【09】皇帝とルディーと神獣。
── ルディー side.
ギルメキア軍皇国。
世界第二位の国領を有し、国名にもある通り、軍が主体となっている。軍の最高司令官は皇帝であり、世界最強と名高い軍を意のままに動かし、ここ100年不敗を誇る完全武闘派の国だ。
それにこの国は、世界に名だたる武の達人達を輩出していて、武を志す者の修行の地にもなっている。
そう、世界で唯一、フローリアと対等に渡り合うほどの実力を持っている国、言わば最敵国。
「ギルメキア軍皇国、第165代目皇帝ゾディアス陛下のお成りである!平につけ!」
皇帝が玉座に座するまで、高らかにラッパが鳴らされた。自分は深く跪いて、ラッパが鳴り終わり、声が掛かるのを静かに待つ。
「皆の者、面を上げよ。」
ゾディアス陛下の声だ。因みに、ギルメキアで"面を上げよ"と一度だけ言われて素直に頭を上げる者はいない。この国は、そう言ったことには厳しいから。
「苦しゅうない、面を上げよ。」
再び声が掛かり、ゆっくりと頭を上げる。
許可なく陛下を直視してはいけないし、話してはいけない。ここは陛下から話しかけられるまで言葉を口にしてはいけないんだ。
「バーバラ、皇子はどうしておる?」
「はい、陛下。皇子様はすくすくと元気に成長なさっております。」
「であるか。分かった、もうよい。」
バーバラ…確か半年前に皇子を産んだ、陛下の妃の1人だ。皇帝には何人もの公妾がいて、見事懐妊し、無事出産したら妃と呼ばれる。
この妃は皇后と区別され、地位こそは皇后より低いものの、バーバラ妃は1人目となる皇子を産み、陛下が皇后を娶っていない今、後宮で最高の権力を得ている。
そもそも、このギルメキアはフローリアとは当然ながら全く違う。
例えば、フローリアは一夫一妻制、ギルメキアもそうなのだが、ここは世継ぎを増やす為に後宮と言うものがある。そこには国内から選抜された娘達が連れてこられ、皇帝陛下の"御手"がかかるのを待っているんだ。故に、王位継承者が何十人となる時もある。
因みに、フローリア王家には後宮のようなものがなく、王家であるなら男性だろうが女性だろうが関係なく、最も優秀な者が王位を継ぐ。国でこうも違うとは、面白いものだ。
「して、ルディー。余に謁見を申し出たそうだな。遠慮は要らぬ、余を見て話すがよい。」
やっと声が掛かり、普通に話すのを許可された。
自分は立ち上がって、玉座に座る陛下を見上げる。
「はっ。どうしても陛下にお伝えしなければならないことがございます。」
「なんだ?申してみよ。」
「愛妃様についてです。」
「ほう!レイリアの!」
陛下の声が嬉々とした。
言っておきますが、お頭が陛下の公妾ではないし、妃でもない。でも、陛下自身の意思表示か何かは知らないが、お頭のことをそう呼ぶように言われている。
まあ、これが原因でお頭はここに来たがらないんだけど。
「して、レイリアがどうした?ん?」
「はっ。先日、愛妃様より連絡が入り、陛下にお願いしたきことがあるとのことでして。」
「ほう!レイリアが余にお願いとな?」
「はい。陛下にどうしてもお会いしたいらしく、フローリアを訪問して欲しいとか。」
「余に会いたいと?なんと愛らしい願いだ。」
あのギルメキア皇帝にこんなすっ飛んだお願いが出来るのはお頭くらいだ。
「お…、恐れながら陛下。」
おや?珍しい、あの大人しいバーバラ妃が陛下に対して物を申すみたいだ。
自身の中でお頭に会いに行く算段を組んでいた陛下が、椅子より立ち上がったバーバラ妃を横目で見る。
「許す。」
「は、はい。フローリアに訪問なさるのは控えた方がいいかと存じます。」
「何故だ?」
「ヒョルリーナの件もございます。御身が危険に晒されることは、あってはいけないことかと…。」
バーバラ妃は陛下を慕っている。
腹の中の少なからずは、お頭の元へ行って欲しくないと言う感情もあるだろう。それに、愛する人が恋敵の元へ行き、更にその道程が危険となると止めるのも納得出来る。でも、残念ながら陛下は…。
「陸路ではなく、海路があろう?」
「近海に怪物が出て暴れているとの噂も…。」
その怪物、お頭のペットなんですけど、余計なことは言わないでおこう。
「ならば空路だ。ヴォルスもいる。」
