美人なのにモテない腐女騎士さんからのお便りが届きました。
私には暇さえあればおこなっている事がある。
それは、手紙を書く事だ。
本当なら毎日書き連ねたい程の想いが私の心には渦巻いている。
今の私はもう大人で、日々の暮らしや付き合い等もあって中々出来ないけれど、何をしていても忘れられない程強い想いだから、蔑ろには出来ずにいる。
本当ならこんな事はしたくない、やらずにいられたならその方が幸せだとも思う。
だけど、私は手紙を書き続けるだろう。
それが私に出来るただひとつの事だから。
◇◆◇
「……………なにこの本?」
それとの出逢いは、私が十三歳の頃だった。
大きな国に属してはいたが、私の生まれた街は田舎だった。 当事から本を読むのが大好きだった私は、中々品揃えが新しくならない本屋にやきもきしながら育ったものだ。
だが、その日は珍しくこの国で人気が出てきているという作家の本が一冊だけ入荷していたのだ。
「…………美男子☆夜伽騎士学園──女の子なのに騎士学園入学しちゃって逆ハーレムな騎士団生活始まっちゃたんだけど!?──…………なにこれ???」
正直、人気と言われても誰にどういう人気なのかなんて、まだ無知だった私には分からなかったが……手持ちのお小遣いでギリギリ買える金額、なにより他に目ぼしい本が無かった事によりその本を購入してしまったのだ。
私の運命が決定されてしまった日の思い出である。
…………
「…………………………………………!?!?」
その日の夜、私は早速購入した本を読み始めた。 そして、一ページめくっただけで私に衝撃が走るのを感じた。
──なにこれ。
────なにこれ?
それまでは児童書や絵本……良くてもファンタジー創作ぐらいしか読んだことのない私には、訳が分からなかった。
……カッコいい男の人同士が裸で抱き合っている。
「ッッ!!!!」
内容もすごかった。 主人公の見習い女騎士をイケメン騎士が取り合うのだ。 一ページ目の挿し絵は主人公の気を引くためにイケメン騎士その1とその2が〇〇〇で☆☆☆を●●●するところであるらしい。
年頃で、そういう物にも興味が湧いてきていた私は、かなり夢中になってしまったものである。
「……しゅごい………ふへ……うへ……」
顔を赤らめ、よだれを垂らして変な笑みを浮かべた幼い私。 人様にお見せ出来る顔では無いが、独りきりの時にしかそんな表情を出していないのでノーカンだろう。
「……………ふぅ……」
何度も読み返し、何日も繰り返し眺め、そして想像する。
騎士。
カッコいい騎士だらけの場所。
そこにわたしが行ったら………。
「よし、わたし騎士目指そ」
将来の目標を決めた……決めてしまった瞬間だった。
…………。
しかしそこからが大変だった。
「え……平民だと騎士になれないの!?」
「そうよ、知らなかったの?」
「……う、うん」
そうなのだ、母に聞いてみて知ったのだが、私のような平民だと、普通は騎士にはなれない。
「エレノール君は騎士になりたいのかね? 難しいが道が無い訳ではないよ」
「!!」
それから一応、特例で騎士候の称号を得る可能性はあるのだが……誰もが認める程の武勲と、兵士としての勤続年数が必要なのだと学校の先生に教わった。
その道は長く険しい。 騎士になりたい平民だって、私以外にもたくさん居る。
だけど、当事の私はそれで諦めはしなかった。
「まずは兵士になれば良いんだな? ……お母さんめ、絶対なれないみたいな言い方しやがって」
私は一度見た夢に執着した。 想いを貫けば、必ず報われると信じていたから。
「……………とりあえず兵士になればカッコいい騎士さまがわんさか……うへ…ふへへ」
正確には騎士になる過程でも、兵士の身分ででもイケメン騎士さま達に強権発動であんなことやこんなことをされるだろうという妄想恋愛計画を追加修正したに過ぎなかったのだが。
そんな訳で、私は夢を実現させる為、青春を犠牲にして修行と特訓の日々を送り出した。
大変だったのは剣の訓練だ。 なにしろ私は武器の類いは持ったことすらなかったのだ。 ついでにいうなら極度の人見知りだった為、剣の訓練に付き合ってくれそうな男子に話しかけるなど出来なかった。
「……あ、あの……その剣……」
「……っ!!」
「習ってるの?そ、それなら僕と一緒に……」
「黙れ」
「え……」
「……あ……じゃ、じゃなくて……」
「………」
「──切り落とすぞ」
「…………す、すいません二度と話しかけません」
