【14】皇帝と嫁と俺。後編
「なるほど。それでグレイズの妃になったと。」
「…はい。」
「そして、先程のあれは俺とお前のやり取りを見せ、最敵国の皇帝と繋がりがあると思わせ、お前への不信感と嫌悪感を更に抱かせようとした、と。」
「その通りです。グレイズ殿下は、ゾディアス陛下がフローリアに訪問することによって、必ず挨拶にあがります…ですがタイミングが…。」
「最悪だったのだな。」
「その通りです。」
もう素直に話すしかなくなった私は、ゾディアス陛下に任務の内容、作戦、今回のことを機密に抵触しない程度に話しました。陛下は深く長いため息をつき、ソファーに座ります。
「申し訳ありません。陛下に嘘をつき、更には庇って頂くようなことになってしまって…。」
深々と頭を下げます。さっき、陛下が私を庇って下さらなかったら作戦自体が危ぶまれていたのです。本当に今は頭があがりません。
「庇うのは構わん。余はそなたを愛しておるからな、むしろ庇うのは当然の事だ。ただな?」
「はい。」
頭を下げたままでいると、頭を撫でられる感覚に驚き、顔を上げます。すると、少し悲しそうな顔をした陛下の顔がそこにありました。
「お前に嘘をつかれたのは流石に堪えた。」
「…あ…。」
そうだ、私…初めて陛下に嘘を…。
「ごめんなさい…ゾディアス様…。」
「なんだ、また俺のご機嫌取りか?」
「いえ、今度は違います。…本当に、そう思っていますから。」
「それは誠か?」
「はい、ゾディアス様にはもう二度と嘘をつきません。」
陛下は少し黙ってから自分の隣のスペースを指差しました。これは座れと言うもの…。頭を上げ、陛下の隣へ腰掛けると、陛下に両手を優しく包み込むように握られる。
「いいか、レイリア。俺のお前への想いは、あの時と変わらずだ。」
「はい。」
「そなたの役割は重々承知しているが、俺は心配でならん。」
「心配をなさらずとも私は…。」
「レイリア。」
私の手を握る、陛下の手に少し力が入るを感じる。
「今すぐにとは言わぬ。グレイズの件が終われば、ギルメキアに来い。さすれば俺がお前を守ってやれる、お前が大切にする"D"もだ。」
「しかし…私は…。」
「フローリア国王や王妃に恩があるのも知っている。だが、そばに控えずとも恩は返せるだろう?」
言葉が出ない。何も考えられない。
「…私は…。」
ゾディアス陛下は、本当によくして下さるし、本当に私を大切に想って下さっています。だから、この方とはあまり会わないようにして来ました。
「陛下の…陛下のおそばには参りません。」
「レイリア…。」
「どうしても、フローリアを放ってはおけませんから…。」
何も言わずに陛下は私を抱き寄せた。いつもなら抵抗するのですが、今は何故だか、そんな気はおこらなくて…いけないと分かりながら身を委ねる。
「俺の気持ちは変わらない。…愛するお前の為ならばなんでもしよう、だから気負わずいつでも頼って来てくれ。」
「ありがとうございます。」
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「おい…こりゃどう言うこった?」
部屋がまあ、ぐっちゃぐちゃ。そして、部屋の中心にはよく知る背中。
「グレイズ。お前がこんなことをするなんて珍しいな。」
「……あ、ダン兄…。」
俺の声を聞いて我に返ったのか、部屋の惨状にやっちまったと言わんばかりにため息をつくグレイズ。そして、おもむろに自分で片付け始めた。
いや、自分で片付けんのかよ!
「しゃーねーなぁ…。」
このタイミングでグレイズの別邸に来るってのも、何かの運命だろう。俺は手伝ってやることにした。
「何があったんだ?ん?」
「別に。」
部屋に入って、倒された小さな棚を元の位置に戻しながら、壁際まですっ飛んでいるソファーを片付けるグレイズに問い掛ける。が、素っ気ないと言うより、疲れてる様子。
「別にって感じじゃないだろうが。素直に言わないと手伝わねえぞ。」
「……ゾディアスが訪問しているから挨拶をしに城に帰ったら、ゾディアスとアイツが仲睦まじい感じで話してるのを聞いてしまったんだ。」
おおふ、マジか、頭。
「接点はないはずと、そう思って覗いて見ると抱き合っていた。」
おおおう!?マジか、頭!?
