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私の心は金の波  作者: 日野真春
本編
6/34







 秋の庭は、美しい。

 色が変わって落ちる葉を集めるのは楽しい。冬が来る前に咲く花は、緑が力を失っていく中で一層鮮やかに映った。

 ウィルコット家は、無論相応の金銭をかけて、広大な庭を管理していた。

 オリヴィアが特にと指示した花壇にも、ちゃんと季節に咲く秋桜が植えられていた。

 

 庭の端に造られた四阿の外壁にもたれて、散策の収集品を土の上に広げていたオリヴィアだったけれど、今はただ、物音を立てないように静かに座り込んでいた。


「……足りないんだ、バード。どう頑張っても、公爵の言うような収穫量は見込めないよ」

「今年は不作と、どこの領地の嘆いております。天候は神の御業です。そのような年もありましょう」

「だが、養父上は、税金を下げるつもりはないとおっしゃる」

「……」

「そんなことをすれば、領民はどうなるっ」

「飢え死にこそしませんが、苦しいでしょうな」


 だん、とオリヴィアのすぐ後ろから、壁を叩く苛立ちが混じった音がした。

 荒い呼吸は、兄だろうとオリヴィアは思った。


 話は、十分すぎるほど理解していた。

 父と、兄と。その兄とこんな場所で会うバードという男が誰なのか。

 ただ政務のことを相談するなら、何も庭の隅にまで来なくていいのだ。


 だから……オリヴィアは今、動かないよう壁にもたれている。

 サイラスにしてやれることは、それぐらいだと……そう考えて、ふと首をかしげた。

 今、すぐは難しい。だが、もしこれから兄がこの公爵家に留まるのなら。

 無力なオリヴィアでも、力になることが……ある。


 思い付きが、心と頭の中で回るうちに、ふっと意識が飛んだ。首を振る。けれど、後ろでの会話を、黙って聞いているうちに、どんどん眠くなる。

 今日なら、外で寝ても風邪はひかない。はしたないと怒られるかもしれないが。


 兄は苦しそうだった。ごめんなさいと、告げることもできない妹は、ただただ黙るしかない。

 体が傾いだ。昨日は遅くまで本を読んでいたせいか、もう動けなかった。

 そっと倒れよう、なんて考えもつかないぐらいに。

 物音に、四阿で人の動く気配がした。


「オリヴィア?」

 驚いた声はサイラスだ。

「どうしてこんなところに」

「バード。悪いが、話はここまでだ」

 苦い声でいぶかしむバードを、サイラスは制した。朦朧としたオリヴィアは瞼も開かない。

「よろしいのですか? 聞かれていたのでは」

「馬鹿を言うな。眠っているんだぞ」

「振りではなく」

「バード」


 咎める響きに、バードが引き下がったのか、オリヴィアの体が浮いた。どこかで、あきらめた吐息がこぼれた気もする。

 まどろみの中で、オリヴィアはバードに賛成した。振りではないし、告げ口なんてしないが、兄はもう少し疑い深くなってもいい。

 しっかりとオリヴィアを抱える腕は、とてもありがたいけれど。


「こんなところで眠っては風邪をひく」

「ひきませんよ、今日は暑いくらいです」

「バード」


 そっけないバードに、兄が憤慨している。が、バードは態度を変えない。


「次期当主は、お小さい妹君にいささか甘すぎます」

「いいんだ……誰も彼女を甘やかさないから。私くらい」

「おや。当代はこの方を目に入れても痛くないほどお可愛がっているともっぱらの評判ですが」


 庭も温室も、図書室も。

 オリヴィアがどこかへ出かけて、この家のコレが素晴らしかったと口にすれば、それ以上の物を公爵は用意した。途方もない金額をオリヴィアの一言で使っていることを、バードは知っていたし、言わんとするところを察したサイラスは反論しなかった。


「……お前にはわからないよ」


 ただ、ポツリと呟いただけで。

 そうだろうな、と今度は兄に賛成した。バードには分らない。けれど、聡い兄はとうに知っているんだろう。


 愛してなんか、いない。

 両親は、決してオリヴィアを見てなんかいない。

 彼らは、彼らだけの世界で、生きている。

 彼らは……彼らの知る世界の中で、一番でありたいのだ。オリヴィアが望んでいようがいまいが、オリヴィアが告げた「貴族たちの持ち物」よりも、素晴らしいものを用意する。


 報告は義務だった。訪問さえ、義務だ。

 けれど、それを利用する狡さを、オリヴィアも持っていた。だから両親たちのことを責められない。


 あの二人の中に入りたいと思ったのは、ずいぶん前のことだ。

 体を支える腕に、強い力が加わった。胸の内にしっかりと引き寄せられて、言いようもなく温かい。


 サイラスは優しい。兄に出会ってから、オリヴィアは純粋で、まっすぐな優しさを知った。労りも気遣いも惜しみなく注ぐ、ただただオリヴィアのことだけを考えてくれる人。

 オリヴィアにはできないことだ。


 この腕があれば、もう十分すぎるほどだった。







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