「……ぁ……あう……!?」
……何故あの時、私はその前日読んでいた本のイケメンでクールな狂戦士の台詞を口にしてしまったのだろうか。
本当はヒロインのツンデレ台詞を言おうとしたのに。 ちゃんと言えていれば、甘酸っぱい青春も堪能できた筈なのに。
だがそれは仕方ないと切り替えていった強い私。
独学で剣の訓練は行って、それから数年私は昼は学校でぼっち、夕方剣の訓練そして夜は将来のプランをひたすら練り上げていた、乙女本はもちろん追加でたくさん読んで毎日寝不足である。
今でこそ加齢も気になるし、美容には気をつけているが当事の私は酷い顔だったものだ。
なにせ目の下に隈が常にでていてくすんだ瞳、さらにお肌カサカサの髮は簡単に後ろで束ねただけのボサボサ、おまけに貧乳である。 はっきり言ってブスだった。 今は断じて違う。断じて違う。
「………酷い顔……これじゃヒロインにはなれんな」
「……まあ、入隊してからでも大丈夫っしょ、若いからへーきへーき」
だが振り返れば、私の青春って惨めで悲惨だなと、確かに思ってしまう。 もし出来るならこの頃の自分を説教してお肌のお手入れしてやりたい。
……殴れ?嫌だこんなんでも自分の身はかわいいのだ痛いのきらい。
そして、そんなこんなで私は十五歳、成人となって、兵士となるために故郷から王都へと巣立つ。
ぶっちゃけ私は剣に関しては天才だったらしく、女の身でありながらあっさり男に混じって入隊出来た。
しかし、問題というか、予想外の事態が私を待ち受けていた。
「むんっ」
汗臭い筋肉達磨な不細工兵士や……。
「あー、だりぃ」
顔面の作画が崩壊した、だらしない不細工兵士。
「新入りの嬢ちゃん、おれの髭そりしらね?」
汚ならしいヒゲオヤジ等々……。
「………………………………」
イケメンが一人も居なかった。 ただの一人も居なかった……。
「………ま、まだだ!! まだ騎士たま達が残って……」
一般兵士なんぞという脇役のどうでも良い連中の事は即座に切り捨て、本命の騎士たま達を御拝見させてもらって…………。
「うほっ」
筋肉達磨の汗臭い騎士とか。
「はっはァ!! たぎる……血がみてぇ……」
ヤバそうな目付きの、剣をベロベロ舐め回してるイカれた騎士とか。
「ら、ライスボール食べたいんだな……うん」
絵ばっかり書いてるデブ騎士とか。
……貴族のボンボン騎士にロクなのは居なかった。
「……ふぇ……うわぁぁぁぁぁん!! がんばったのにっ!! がんばったのにあんまりだぁぁぁぁ!!!!」
しばらく、私の自室の枕はしょっぱかったものだ。 夢が叩き壊されたのだ仕方ないだろう。
その後、数年の間は絶望に心を蝕まれながらもなんとか兵士としてやっていけた。
心のオアシス乙女本を読む量は、自らが稼いだ給金ということもあり数倍に増えていたが、まあそれは良いだろう。
そして、勤続五年目頃に、ある出逢いがあった。
「初めて見る人だね、警備ご苦労様です」
この国の第一王子殿下であらせられる御方。 リュカマイラス・ロイ・ファーンファレスしゃま当時御歳、九歳の天使さまにお声を掛けられたのだ。
「はぐぅっ!?!?」
ジャンル、オネショタへの目覚めだった。
その日はすごくハッスルした。 不敬だとは思ったが逆に燃えてしまった。 仕方ないだろうすんげぇかわいいのだあの頃の純真無垢な王子様は。
黄金のような色の、風になびく髪。 零れ落ちてしまいそうな程に大きな、そして透き通った大空のような青い瞳。
どんな絵師や画家が描こうとしても、ご本尊の美しさは決して描けぬだろうと確信できる幼き美貌……。
──私は誓ったね、この方に一生捧げるって決めたね。
だから、イケメン居ないならどうでも良いやと挫折していた難しい騎士への道である、様々な難問にもチャレンジしたのだ。
そして数年後、私は近衛騎士となった。
剣の腕で他の誰よりも強くなっていた私にとって、騎士侯の授与の為の試練など雑作も無かった。 私天才過ぎる。 すごい。
一番効いたのは御前試合にて、猛将として名高い近衛騎士団副団長である老騎士のハゲジジイと互角に戦った事だろうか。
なんかその後、そのジジイが『出鱈目剣技でそれだけ強ければ、鍛えたら相当なもんに仕上がるぞい。 儂が教えてやるから来い』とか言ってナンパしてきやがったしな。
ジジイのナンパとかお呼びじゃなかったのだが、このジジイ、聞けばおーじたまにも剣を教えていると言うじゃないか!!
