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黒薔薇とイケメン王子様たちの旅立ち - 1 

昔々の、その昔。


それはどこかの遠い世界にある、花と緑に囲まれた国の物語。


この国には、ひとつの不思議な習わしがありました。


王家の人間だけが入る事を許される、恵みの庭。


庭にある蕾たちが数十年に一度開く時、美しき花の妖精が生まれ、お城の王子様と永遠の愛を誓うのです。


今宵は、いよいよ開花を翌日に控えた日。


国民たちは、今か今かとその瞬間を待ちわびています。


花から生まれたお姫様たちの眩いばかりの姿は、人々からそれはそれは大きな歓声で迎えられるでしょう。


ところが、恐ろしい事が起こりました。


お城で開かれていた開花の宴の最中に、突然、遠い森に棲むという暗闇の魔女が現れたのです。


どよめく王族、貴族たちに向かい、魔女は高らかに笑いました。


よくもあたしを除け者にしてくれたわね。美しい花の姫たちは呪われ、永遠に眠り続けるがいい!


魔女が杖を振ると、黒い光が恵みの庭を包みました。


すると、まさに花開こうとしていた蕾たちは、石のようにひび割れて固まってしまったのです。


中央にあった、まるで他の蕾たちから守られるようにただひとつ残った、黒い蕾を残して――。






「おお……何という事じゃ……」


玉座で項垂れた国王は、心労のあまりにすっかり老け込んでしまったようだった。

宴の夜から早三日が過ぎたというのに、解決の目処はまるで立っていない。

魔女が現れ蕾に呪いをかけたという話はたちまち広まり、いまや城だけではなく町までもが悲しみと恐怖に包まれていた。

この事態を誰よりも嘆いているのは国王である。本来なら息子たちは、今日にでも妖精たちと誓いを交わす筈だったのだ。そんな平和と愛に満ちた光景は、いまや手の届かない幻と化してしまった。

玉座の間に集った四人の王子たちも、意気消沈する父を前にただ黙ったまま。

その時、重苦しく静まり返った場に一人の女性が姿を見せた。

兵士に先導され玉座の前まで歩み出ると、顔を上げた国王に向かい、長いフレアスカートの両裾を摘んで深く頭を下げる。


「花妖精ブラックローズ、参りました」

「おお、姫よ……」


国王の顔に滲んだ苦悩が、ほんの僅かにだが和らいだ。

姿形だけでなく、声もまた美しい。腰まである髪は、深い黒に染まっていながら何よりも眩き光を放つよう。

魔女の呪いを免れた、たったひとつの蕾。

夜明けと共に開花を遂げた、ただひとりの花妖精。

姉妹の姿がない今、その絢爛たる美貌は、彼女だけが取り残されてしまったようで却って痛々しい印象を見る者に与えた。不慮の事故で家族すべてを失ってしまった娘を前にした時、人はどんな言葉をかけられるというのだろうか。

しかしそれでも、ブラックローズは微笑みさえ浮かべて立っていた。その気丈な姿に、思わず国王は涙ぐむ。


「このような時に呼び立ててしまってすまないな。さぞかし辛かろうが、そなたは無事に開花した唯一の蕾。我が王家に残された希望なのじゃ。なんとしてでも魔女の呪いを解く方法を探さねば……」

「その件なのですが……呪いが解けなければ王子様たちは全員私のものになると考えると、このままでも特に問題はないのでは」

「俺は何も聞かなかったからな」


隣にいた第三王子が耳を塞いだ。

明るい茶色の髪をした彼は、今年で十七歳になる。外見の年齢でいえばブラックローズに最も近い。堅苦しいしきたりが苦手な彼は城を抜け出しては町に顔を出す事も多く、気さくで親しみやすい王子として民には知られている。

続いて第二王子が国王の前に歩み出た。乗馬を大の得意とし野外にも頻繁に出かけていく第三王子とは違い、日がな一日書物に埋もれて過ごすのを好む彼は、性格においても風貌においても、子供っぽさを残す弟とは見事に正反対だった。

