五
☆
定刻以外、めったに動かない研究室の扉が開いたのは、急な来訪者のせいだった。
兄との再会から数日、オリヴィアにはいつも通りの日常が戻りつつあった。
それを、壊すかのような、来客。
唐突に現れた男の顔を何となく見知っている気がするのは、おそらく血縁なのだろう。
「オリヴィアってのは?」
とあたりを見回す、目じりの上がった黒目も、どことなくかつての記憶と重なる部分がある。
ただ、父親と違い、彼は少々強引だった。名乗るよりも前に、「私ですが」と声を上げたオリヴィアを、無理やり馬車に乗せてしまったのだから。
大丈夫だろうか、と心配なオリヴィアに、気にすんな、の一言が投げられる。
「あの、ですが……」
「平気だろ。今更誰があんたのことを蒸し返すってんだ」
その可能性があるからこそ、今日までオリヴィアは閉じこもっていたというのに。とにかくすべてが強引だった。ついた場所も、何と王宮なのだから。
頭痛がしそうだったが、渋るオリヴィアをほとんど拉致同然に相手は一室の前に連れてきた。ノックもそこそこに、「入るぞ」と返事も待たずに扉を開ける。
あの、と止める間もなかった。
次に、まあ、と言葉がなくなった。
「お兄様……」
「オ、リヴィア……?」
サイラスは茫然としていたが、オリヴィアが気を取られたのは、サイラスの尋常でない様子だった。あまりの兄の顔色の悪さに、同じくらい色をなくした。前回は服も髪もきちんと整えられていたが、今はどことなく乱れていて、疲れがにじんでいる。
この状態を、オリヴィアはよく知っていた。
睡眠不足と、過労だ。
研究員が、根を詰めすぎると同じ状態になる。実をいうなら、オリヴィアも経験があった。
つかつかとサイラスに歩み寄る。
「お兄様、無理をなさってますね?」
「あの……オリヴィア? だよね? どうして」
「ペンを置いて、横になりましょう。焦っても良い仕事にはなりませんから」
「ではなく、どうしてここに」
疑問は無視だ。なぜなら、オリヴィアにだって答えられない。反対に、振り返って連れてきた本人に声をかけた。
「あの、ビゼ―侯爵のご子息様? お手数ですけど、医務官を呼んでくださるかしら」
「よく分かったな、あんた。似てるって言われないんだが……医務官、な。行ってくる」
「それから、仮眠室はどちらに?」
「右の扉。もう一部屋抜けた先だ。分厚いカーテン引くと暗くなる。ソファとベッド両方あるから、好きに使え」
「カイル! どういうことだ、行くんじゃない!」
「どうもこうもあるか。あんたはただ寝てればいいんだ。じゃあ、頼んだぞオリヴィア嬢」
「カイル様。ありがとうございます」
さあ、とオリヴィアはサイラスに向き直った。オリヴィア、とかなり情けない顔をサイラスはしていた。
ここまで来てしまっている以上、オリヴィアはとっくに覚悟を決めていた。
「お兄様。お休みになりましょう」
扉を開けて促せば、どこか呆然としたまま、兄は従った。