私はたぎったね。 同じ門下生同士の年下ショタ王子とのイチャイチャに胸を熱くさせたね。
「若と同じ場所で鍛えるとは言っとらんぞたわけ者が」
「!?」
まあ、それはあのクソジジイにより幻に終わってしまったが…………それでもちゃんとした剣術を学べるのは悪くなかったので教えて貰った。
それから剣術修行を、兵士としての業務の合間に行いながら数年を過ごす。 目指すは近衛騎士団への入団である。 意地でも私は私の天使であるおーじたまのお側へと近付きたかった。
側付きの近衛になれば、かわいいかわいいおーじたまとあんな事やこんな事が出来ると信じて。
そして、私は異常な早さで近衛騎士団、第三隊長へと、若冠二十四歳という、近衛隊長としては歴代最年少での抜擢という快挙を成し遂げて王宮勤めとなった。 兵士として国へ務め始めて九年目の事だった。
「………よろしく」
だがしかし、私の天使王子たまの近衛にはなれなかった。
私の守護すべき対象は、おーじたまの妹君であらせられるルクレティナ・ロイ・ファーンファレス王女殿下、当時八歳である。
「よろしく」
「……よろしくお願いいたします、殿下」
「うん」
ちなみにおーじたまの担当はジジイだった。
「……なんじゃい、若は儂の担当じゃい、代わらんぞ」
「…………チィッ!!」
「…………邪念が凄まじいのう」
うるせえちくしょう、ハゲジジイ交われ、その立ち位置変われよぉぉぉぉッッ!!!!
……と毎日呪いの如く念を送ったがこればっかりは国王様が決定なされた事なので、覆われることは無かった。 ちくしょう。
「…………?」
「………む……どうしたのですか殿下?」
私が兵士となったばかりの頃には王妃様……二人の殿下の母君は既に亡くなりになっていたそうなので、少し寂しそうに見えたものだ。
「にいさまばっかりみてる」
「………え、いえ、そのような事はございません」
「にいさまはわたしの、とっちゃダメ」
「……取りません、仲がよろしいのですね…」
「うん」
事実、二人の殿下はずっと一緒にいた。
国王様が多忙というのもあり、家族と呼べるのは兄妹だけと感じているのかもしれない、そう思った。
「おとなになったら、にいさまのこどもを生むの」
「……………」
言葉の節々に聞き流すべき台詞が混じるが、とりあえず聞かなかった事にしている。 今でもそれは変わらないが……。
…………
さて、そんなこんなで運命の天使には出逢えて、そして側付きの近衛とまでは行かなかったが、二人の殿下はほとんど一緒に居るようなものなので、毎日私は私の天使を間近で拝めた。
幸せだった。 頑張った事が報われる日々がやっと来たのだ。
しかし、毎晩がとても充実した訳ではあるが、ひとつまた問題が発生する。
……そう、いくら天使でめちゃくちゃのぐちゃぐちゃに愛でてきゃっきゃうふふを(脳内で)していようとも相手は王子、つまり恋愛対照には出来ないのである。
更には実家の母が「そろそろいい人でも見つからないのかねえ?」などとのたまう便りを定期的に寄越すようになる始末。 余計なお世話だちくしょう。
だが現実的な考えをするなら、母の心配は否定しきれるものでも無し。
………一瞬私の天使王子たまに「妾にしてください!! 頭文字に肉が付く奴隷でも便器でも構わないのでどうかご考慮をッッ!!!!」と東洋の秘伝技を繰り出しながらお願いしようかと本気で考えたがちょっと無理がある。 立場的に、年齢的に……。
その頃の私はもういい大人になっていたのだ。 脳みその中を夢だけで埋めさせる訳にもそろそろいかん。
なので、今の地位と職権をフルに活用して婚活することにしたのだった。
近衛騎士団の長は、王族各自につき一名が隊長として国王様に任命される。 選抜方法は実力と信用度(簡単に言えば勤めた年数)が重視される。
私の場合は近衛となって日は浅かったが、実力でその他の候補を蹴落とした。 ちなみにジジイに正式な剣術を指南して貰ったが、それ以前は乙女本のイケメン達が使ってた技を繰り出し練習して完全再現させた乙女剣術で兵士試験等を乗り越えた、よく受かったものである。 ジジイにも出鱈目剣術って言われたしな。
そしてここからが本質となるのだが、隊長格は国王様が選定なさるのだが、それ以外は近衛騎士団の中から自分で部下を選ぶのだ。
近衛騎士団の総数は二百人程度である。 そこから好きに選んで良いというわけである。
私は当然の如く顔で選んだ。 実力? 信頼度? なにそれおいしいの?