銀縁の眼鏡をくいと指で押し上げ、第二王子が口を開く。青みがかった長い髪が、さらさらと神経質そうに揺れた。


「古い書物を調べました。まさしく、あれは伝承にある不変の呪い。呪いを解かない限り蕾は石になったままです」

「はい……私も呼びかけてみましたけれど、蕾だった時には聞こえていた姉様たちの声は、もう……。それぞれの蕾の根本に除草剤を撒いたり藁で囲って火を点けたりしてみても、やはり何も答えてくれないまま……。

呪いを解かなければ姉様たちはずっとあのまま、王子様たちは私のもの、というのは確かだと思います」

「姉妹に除草剤盛って燃やす女と結婚したがる男はいないと思うから、どさくさ紛れにそっちまで確定させないでくれ」


第二王子の報告を真摯な態度で補足するブラックローズに、第三王子がすぐさま反論した。

ブラックローズはといえば、終始至って真面目な表情で国王と向き合っている。なかなか火に包まれない蕾に藁と油を追加していた時も同じ顔をしていた。

しかし結婚したがるしたがらないに関わらず、このまま呪いが解けなければ本当に両方とも「確か」になってしまうのは間違いない。第三王子は、刻一刻と迫りつつある選択権が無いという現実の恐ろしさを噛み締めていた。


「いったいどうしたら……このまま他の花妖精が誕生しなければ、王家に流れる妖精の血が途絶えてしまう。そうなれば、花妖精より受け継いだ力で維持してきたこの国の未来も……」

「陛下……」


国王の悲嘆に引き摺られて、居並ぶ王子や大臣たちの間にも沈痛な空気が広がっていく。

と、その時であった。

玉座の間上部の空間が、突然黒い光を放つや、渦を巻くかのように歪み始めたのだ。騒然とする一同、慌てて国王へと駆け寄る兵士たちの前で、やがてその歪みは一人の女性の姿を形作る。ブラックローズと瓜二つと言える程に黒く、ただし一切の輝きを伴わぬ吸い込まれそうな闇色を湛えた髪――。


「ふふふ……せいぜい思い知ったかしら? 無礼で傲慢、身の程知らずのエセ王家」

「暗闇の魔女!」


第三王子が叫ぶ。どよめきが波のように広がっていく。

誰もが驚くのも無理はなかった。事の元凶である魔女が、あの夜と同じく再び姿を現したのだから。

剣を構える兵士たちを、魔女は小馬鹿にしたように空中から見下ろした。捕らえようにも、空にいたのではどうしようもない。

皆が手を出しあぐねている中、最愛の姉たちを失ったブラックローズが悲痛な声で訴える。


「どうか教えてください魔女様! なぜ姉様たちに呪いをかけたりしたの?」

「どうして? ふっ、白々しい!

お前たちは、開花の宴にあたしを呼ばなかった。この暗闇の魔女を!

それが答えよ」


そう言うと、魔女は平たい胸を反らした。

まさか、という思いだった。宴に招かれなかった。ただそれだけで、姉たちは呪いの犠牲になったのだという。

あまりにも小さな理由を到底信じる事ができず、ブラックローズは呆然と呟く。


「そんな……たった一度招待されなかっただけで、こんな酷い事をするなんて……」

「たった一度じゃないわよ! 前回も! その前も! その前もその前もそのまた前にも招待されなかったの! 前々回なんて次は絶対招待するからって約束まで取り付けたのに結局すっぽかされて、それでもうっかり忘れたのかと思って今回までは待ってみたのよ! なのに、やっぱり!」


どうやらたった一度仲間外れにされたから怒ったという訳ではなく、魔女は相当辛抱強い性格をしているらしい。話を聞いていた者たちの間にも、これだけ不備が重なったらまあ怒るかもしれないという納得が広がっていった。

