【12】嫁と結婚式と妹姫。
ヒソヒソと話し声が聞こえる。
『グレイズ殿下は何を?』
『なんでも軍部で外せぬ事がおきたそうだ。』
『なんと…では…。』
『ああ、なんと哀れな花嫁だろう。』
初めて着た花嫁衣裳がなんの意味も成さない、ちょっぴり残念な気もするけれど、これは仕事。これでいい。
あれから、殿下に嫌われるように全て仕組んできた。調査して、わざと嫌われるような容姿になり、喋り方、態度、仕草…全てを作り、演じてきました。
まだまだ布石はたくさん用意しています。現段階で、あの方に嫌われてこそ、私の任務は成功する。
『やはり、あの噂通り、グレイズ殿下は妃殿下を愛しておられないのか。』
『ああ、そのようだな…。』
そう、広まりなさい。もっともっと。
一緒に生活をするよう課せられた期間が終わるその日、グレイズ殿下は城内に建てられている礼拝堂に姿を現すことはなかった。
なんでも、軍部の方でどうしても外せない用が出来たから、ことが終わり次第この礼拝堂に来ると。
そんな気などないのに、よくもまあ言えたものです。
これが本当に殿下を想っている方なら、大変ですよね。
王家の方々は殿下を疑うことをせず、哀れな花嫁の話をして時間を潰しているんでしょうね。花嫁の控え室でいると、扉の向こうの廊下から時折、私を気の毒に思っているような会話が聞こえて来ます。
殿下の信頼度はとても高い。
だてに王位継承権利・第一位をずーっと守って来ただけはあるかと。殿下がでっちあげた嘘など、疑う者はいないでしょうね。
さて、私にはまだやることがたくさんあるんです。
厳密なやり取りの結果、5日後にはゾディアス陛下がこのフローリアを正式に訪問なさるし、それに対する行動も起こさなければならない。
待たされること6時間半、今日は疲れました。
まだ来ない新郎を待っていないといけないんですかね…もうすぐ日が沈みますよ。
こんな綺麗なドレスを着て、顔がバレないようにずっと分厚いベールをかぶり、何もしないで待つのはとても疲れます。早く部屋に帰って、ゆっくり休みたいものです。
よし、泣く演技でもしてようかな。哀れな花嫁として。
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温かい。およそ1ヵ月ぶりの人肌だ。
「グレイズ様…?」
「ん?」
「本当に…私でいいんですか?」
ここは別邸の寝室。
俺はソフィアとの情事を終え、満たされた気分でいた。
「何がだ?」
「お妃様がいらっしゃるのに…私と…。」
「ソフィア、俺はあの娘なんかよりお前を愛してる。」
ソフィアの額にキスを送る。すると、不安そうだった彼女が柔らかく微笑んむ。
最近ふと思うようになっていたが、別邸に帰って来て彼女と会うと、より強く思ってしまう。
ソフィアが妃だったならどんなに良かっただろう、と。
なんだかんだと言って、この逢瀬は不貞行為。
善いことだとは思わない。けれど、元より愛していない…ましてや俺の命を狙っているであろう者を妻とするより、居心地がよくて、共にいて安心出来る物と一緒の方がいい。
それに、俺はあの娘が本当に好かんのだろう。
レイリアを思うと頭痛がする。だから俺は、あの娘を妃としてからは、より一層強くそう思うようになった。
「お前が妃であればな…。」
「!…嘘でも嬉しいですわ。」
「いや、嘘ではないぞ。」
ああ、温かい…とても落ち着く。
「ソフィア…。」
「ふふっ、なんですか?」
「このまま眠りたい。」
「ええ、どうぞ。ゆっくりとお休みください。」
流石に彼女にかぶさって寝るのはいけないか。
そう思い、彼女の上から退いてすぐ隣で横になる。
一気に微睡む。意識が深くまで落ちてゆく。
「おやすみ、ソフィア…。」
「おやすみなさいませ。」
優しい声…ソフィア………。
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夜が深まり始める頃。
私は城内に存在する、両陛下と許可された者のみが入ることが出来る温室に来ています。
疲れていますが、お呼びがかかったので仕方がありません。
フローリア王大国の両陛下の前で跪きます。
私の後ろには、リリーとエリー姉妹、彼女達も両陛下に対し、跪いている。
本日の結婚式での処理でお疲れのご様子な両陛下は寝巻き姿、その格好や雰囲気が何かおかしいと感じます。何かあったんですかね…。
「すまないな、レイリア。リリー、エリーも許せ。」
「我ら"D"一同、両陛下のお声とあらば、いつ何時でも馳せ参じる次第でございます。」
「まあ、よせ。今そなたは王太子妃ではなく、"紅銀の月"の首領…対等に話をしようではないか。」
「承知しました。」
………。嫌な予感…。
両陛下の半歩後ろを歩き、その後をついていきます。温室の中なので、王妃様が丹精込めて育てられている草花のいい香りが漂う。普段なら癒しの空間なのでしょうが、この妙に張りつめた雰囲気を嫌に際立てているんですよね…。
「レイリア、"D"の隠れ里で困ったことはないか?」
「ありません。両陛下の治世となってからと言うもの、安泰しています。」
「心置きなくなんでも言って下さいね。貴女は私達の娘のようなものです。」
「ふむ、そうだな。もし、お前が我が子であれば間違いなく、お前が次期国王であったろうな。」
「ご冗談を。私は王の器ではありませんよ。」
なんでその話が今出るの?
