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はじめての村にて - 1

途中途中で短い休憩を挟みつつ、王子たちは何事もなく王都の隣村に到着した。

村の規模からすれば大きめな厩舎前に馬車を停め、馬丁に馬の世話を頼み、ようやく一行は長時間の移動から解放される。

終わりの方ではさすがに疲れて馬車に乗り通しだった第四王子は、王都の隅々まで舗装が行き届いた道とは違う、剥き出しの土の感触を靴の裏で確かめていた。

先に降りて待っていた一同の元に、積荷の点検を終えて最後に戻ってきた第一王子が告げる。


「今日の移動はここまでだ」

「え、もう? まだお昼をちょっと過ぎただけだよ?」


てっきりこの村も休憩地点だと考えていた第四王子が不思議がった。

太陽の位置はまだまだ高く、進もうとすれば結構な距離を進めるであろうから、この疑問は自然なものに思える。

一番年下の自分を兄たちが気遣ったのかと、まだ歩けるよというようにその場で駆け足をしてみせる第四王子に、第三王子が笑いながら説明した。


「そっか、お前は知らないよな。こういうのは日のあるうちに、それもなるべく日の高いうちにその日泊まれる場所を探すもんなんだぜ。頑張って進んだ結果野宿になるより、ちゃんとした宿で早めに休んで、早朝から出発した方が効率でも安全面でもずっと良くなる」

「休める場所は途中にないの?」

「あるよ。あるけど客室とベッドが揃ってるような休憩所は数が少なくて、距離も離れてる。だから朝のうちに出て、遅くても夕方には泊まれそうな休憩所に着いて、ってのを繰り返してくのが理想だな。まあ偉そうに言ってる俺も泊まりで利用した事なんてないんだけどさ」

「というより、ちょうど朝から夕刻まで移動した時の絶妙な間隔で宿泊可能な施設が配置されているというべきですかね」

「ふーん、もっといっぱい建てればいいのにね?」

「大人の都合です、第四王子様。お金は取れるところで取れるように仕向けないといけませんから」


ブラックローズに説明されてもあまり意味が分かっていないのか、第四王子はきょとんとしていた。


「さて、宿に向かうぞ」

「そういえば出迎えが来てないな?」


村に入った時にも馬車を預ける時にも、これといって何も言われなかった。

王子一行の到着となれば歓迎の式典や代表者からの挨拶は通常あって然るべきなのに、人集りさえできていない。


「そうした目立つ真似は一切行わぬようにと、あらかじめ通達してある」

「なんで?」

「歓迎式典での野次馬など、暗殺者にとって格好の隠れ蓑だ。ばらけている方が不審な人物がこちらの目に留まりやすい」

「魔女よりもっと気にすべき点がいっぱいあるんじゃないかこの国」


物騒な単語を聞かされ、第三王子は思わず辺りを見回してしまった。

広がっているのはいかにものんびりした中継地点の村という光景で、兄の言う危険が潜んでいるようには見えなかったが、常に最悪の可能性を想定して動くのは職業病、もとい職業柄必要な心構えなのかもしれない。

要は、城を出て以降は半分お忍びの旅だと考えろという事である。

日頃から自由に城を抜け出している第三王子にしてみれば、別段特別な状況でもない。むしろ気が楽だ。とはいえ、王都に最も近いこの村には王子たちの旅立ちの報も間違いなく届いており、時間を置かず気付かれるだろうが。

おまけに乗ってきた馬車は、幌ひとつとっても王家御用達の上質な品だ。


今夜の宿泊場所はすぐに見付かった。周囲の建物とは明らかに造りも規模も異なっている。この国の宿では、緊急時に備えて常に来賓用の客室を確保しておく事が義務付けられている為、手続きや交渉は必要ない。


「ねえ兄様、村の中を見てきてもいい?」

「王族の自由行動には責任と覚悟が付きまとう。もしも誘拐されて脅迫材料に使われでもしたならば、最悪、私はお前を存在ごと切り捨てねばならぬと心得よ」

「んな注意を通り越したシビアすぎる政治的判断に踏み込まなくても。

やっぱ平和そうに見えるけどなー、この村。ほらあそこ飴売ってるぜ」

「あの、よろしければ私がご一緒しましょうか? 私も村は見てみたいですから」

「そうだな、あんたが一緒にいてくれたら安心って気がする。いや本当に何があっても安心そう」

「うん、一緒に行こうブラックローズ!」


第四王子の差し出した手をブラックローズが取り、互いににっこり笑う。

髪の色こそ正反対と呼べる程に違うものの、こうして寄り添う姿は仲の良い姉と弟のように見える。

実際にはあれでも結婚相手候補だと考えると、複雑な光景だった。

楽しそうに歩いていく二人を暫し見送ってから、残った三人の王子は宿へと向かう。


「こんちはー! 今日ここの部屋を使わせてもらいたい……」

「……………………」

「あのー、部屋を」

「あ! ああすまん、部屋を取りたいのかな。あいにく今日は全部塞がってて……」

「いや、取りたいっていうか……」

「……様子がおかしいな」

「そうですね。心ここにあらずといった有様です」


第一王子と第二王子が視線で頷き合う。

単にぼんやりしていただけではない、宿の主人の顔に差す陰を二人は読み取っていた。

第三王子の頭越しに覗き込むようにして、第一王子が声をかける。いきなり現れた長身の偉丈夫に驚きながらも、その鎧を見た主人の表情が変わった。何かあるなと、この時点で全員が確信する。