するとどうだろう、流石に王子たまには負けるが、ちらほらイケメンと呼べる者もいるではないか!! 汗臭くも不潔でもない者もちゃんといるではないか、私は泣いた。 マジで泣いた。
幼い頃からの夢の景色がそこに広がっているのだ、こんなに嬉しい事はない。
「………お前さん、もっと他に考慮すべき事は無かったのか? それじゃ思想も派閥もバラバラじゃぞい」
うるせぇクソジジイ良いから不細工ども黙って引き受けてやがれ!! あと女は外せよ王子たまに雌臭さがうつったら大変だからな!! と思いつつキチンとそれっぽい理由は伝える。
「まあ、そう言わずともよいではないですか叔父様、わたくしとしては少しはお気持ち、お分かりになりましてよ?」
コイツは国王様の直衛となる近衛騎士で、一番位が高い。 詳細は興味無いので知らないが、噂ではナイスミドルな国王様の愛人をしてるとか、してないとか端女達から言われている。 つまり容姿を盾によろしくやりやがった女なのだ。 私とは基本そりは合わない、とにかく顔がムカつく。
……まあそれは良いとして、私は私による私だけのパラダイスを、ようやく手に入れたのだ。
「よし、これからは私の下で殿下を御守りすることになる、頼むぞ!!」
「はっ、隊長殿!!」
「よろしくお願い致します!!」
「共に任を全うする所存です!!」
「………ふひひ…」
イケメン、ハンサム、男前……、よりどりみどりじゃないか。 嗚呼、素晴らしきかな我が世の春よ。
かくして、私がヒロインの「ドキッ☆イケメン近衛騎士団──みんなが団長を奪い合い!? やだっわたし困っちゃう☆編──がスタートする。
………スタートする筈だったのだ……。
私はひとつ、決定的とも言えるミスを犯していた。
「………あ、いえ……エレノール隊長には勝てませんので……はは……」
「……」
………
「い、いや……私の背中を守ってくれるか? とか言われてもエレノール様、背後も隙がないですし」
「…………」
…………
「……い、いやその……隊長は美しいお方ですし、お気持ちは嬉しいのですが……その、い、いきなり結婚しろとかは……自分は守られる側にはなりたくないですし……えっ、ちょ……なんだあんた今度は抜刀して脅すのかよどんだけ必死なんですか!?」
「………………………………」
私は強くなりすぎた。
…………。
「あんだよもぉぉぉぉぉッッ!! そんなに自分より強い女が嫌なのかよぉぉぉぉ!?!? うわぁぁぁぁぁん!!!!」
せっかく集めたのに、みんなして私を振りやがった。 私は傷付いた。
傷付いて酒に溺れた。
「わ"だじひっじでがんばっただげだもん"!! 幸"せにな"るのにがんばって何がわ"るいの"!?な"ん"かいいなさいよ"ぉぉぉぉぉッ!! うわぁぁぁぁぁん!!!!」
「お客さん、飲み過ぎですよ……」
「呑まなきゃやってらんな"いんだよばかぁぁぁぁ!!!! ひっぐっ……」
「……大丈夫ですよ、あなたのような美しい方なら必ず想い人はあらわれますよ」
「………ひっぐっ……わ、わたしびじん? かわいくなった?」
「………え、ええ………とても綺麗なお方ですよ…」
「じゃ、結婚してバーテンさん」
「……わたくし妻も子供もおりますので」
「うぞつき"!! かわいいっていったくせに既婚かよぉぉぉぉ!! 離婚してわたしと結婚しろよぉぉぉぉ!!!!」
「……いくら美人でもこんなめんどくさそうな女、独身だったとしても無理だ……」
