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旅路の果てに - 2

国に戻った王子たちは、全てを報告した。

王の意向によって、呪いの真実は包み隠さず民にも伝えられる事となる。

長きに渡り国と共にあった花妖精の消失は悲しみをもって、国を支え続けた力の消失は驚きと不安をもって迎えられた。力の消失は緩やかで、全てが失われるまでには何年もかかるというが、その間に新たな体制を整えなければならないと考えるとあまりに短い。

だが、やらなければならないのだ。それが今まで大地を犠牲にする事で恵みを得てきた、この国に生きる者としての義務である。

新体制を発足させるべく、王子たちは臣下や民と力を合わせて奔走した。


「ここもすっかり用済みになっちまったなあ」


早いもので、あれから四年が経った。

石化したままの蕾たちへ目をやりながら、恵みの庭に座る第三王子は呟く。

以前は何もせずとも不思議と状態の保たれていた庭に、妖精の力が失われた後は庭師が入る事でその景観を保っていた。おかげで役目を終えた今となっても美しさは変わらないが、最大の客を迎えられない庭はどことなく精彩を欠いたように見える。

静かな庭園にて一見のんびりと午後の時間を過ごしているようで、その庭を元気に走り回っている子供から第三王子は目を離せない。しかも、止めても止めても蕾に近付きたがる。人間が入っていられるような巨大な石の塊だから、もし崩れでもしたら危ないのだが。


「やっぱり母親が恋しいのかね? 不自由はさせないって言ったのになあ……」


四年前のあの日を思い出して、第三王子はやや申し訳ない気持ちになった。

いっそ近付けないよう囲ってしまえば安全なのだが、無意識での行動だと思うと可哀想になってそれもできない。

城へ連れ帰った子供の世話は腕利きの乳母たちが行い、教育係の傍ら四人の王子たちも代わる代わる教えるべき事を教えた。

新しい母親はまだいない。忙しすぎてそれどころではなかったからだ。

しかしどうにか国内も落ち着いてきた今、民の心に弾みをつける意味でもそろそろ……という話にはなっている。

先陣を切るのは妥当に第一王子か。それとも第二王子か第三王子か。年齢で考えれば第四王子も問題はない時期に差し掛かっている。


「さて、休憩終わり。

おーい戻るぞー! 明日のお前の誕生日祝いに備えて、陛下に見せる演劇の復習をしとかないとな。夕刻には兄上も視察から戻ってくるから、出迎えの支度を……」


と、その時であった。

恵みの庭上部の空間が、突然黒い光を放つや、渦を巻くかのように歪み始めたのだ。

その歪みは、やがて一人の女性の姿を形作る。

かつて共に旅をした花の妖精を思わせる程に黒く、ただし一切の輝きを伴わぬ吸い込まれそうな闇色を湛えた髪――。


まるで、あの日と同じように。


「暗闇の魔女!」

「おばちゃんだれ!?」

「誰がおばちゃんよ!! お前たちどんな教育してんのよこの子供に!!」

「それは、うん、それなりに。それよりなんでまた来たんだ!? こいつの誕生会に一回も呼ばなかったの根に持ってたのか!?」

「わかってるなら呼びなさいよ!! ていうか誕生会に限らず結局あの後一回も招待きてないのはどういう了見なわけ!? あたし新年会とか舞踏会とか収穫祭とか料理人ナンバーワンコンテストとかに呼べって割と積極的にアプローチしてたわよね!?」

