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 Case2:第二王子の場合

(まだ、お部屋にいらっしゃればいいけど……)


扉の前に立ったブラックローズは、ノックをしてから名前を告げた。一度では反応がなかった為、もう一度。今度は「開いていますよ」と返事があって、ブラックローズが取っ手に手をかけたところで向こうから開く。

第二王子が立っていた。髪を後ろでまとめているので、普段より顔の輪郭がはっきりしている。


「ありがとうございます」

「まあ、さすがに失礼ですので。何かご用でも?」


襟元を直しながら問う第二王子に、ブラックローズは質問を返した。


「第二王子様は、何をなさっていたのですか?」

「私は昨日に引き続き記録帳の整理と清書です。

出発してから書き通しでしたからね。ここは環境面でも、じっくりと腰を据えて作業するにはもってこいなのですよ」

「休憩所だとなかなか難しいかもしれませんね……あの、ご迷惑でなければ私にも見せて頂いても?」

「はあ、それは構いませんが。

見て特別面白いものでもないと思いますよ、私以外には」

「ぜひ!」

「それではどうぞ。部屋が広いですから散らかりようもある程度セーブできています。その点では御婦人をお招きしても問題ないと言えますね」


冗談なのか本気なのか今ひとつ判断のつきかねる事を言って、第三王子が道を開ける。

ブラックローズが部屋の中に入ると、第二王子は扉を閉めた。といっても完全には閉め切らず、靴先程度の隙間を空けている。

部屋の構造や内装はブラックローズの部屋とほぼ同じだった。来賓用に確保されているフロアだけあって立派なものだ。

机の周囲が、見事なまでに私物だらけなのを除けば。それも、ほぼ紙。


「すごいですね……」

「改めてあなたの前に晒すと些か……いえだいぶ決まりが悪いですね、さすがの私でも。この経緯も参考までに心情含めて記録しておくべきでしょうか」


第二王子は戻ってくると、床に散らばっていた紙きれをひょいひょいと拾い集め始める。手近にあったものは、ブラックローズが拾って第二王子に渡した。


「すみませんね」

「いいえ……あの、作業の邪魔になってしまったなら、こちらこそすみません」

「邪魔ではありませんよ。邪魔なら最初から居留守を決め込んでますから。むしろあなたの反応を通して部屋の状態を再認識できました。どうも私は、一人だとどこにいてもこういう有様に陥りますからね」


あくまで「部分的に」の前置き付きで片付きつつある室内に、第二王子は視線を巡らせる。

集中すると何日でも部屋から出てこなくなり、自分にも周囲にもまるで気を使わなくなる性格であっても、そうなった状態が、王子として堂々と人前で誇れる健全なものではないという自覚はあったらしい。本人なりに気を配ってはいるのだが没頭するとつい忘れてしまう、という事だろう。


「これは捨ててしまうんですか?」

「ええ、それらは清書を終えていますから不要です。

そちらの千切ったのは、清書したけれど説明文が不出来だったもの。

そちらはスケッチ段階でのミスですね。葉の数が一枚多かったです」

「厳しいんですね。私から見たらどれもとても丁寧に書かれているのに。これなんて図鑑の1ページみたい」

「……それは完成品です。間違えて捨てていました」

「……私、来て良かったですね」

「まったくです」


ブラックローズから、危うくゴミに紛れて葬られる寸前だったページを受け取ると、第二王子はそれを記録帳に閉じ直した。

旅の間に書き留めていた記録帳とは、表紙が違う。こちらが清書したページをまとめた完成品であるようだ。


「図書館にでもお連れできればもう少しマシなのでしょうが、私はこれが性に合っていまして」

「自分の落ち着ける場所が一番ですよ。

私もこうして、第二王子様が書き留めたものを拝見するのは楽しいです」

「そうですか、変わっていますね。ああ、そういえば妖精でしたね。

ああ、ああいえ失礼。他意はないのです。第一、変わり者というなら私がそうですから」


見たまま感じたままを述べた直後に、それが相手に曲がって受け止められかねないかを思い出して謝罪する。

短時間の接触だと第一王子ともども誤解されそうな振る舞いをしているが、じっくりと向き合う時間さえ取れれば、確かに彼は人並みの気配りをしているのだという事が伝わってきた。

優先順位の高い課題があるとどうしてもそちらに注意が集中しがちになるというだけで、そういう意味では、危なっかしい言動に助け舟を出してくれる第三王子のような人物が近くにいると良いのだろう。


遅れながら第二王子が勧めてくれた椅子に、ブラックローズは座る。

よろしければ、と第二王子が清書の済んだ分を彼女に手渡した。

ページを捲ってみる。やはりどれも図鑑と見紛うばかりの出来栄えだ。

旅の過程で観察してきた動植物の生態や特徴が、的確な注釈を添えて生き生きと描かれている。中には村や休憩所の見取り図まであった。眺めていると、そこで過ごした一日の思い出が蘇ってくる。


「第二王子様は、こうした各地を調査するお仕事をなさりたいのですか? それとも学者?」

「仕事か、と言われると微妙な線ですね。

以前にもお話ししたかもしれませんが、私のこれは趣味なのですよ。

誰かの役に立つ事はあるかもしれませんが、結果としてです」

「なんだか勿体無いような……」


ブラックローズは視線をページに落とす。

趣味だからここまで出来ている面もあるのだとしても、とても旅をしながら黒インクだけで描いたとは思えない。

そう思ったままを伝えると、第二王子は少し笑った。


「いいんですよ。いかんせんこの国は国土の割に生態系が多様で、しかも妙に入れ替わりが激しい。王子という不便な身で対応しようとしたら到底追いつきません。それなら、まとまって動ける専門集団に任せた方がいいんです」

「趣味だからこそ、ですか。……あの、ところで第二王子様」

「何でしょう」

「さっきから、話しながら何をなさって……?」

「スケッチです。そういえば描いていなかったと思いまして」

「スケ……」

「ああ動かないで。すぐに仕上がります」


悪びれもせず言い放った上に、思わず立ち上がりかけたブラックローズを制止する。

座り直しはしたものの、はっきり描かれていると告げられると何とも背筋のむず痒くなるような居心地の悪さがあった。


「いえ、この場合すぐに仕上げない方が失礼に当たらないのですかね」

「失礼というならそこではないような……私もこういうふうに記録されるんですか?」

「宮廷画家でなくて、私が描くならそうなりますね」

「説明文には何を……?」


自分にどういう注釈がつくのかと興味津々で尋ねるブラックローズに、第二王子はペンを持つ手を止め、ふむ、と意外に長く考え込むと。


「内緒です」


とだけ言った。


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