「聞こえてんぞバーテンおらァ!! ぼそっと呟いても聞こえてんぞ!! そんなにダメかよぉぉぉぉぉぉうわあああああああ!!!!」
…………。
強くなりすぎて、傷付いて酒に逃げて酔った勢いで荒ぶって、行き付けだったイケメンバーテンが居る酒場から出禁食らって……負の連鎖ってこわい。
それじゃ私が弱くなれば良いんじゃね? とも思うのだがそうもいかなかった。
…………。
『す、すげー!! あの人また勝ったぞ!? この御前試合って手練れの勇者ばかりの筈だぞ!?』
『当然だ、彼女は女性の身でありながら、完全実力主義であり、我が国最強と言われたあの近衛騎士団の三番隊長に歴代最年少で抜擢された実力者だ……この国で彼女、エレノール・トラヴィアータに剣技で勝てる者など居ない』
「折角リカバリーした肌を傷付けられてたまるものかよ!! 髪の毛一本たりともかすらせん!!」
「け、剣の軌道が見え……っ!? ぐはっ!?」
『おおおおおお!! また無傷で切り伏せたぞ!?』
『きゃーーーすてきーー!!』
『お姉様ーーー!! いやーーん!!』
「…………またやってしまった」
場所は王都の闘技場、時は毎年恒例の御前試合。 それに毎回参加している私は、試合の最中、目の前の重装備の屈強な騎士を、無傷で屠った。
近衛騎士団は普段、戦争をしていても前線になど赴いたりはしない。 当たり前の事を言うが、王城に居られる王族の方々を守護するべき存在なのだから当然だろう。
だが、職務上強い事を知らしめていなくてはいけないという事情もあったりして、こうして一般観戦も可能となっている剣術大会なんかにはほぼ強制参加となるのだ。
まあ、前線で命掛けて戦うよりはマシなのだが……。
(………毎度毎度剣を向けられると条件反射で切り伏せてしまう。 い、イケメンはか弱い女の子が好きだというのに!! で、でも傷付けられたらやだしなぁ…痛いのもやだしなぁ…)
ジジババや女共に声援をめっちゃ贈られるのだが、肝心のイケメンからの声援は聞こえない……。 私が欲しいのはイケメンの声であってそれ以外は要らないのだ。
『お、おい飛び入りだ、誰か広場に入ったぞ!!』
「ん?」
『あ、あれは……王子様か!? だ、誰か止めろ!!』
「お見事、流石我が妹の近衛を纏める方だけある。 素晴らしい剣の技だ」
「はぐっ!?」
十六歳となり、健やかに逞しく、麗しく成長した私の王子たまが、その時の御前試合に乱入してきたのだ。
これはあくまで御前試合、つまり王族である王子たまは本来参加などしない筈なのだ。
ああちくしょう。 カッコいいなぁ。
「剣の稽古は爺に受けていたが物足りなくなっていたところでな、良ければ飛び入りを認めて貰いたいのだが?」
「は、はひ………」
成長した王子様は天使どころの騒ぎではないほど美しく成長していた。 もはや神である。 イケメンの現人神である。
「わ、若!? いけませんぞ貴方様のような高貴な御方がこのような……」
「爺、良いからやらせてくれ、私も強く在らねばならぬ身だ、身分の違いなどで私の成長を妨げられたくはない」
(……あーちょーカッケー試合なら剣のじゃなくてベットの上でやりてー)
「ん、どうした? 鼻血が出ておるが先程の者に手傷を負わされていたのか?」
「へっ? あ、いえっ!! こ、これは大丈夫ですただ気分が昂り出てきてしまって…」
「ふむ、そうか……そなたも一戦交えてみたいようだな」
「な、何ラウンドでもまじわりたいです……」
「よし、ならば戦るとしよう!!父上、許可を!!」
(……や、犯る!?)