待ってくれ、それどんなタイミングなんだよ!?
「一気に憎悪したんだ。アイツは地位の高い男を手当り次第に手を付けようとしていると思って!」
ソファーを元に戻し、ひっくり返っているテーブルを元に戻していたグレイズは、テーブルに拳を振るった。そして、テーブルが真っ二つに割れる。
待て待て待て待て。コイツ、よっぽど頭にキてるな。力の調節がアホなんじゃねえかと思うくらい出来てない。
「とりあえず、物にあたるなよ。物は大事にしろ。」
「…あ…やっちまった…。」
危ねえ、コイツ無自覚か。
でもまあ、ゾディアス陛下とグレイズはライバルだ。更にグレイズは陛下を認め、身近な目標でもあり、友でもある。
そんな中で、不審極まりない動きをする頭が、自分が認め憧れる男にちょっかいを出してるとなると……グレイズの性格からして、この上なく許せなかったんだろう。
つーか頭…この短い間によくここまで嫌われたな。
ちらっとグレイズを見てみると、自分が真っ二つに割ったテーブルを何とか直せないか模索しているようだ。や、もう無理だろ。
「それで?お前はどうしたんだ。」
「気付いたら怒鳴り込んでいた。」
「……すげえ度胸だな、お前。」
「友が毒牙にかかっていると思うとな…。」
つまり、ゾディアス陛下を毒婦の手から遠ざけようとしたわけか。
「でも、逆に言われたんだ。」
「何を?」
「俺がアイツを嫌って避けているせいで、心労がたまっていると。そして、心労のせいでふらついたアイツを、ゾディアスが支えていただけだと。」
超絶仕事人間の頭が、その程度で心労がたまるとかないだろ。あの人をふらつかせたいなら、3ヶ月くらいほとんど寝かせず、食事をとる間も、座って休む間もないくらいじゃないといけない。それでようやく、疲れがたまってふらつく程度なんだから。
しかも、任務の為にお前が自分を嫌うように仕向けてるんだぜ?ないない、100%ない。
しかし…頭と陛下が抱き合っていたか…。
「なあ、ダン兄。」
散らばるクッションを拾い集めなが返事をする。
「俺は…なんでこんなにもアイツが嫌で嫌で仕方がないんだ?」
「え?」
そりゃお前、頭がそうなるようにしてるからだろ。
「ここまで人を嫌ったのは初めてだ。視界に姿が入るだけでイラつく、話しかけられたら嫌悪する…不審に思うことは多々ある。だが、まだ裏切られたり、殺されかけたりしていないのに…何故ここまで…。」
「お前がそこまで誰かを嫌うなんてな。」
「今日は特別に凄まじかった。…自分でも驚くくらいに…もはや、あれは憎悪…。」
「それは…。」
振り返ってグレイズを見ると、言葉が詰まる。
今…グレイズの項がチラッと見えたが、見覚えがある印があったぞ。あの印は…なんだったか…思い出せ。
「"それは"なんだ?」
「あー…それはなんだ、よく知らないからなんじゃねえのか?」
「よく知らないから?」
「そう、ちゃんと妃殿下のことを知る前に、変な情報を入れちまったせいで、本当の妃殿下を知ろうとしなくなったんだ。」
思い出せ…あー、クソ…。視ることは出来るが、呪詛の類は得意じゃねえんだ。クッソ、思い出せん!
