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黒薔薇とイケメン王子様たちの旅立ち - 2

旅立ちの空は、涙が滲むほど澄み切った晴天だった。

城門前に一分の隙なく整列した楽隊が、天をも震わせよとばかりに勇壮なる喇叭の音を奏でる。揃いの制服が、強い日差しを浴びて白銀色に輝いた。

花の妖精であるブラックローズにとって、天候の優劣というのは存在しない。

焼け付くような快晴も一日中降り続く雨も、花にとっては等しく恵みである。

ならば曇りはどうかといえば、そうした弱い光の下でしか咲けない花もいる。

身を切るように寒い雪の日でさえ、やがて訪れる開花の春を待つ為の欠く事のできない期間なのだ。

しかし、人の視点に立つと些か見方が異なってくる。雲ひとつない快晴は、華やかなる王族の出立に相応しい日と受け取られる。

苦難の旅に向けて、ひとまず幸先は良いといえた。

左右を近衛兵に守られた国王に、ブラックローズと四人の王子は一礼する。

ブラックローズを見る国王の目は痛ましげだった。

本来ならこのような旅に出る必要はなく、今頃は姉妹たちと共に城内を華やかに彩っていた筈だったのだ。

傷ひとつない美しい手を、皺の寄った手がそっと取る。

国王自らの激励に、ブラックローズは心強さを得るのと共に、何としても使命を果たさなければと身が引き締まる思いを感じた。


「ブラックローズよ……困難な旅になるじゃろうが、どうか挫けずにな……」

「陛下の優しき御心に深く感謝致します。

馬車に積み込んだありったけの火薬で、必ず後顧の憂いを断ち切ってきます!」

「話し合いに行くんだよブラックローズ」


国王の手をぎゅっと力強く握り返して誓うブラックローズの袖を引きながら、第四王子が言った。

事実、積み荷の大部分は倉庫から持ち出してきた火薬であり、分量にすれば食料と水よりも多い。万が一事故で火でも点けば、小規模な村落なら半壊する量である。最も間近にいる王子達など、骨の一欠片も残るまい。

当然第三王子はその危険性を主張したのだが、相手が約束を違えた時に備えて絶対に必要だとブラックローズが頑として譲らなかった。どうしてこいつは植物のくせに何かというとすぐ焼こうとするんだと、第三王子は諦めと共に思う。それ以前に、約束を破ったら焼くという短絡的な思考がまず女として、いや花の妖精として、いや社会性を持つ生物としてどうなのか。


「だが、行きの分の火薬だけでは逃げ場がないよう森を囲うには到底足りないな。戦況によっては城との往復か、輸送隊の編成も考慮せねばならぬ」

「もう兄上が結婚したらいいんじゃないかこいつと、話合いそうだし」


やはり燃やすのを前提で話を進めている上にはっきり戦況と言い切った第一王子に、城を出る前から疲れた声で第三王子が言った。

再び喇叭が勇ましく響き、集まっていた町の子供たちが、籠に盛られた花弁を掴んでは空に向かって撒く。濃い青空に、ぱっと広がる真紅の花弁が良く映えた。旅立ちの瞬間は近い。

逞しく、美しく育った王子たちを、国王は頼もしそうに見詰めた。


「愛する我が息子たちよ、旅の間しっかりと姫をお守りするのだぞ」

「はっ! 王命とあらば、この命に変えても!」

「兄上は真面目ですね……まあ私は道中の生態調査や標本採取が出来れば文句はありませんよ」

「よろしくねブラックローズ! 僕も頑張るよ。えへへ、遠出するなんて初めて!」

「なんでこんな事に……」


暗闇の森への道行きには、四人の王子も同行する事になった。「王子たちも一緒に来い」と、魔女の残した言葉にあった為である。前代未聞の事態だったが、魔女の呪い自体は紛れもなく本物であり、国の未来がかかっているとあっては他の方法は選べなかった。

軍人気質の第一王子、調査しか頭にない第二王子、旅行気分の第四王子と違って、第三王子の内心は切実である。

いくらブラックローズの性格に難があろうと、現時点でただ一人開花した花妖精である事には変わりがない。もしも魔女との交渉が失敗に終わった時に、王国の運命を繋ぐのは正真正銘、彼女しかいないのだ。このままでは本当に結婚させられる可能性がある以上、何としてでも呪いを解いて他の姉たちに目覚めてもらわなければならない。


旅自体は元々乗馬などで体を動かすのが好きな第三王子にとって苦ではなかったが、王城住まいの身では滅多に見る機会のない大荷物をなんとはなしに眺めているうちに、ふと気になった。

