
闇の女神が創ったもの達。
・魔族 ・妖精族 ・獣人族 ・物人族 etc.
これに当てはまらないもの達は、全て祖龍が創ったもの達です。
・神族・神獣 ・聖獣 ・魔法生物
中でも、魔法生物の括りがややこしいかも知れません。魔法生物は、ドラゴンやユニコーン、ペガサスと魔法を扱える動物全般をそう呼びます。
犬や猫、牛、馬も少し姿形は違いますが、この世界に存在します。彼らは魔法生物には分類されていません。