「村で何か起きたのか? 一見したところ、治安に問題はなさそうだが」

「皆さまは……お城の兵士様、ですか……?

ええはい、村の中じゃ問題なんてなんも起きてません。平和なもんです」


はっきりと兵士らしい格好をしているのは第一王子だけだが、一同を代表しての堂々たる立ち居振る舞いを見て、城付きの兵士とその一行という受け止め方を宿の主人はしたようだった。

大いなる勘違いを訂正しようとも咎めようともせず、第一王子は続きを促す。

村の中では、と宿の主人は前置きして否定した。では村の外は別だという事になる。

宿の主人はやや落ち着かない視線を王子たちに投げかけながらも、困っているのはすぐ裏の山林ですと口にした。

王子たちは、めいめい建物の外に意識を向ける。確かにこの辺りは村に沿うようにして、低い山が広がっている。


「あそこじゃ薬草などの暮らしに欠かせない物が採れるんですが、この頃でかい獣がうろつくようになっちまいましてね。危なくって誰も奥まで入っていけなくなっちまったんですよ。なにせ木の向こうからいきなり出てきてガオー!ですから、おっかなくっておっかなくって。しまいにゃ泡食って逃げる途中ですっ転んで骨折った奴まで出る始末で」

「負傷者が出ているのか」

「そのうち村まで降りてくるんじゃないかって、皆ビクビクしてますよ。うちは簡易な診療所も兼ねてますから、あの薬草が取れないとだいぶ不便になってしまってねえ。買うと高いしね。暫くは乾燥させた備蓄を使えばいいんで、すぐにどうこうなるって訳じゃないんですがね」

「王都への救援要請は?」

「いやあ、一応しましたけどナシのつぶてですわ。兵士様も忙しいでしょうからねえ……」


激しい被害が出ているでもなし、後回しにされるのは仕方がない。

そんな諦めを滲ませて説明を終えた主人は、はあ、と憂鬱そうな溜息を吐いた。


「今まではこんな事はなかったのに、どうしていきなり……」

「食糧不足で活動範囲を拡大した……とも思えませんね。気候は例年通りです」


記憶を辿りながら第二王子が言う。冷害どころか今年の気候は晴天が多く、動植物にとっては生育しやすい環境だった筈だ。

そうこうしているうちに、ブラックローズと第四王子が戻ってきた。

事情を聞いた第四王子が心配そうに呟く。


「それだと、みんな困っちゃうね」

「……なあ兄上。今日はもう先には進まないにしてもさ、日が落ちるまでにはまだまだたっぷり時間あるよな? 今の話じゃ、獣が出るようになった場所ってのもそんなに山奥じゃないみたいだし……」

「まさか探す気ですか? 出発早々に大怪我をして城へ逆戻りになったら笑えませんよ」

「わかってるって。様子見てくるだけだよ、見るだけ」


気楽な調子で笑いながらも、第三王子の瞳にはある種の決意が浮かんでいた。

それは、叶うならどうにか解決してやりたいという気概。

それにたとえ無駄足に終わったとしても、逗留中の王子たちが自ら出向いたという事実を作っておけば、王都の方でも重い腰を上げざるを得なくなる。

意外にも、率先して頷いたのはこうした突発的な横道に誰より厳しそうな第一王子だった。


「行くぞ。目標が見付かろうと見付かるまいと日暮れまでには戻る」

「やった! やっぱ来てくれるよな兄上!」

「お前一人で山へ行かせる訳にはいかん。また集落の問題に目が行き届いていなかったのは軍の不始末でもある」


そうと決まれば僅かな時間も無駄にはできない。

善は急げとばかりに踵を返して宿を出ていく第一王子を、上機嫌な第三王子が追った。

勝手に話が進んでいくのを目の当たりにしていた宿の主人は、事態の変化に追い付けずぽかんとしている。


「ただ自分より下に厳しいだけの人に思えて、とても責任感があるのね……」

「今回の件をなあなあで済ませていた関係者、我々が次の村に到着するまで生きていられるでしょうかね」

「それ悪口になってるよブラックローズ」


残る三人も思い思いの言葉を口にすると、二人の後を追った。


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