泳いで...
私の家の近くには国際プールがあり、中学の頃水泳部であった私は人が少ない朝方によく利用している。水が綺麗、管理が行き届いている、良いところは沢山あるが50メートルプールで飛び込みが可能なのが1番の利点である。普通のプールでは中々できないからだ。
私が通っている高校には、プールがないので水泳部もまた存在せず私は今帰宅部となっている。出来れば、プールがある高校にしたかったが成績とマッチするちょうど良い高校はなかった。今でも最低限の筋トレは欠かさず行っているが、やはり筋力では語れない、体の動かし方のセンスはどんどん抜け落ちてしまっている。どうにか感覚を残すために私は未だに泳ぎ続けているのだ。
いつものように先に25メートルプールでアップを始める。10分前後クロールでゆっくり泳ぎ続けるのだ。
25メートルプールでは飛び込みが出来ないので、ゆっくり息を吸いこみ、けのびで始める。けのびをした瞬間世界がグンと流れていく。プールの適度な冷たさが全身を刺激する。ゆっくりバタ足。決して力を入れず、股関節を柔軟に動かすのがコツである。ストロークも徐々に早くしていく。
水泳は有酸素運動なので、泳ぎ始めが1番キツい。しかし、それも10分経つ迄だ。10分たつと途端に体が軽くなる。自分の全身に酸素が周り、エネルギーを消費していっているのを本能的に感じ取る。体の奥から熱がどんどん溢れ出す。丁度いい疲労。
「よし、ベストコンディション」
1度プールから上がり、体を拭きながら50メートルプールに移動する。時間もまだ早いから独占できるだろう。スタート位置に立つ。
「せっと ていく ゆあー まーく」
雰囲気を出すために、スタートの合図を呟く。
大きく息を吸い込み次の瞬間!跳ぶ!!
ふくらはぎ、そして全身を、一気に伸ばす。飛び込みが成功したときは、やはり入水した瞬間が違う。
「(よし入った...)」
抵抗なく、つるんと水に入る。そして、そのまま加速。出来るだけ大きく、出来るだけ早く水をかく。そして最後まで水を押しきる。あくまで水をかいているから進んでいるのではなく、水を押しているから進んでいるということを意識する。大会用に買ってもらった少し高めのゴーグルを使ってるので隣のレーンを泳ぐ人鳥の姿がよく見える。無駄のない、泳ぎに特化したスタイル。根本的に人間と構造が違う。何匹もとてつもない速さで過ぎ去ってゆく。
彼らを見ているうちに私の脚が徐々に所謂人魚のそれと変わっていった。両足は繋がり、一つになる。鱗もまた生えてくる。スクロールを止め、ヒレに神経を集中させ全速力で泳ぐ。一瞬で、先ほど抜かれた人鳥を抜きかえす。世界がマーブル模様に揺らぐ。泳ぎながらゴーグルを外し、胸元に入れる。マーブル模様の中には蟹の茶色であったり、サンゴの紅や、ウミウシの黄色や青が見え隠れした。
「はい、私の勝ちだね」
ゴールし、大差をつけていたのでドヤ顔と共にガッツポーズをする。遅れて到着した人鳥達が悔しそうにこちらを見上げる。
「そろそろ人に見つかるから、また今度ね」
プールの縁を掴み、一気に体を持ち上げる。プールから出ると、ヒレの鱗は剥がれ気化していき、もとの白く細い脚に戻った。沢山居た海の生物達も跡形もなく消えている。
ちらほらと人が目立ってきたプールは、いつもの塩素の臭さではなくどこか潮の香りを含んでいた。
水泳部あるある
・水泳部の奴だけでプールに行くと、逆に流れるプールだけしかしない