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嵐の先の暗き森 - 2

その日の晩。

宿に腰を落ち着け、久しぶりにさっぱりした顔で食卓を囲んでいた一同の元へ、入浴後に一人だけどこかへ出掛けていた第二王子が戻ってきた。物問いたげな視線の前で空いていた席に着くと、並べられた食事に手もつけず、取り出した記録帳に目を落としたまま言う。


「河の上流に、もうひとつ橋があるようです」

「橋……ですか?」


問い返すブラックローズに、ええと第二王子は頷き返した。

これは大きな情報だった。別の橋があるというなら、目下抱えている問題は解決した事になる。どうやら姿を消していたのは、他の交通手段がないかの情報を集めて回っていたらしい。

久々のまともな宿というのと合わせて一気に雰囲気の明るくなる王子たちに、ただし、と第二王子が待ったをかける。


「かなりの昔……今の大橋が建造され、ここが村として機能し始めるよりも前に使われていた橋です。当然こちらに街道が通ってからは使われる理由も機会もなく、道もまともに手入れが行き届いておらず、しかも……」

「しかも?」

「橋を渡った先にあるのは森です」

「また森かよ……なんでそんな不便な場所に橋を作ったんだ?」

「そこは逆に考えてみると見えてくるものがありますよ。

この辺り一帯に大開拓の手が入るまでは、森を通る方がずっと楽だったのだ、と」

「そんな古い橋、渡って大丈夫なの?」

「そもそも河が荒れたんならその橋も壊れてるんじゃないか? あの頑丈な石橋が崩れるくらいだぜ?」

「たとえ渡れたところで先に広がっているのが森ではな。馬車では抜けられない可能性が高い」


皆が口々に懸念を述べた。

放置されて長い橋なら、重い馬車が渡ったら崩れる危険がある。

頑丈な石の橋を崩すほど河が荒れたのなら、古い橋など根こそぎ消えている可能性もある。無事に渡りきれたとしても、抜けた先は森だという。悪路が過ぎれば馬車は進めず、最悪、森の中で身動きが取れなくなる。

非常手段であるからには当たり前とはいえ、決して良い方法とは思えなかった。だが他に試せる手段が見付からないのも確かだ。

一旦会話が途切れ、かちゃかちゃと食器の鳴る音だけが響く。暫く無言での食事が続いた。

やがて難しげな雰囲気なを打ち破るように、ブラックローズが口を開く。

ちなみにブラックローズは水しか飲んでいない。

それで問題ないらしいが、除け者にしているようで視覚的に気になるという理由で、簡単な料理の皿が置かれるだけ置かれていた。後で腹具合に余裕のある誰かが食べる事になっている。


「多少の道の粗さなら、のちのち魔女の森へ向かう際の予行演習にもなります。どのみちここにいても待つだけになってしまいますし、行くだけ行ってみてはどうでしょう? 行って無理そうなら引き返して、呪いの事は諦めるという方法だってありますから」

「俺は何も聞かなかったからな」


第三王子が耳を塞いだ。

ともあれ現状唯一の光明が示された以上、足を運んでみる価値はある。

その日は早めに就寝し、食料と水を確保すると、王子たちは村を出て北を目指した。

半ばまでは、ただの野原が続く。途中でかつて使われていたらしき道路に行き当たったものの、管理の行き届いた現街道とはかけ離れた状態で、石組みは経年によってあちこちで崩れており、ほぼ雑草に埋もれてしまっている。

ずれや穴が酷い所などは、道の上を通らない方が却って安定する程だ。

むしろ穴に蹄や車輪を取られて馬や馬車が傷付く危険を考えると、道を通らない方が良いとさえいえる。

揺れが激しいせいで馬車に乗っていると気分が悪くなるのか、徒歩との交代は普段より頻繁に行われた。

王子たちの他に、河を遡って北へ向かう人々や馬車はいない。まだ話が行き渡っていないか、聞いてもやろうとしないだけだろう。


飛んでいく鳥の群れを眺めるなどして小休止を取りながら、ほぼ手付かずの原野を一行は進んだ。

そして昼前。


「あったね……」

「本当にあったな……」


王子たちは、河に渡された橋の前に立っていた。

河幅は村で見た時より幾分狭くなっており、流れの早さはそこまで変わっていない。

その河を横切って、古びた木製の橋が対岸まで掛かっている。

びっしりと蔦が巻き付き、その蔦も古いものはすっかり枯れているような有様だが、腐って落ちている箇所もなく、馬車が通るにも充分な規模だ。定期的な手入れさえされていれば、今でも充分に現役の橋として通用しそうである。

