前編
ノディリス王国と呼ばれる国のとある森にのありとあらゆる魔法と知恵を極めた魔女が住んでいました。
森の名前は死の森。
そこは数多くの人が森に入り、たくさんの魔物に襲われ死人が沢山出る恐ろしい森でした。
魔女は数百年の時を生き続け、ゆっくりできるところを探しここにたどり着きました。
魔女の名はラクシレア。
腰まで伸びた銀髪と血のような赤い瞳を持つとても美しい女性でした。
ラクシレアはこの国住むことを許可して貰う為、国王の元に訪れるとある取引を持ち掛け、交渉に成功しました。
ラクシレアが森に住み始めて200年がたったある日、ラクシレアの使い魔である大鴉のレイヴと大狼のウルフェンが森であるもの見つけ、彼女の元に持ってきたのです。
なんとそれは大狼の背に乗せられた金髪の女性の死体と大鴉にくわえられるその女性の子供であろう赤ん坊でした。
女性の死体には何本かの矢が突き刺さり、血まみれになっており、体のあちこちは魔法で受けたであろう火傷も付いています。
「追っ手に追われて、最後の力を振り絞って逃げ切ったあと力尽きたって感じかしらね」
魔女は冷静に考察し、ため息をつきます。
「全く現国王はどういうつもりなのかしら。この森の入り口には警備をつけるように言っておいた筈なのに」
「おぎゃあ!おぎゃあ!」
突然赤ん坊が泣き出します。
「あらあら、お腹でもすいたのかしら?よしよし、今ミルクを用意してあげるわ。ウルフェン、私の家にその死体を持ってきて埋めてやりなさい。下手なところに置いてアンデットなられても困るしね」
レイヴから赤ん坊を受け取り、あやすし、睡眠魔法眠らせるとウルフェンに命じます。
強い魔力が立ち込めるこの森に長く浸された死体は生者の肉を求めるアンデットになってしまうので後の対処を面倒に思ったラクシレアは魔法の力で中和した自らの家に埋めてあげることにしてあげたのです。
「それに最近したい事もなくなって暇だったし、この子を育ててみるのも面白そうね。それにこの子、こんなに小さいのに何て魔力の量……ふふ、今後が楽しみだわ。あら、これはなにかしら?」
ラクシレアが赤ん坊の手の見てみると青い宝石が付いたらネックレスが握られていました。
「かなり純度が高い魔石ね。これはこの子が大きくなってら渡すとしましょうか……それにおかしな細工がしてあるわね。まぁ、いいわ。そういえば貴方に名前を付けないといけないわね」
ラクシレアは周囲を見渡し、名前が記しているものがないか探しますが見つからない為、自分が名付けることにしました。
「そうね……ルシウスとかどうかしら?うん。それがいいわね。よろしくねルシウス」
ラクシレアは赤ん坊の頭を優しくな撫で微笑みました。
それからというものラクシレアはルシウスを甲斐甲斐しく世話をし、レイヴとウルフェンを遊び相手にさせて子育てをします。
最初は面白そうといった理由で始めた子育てでしたがいつしか母性に目覚めたのかラクシレアはルシウスを本物の我が子のように可愛がっていました。
そんな主人を見てレイヴとウルフェンも自分達にできた末の弟のように可愛がります。
そんな愛情を受けて育てられたルシウスはすくすくと成長し、十五才になりこの国での成人になったあの赤ん坊は立派な青年になりました。
太陽を浴びキラキラと煌めく金髪に、澄みきった空のような青い瞳、幼さを少し残しながらも男としての逞しさを感じさせる顔立ちはここが町の中なら見るものを男女関係なく魅了してしてしまう程でした。
「母様!ここの魔方陣はどうすればもっと効率良く発動できるのですか?」
ルシウスが床に記入した魔方陣を見て、後ろにいるラクシレアに呼び掛けます。
「それはね。ここのスペルをこう変えれば効率よく発動するわ」
「流石は母様ですね。勉強になります!」
「そんなことないわ。貴方もよくここまで勉強していたのね。ご褒美にお母さんからのハグよ」
ルシウスの近くまで歩み寄ったラクシレアは屈んだルシウスを後ろから抱き締めます。
「か、母様。恥ずかしいし、苦しいです」
「あら、ついこの間まで抱っこをせがんで
きたのは誰だったかしら?」
「そ、それは小さい頃の話でしょう!」
「あらあら、私にとっては貴方はまだまだ可愛い坊やよ?」
「か、母様ぁ……」
ルシウスは諦めるかのように項垂れます。
そんな森での生活が続き、ある日森に来客が来てラクシレアの自宅に訪れます。
ラクシレアが迎えに行くと、家の外では一団の騎士を引き連れた四十代ほどの男性が待っていました。
「あら、今代の王様じゃない。なんの用かしら?」
「おお、魔女殿!久しぶりですな」
「えぇ、久しぶりね。こんな所まで一体なんの用かしら?」
「実は相談にのってもらいたいことがあるのだが、構わぬだろうか?」
「……えぇ、良いわ。ただし、私の家は狭いから貴方ともう一人だけにしてちょうだい」
「陛下、それなら私がお供致します」