すんごく、胸に引っかかる。そして、強くなってくる違和感。
「して、レイリアよ。本題なのだが。」
「はい。」
「エリシアがおるだろう。」
「エリシア殿下がどうしたのです?」
エリシア姫殿下は、グレイズ殿下を含めた5人のご兄弟の末っ子の妹君。確かエリーと年が変わらなかったような気がする。
立ち止まった両陛下と同じく足を止め、振り返ったお二人の表情に首を傾げる。
「"D"になりたいと言っておるのだ。」
「…は…?」
素が出た。これは予想外すぎます。
いくら少し砕けた話し方をしているとしても、今のはまずい。でも…私の後ろにいる姉妹からも動揺や驚きの声が上がった。反応は間違ってないみたい。
「失礼しました。」
「構わん。ワシもエリシアから聞いた時そうなった。」
「私もです。顎が外れるかと思いました…。」
エリシア様は、ゼアル様の武の才をもっとも色濃く受け継いだ方でもあります。確か、鋼鉄傀儡と戦って倒したとか。
そんな猛者臭を漂わせる姫気味が"D"に…すみません、言葉があれですが…マジか。
「あの、失礼ながら…どう反応したらいいか…。」
「だろう?どうやら、お前の噂を耳にしたらしくてな。」
「私の噂、ですか?一体どのような…。」
「世界最高の独立秘密部隊"紅銀の月"を率いるは、八面玲瓏にして、志操堅固、勇猛無比な女首領。彼の者は"祖龍の愛姫"である、と。」
「そのような噂が…。」
誰がそんな噂…と考えた瞬間、脳裏に浮かぶ、やたらめったら求婚してくる、どこぞの国の皇帝。
いや、違う違う。いくらゾディアス陛下でもわざわざそんな噂を立てるような方ではありません。こんなことがある度に、あの方のせいにしてはいけません。
とりあえず、陛下にお尋ねしてみましょう。
「あの、その噂は誰から?」
「ギルメキア皇国の社交界では有名な話だとか言っていましたね。」
…アリア様………それ、マジですか。
ギルメキア皇国の社交界はどうなっているんですか。
「しかし…それでエリシア様は何故ここに私がいると?」
「……ゾディアス皇帝陛下より聞き賜ったと。」
何してくれてるんですか、あの人は…。居場所がバレたら秘密部隊の意味無いじゃないですか。
ああ、どうしよう…私がここに居ると諸国に断定されては色々面倒です。何か対策を練らねば…。
「なるほど…。」
「そして、そなたの下で、世を遍く善き方へ導き、武を極めたいと言っておってな。」
「あの子は幼い頃より、おとぎ話に出てくる"祖龍の愛姫"に憧れていましたからね。我が国に貴女がいると、目を輝かせていましたよ。」
「そう、否定しようにも色々と証拠やらなんやらと毎夜突き付けられての。その意志はとても強固。頑として曲げぬ。」
「そして、困り果てた私達はなんとか話を逸らし、貴女に相談を。」
両陛下の言葉に頭を抱える。目眩が…。
なるほど、両陛下もある意味戦っていらっしゃったのか。いつもは自力でどうにかしようとしているのに、私に相談なさるってことは、本当に困ってるんですね…。
「すまぬ、レイリア。そなたもグレイズとのことを始め、様々なものを抱えているであろう。今日だってあのような式で…なのに、このような…。」
「いえ、それが私の役目です。それにゼアル様とアリア様の為とあれば喜んで。」
とりあえず…エリシア様と話す必要がありそうですね。
【12】嫁と結婚式と妹姫。END.
■エリシア・バーバリィ 18歳
5人兄弟の末っ子のお姫様。金髪のショートボム。
父のゼアルの武を1番色濃く受け継いだ子。元気で正義感が強く、行動力にあふれる。
フリルやリボンよりも馬に乗って遠駆けしたり、弓や剣の練習が好き。ボーイッシュなお姫様。