野外に出るにしても、女性を伴っての、しかも泊まりでの旅など彼も初めてだ。毎日村や町で宿が取れるはずもなく、進み具合によっては野宿にもなるだろう。


「あー、そのな、ブラックローズ。ちょっといいか」

「はい、なんでしょう第三王子様!」

「そこそこ長旅になりそうだし、火薬だけじゃなくて身嗜みの道具は持ったか? ……身嗜みっていうか、身の回りのっていうか……」

「あっ、私は妖精だから汚れませんし排泄もしません。皆さんが必要とするような物品は無くても平気なんです」

「そうか、良かった。もうちょっとぼかした答え方をしてくれたらもっと良かった」


どうやら、諸々の日用品に関しては無用の心配だったようだ。

人と同じ姿をしていてもやはり人とは根本的に異なる存在なのだと、第三王子は少し認識を改める。

それにしても子供は残せるのが謎だが。


「でも全くしない訳じゃないんですよ?

ほら、私の周りに漂ってる花の香りがありますよね。これは体内で不要になったものを常に全身から放出してるんです。ですからさっきのは、皆さんが必要としているようなトイレは要らないって意味です」

「すごくいい匂いがするってあんたの数少ない長所なんだから、それが排泄物垂れ流してる匂いだって教えるのやめてくれよ本当に」

「よし、そろそろ出発するぞ! 皆、気を引き締めてかかれ!」

「はーい、兄様!」

「おや、こんな場所にさっそく見た事のない苔が。先週の長雨で発生したものですかね……スケッチしておかないと」

「頑張りましょう、皆さん。必ず姉様たちの呪いを解いて、お城へ帰ってきましょうね!」

「ああもう……どうか何事もありませんように……」


美しき花の妖精と、華麗なる四人の王子たち。

王国の未来を守る為、悪しき暗闇の魔女の呪いを解く旅が今、ここに始まろうとしていた。






暗闇の魔女が棲むという森へは、ある程度までなら道なりに進む事ができる。

まずは王都を出て街道沿いに東南へ向かうと、森に面した村に行き当たる。そこを抜けて更に東へ進むと、最初の村よりもやや規模の大きな村があり、これは土地を北から南へと横切る大河に接している。橋を使って対岸へと渡り、更に東に進めば、王都に次ぐこの国第二の発展を遂げた町の外門が見えてくるだろう。

整備された道が続いているのはここまでだ。街道の行き先は南で、魔女の森が広がっているのは町からずっと離れた北東。辿り着こうとすれば当然、道なき荒れ地を行く事になる。


最初の目的地は、城から半日ほど進んだ距離にある村だ。

小さな村とはいえ王都に近いだけあって街道の整備状況も良く、一日を通して人通りもそれなりにあり、数箇所の簡易休憩所も設けられている為、しっかりと支度をすれば、子供でも充分に徒歩で行き来が可能な場所である。

ひとまずは、長旅を前にしての準備運動といったところか。


王都を出た第四王子は、辺りを見てさっそく目を丸くした。


「ねえ兄様、あれ何?」

「ああ、あれは……」


第四王子の指先を追って、第三王子も街道脇へ目をやった。

そこには傍にある太い樹木を利用して、かなりの高さを持った頑丈な木枠が組まれている。柱のように横へ迫り出したてっぺんには、後ろ手に縛られた人間がぶらぶらと吊り下げられていた。

当たり前だが、とうに死んでいる。


「一度目は商店への盗みを働いて捕まり、罰金と血判の上で放免となった。しかしあの男はあろう事か二度目の盗みに入った上に、留守番をしていた子供を傷付けたのだ。よって先日処刑となった」