「…本当のレイリア…。あー、ダメだ…アイツのことを考えると頭が痛くなるし、異様に腹が立つ…。ちょっと前までここまでじゃなかったのに…。」
また印が視えた。どうやら頭の事を考えると浮かび上がるみたいだな。
…頭がつけたのか…?いや、頭は呪いの類を使うような姑息な真似はしねえ。なら誰が…。
「グレイズ。」
「ん…?」
顔色が悪くなっている…本当に調子が悪そうだ。
「ちょっと休め。普段怒らないお前が、ここまで怒ったんだ、そりゃ体調もおかしくなるだろ。」
「でも、片付けないと。」
「俺がメイドさん達とやっておいてやるから、マジで休んで来い。分かったな?」
「んー……。ん、分かった。ごめん、ダン兄。」
そう言ってグレイズは辛そうに部屋を出て行った。
なんだ…?前に見た時は、あんなもんなかったように思うんだが…。よし、こんな時は…頭だな。
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全てが寝静まった頃。グレイズの寝室の大きな窓が、音もなく、静かに開いた。
途端に心地の良い夜風が部屋に入り、カーテンを揺らす。それとほぼ同時に、人影が窓より寝室へと入ってきた。
よほど体調が優れなかったのだろう。愛人を横にすえず、ベッドで横を向いて辛そうに息を荒げて眠るグレイズに、その人物が音もなく近付き、寝顔を覗き込んだ。
その人物はレイリア。魔法のメガネをつけないまま、ユニフォーム姿で真剣な面立ちで眠っているのを確認すると、グレイズの項に指先をそわせる。すると、血の色の印が不気味に浮かび上がった。
「(なんてことを…。)」
その印の意味を知るレイリアは、表情を複雑なものに変えた。それもその筈だ、レイリアは数時間前グレイズに会っている。あの時気付いていたらと、自分の落ち度に反省と後悔をするが、それは今優先すべきではないことに気を改める。
「(これは"忌み心の呪詛"…。しかも、こんな中途半端なものをかけるなんて…。)」
その印は特定の人物に対して、強烈な忌む心を抱かせる呪詛。
その昔、強力な魔女が作った印。深く愛し合う恋人同士にこの呪詛をかけ、お互いを憎しむようにし、殺し合わせたと言われている強力な呪詛である。
強力な呪詛なのだが扱いがとても難しく、力量や知識が備わっていない者が施すと、施された者は最悪死に至る。そう、今まさにその状況であった。
寝返りをうち、上向きになったグレイズの顔色は、血の気が引いており、あまり良くはない。
「(これはさぞ辛かったでしょう…。今解いて差し上げますからね。)」
恐らく、グレイズに施された"忌み心の呪詛"の対象は、妃たるレイリア自身だろう。レイリアは何かの確信を得たのか、表情を一瞬鋭いものへ変えた後、グレイズの唇に己の唇をそっと優しく重ねた。
みるみる内に顔色が良くなっていき、荒かった寝息がおさまりを見せた頃、レイリアはグレイズから離れた。
「(これで大丈夫。)」
血色が戻ったグレイズの頬に労るように右手を添え、レイリアは安心したように微笑んだ。
「ん、……。」
小さな声をあげ、伏せられていた瞳が開く。グレイズが眠りから浮上し、上体を起こして寝室を見渡すとレイリアの姿はそこにはなかった。
開けられた窓もカーテンもきちんと閉められている。
それに不思議そうにしながら、つい先程までレイリアが触れていた自分の頬に手を添えた。
「…夢、か?…さっきまで誰かが優しく触れていてくれたような…。」
小さな不思議を残して、夜は更けていくのだった。
【14】皇帝と嫁と俺。後編
※私的メモ 3
■ グレイズとゾディアス。
大国の王子(皇子)と言う立場の2人です。
なんでも卒なく熟すグレイズですが、1枚も2枚も上手なのがゾディアスです。
グレイズにとってゾディアスは憧れでもあり、友人であり、ライバル。心からゾディアスを認めています。
ゾディアスにとってグレイズは遊び相手であり、弟のようであり、同じような立場の友人。兄心に似たようなものでグレイズを見ています。
実はとても仲がいいんです、この2人。仲良く喧嘩する感じで。
■ ダンとグレイズとアルベルト。
ダンのお父さんは、フローリア元大将軍。それが縁で、ダンは2人の武術の稽古相手に。
グレイズとアルベルトはダンを兄のように慕っています。
また、それの延長線上でダンはグレイズのお付きの者の1人になった次第です。結構長い付き合いです。