前回といえば現国王にとっては父に、王子たちにとっては祖父にあたる前国王の治世時に開かれた宴である。


「招待すっぽかしてたのかよ爺ちゃん……」

「そのようじゃな……誰も話題にさえしなかったから今聞くまで知らなかったわい」

「キー!!」


眉を寄せて囁き交わす国王と第三王子に、再び魔女がヒステリーを起こしかける。

今にも手にした杖を振りかざしそうな剣幕に思わず人の輪が後退る中、ブラックローズは尚も怯まず呼び掛けを続ける。


「お待ちください魔女様! 前回までの無礼は弁明のしようもありませんが……此度の宴には魔女様をお招きしていたのです!」

「知らないって言っておきながら取って付けたような出任せを……!」

「出任せなどではありません! 呪いの原因究明に手を尽くす過程で、魔女様へ招待状をお送りする手筈が整っていた事は判明しています! 上はともかく、下はしっかりと仕事をしていました!」

「だから届いてないわよそんなもの!」

「はい……担当の文官が迂闊にも廃棄分の書類と一緒に処分してしまっていて、それで魔女様には届かず……」

「結局お招きしてないじゃないのそれ!! そもそもどうしてあたし宛の招待状と廃棄する分の書類が一緒の場所に置いてあったのよ!」

「は? 文書は同じ分類でまとめておくのが基本なのですが?」

「兄上、兄上!」


文書整理の基本を語る第二王子の口を、第三王子が必死に塞ぎにかかる。

魔女は青筋を立てて睨み付けているが、第二王子には特に挑発する意図はない。


「お願い、どうか私たちの話を聞いてほしいの!

招待状が届かなかった事は心からお詫びするわ! 本当にごめんなさい! 今回の不手際を起こした文官は、罰として妻、娘、息子、老いた母親もろとも町の広場で斬首刑にしたから!

魔女様の怒りを静めるには足りないかもしれないけれど……せめて、私たちにできる精一杯の償いとして……」

「……いや、そこまでやれとは求めてないんだけど……」


思いきり顔を強張らせていた魔女だったが、急に不安そうに視線を彷徨わせると、佇むブラックローズ達に聞き返した。


「えっ? えっ? ホントにやったの? やってないわよね? タチの悪い嘘か冗談よね? だって家族は何の関係もないし……えっ?」

「連帯責任もまた法。罪への裁きと戒めは厳格でなければならぬ」

「えっ……」


長兄である第一王子が厳しい声で告げる。

第二王子の素っ気ないそれとはまた性質の違う引き締まった無表情と、鍛え抜いた長身を包む黒鉄の鎧は、ただそこにいるだけで周囲を圧倒する戦士の覇気を放つ。いかなる驚異を前にしようとも、軍人として隊をまとめる立場でもある彼の姿勢は些かも揺るぎはしない。その燃えるような赤い髪は、部下たちから戦場の先行きを照らす篝火にも例えられ、また讃えられるのだ。

反面、魔女の声はどんどん小さくなっていく。

何ともいえない空気が玉座の間全体に広がりつつある中、ブラックローズが非常に気まずそうに言った。


「あの……重ねてごめんなさい……家族も全員処刑したというのは 実は少し誇張があって……」

「そ、そうなの? 良かったわ……い、いえ! あたしをこの期に及んで謀ろうとしたのは許せないけれど! でも良かっ……」

「一緒に処刑したのは妻と母親だけで、若くて働き盛りの娘と息子は競りにかけられている最中よ。もうじき落札されるわ」

「今すぐ買い戻してきなさい今すぐに!!」

「買い戻す……のですか? でも若い以外に取り柄はないから、魔女様が競り落としても生贄か生体実験か魔獣の餌にするくらいの使い道しか……」

「誰が生贄目的って言ったのよ生贄なんてやらないし魔獣なんて飼ってないわよ!! そうじゃなくって解放してあげなさいって言ってるの!! 家族への恨みはないからこれっぽっちも!! というか本人にだってそこまで酷な要求するつもりなかったから!! ねえ本当にやっちゃったわけ!?」