第一王子が簡潔に経緯の説明をした。

軍は治安維持にも少なからず関与している。トップを務める彼の元には、こうした話も頻繁に入ってきているのだろう。


「なんであんな出てすぐの場所に吊るしておくんだろうな……」

「町中だと衛生上の問題があります。

かといって、町から離れすぎていては見せしめとしての意味をなさない。

双方の兼ね合いで選ばれたのが町のすぐ外なのですよ」

「景観最悪なんだが、訪ねてきてる人たちこれ見て引き返したくならないんかね……」

「どの町や村でも晒し台の設置される場所は概ね共通している。問題はない」


ないんだろうか、と第三王子は思った。


「僕、王都を出るのって初めてなんだけど……。

きっと、この先もあんな見た事ないものといっぱい出会えるんだろうね!」

「遊び気分の観光ではないのだ、第四王子よ。これは悪しき魔女を葬り去る聖戦と心得よ、たとえ己が戦力ではなくとも気を抜くな」

「とりあえずスケッチだけはしておきますか……あまり資料としての価値はなさそうですが」

「出発直後の時点で誰一人本当の目的言えてないのすごいよな」

「ここから姉様たちの呪いを解く旅が始まるのね」

「ありがとよブラックローズ、あんたがまともに見えるぜ……」


第三王子は、まるで背凭れのようにすぐ後ろに積まれた樽の表面を叩こうとして、思い直して丁寧に撫でた。

ワインと火薬。中身の一杯に詰まった樽は少々の揺れ程度ではびくともしないが、まかり間違ってこれらが炸裂した時の事を考えると、返ってくる手触りにどこかひんやりした冷気を感じる。


「お酒、途中で腐っちゃったりしないの?」

「王国特産の木材で製造した樽は、極めて保存性と断熱性に優れる。ひと月程度の旅なら傷みはしない筈だ。もっともワインで満たされているのは一樽だけで、他は全て偽装用の火薬が詰まっているがな」

「もうどっちが偽装なのか分からないなそれって」


殲滅力としては頼もしい限りといえる火薬の山だが、実のところ運搬に当たっては最初から大きな困難に直面している。こうして馬車が使えている間は良いとしても、河を渡り街道を外れて進まなければならなくなった時にどうするか、だ。

河向こうの町から暗闇の森へ向かうルートには、未整備の野原が延々と広がっている。悪路が過ぎるなら馬車は置いていかざるを得なくなり、その場合この大量の積荷をどうやって運ぶかを考える必要が生じてくる。荷車を借りるか、人を雇うか、無理を押して馬車で強行するか。浮かぶ選択肢は、どれもあまり明るいとは言えなかった。

何はともあれ、本格的な検討は現地に最も近い場所まで移動を終えてからだ。


そして積荷の他にも、もうひとつの問題をこの馬車は抱えている。

手土産という名の燃料を大量に積みすぎたせいで、肝心の人間が乗り込める範囲がとても狭くなってしまったのだ。

並んで二人も座れば、もう余分なスペースはない。限界まで詰めれば三人までは乗れるとしても、就寝時ならともかく、長時間の移動となると体調面で厳しい。

よって相談の末、二人が馬車に乗り、残りは歩きで進む交代制となった。徒歩に合わせる為速度はがくんと落ちてしまうが、どのみち急ぎすぎて爆発に飲まれるのは避けたい一行としては丁度良かった。

現在馬車に乗っているのは第二王子と第三王子である。第一王子が御者を務め、第四王子は景色を見たいからと歩きを希望した。

道行く全てに目をきらきらさせている第四王子を微笑ましげに見詰めながら歩くブラックローズに、第三王子が馬車から半分身を乗り出して呼び掛けた。


「ブラックローズ、本当に歩きで平気なのか? 疲れたならすぐ交代するから言ってくれよ」

「ありがとうございます、第三王子様。私なら、足の裏を通して常に大地から精気を吸収しているから元気です!」

「そういうモンスターか何かかあんたは」

「花の妖精ってすごいんだねー」


第四王子が感心しきった声をあげ、第二王子はすかさず図解を付けて記録を取っていた。

いくら本人の申し出とはいえ、女性を歩かせて自分たち男が馬車に乗っているのは気が引けた第三王子であったが、これを聞いてからは「なんかまあ人の形をしたこういう生き物なんだろう」と思えるようになって、随分気が楽になったという。

第一王子が軽く手綱を引き、馬が小さく嘶きながらその場で足踏みをした。道端の花を眺めていた第四王子が、慌てて駆け戻ってくる。

足を止めて待っていてくれたブラックローズに追い付くと、第四王子は照れくさそうに笑った。


「第四王子様は、草花がお好きなのですね」

「うん! 花や木の緑に囲まれてると、とっても落ち着いた優しい気持ちになれるんだ。ブラックローズも花の妖精なんだよね。だから僕、ブラックローズの事も好きだよ!」

「まあ、第四王子様ったら。うふふ……もちろん私は第四王子様たちのものですし、第四王子様たちも私のものですよ」

「子供を誑かして食おうとしてる魔物の発言にしか聞こえなくなってきた」

「笑えないのはそこに我々も対象として含まれている事です」

「あ、一応そういう相手として認識はしてたのか……モンスター図鑑の1ページぐらいにしか意識してないのかと思ってた……」


隣で呟く第三王子に、第二王子は眼鏡を押し上げながら、それはそうですと答えて返した。


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