「ごめん遠くて」

「手紙よこせばいいでしょ!」

「かみはたいせつにつかわないといけないんですよ、おばちゃん。そんなこともしらないなんて……」

「キー!!」


現れて早々に既視感のある光景だった。

ひとしきり怒った魔女が静まるのを待ってから、第三王子は尋ねる。


「で、今日は何の用なんだ? こいつの誕生日の宴、参加するなら席作ってもらえるように伝えるぞ」

「それは参加していくけど……主な目的はそっちじゃないのよ。様子を見にきたの」

「様子? 子供の? そんなに関心あったっけ、あんた」


だが魔女は、子供ではなく別の方向を見ていた。

自らが呪いによって封じた、灰色の石と化した蕾たちの方を。

となれば、自然と第三王子の視線もそちらへ吸い寄せられる。巨大な石塊は、今日も何ひとつ物語ろうとしない。

――否、しなかった。

蕾の表面に、ビシリと固い音を立てて一筋のひび割れが走る。

えっと第三王子が叫んだ。


「ああ、やっぱりね。戻り具合からしてそろそろだと思ったわ」

「何がそろそろなんだよ!?」


混乱のうちにも、ひび割れはみるみる蕾の全体へと広がっていく。

一際高い音と共に卵の殻を剥くように表層が砕け落ちると、中からは今まさに綻ばんとしている瑞々しい蕾が姿を現した。

唖然と見守るしかない第三王子たちの前で、その花弁が一枚、また一枚と淡い燐光を放ちながら開いていく。

やがて全てが開き切った時、蕾の中心には人の形をした美しいものが膝を抱いて座っていた。

波打つ長いフレアスカート。腰まで届く黒髪は、闇でありながら何よりも眩き光。

うっすらと開いた瞳に自分が映り込む様を、第三王子は信じられない思いで見詰める。


「ブラックローズ!?」


驚愕する第三王子に、ブラックローズはまさに花咲くように微笑んでみせた。


「はい、花妖精ブラックローズです。お久しぶりですね、第三王子様」

「……本当にブラックローズ……なのか……でもどうして……」

「吸い取られすぎた大地の力が元通りに回復したので契約が再開されました」

「回復すんの早すぎだろ!! 呪いは!?」

「まあ、第三王子様ったら。たかが魔女如きのその場凌ぎの足止めが妖精王直々の干渉を阻める訳ないですよ。あっ、魔女様もお久しぶりです。パーティーにはその後招待されましたか?」

「挨拶する気があるなら冒頭で刺してくるのやめなさいよ! あと招待されてないわよ一回も!」

「かわいそうに……」

「キー!!」


魔女が再び目を剥く。今度は既視感どころではなくつい先程目撃したばかりの光景だった。

この二人は疑いようもなく親子なのだと第三王子は認識を新たにし、それからおっかなびっくり近くまで戻ってきていた子供に目が行ってやや慌てる。衝撃のあまり迂闊にも今の今まで忘れていた。

ほら、とその小さな肩に手を置いて促す。子供は幾分遠慮がちにブラックローズを見上げながら、確かめるように聞いた。


「もしかして……おかあさま?」

「ええ、そうよ。こんなに大きくなったのね、私からちぎれたあの日から……」

「ちぎれたの!?」


ちぎれたらしい、と第三王子は内心で相槌をうった。

当事者である彼らにしてもちぎれた以上の事を知らないので出生の詳細は話していなかったのだが、こうなると有りの侭を教えておいた方が良かった気がしてくる。拾われてきたならまだしもちぎれてきたという真実は、幼子がある日突然知るには残酷だ。むしろ大人でも残酷だ。

それにしてもまさか、妖精の力を必要としない新体制が整った矢先に力が復活しましたと言われるとは。

このまま今後は一切利用しない方針で進めるのか、それとも再び元に戻すのか。

いずれにせよ終わったと思っていた仕事が再開されてしまった訳で、議論含めてまた数年は慌ただしくなるのかと考えると頭痛がしてくる。

だったら戻ってこない方が良かったのかと問われると、そんな事もないのだが。

ブラックローズが子供の頭を撫でながら笑い、それを見ていた第三王子も何となく笑ってしまう。

忙しくなるのもいいんじゃないかな、と。


「元気なようで何よりです。ご結婚はなさいました?」

「あー……それがな、バタバタしっぱなしでなんと全員まだなんだ。国も落ち着いてきたからそろそろって話は出てるんだけどな」

「あら、そうだったんですか。どなたかの五番目の愛妾枠くらいなら狙えるかなって思ってたから意外です。ちょっと狙い切り替えますね」

「きみの目に俺たちはどんな男に映ってたんだよ。まあとにかく……おかえり、ブラックローズ。そう、おかえりを言うには最高のタイミングだ。なんたって明日にはこの子の誕生日を祝って盛大な宴が開かれるんだぜ。きみの為の席もひとつ、大急ぎで追加しなくちゃな!」

「素敵! なんて楽しみなのかしら、でも……」

「ひとつじゃ足りそうにないわね……」

「へ?」


揃って最後を濁すブラックローズと魔女に、第三王子がきょとんとした。

その時、背後でビシリと聞き覚えのある音が響く。それも一度ではなく、二度、三度と次々に重なって。

第三王子は硬直する。硬直しながら考える。元々この庭に蕾はいくつあった? 四つだ。そして大地は回復し、契約は再開された。

じきに全ての音が止んでも、第三王子は振り返れずにいた。ねえ、と子供に背を突付かれ、おそるおそるその指差す方へ目をやる。


「花妖精ダリア」

「花妖精ラベンダー」

「花妖精マーガレット」

「花妖精ホワイトレース」

「以上四名、遅ればせながら開花しました」

「増えてるー!!!」


昔々のその昔。どこかの遠い世界の、花と緑に囲まれた国にあるという恵みの庭。

大雑把に数えれば一応数十年に一度単位で開き切った蕾から生まれた花の妖精たちは、今こそその眩いばかりの姿をもって庭園内を照らしていた。

お城の王子様と永遠の愛が誓われたかどうかは――また別の話。


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