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私の心は金の波  作者: 日野真春
本編
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 暖炉の揺れる炎は、きっといつもよりも金色の髪を濃く見せていた。

 きれいだな、とそっと口の中で呟いたのは、八歳の時。オリヴィアは大人びた、口数の少ない子供だった。

 背はもう、オリヴィアよりずっと高く、父さえも越していた。

 礼儀正しく、習った通りに一礼したオリヴィアに、膝をついて目を合わせてくれた少年は、サイラスが初めてだった。

 だからこそ、輝く金髪と、紫紺色の目を、間近で見ることができて……宝石よりも、豪奢な服よりも、ずっとずっときれいだと思ったのだ。


 よろしくね、とオリヴィアの小さな手を取った時、サイラスの笑顔はまだぎこちなかった。オリヴィアは笑うことが出来なくて……結局、頷き返しただけ。あとはただ、じっと見つめていた。こまったな、と照れ臭そうに眼がそらされるまで、ずっと。


 すでに成人が近い兄とは、その後ほとんど行き会わなかった。領地の視察、政務の勉強、彼に課された日々は、寝る間を惜しんでも足りないほど、すべきことであふれていた。

 ただ形ばかりの花嫁修業と、自分でやりたいことだけを学べばいいオリヴィアとは、忙しさがあまりにも違う。


 暇を持て余すような日常で、今までは使わなかったことにオリヴィアは頭を使っていた。

 庭がきれいだという貴族の家に出かけて、国一番だとほのめかした。

 庭師と花が手配され、家の前庭はすぐに整えられた。父は用意を命じただけ、母は無関心だったけれど、オリヴィアはやってきた庭師たちのもとへ何度か足を運んだ。


 特に、南側の花壇の整備をお願いした。

 二階からよく見える位置を、指定して。


 その後手入れのために残った一人には、薄荷水を教わった。疲れが取れるという。ハーブが好きだという男は、ポプリの作り方もオリヴィアに嬉しそうに話した。

 オリヴィアも、とても真剣に聞いた。

 その後温室を持っているという貴族の家に出かけて、あれは今の最新技術だと報告した。

 すぐに巨大な温室が作られた。持ち込まれたハーブが栽培され、ポプリや薬草に詳しい薬草師が一人増えた。


 父母は一歩も踏み入れなかったそこに、オリヴィアは子供らしく(・・・・・)足しげく通った。

一番最初に出来上がった手製のポプリは自分と、父や母、使用人たち、そして新しい兄に配った。

 変わりやすい公爵家の使用人たちの中で、庭師と薬草師は変わることなくオリヴィアの使用人で居続けた。


 その二人と一緒に、オリヴィアはよく庭に出ていた。大抵はパラソルの下で本を読んでいたけれど、庭師と一緒に土いじりの真似事もした。薬草師とポプリだけでなく、本物の薬を作ったこともある。

 場所は決まって、オリヴィアの指定した、花壇の前だった。


 二階の窓は開かない。ほとんど部屋の主は不在だから。

 それでも、日に何度かは、必ずオリヴィアは見上げた。

 目が合わないと知っているから、心置きなく――庭師と薬草師が、決してこちらを向かないようにしている時を選んで。


 そんな兄とまともに顔を合わせるのは、半年に一度訪れる「食事会」の時だけ。

 国教会の教えに則って開かれる、すべての人々の休日。この日だけは、あえて控えめに作られた夕食を、「四人」で囲んだ。


 大した話をした記憶はない。

 オリヴィアは大抵、読んだ本の話や「友人」の家へ行った時に見た庭や図書室を口にしたし、父や兄は仕事の話を一切しなかった。母親はほとんど、服やアクセサリー、社交界の噂と流行話だ。

 時折、少し困った顔で、兄はオリヴィアを気遣った。失礼にならない程度に答えを返す。できるだけ、目線は食器と夕食に向けていた。


 懐かない。けれど突き放さない。そんな距離で。

 そうでなければ、ならなかった。

 急に「兄」が出来た理由を、賢すぎる子供だったオリヴィアは一年もたたないうちに悟っていた。


 父は後継ぎが欲しかった。

 けれどそれは、「オリヴィア」ではなかった。

 オリヴィアの婿、でさえなかった。

 多分、新しいよく動く後継(てあし)でなければ、ならなかった。


 だから、彼は作ることにしたのだろう。

 生まれた子供は、どうやってもオリヴィアで、彼の望むものにはならなかったから。

 ウィルコットの家に生まれて、この屋敷や父母たちの中にいる事が……物語や人づてに聞く「家族」とは、似て非なるのだと、オリヴィアは身をもって知っていた。


 父母には、強い力がある。

 父母は、オリヴィアを傷つけないし、傷がつかないようにその力を使っている。まるで巨大な鉄柵を張り巡らしているかのように。

 誰も入れない。そして、内側にいるオリヴィアへも、同じように鋭い刃先が向いている。

 彼らに許された行動だけを、時には見分ける術が必要で――踏み外せばどうなるかを、過去の使用人たちに起こった悲劇から、オリヴィアは教わっていた。


 後継(てあし)となるべく育てるつもりの「兄」に、その聡明さをいとわれるオリヴィアが近づけば、どうなるか。

 オリヴィアは一人でも、(てあし)は代わりがきく。

 父の考えは、手に取るように透けていた。


 容赦のない予定。過酷な仕事量。

 兄は十分に優秀だったけれど、課されるものは尋常でなかった。

 (サイラス)がいつか死んでしまうかもしれないと……頭の片隅に、浮かんでは消える日々。


 手を差し伸べることは、許されない。

 それこそが、彼の死期を早めかねなかった。








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