Case4:第四王子の場合
第四王子様に声をかけてみよう。
ブラックローズがそう決めた時、コン、コンと扉を外から小さく打つ音がした。
控えめでありながら、逸る気持ちを抑え切れない。姿は見えなくても、そんな気持ちが伝わってくる。
ブラックローズが扉を開けると、果たしてそこに立っていたのは第四王子だった。
「ブラックローズ!」
「第四王子様、ちょうど私もお訪ねしようと考えていました」
「本当? あのね僕、ブラックローズを誘いに来たんだ。
この町には大きな植物園があるんだって! 一緒に行こうよ」
裏表も搦め手もない、どこまでもまっすぐな感情表現だった。
太陽のような笑顔を向けられてしまっては、無下に断れる者などブラックローズに限らずいないだろう。
「植物園というと、私や姉様たちのいた恵みの庭のような場所でしょうか?」
「ううん、あそこよりもっと広くてもっと立派みたいだよ。
絶対見に行きたいのに、一人じゃ駄目だって兄様たちは言うんだもん」
「皆さん、第四王子様を心配してるんですよ」
「うん、それは分かってるんだ。だからブラックローズと一緒ならいいよね!」
「もちろんです。張り切ってエスコートさせて頂きますね」
「えー、それは僕が頑張るよ! ほら、伸びてた髪も昨日切ってもらったんだ」
そう言って、第四王子は美しく整った髪を両手でぽんぽんと叩いてみせる。
そういえば浴場を出た後に、第三王子と並んで散髪をしてもらっていたのをブラックローズは思い出した。髪が伸びる事はない妖精のブラックローズにとっては、さっぱりしたというのは未知の感覚だ。
「もう外に馬車を呼んであるんだ。そんなに遠くないんだって」
「じゅ、準備が早い……」
下地を完璧に整えてから声を掛けるあたり、頑張ると言っただけあってしっかりしている。
ある意味、断られる事を考慮していないか無視しているとも言えた。
宿の庭で待っていた馬車に乗って、ブラックローズと第四王子は町の中央付近にあるという植物園へと向かう。
馬車といっても王子たち一行が乗ってきたのとは違う、観光用も兼ねた二人乗りの小型馬車だ。幌は後ろに折りたためるようになっていて、晴れた日は町の風景を眺めながら目的地までの道行きを楽しめるようになっている。途中すれ違った同じ型の馬車に手を振ったりしつつ、のんびりと時間をかけて二人は植物園へ到着した。
この町でも目玉となる観光施設のひとつだけあって、早くから多くの人々の姿がある。それでいて身動きも取れない程ごった返してもいないので、ゆっくりと過ごすにはもってこいの場所といえた。
やや湿った土と、新緑の匂いがする。ブラックローズにとっては落ち着ける環境だった。
国の各地から集められた珍しい花や樹木が、現地を再現した展示で人気を集めている。管理もしっかりとしているようだ。第二王子のような、生態に詳しい職員が管理を行っているのだろう。生息地を離れていても草木は皆生き生きとしている。
「ブラックローズ! こっちこっち!」
声に振り向けば、第四王子が花畑の中からブラックローズに手を振っていた。
植物園内に設けられた小さめの公園くらいはあるこのスペースは、人の手で管理された自由に出入りができる花畑である。
頻繁に人が踏み入るだけあって強い種類の花ばかりが選ばれており、彩りはそこまで多彩とはいえないが、それでも視界一面を埋め尽くした花の洪水は圧巻だった。
エスコートと宣言したのはどこへやら、その中に膝をついて溢れんばかりの笑顔で手を振る第四王子の姿は、彼こそが花から誕生した存在のようである。
「素敵な花畑ね……お客さんたちも、みんな楽しそうにしてる」
「ね、来て良かったでしょ。
ここの花はちょっとだけなら摘んでもいいんだって。僕もみんなみたいにブラックローズに花冠を作ってあげたかったけど、ブラックローズは花の妖精だからそういうのイヤかなって思って」
「うふふ、第四王子様は優しいですね。でしたら、こういうのはいかがでしょう」
「なになに?」
ブラックローズはそっと屈み込むと、地面に向けて掌を差し伸べた。
すると、花々の間からふわりと何かが舞い上がり、上を向けたブラックローズの掌に乗る。
それは、自然に落ちた花弁だった。淡い黄色の一枚に続き、青の花弁が、あるいは桃色の花弁が、役目を終えた生にもう一度の輝きを得て集まってくる。
目を丸くして神秘的な光景を見ている第四王子の前で、ブラックローズは集まった花弁にふっと息を吹きかけた。花弁たちは何かに導かれたようにくるりとまとまり、繋ぐ芯もないままにたちまち一個の輪を形作る。
掌に乗る小さな花冠を、ブラックローズがそっと第四王子の頭に乗せた。
「やっぱりブラックローズはすごいね! でもこれ、僕がつけるの?」
「とってもよくお似合いですよ」
「男の子なんだけどなあ、僕。それにやっぱりブラックローズに作ってあげたかったし……。
そうだ! あのね、ここの入口でお土産売ってたから帰りに見ていこうよ。花冠の形をしたアクセサリーもあったはずだよ」
「お気持ちは嬉しいですけど、そんなに幾つも買って頂く訳には……ついこの間も贈られたばかりですし」
「いいの、だってこれはプレゼントじゃなくて取りかえっこだもん!」
「まあ」
いつの間にか周囲からの注目を一斉に集めているとも知らずに、妖精と妖精のような王子は花に囲まれて無邪気に微笑み合う。
それ自体が、おとぎ話のような光景だった。