「構わぬ、好きにせよ……だが、お互い手は抜くな、下らん遊びで観衆を興醒めさせても悪いのでな」
「……はっ、分かっております!!」
「……は、はい!! かしこまりました!!」
その試合では互角の実力だった。
最初こそ不埒な思考に囚われ焦ったが、私もわりとベテランの騎士である。 すぐに頭を切り替えて真面目にお相手したものだ。
その上で僅差で負けてしまった。 年齢から考えて王子様の才能は私のそれをはるかに上回ると言って良いだろう。
「……はぁ……はぁ……やはり強い!!」
「………ふぅ……ふひっ…!!」
互いに剣の読み合い、一手間違えば致命となるような剣捌きを続けて、最終的には私の喉元に王子様の剣が突き付けられた。 剣をかざしてキリッとした表情がとても良い。 股間がむずむずしてくる。
「思っていた通りだ、貴女は最高の女性だ、私はずっとこの時を、貴女と戦う事を待っていた!!」
「えっ……」
「どうか、これからも私と共に剣技を磨いてくれはしないだろうか」
「悦んで!!!!」
「っ!? な、何故抱き付いてくるのだ!?」
「はっ!? し、失礼致しました…!!」
「また鼻血が出ておるが」
「気にせずにお願いします」
弱く無ければいけないという考えは、王子様からのお言葉により欠片も残さず吹き飛んだのだが、この頃の王子たまはまだまだ純真無垢だったので言葉通りの意味でしかないのが悔やまれる。
王子たまはバカなので、自分の言った言葉が女殺しの口上となっていたのに気付いていないのだ。 物凄く残念なような、ご褒美ありがとうございますと言うか。 なんというか…………まあ、夜のおかずは増えた。
それからはしばしば我が神である王子様と剣の稽古等で共に居る時間が増えた。 超幸せ。 婚活とかどうでもよかったんや。
そんな日々を過ごしていると、ある日王子様がこう言うのだ。
「一度旅に出ようと思う、世界の広さを見る事で学べる事もあるだろうからな」
「……え、殿下それは……」
『さの旅にそなたも連れていきたい、来ては貰えぬだろうか?』
「そ、そんな……わ、私には姫殿下の護衛という大事な職務が……」
「む? ああそうだな、分かっている」
『我が妹は確かに大事だ、だがそなたを我が傍らに置いておきたいというこの想い、そうそうぬぐいされぬ……分かっては貰えぬのか?』
「そ、そんな……わ、私などがそんな……い、行けません、私は一介の騎士でごさいます!!」
「………あー、よくわからぬが、留守の間は我が妹の守りをよろしく頼むぞ? では」
「……え、あれ? ……ちょ、ちょーっ!?」
「……ん?」
「………お、お気をつけて」
「うむ、行ってくるぞ!!」
…………。
「…………ちっ……妄想か……ヤバイな私」
そして、私は愛しの王子たまと離ればなれ……私は世界を憎んだものである。
王子たまが自ら歩み始めた道である、しかしその隣に私は居ないのだ。
ちょっと期待していたけれど、やっぱり現実的に、身分的に、王子たまとは添い遂げられないのだ。
何回泣けば幸せになれるのかなー?
そして今年、私は再び絶望する事になる。
「………三十歳の誕生日が、明日……」
思えば、私は何をしていたのだ?
まともに恋愛も出来ず、何をしても空回り、望んだ結果には何一つたどり着けない。
そんなんでいいのか私の人生。
「………やめよう、気にしても時は止まらない……気分転換に外へ出よう、今日は新刊出るし」
…………。
「ありゃっしたー!!」
「…………部屋で読むと気分転換にならんな、公園でちょっと読もう」
休日の午後、穏やかな風の中で緑の香りが舞う……そんな中で見る乙女本も中々良いものだ、人には見せられないが。
色々と沈んだ気分になっていたのが、穏やかな日差しによって洗われる。
………もう良いか、考えても仕方ない。
少女だった頃の、あの目の下に隈をつくったボサボサ頭のブスな私はもう居ない。
私は美人になったのだ。 年齢がなんだというのだ? その内いい人が見つかるはずだと、前向きに考えなくてどうする?