問題は、その定期的な手入れや補修が一切されていないという事なのだが。


どうする?と誰かが言った。

渡れそうではある。しかし人はともかく馬車が乗るとなると、崩れる危険性が高い。

王子たちだけが通るなら、結局は村で舟を待つのと同じだ。

やはりやめるべきかという結論に傾きかける中、ブラックローズがすっと歩み出た。

そのまま一人橋へ向かい、丸太で出来た親柱に手を添える。

先の獣の一件があった為、続く光景に驚く者はいなかった。


「お願い……私の声を聞いて……ほんの少しの間、私たちに力を貸して……」


ブラックローズの声に応じて、橋に絡み付いていた蔦がざわざわと蠢き始める。

みるみるうちに蔦は伸びていき、幾重にも絡み合い、木材と木材の隙間を縫って橋を補強していく。

やがて、古びた橋はすっかり蔦に覆われてしまった。一見すると木の橋というよりも、蔦の橋のようでさえある。


「さあ、行きましょう。渡るまで支えきるくらいは出来る筈です」

「やっぱり凄いよな、あんたって……」

「いいえ、私は力を貸してもらっているだけ。ここに蔦が生えていなければどうしようもありませんでした」

「よし、今のうちに進むぞ」


身に着けている鎧も含めて、最も重い第一王子が最初に橋を渡った。

次に第四王子と、その付き添いとして第三王子が。

最後にブラックローズが、一連の経過をあまさず書き留めていた第二王子と共に馬車を連れて渡る。

馬は橋に乗るのを怖がっていたが、ブラックローズが顔の横で言葉をかけ続けると落ち着きを取り戻した。


こうして、王子たちは全員が対岸へ渡る事に成功した。

馬車が橋を離れると、まるでそれを待っていたかのように蔦が黒ずみ始める。


「ねえ、蔦が枯れちゃったよ?」

「ありがとう……私のお願いに応えて、精一杯の力を振り絞ってくれたのね……」

「本当にお願いだったんだよな? 俺たちには見えない形で脅迫したんじゃないよな?」

「まあ記録できたからそれはいいとしまして、次の問題は、と……」


森である。

第二王子の報告から橋の先が深い森なのは分かっていた事だが、河向こうの対岸が森林に覆われ始めるのは、王子たちが考えていたよりもずっと早かった。

想像より遥かに森は広い。かつ、過去に利用されていた道は辛うじて概形を留めているだけで、野ざらしになっていた旧街道の上を行く状態の悪さである。

更に奥まで入っていけば、倒木で完全に道が塞がれていてもおかしくはない。


ここに至っても先行きは明るいとは言えないが、かといっていつまで考え込んでいても得るものはない。

ひとまず行ける所までは馬車を進めてみる事に王子たちは決める。

質はともかく道の形自体は保たれており、駄目なら入口まで引き返してくるのは容易にできそうだった。


「しっかし引き返すにしたってさっきの蔦は枯れちまってるぞ? あの橋もう一度渡れるのか?」

「あそこを見てください、第三王子様。まだ小さくて細い生えたての蔦が残っています。帰る必要が出た時には私からお願いしてみますね」

「児童労働強いた挙げ句に死なせるみたいになってるな」


一同は、まるでトンネルのように枝を広げた樹木の下を潜り、落ち葉と土に埋もれた道を慎重に進んでいく。

鬱蒼とした森では、傾斜がないというのに、木々の密度が薄かったあの山よりも奥地へ踏み入っている感覚に囚われる。

樹影が濃すぎて、視界が青く煙っているかのように錯覚するのだ。

馬車に乗る者と徒歩の者が交代して進むのは変わらないが、第四王子もさすがにここでは口数が少なめだった。

ペースを全く変えていないのは馬車の手綱を握っている第一王子と、調査の手を止めていない第二王子くらいなものである。


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