国王の側に控えていた騎士の一人が声をかける。
「ベラナス……よし。騎士団長のお前がいてくれるなら心強い。付いてこい」
二人は家の中に入り、応接間の様なところに案内されます。
机を挟んだソファ二つに国王とベラナス、対面にラクシレアが座ります。
「狭くて小汚ない所でごめんなさいね。それで相談とは一体なにかしら?」
「それが最近、我が国で魔物が大量発生しているようでな。その中には我々が初めてみる魔物も多い。もし魔女殿が知っていることがあるならば教えてほしい。報酬はいくらでも渡すし、可能なことなら力になろう」
ベラナスは国王が言い終わると共に何枚かの紙を渡します。
「あら、確かにこれは私が見たことある魔物達ね。いいわ。この国に住まわしてもらえる条件に私は貴方達に知恵を授ける……それが貴方の先祖と契約した内容の一つだからね。ただ教えてあげるわ」
「おぉ、感謝する。魔女殿」
ラクシレアの返答を聞き、国王とベラナスは安堵する。
「そういえばお茶も出していなかったわね。ルシウスー、お茶を淹れてちょうだい!」
「わかりましたー!」
扉越しにルシウスが返答をする。
「おや、魔女殿。弟子でもとられたのか?」
「弟子というよりも息子のようなものね。十五年前に森で亡くなった女性が大事そうに抱えていてね。面白そうだから拾って育てたら、いつの間にか本当の息子のように思えてきてね」
「十五年前か……」
国王は小さな声で呟きます。
「母様、お茶とスコーンの用意ができました。入ってもよろしいですか?」
「えぇ、入ってらっしゃい」
そういわれたルシウスは扉を開け、部屋の中に入ります。
「ルシウスと申します。初めまして国王陛下、騎士団長殿」
机の上にお茶とスコーンを置くと、ルシウスは膝をつき頭を下げ挨拶をします。
「頭をあげ、立ち上がってもよい。ここは王城ではなく、魔女殿とそなたの家だ。そのようなことする必要はない。それにそなたとはなんだか他人のような気がせんしな。魔女殿、随分と教育が届いているな」
「自慢の子よ。物覚えが良くてね。私の魔法もどんどん覚えていくし、家事もこなせるから私の生活は満たされてるの」
「母様……とても恥ずかしいです」
立ち上がったルシウスは羞恥のあまり顔を赤くする。
「ははは、親というのは子を想うものだ。溺愛するのもわからなくはない。ん?ちょっとすまない。少しそなたが首にかけているネックレスを見せてもらえぬか?」
そういわれたルシウスはラクシレアに渡されていた実母の形見を首から外し、国王に渡します。
「……!?こ、これは」
「陛下どうかなされたのですか!?」
動揺する国王にベラナスが心配そうに声を掛けます。
「ベラナスよ。行方不明になった我が妻、ミスティアに送ったオーダメイドしたネックレスと同じだ。ルシウス、これは何処で手にいれた?」
「母様が私を守るように死んでいた実の母らしき女性から形見として渡してくれたものです」
「そうね。使い魔達が見つけたときにはもう死んでたから生き残ったこの子に渡したのよ。王様はあの女性に心当たりあるのかしら?」
国王はしばらく考えたあとゆっくり答えます。
「その女性は十五年前に私との子を連れて失踪した我が妻の第一王妃ミスティア。もしミスティアが守っていたなら、ルシウスは我が息子、アルザードだ……ルシウス、その顔をよく見せてくれないか?」
「はい」
ルシウスは国王に目の前で跪き、国王もルシウスの顔をよく見ます。
「やはり、ミスティア譲りの金の髪に私と同じ青き瞳、顔立ちはミスティアよりだな。そうか。生きていたのか」
国王はなにかを懐かしむようにルシウスの顔を見て、今にも泣きそうな顔になります。
「王様、ルシウスがあなたの子である根拠はあるの?」
「そのネックレスは特注品でな。私とミスティア、もしくはその両方の血を引くものにしか持てないように細工してある。魔女殿のような強力な魔力の持ち主には効かぬがな。だが私とミスティアで子をなしたのはアルザードだけだからそれが根拠になろう」
「なるほどね。で?どうするの?まさかルシウスを王城に連れていく気なの?」
ラクシレアは静かに魔力を練り上げ、威圧する。
「……すまない。私達の勝手な理由で申し訳ないがルシウスを……アルザードを引き取らせてほしい」
「……理由は?」
ラクシレアの目付きが鋭くなり、王様とベラナスを睨み付けます。
「我が妻ミスティアは平民の出であったが、私達は周囲の反対を押し退け、ようやく結ばれた。だがミスティアとアルザードがいなくなったことにより、私は別の貴族の家から王族に迎える事になった。ラーナノス家といい王族に次ぐ、公爵家だ。だがその公爵家の娘であり現在の妻であるアマリアとアマリアとの間に生まれたガイウスが問題なのだ」
王様は苦々しい顔で説明します。
その問題とはアマリアとガイウスの横暴さでした。