「………いい気分転換になった、かな……帰るか……」
「………」
その時、近くを通りかかったひとりの青年が、私を見詰めているのに気付いた。
「……? ……何でしょうか?」
「あ、いえ……すいません、見てた訳じゃないんですけど」
「……そう……?」
「いや、まあいいか、えーと……素敵な女性だなって、ははは」
「!!!!」
立ち上がり絶叫しそうになった。 それほどショッキングな台詞を目の前の青年は言ったのである。
その青年は、あどけなさの残る、ちょっと女顔ではあるが良い男だった。 王子たまとは比べるべくもないが悪くなかった。
「………」
「……えと」
(落ち着け私、これはチャンスだ、ちょっと頼りなさそうでヒョロっとしてるがけっこう可愛い顔してる、逃がすな、意地でも仕留めろこれを逃したら今後チャンスはないと思え!!)
「……?」
私はもう大人であり、色々と経験は積んでいるのだ、仕事の付き合い、社交辞令やら生きるためのスキルは身に付けてきたのだ、私はやれば出来る子なのだ。 いまやらないでいつやるというのか。
「そう、ありがとうね?」
確かに私は腐っている。 だがそれ以前に女なのだ、良い女を演じるぐらい、本来ならば訳はないのだ。
「……えーと、こ、このあたりの方なのですか?」
「ええ、貴方は? あと、名前も聞きたいかな」
「俺は、まあいいか、アレクって言います。 最近仕事でこっちにきたんで、まだよく分からないんですが……えーと、む、向こうの方かな? ははは……」
(……しめた、こいつはたぶんお上りさんだ、ちょっと優しくされたらコロッといくぞ!!)
その時の私は、まるで餓死する寸前の蜘蛛が巣に獲物を捕らえたような心境だった。
「あら、なら大変でしょう? この辺りは慣れていないとよく迷うし」
「そうですね……道なんか全然分からないし、今も迷ってここに……」
「案内してあげる?」
「あーいや、なんとか自分で目的地へは辿り着きますから」
そんな事言っても逃がすものかよ!! 確実に仕止めてみせる!!
「人の親切は素直に受け取るもんだゾ♪」
「……え……?」
「ん?」
「………い、いや……マジで大丈夫です」
何故だ、何故いきなり引きぎみになっているのだこいつは。
い、いやまだだ、押せ、押し通れ!!
「遠慮はだ・め・だ・ゾ・☆」
「すいません失礼します」
何故だ!! 男はみんなぶりっ子大好きだろ!? 何が間違っているというのだ!?
「ち、ちょっとまって!? な、なにどうしたの!?」
「す、すいません離して下さい……」
何故か逃げようとする青年を必死で止める。 その最中、私は持っていた本を……我が聖書を、落としてしまった。
「あっ」
「す、すいません持ってた本……が…………」
ガッツリ男同士の合体風景が描写されている挿絵部分を開いたままに。
『ミラクルらぶ☆ボーイズ──僕と僕らのキミへのI love you☆──』
「………うわっ…きっつ……」
「…………」
「…………ごめんなさい、それじゃ…………別に見てた訳でも無いのになんなんだこの人は……」
「…………………」
「………ふ、ふぇぇ……」
この時悟った、私は何が間違っていたのか、ハッキリと。
………
私は暇が出来れば手紙を書くようになった。
私の想いを綴り、連ねてゆく。
「美男子☆夜伽騎士学園作者さま、あなたの作品を私は……」
この想いを吐き出さないと、私はどうかしてしまいそうになる。 この胸の、心にひしめくモノを言葉に変えて、文字に変えて連ねよう。
「あなたの作品のせいで私の人生はめちゃくちゃです。 あなたがこんなもの書かなければ私は幸せになれたはずなのに、どうしてくれるんですか?」
怨み、つらみ、黒い感情を吐き出そう。
こんなもん生み出した作者に呪いを、我が怨みはらさでおくべきか。
「あなたの作品はすごく素敵でした。 だからこそ許せません」
数多の乙女本は怨めない、あれは私のオアシスだ。
だが作者、テメーは別だ。
「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!!」
ええ、八つ当たりです。それがなにか?
この短編は「売られてた奴隷少女にガチ惚れして衝動買いしてしまった」を本編とする外伝となります。
腐女騎士エレノールさんは本編にて今後登場予定となっております。 こんな人でもラストには多分幸せになる予定……の筈(´・ω・`)
本編に興味をお持ち下さった方は、上部にある「衝動買いシリーズ」から本編へお進み下さい。
皆様のブックマーク、評価、感想にレビュー、お待ちしております。 では、ここまでご覧頂きましてありがとうございました。m(_ _)m