「死んでしまった人間は戻りません。それは妖精である私の姉様たちも同じです」

「まだ死んでないよブラックローズ」


第四王子がブラックローズの袖をくいくいと引っ張り、認識上既に葬られていた他の妖精の生存を伝えた。柔らかな金色の巻き毛を持つ彼は兄弟で最も若く、無邪気な子供とさえ呼べる年齢故の幼い言動が目立つ。大きな二重の目に、長い睫毛。年齢を除いても際立って愛らしい容姿は、持ち前のあどけなさと相俟ってまるで人形のようだ。

いいから早く競りを中止しろと連呼する魔女に、皆の視線が国王に集まる。


「陛下……」

「う、うむ……それが暗闇の魔女様の望みだというのなら。

今すぐ競りとやらに使いを出すのじゃ!」


国王は何度も頷きながら、鋭く指示を飛ばす。

使者の兵士が走っていった方向を、魔女は暫く不安げに見詰めていた。


「ま、間に合うかしら……?」

「間に合うには間に合うと思います……罪状が国家的危機をもたらした大逆罪ですから、生きていてもこの先辛いだけですけど……。財産は不浄な財として全て教会が没収しましたし、家は打ち壊されて焼かれましたから、仮に無罪になってももう未来は……」

「ちゃんと世話してあげなさい!! ここで暮らしにくいなら偽名で他の国にやってもいいから!! その二人が心に受けた傷から立ち直るまで絶対目を離しちゃ駄目よ!? いい!? ホントいい!?」


国王や王子、果ては側近たちに至るまで繰り返し魔女が念を押す。

注意された全員がはいと頷くまで、それは続いた。

終わった時には魔女はすっかり疲れ切ってしまっており、取り出したハンカチで額や頬を拭っている。頭に被った巨大な三角帽子のトップも、心なしかぐんにゃりと力無く萎れて見えた。


「それで、魔女様」

「はっ、はい!? なに!?」

「どうすれば許して頂けますか?」

「魔女様完全に怯えてない?」

「このままあいつに交渉任せてていいのかな俺たち」


第三王子と第四王子が、ブラックローズ達を眺めながら呟く。

しかし決裂するかもしれないという不安とは裏腹に、ようやく具体的な謝罪方法に話が及んでほっとしたのか、こみ上げる笑顔を何とか抑えようとしながら、やや上擦った声で魔女が話し始めた。


「ええと、そうね、まず口先だけで謝罪をするっていうのが良くないわ。

本気で申し訳ないと思ってるなら、直に顔を見せて謝りなさい。それが誠意というものでしょう? 当事者の王子どもも連れて、もちろん手土産も忘れずに……そうね、今年はワインの出来がいい筈だから、それにしましょ。あとは……距離がありすぎてさすがに料理を持ってこいとは言えないわね。仕方ないからそれはこっちで用意するから……」

「魔女様……他の方法はありませんか?

どうか特産のワインとお土産を持ってパーティー会場を訪ねていく以外の方法を教えてください。それだけはどうか……!」

「懇願されるほど厳しい条件かしら!? なんでそこまで来るの嫌がるのよ!?」

「急いだとしても暗闇の森までひと月はかかりますし……それに何か臭そうですし……」

「臭くないわよ!! この間も窓全部開けて掃除したばっかりよ!!」

「ねえ魔女様……もうやめようよ。僕たちみんな、魔女様と仲良くしたいって思ってるよ?」

「たった今存在の根本から拒絶したばかりです、フォローするにしてもタイミングを考えなさい」


臭そうだからと拒否した直後に和解を申し出る第四王子を、またしても要らぬ一言を付け足しながら第二王子が諌めた。


「と、とにかくっ! 呪いを解きたくばあたしの家……じゃなくて我が棲み家を訪ねてくるが良い! 貴様らにその勇気があればの話だがな! 来たからと言って解くとも言ってないがな! あ、でも解かないとも言ってないがな! だから行ったってどうせ無駄だとか思わずに、来るだけは来てみたらいいわ! あわわ、良いぞ! ヒョーヒョッヒョッヒョ……」


最後に言葉として無理のある高笑いを残すと、現れた時と同じく、魔女の姿は黒い光の渦となって消えた。


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