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私の心は金の波  作者: 日野真春
番外編2-昔話と後日談ー
32/34

12

順序がずれたため、割り込み投稿をしています。

 


 ☆



 相変わらずかい、と尋ねたのはサイラスだった。


「報告は変わりなく、で来ているけれど」

「お茶がまずくなりますよって、無駄口叩かない方がいいですぜ、旦那様」


 じっとティポットを見つめたまま、ぞんざいな返答をしたジルに、サイラスは苦笑しながら目線を戻した。湯を入れたばかりのティポットの中では、茶葉がふわりふわりと浮き沈みして、薄い琥珀色の中で踊っていた。


「手元がお留守じゃ困ります。今ですよ、ほら」

「分からないなあ。さっきとどう違うのか」

「そりゃ二回で出来ちまったら、給仕の仕事はあがったりでしょうに」

「君は庭師じゃないか」

「そうはいってもお嬢さんのお付きの時は、何でもやってたんで。そうっと、そうっとですぜ」


 分かったと言いながら、サイラスが丁寧な手つきでゆっくりとカップに茶を注いだ。さわやかな香りが広がる。


 屋敷の一室で、サイラスとジルがお茶を入れていた。本来なら、昼食を四人でという話だったのだが、女性陣の話が思いのほか長引きそうだと、いったん庭から戻った。

 オリヴィアの思い出話に興じるうちに、彼女が好きなお茶を淹れてみたい――飲んでみたい、ではなかった――と言い出したサイラスのために、ちょっとした講習会が開かれていた。

 器用なサイラスは一度で流れをつかんだものの、渋いとジルに落第を突きつけられて、二回目に挑戦中だ。


 意外に厳しい再審判は、やっぱり渋いですねと苦笑いだった。

 二人の事は念のため護衛をつけてあるため、心配はいらない。終われば、すぐに知らせてくる手はずもついていた。


「……まあ、君と二人じゃ、サンドイッチが可哀そうだしね」

「そりゃオリヴィアお嬢さんがいなきゃ、駄目ですよ……もとはといえば、旦那様が泣かすからじゃないですか」


 非難を含めた視線に、そうだねとサイラスは頷く


「濡れ衣――でもないのか。私がいたらなかったとは思っているよ」

「何か事情がおありで? 薬草師様は分かっておいでなんでしょうが」

「そうだね。彼女ならお見通しだろうね。けれど、できることなら、私がオリヴィアの元へ行きたいのだけれど」

「薬草師様がお連れになったってことは、お二人だけが一番だと判断されたんでしょう」


 攻防戦に、二対一では分が悪い。自分で入れたお茶は、確かに渋かった。状況も相まって、つい眉根が寄ってしまったサイラスを、ジルは笑い飛ばした。


「まあまあ、待つってのも男の甲斐性ですよ、旦那さま。女の尻を追っかけてる奴は嫌われまさ」

「私は紳士として、泣いた女性を放っておくのは信念に反するんだ」

「紳士なら、女性の意向を尊重して差し上げては」

「……」


 ずいぶんと口が上手くなったな、とは、声にしなかった。そもそも、主人に対する口調ではない。旦那様、と呼ばれはするが、彼らの主は、オリヴィアなのだ。

 分かったよ、とサイラスは肩をすくめた。


「ここは君の進言を聞き入れるよ。アン・スティリー女史は信頼のおける素晴らしい女性で、君は経験者だ」

「けいけんしゃ?」

「お互い、強い女性に惹かれた同志、といったところだろう」

「女ってのは、だれだってしなやかで強いもんですよ?」

「……君、本当に口が上手くなったな」


 ついに出てしまった嫌味に、後ろで侍従が笑いをかみ殺す気配がした。はあ、とジルだけがぽかんとしている。


 淹れ直してくれるかい、と告げれば、ジルは慣れた手つきで動き始めた。練習だと言ったため、新しい茶器は用意されている。


「茶葉は違うね」

「少し冷めたお湯なんで、こちらの方が」


 なるほど、とサイラスはさりげない気づかいに感心する。ジルは体格がよく、見目も張るため、有体に言えば雄々しい。だが身の内に宿る性質は、とても繊細なのだと察した。目や指先に、それが顕著に現れる。


 首都の元・ウィルコット邸に手を入れて整えたのは、多忙で開きがちな距離を近づけるためでもあった。

 加えて、社交界ではまだまだカイエント家の婚約に異を唱える一派も存在する。一年という期間のうちに、抑え込める目算は立てているが、耳障りな話はなくならない。。

 オリヴィアは、そつなく対応をしている。だが、感情が揺れないわけがない。不安にさせてしまった責は、確かにサイラスにある。


「私は、あの子を苦しめているかな」

「サイラス様はよい旦那様ですよって。お屋敷もお庭も立派にされて。並の事じゃあねえです。一介の庭師じゃあ、到底出来ねえ」

「遠くにいる君のことも呼び寄せて」


 はは、とジルが笑う。


「ありがてえですな」

「君の作った花が、きっとあの子を一番喜ばせる」

「花と違ってお屋敷や着るものがなくっちゃ困りますよ。花が喜べるのはそのあとです」

「現実主義者だね」

「貧乏なだけですな」


 全くとりつくろわない、庭師。不快感は全くなく、むしろ心地よい。このまっすぐな気性に、オリヴィアも心を許したのだろう。


「お嬢さんが小さいころからあんたが好きだった。お嬢さんは、笑えるようになった。ねえ旦那様。他に何が入用ですかね」


 サイラスは思わずジルを見上げた。

 目が合えば、どうぞとカップが差し出された。先ほどと違い、赤みが強い。ああ、と受け取って、口をつけた。

 香りが鼻に抜ける。柑橘に似たすっきりとした香りだ。茶に慣れた舌が、及第点を出した。


「ずっと笑っていられるようにしたい、かな」


 そうっと囁く。ああ、とジルが同意するようにうなずいた。


「そりゃ一等の贅沢ですな。答えをご存じなのは、お嬢さんだけだ」

「じゃあ君も……答えを彼女に尋ねたのかな」


 話が飛んだせいか、ジルには伝わらなかったようだ。聞き返すようにはあ、とあいまいな声を漏らしたジルに苦笑する。

 話が終わるのと、自分がしびれを切らして立ち上がるのは、どちらが早いかなと考えながら。





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