王座のすぐ脇に立てられている、人工的な止まり木には羽を休めている鷹のような大型の鳥。純白の体に4枚の羽、尾羽は美しく長くて威厳も感じさせる風貌だ。
ヴォルスと呼ばれた大鷹は羽を広げ、軽く羽ばたいて飛び立ち、陛下が座る玉座の背へと着地した。
「しかし…。」
「バーバラ。何故そうまでしてフローリアに行くのを止める?余にはヴォルスの加護もある、何が不満か。」
「…不満などはございません。失礼致しました。」
「うむ。」
そうだな。陛下の機嫌を損ねて、後宮を追い出されてしまえば、皇子を産んでいたとしても、母子共に何もかも終わる。
バーバラ妃には気の毒だが今はこちらの意のままにさせてもらおう。
「陛下。愛妃様からの言伝がもう1つ。」
「申せ。」
「はっ。現在、重要な任務に身を置いており、時間が空くのが3週間後らしく、その時にお会いしたいとのことなのです。」
「…なんだ、今からではないのか。まあ、良い。3週間後にフローリアへ赴く故、その旨をフローリア王に伝えよ。」
「承知致しました。」
陛下が執事長にそう言いつけると、執事長は落ち着いた様子で返事をした。そして、即行動に入る為、執事長はこの謁見の間を出ていった。
お頭関連はいつ何時であろうと最優先事項であると言う、陛下の言葉通りだ。
「レイリアのことだ、何の用かは大体察しはつく。愛する人の為ならば、悪路や危険なぞ喜んで受け入れようぞ。」
大鷹の頭を指先で優しく撫でる。
陛下は楽しみだと言わんばかりだ。…流石はゾディアス陛下。お見通しってわけか。
フローリアと違って、ギルメキアは王に即位する為の戦いは壮絶だ。それを勝ち取ったこの方は、やはり侮れない。
でも、一番侮れないのはお頭…ギルメキア皇帝を任務の為に呼び付ける度胸と思い切りのよさ。お頭を敵にまわすと怖い気がする…。
あ、そうだ。お頭の言いつけがまだあったんだ。忘れないように陛下に伝えないと。
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なので、密かにお伝えしたいことがとか適当に言って、別室に移り、陛下と大鷹と自分だけになったところで伝えてみた。
結果、中々信じてくれない陛下に、1枚の写し絵を渡してみたら、陛下と大鷹はそれを見て固まっている。
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。
「なんっ、なんだこれ!?」
どこか遠くから還って来るのを待っていたら、突如として陛下が声を上げた。おかえりなさい。
「お頭です。」
「は!?これがレイリア!?別人じゃないか!」
陛下に見せた写し絵は、お頭が魔法のメガネをかけ変身した姿。
ですよね、自分も初めてあのお頭を見た時、その差に人生で初めて飲んでいた物を盛大に噴き、陸にいるのに溺れかけましたよ。
「任務の為、変身なさっています。」
「念の為に聞いておくが…戻る、よな…?」
「ええ、そのメガネが魔道具となっていますので外せば元に戻ります。」
「良かった…。にしても、変わりすぎだろう。」
「ですよね、そこまで手を加える必要性が自分も分かりません。」
「あの美しく可憐なレイリアがこのような…その、なんだ、素朴な娘になるとは…。誠に魔法は恐ろしいものよな。」
まじまじと写し絵を見る陛下。てか、今言葉を選びましたよね。
すると陛下の肩に止まっていた大鷹と視線があう。
『ルディー、レイリアは何を考えているんだ?』
「すみません。任務に関わるので…。」
『そうか…。許せ、こんな手の込んだ魔道具を作ったその意図を知りたくなった。』
「手の込んだ魔道具…写し絵だけで分かるのですか?」
『もちろん。レイリアの力は我らやお前達のそれとは、比べ物にならないほど純粋で膨大なものだ。人には分からずとも、我ら神獣には分かる。』
そう、この大鷹は神獣・ヴォルス神。
このゴティルエレスカの世界を守護する16柱の内の1柱、とても神聖で尊く偉大な存在だ。
「まあ、そんなことはさておきだ。」
改めて写し絵をずーっと眺めていた陛下が、写し絵を自分に差し出しながら言う。差し出されたそれを受け取りながら首を傾げた。
「レイリアは俺に何をして欲しいんだ?」
「それは自分も聞いておりません。ただ、陛下に会って話がしたいとだけです。」
