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その心を飾るのは - 2

夕食を終えた人々が次々と食堂から去っていき、やがて皆が寝静まった頃。

ブラックローズが滞在している部屋に、控え目なノックの音が響いた。

小さな窓から夜空を眺めていたブラックローズは、その音に扉の方を振り返る。

やや間を置いてもう一度、今度は先程よりも幾分だが強めのノック。そして声。


「遅くに失礼するよ、支障がないなら扉を開けてくれ」


第三王子だった。普段よりもやや声が硬い――いや、口調が形式張っている。どことなく第一王子を彷彿とさせる。

ブラックローズが扉を開けると、果たして第三王子が立っていた。中には入ろうとしない。

悪いなと詫びながら笑う表情は、いつもの気さくな青年のものだった。


「第三王子様、私に何かご用でしょうか?」

「ご用ってほどじゃないけど、ちょっと渡しときたいもんがあるんだ。きみがあれで満足してるってのは分かってるんだが、それでも火薬だけじゃ、な」


そう言うと第三王子は、小さな銀のブレスレットをブラックローズに差し出した。

シンプルなデザインのシルバーは、花の妖精の類稀なる美貌を嫌味なく引き立てる効果を持つだろう。

火薬だけ購入して商談が解散となった後も、あれでいいのかとどうにもモヤモヤした引っ掛かりを感じ続けた第三王子が、改めて個人的に商品を見せてもらい選んだ品である。共同の路銀ではなく個人の持ち合わせから支払った為、最上の品という訳にはいかなかったが。


「礼儀っていうか儀礼っていうか嗜みっていうか、良ければ受け取ってくれ」

「ありがとうございます、第三王子様……でも……」

「遠慮すんなって、あんな事にならずに城にいたら、こういう品のひとつふたつみっつはとっくに贈られてる頃だからな」

「遠慮というのではなく……あの、こんなに頂いてしまって良いのでしょうか……」

「んん?」


こんなに、という箇所に違和感を覚えた第三王子が首を捻ると、ブラックローズがやや体をずらして部屋の中を見せた。

奥には備え付けの簡素な木の机がある。目を凝らせば、そこに似たような装飾品がひとつ、ふたつ、みっつ……。


「なんだ! みんな同じ事してたってのか!」

「そうなんです。とても嬉しいですけどびっくりしますね、こうなると」

「うーむ、最後になってしまった」


第三王子が腕組みして唸る。

抜け駆けという概念が適用される相手ではないが、自分が最後だったと思うと微妙に腑に落ちないものがあった。

贈ろうと決めるまでにあれこれと考えすぎたのだろうか。

だとするとむしろこういうのは、決まり事として流れで行う第二王子などの方が行動が早そうである。第一王子と第三王子は読めない。

そう、決まり事だ。性格は違えど王子として教育を受けて育ってきたからには、こうした状況での行動が重なるのはある意味当たり前。

ただ、それを理解はしていても実際に味わうとなかなか複雑な心境にさせられる。幸い誰一人欠けずに同じ事をしていたから気まずいまではいかず、明日の朝食の席での愉快な話題になってくれるだろう。


「ところでそうなると、最初に持ってきたのは誰なんだ?」

「それは、ご想像にお任せします。皆が揃った雑談の席で明かされる分には隠す事でもありませんけど、ここで私が誰それが一番だったと口にするのは淑女の振る舞いではありませんから」

「淑女ねえ……」


あわや山と森を焼き払いかけていながら淑女も何もなさそうだが、見てくれだけなら淑女ではあるので、完璧な微笑を浮かべながら言われると何となく納得してしまうのだった。

要は、火薬から引き離して一切喋らなければいいのにという結論になる。


そんな事のあった夜も明け、朝を迎えた。

身支度を整えた一同は、爽やかな光に包まれた食堂に集まる。簡単な食事であれ温かいスープが嬉しい。


「ふぁーあ……良く寝た」

「おはよう兄様!」

「おはようございます、第三王子様」

「弛んでいるぞ、第三王子。我らの周りには常に民の目があると意識せよ」

「ごめんって……あ、そういえば明け方に下の階でなんかバタバタ騒いでなかった? 俺すぐまた寝ちまったけど」

「ああ、あの商人の扱っていた宝石に商取引の禁じられている禁制の品が混ざっていたので、兵を呼ぶよう命じておいたのですよ」


記録帳片手にスープを啜りながら説明する第二王子に、問題なく捕らえたと第一王子も続ける。


「へえそいつは……って分かってて吊らなかったのか兄上!?」

「首も斬らなかったの!? どうして!?」

「もしかしてお体の具合でも? ずっと私たちをお守りする立場でしたし……」


口々に問う王子たちとブラックローズに、義理を通したまでだと第一王子は答えた。


「違法な品が紛れていたといっても、ブラックローズへの贈り物を選んだその日ですからねえ。プレゼントをいきなり血塗れにするのもどうかという判断です」

「まあ、そんな……私は全然気にしないのに……」

「少しは気にしてくれよ」


プレゼントが全員からの火薬なのか個々の品を指しているのかは不明だが、ひとまず処刑されるにしても数日後に延びたようだった。






と、出掛けに小さなトラブルこそあったものの、最初の休憩所を出てからはこれといって目立つ騒ぎも起こらず、借金苦のあまり人質を取って商隊の馬車を乗っ取っていた男を捕らえて買いたての火薬で火刑にしたりしながら、一行は旅を続けた。

そうして街道を往く事、実に九日間。遂に、道の彼方に目指す地がその姿を浮かび上がらせた。


王都に次ぐ第二の町、その外門の白い光が。


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