アマリアはとても傲慢であり、自分の思い通りにならないと癇癪を起こしたり等たびたび問題を起こしたり、自分より身分の低いものを見下したりしていました。
国内でも最も力がある公爵家の後ろ楯もあり、周囲の貴族達もその行動を止めることもできずにいます。
ルシウスがいなくなって一年後に生まれたガイウスはそのアマリアの性質を受け継いだのか、はたまたアマリアの教育のせいかアマリア同様に傲慢で身分の低いものを見下したり、時には暴力を振るうなど王としてあまりにも向いていないこともあり、国王は頭を悩ませていました。
「アルザードなら第一王子として継承権もある。このままガイウスを王にすれば間違いなく国は滅ぶのだ。魔女殿、すまないがルシウスを引き取らせてほしい」
王様は頭を下げます。
「私からもお願いします。私や他のもの達もルシウス様の事を全力でお守りいたします。どうかよろしくお願いします!」
王様に続きベラナスも頭を下げます。
「か、母様……どうすればいいのでしょうか?」
「…………はぁ、仕方ないわね。ルシウスが住む国がそんなやつに治められるなんてたまったもんじゃないわ。ルシウスが行きたければ許可しましょうか」
「ほ、本当か!?ルシウス、来てくれるか?」
「……私が行かなければ国が大変なことになるんですよね。……わかりました。行きます」
「おぉ!!感謝するぞ。ルシウス」
感極まった王様はルシウスを抱き締めます。
「へ、陛下!?あの母様……私は「いいのよ。別に永遠の別れではないわ。助けが欲しければいつでも連絡しなさい。どこに行こうとあなたは私の愛しい子なのだから」
「母様ぁ」
王様がルシウスから離れると次はラクシレアがルシウスが抱き締めます。
「それでは三日後、森の出口に兵を迎えを出そう。待っておるよ。魔女殿も決断感謝する。ふむ、長居も過ぎたようだし、私も城に帰って前準備しておこう」
「えぇ、この子を幸せにしてあげるためにも頑張ってちょうだい」
「あぁ、善処しよう。それでは魔女殿、ルシウス。失礼する……あぁ、そうだ。ミスティアの墓はどこだろうか?墓参りがしたい」
「外に出て、右側の庭に墓をおいてあるわ」
「感謝する」
そういい王様とベラナスは足早に去っていきます。
それから三日後、森の出口でラクシレアとルシウスが待っている兵がやって来てルシウスを乗せ、王城に連れていきました。
そして、ルシウスは名前を改めてアルザードと名乗り、王族の仲間入りを果たします。
王様や周囲の支えもあり、ルシウスは王としての器を着々と作り上げ、王族になってからわずか二年で次期王の地位を手に入れることが出来ました。
ラクシレアももちろんルシウスの為に行動し、暗躍します。
そして、ルシウスが王族になって六年が経ち、王様がラクシレアにも治せない病で倒れたことにより王様は国王の地位をルシウスに明け渡すことにしました。
もちろんアマリア、ガイウス達公爵家やその派閥に所属する一部貴族は色々と文句を言いますが、多くの貴族達にとっては扱いづらく周囲からの評判も悪い王の資質がないガイウスより勤勉で才能溢れ、周囲からの評判もよく、王にふさわしいルシウスが王になることはたくさんの貴族から求められていました。
そして、王になったルシウスは沢山の政策を行い、あっという間に民からも慕われるよき王になりました。
王となったルシウスは隣国の美しき末の姫リシアを王妃として迎え入れ、隣国の協力もありノディリス王国を大国へと成長させていきます。
リシア姫はルシウスと同じで王と平民との間に生まれた子であり、長い間不遇の扱いを受けていました。
そんなある日ルシウスが隣国に赴いた際、城の図書館で読書をしていたリシア姫に一目惚れし、アプローチを掛け、互いに隣国の王と同盟を組むことを条件にリシア姫を迎え入れました。
ノディリス王国を急成長させたルシウスの手腕は隣国の王の耳にも届いており、その恩恵を受けられるならリシア姫を隣国に嫁がせるのも悪くないと思ったからなのです。
またリシア姫も最初は政略結婚ということもあり、ルシウスに対しても緊張していましたが優しく、謙虚で自分を愛してくれることに気づき徐々に惹かれていきました。
そうして政略結婚という形ながらも互いの想いが結ばれた二人は国の為に、身を粉にするように働きます。
ラクシレアも時折、森を出てはルシウスの元に訪れれはルシウスの為に暗躍し、沢山の支援を行います。
そのなかでリシア姫はラクシレアと会い、彼女を気に入ったラクシレアはルシウスの事をお願いするように頼み去っていきます。
大国へと成長して三年ほど経ち、することもなくなったラクシレアは森のなかで紅茶を飲み、手紙を読んでいました。
「うふふ、ルシウスったら使い魔を使ってなにかと思えば、子供が生まれたのね。あのルシウスが父親だなんて時が経つのは早いものね」
ルシウスからの手紙を見たラクシレアは嬉しそうに微笑みます。
ですがこの時、彼女は気付かなかったのです。
このあとに起きる運命を……。