「なるほど、要望がないとすれば…普段通りで会う方が都合がいいのか。いや、むしろ…普段より度を増して会えばよかろうな。」
お頭が嫌がるからやめて頂きたい…。
お頭の機嫌が悪くなることはないけれど、周りにいる自分達が冷や冷やしてしまう。
お頭はどちらかと言うとフローリア側の人間、そして、そのお相手はギルメキア皇帝…国際問題になりかねないし、2人共それ相応の力を有しているから。
冗談ではあるが、お頭を手に入れる為にフローリアを攻めるとか陛下はおっしゃる。それを聞く自分達の身になって頂きたい。
「や、あの。なるべくなら普段通りで…。」
「愚か者。お前は俺よりレイリアと長く一緒にいるんだろう?」
「ええ、そうですが…。」
「ならばよく考えてみろ。」
陛下は肩に乗る神獣を、専用の止まり木へと移しながらそう告げる。
よく、考えてみる…なんだろう。思いつかない。
『…普段通りが都合よくなるのなら、拍車をかけることによってもっと都合がよくなる。』
考え込む自分に、神獣はそう言う。すごく怪訝に思う。
なぜそうなるんだ?なんだか陛下が陛下なだけにそう考えづらいんだけど。
「レイリアは普段通りの俺で何かをしたいのだ。」
「ならば、普段通りでよくないですか?」
「考えが足らんな。こんな時、レイリアは俺にいつも"大人しくしてくれ"と言う。だが、それがない。普段通りと言うなら、普段通りレイリアを皇后にしようとする俺と、嫌がるレイリアのやり取りをしたいのだろう。」
「はあ…。」
「分からないか?何故それをわざわざ望むかを考えれば答えは見つかる。」
確かに、お頭は陛下と会う時、必ず"大人しくして欲しい"とか"真面目に話したい"と多少の要望を入れていた。でも、今回はそれがない。
「俺がしつこく求婚することで何かをしたいか、はたまたその様子を誰かに見せたいか…。」
あ…。グレイズ殿下に見せる?
今、お頭と殿下は、ゼアル王とアリア王妃の言いつけで、1週間前から一緒に生活をしている。その期間が解けるのが丁度3週間後…。繋がった。
グレイズ殿下は、10代の頃、ギルメキアに己を鍛える目的で2年ほど滞在していた。その際、ゾディアス陛下のことを"最悪で最強のライバル"と位置付けている。
ゾディアス陛下とグレイズ殿下の仲は悪くはないが、まさにライバル。ライバルであるゾディアス陛下が、自分の妃に求婚していたら…妃のことを嫌っていてもいい気はしない。
そして、自分は更に気付く。
万が一、殿下と上手くいっていない妃が、異国の皇帝の求婚に対して好意的であれば…いい気はしないどころか、自分ならなんか腹が立つ。
「その顔、ようやく俺が言っていることを理解出来たか?ルディー。」
普通の求婚から熱烈な求婚になるわけだろ…いい気がしないんだが。
「ええ、でも…よろしいのですか?これは…。」
「レイリアは、俺を利用しようとしているな。」
お頭が陛下を利用しようとしているのが分かっているのか。
「構わんさ。最愛の人の為となるならば、俺は幸せだ。」
お頭の前では、しつこく言い寄るゾディアス陛下。
この方は、本当にお頭を愛していらっしゃる。でも、照れ臭いからと言って、わざとああする陛下の一面を知っている自分としては…。
お頭は見たことも聞いたこともないようなレベルの仕事人間。任務の為ならば、自分の命すら簡単に捨てる人だ。
必要とあらば、人を殺め、陥れ、利用する。嫌われることも厭わず、ただ目的と言う名の前を真っ直ぐに見据え、それに向かって突き進む人。
ゾディアス陛下もそれを知っている。心から愛するお頭の為に、分かっていながら利用されるんだ。
お頭と陛下には妙な絆が存在するのは知っているけど、なんだか…自分は悲しくなってしまう。
「何をそんな悲しそうな顔をしている?」
「あ、いえ…。」
「………。お前は優しいな、ルディー。俺はレイリアといつものやり取りが出来るだけでも楽しいし、幸せなんだぞ。」
ゾディアス陛下は知っているんだ。きっと分かっている。自分の想いの行く末を…。
「しかしだな、あれだ。」
「…なんでしょう?」
「そっちのレイリアだが…。」
陛下は、自分が持つ写し絵を指さした。
「レイリアが元々美しくなく、その風貌だとするだろう?」
「ええ。」
「案外イケる。」
この人、怖い…。
【09】皇帝とルディーと神獣。END.




