三
☆
元気ないわね、と肩に手が添えられた。
一人だと思っていた研究室には、いつの間にか同僚のシシリーが戻ってきていた。
「そう見えるの?」
「そうねえ……あなたは口数も多くないし、表情も豊かな方じゃないけど……分かるわよ。結構長い付き合いなんだから。あなたが十三の時からでしょう、もう六年よ、六年。最終学年の生徒だった私は、いつの間にか新米先生になって、もうすぐベテランなんて呼ばれそうなぐらいよ」
普段通り、オリヴィアの一言には十倍近く長い返事があって、知らずにふっと頬の力が抜けていた。それに気づいて、やっぱり変だったのね、と自分のことを自覚する。
五つ違いの同僚は、一番気心の知れた友人でもあった。
「公爵に、呼ばれたんでしょう?」
「そうよ」
「何を言われたの?」
「家族に……」
「かぞくぅ!?」
素っ頓狂な声に、ついおかしくなった。睨まれても、シシリーは怖くない。
「……後ろ盾になってくださるという、お申し出だったと思うわ」
オリヴィアにはもう、血のつながった家族はいない。父母はもちろん、ウィルコットの恩恵にあずかっていた一族たちは、ほとんどが首都ソーシュを、ひいてはカーティス国を追われている。
オリヴィアが、王宮のそば近くにある国立の「学院」に留まっていられるのは、ひとえにその才能を惜しまれたからだ。
だからこそ、研究所は同時に、オリヴィアを留める檻でもあった。不満なんて持ちようのない、快適で、十二分な暮らしの約束された――自由、ではないという意味での、檻。
「オリヴィアは……公爵様のこと、好きじゃなかったの?」
シシリーが、遠慮がちに尋ねてくる。彼女は学院長の末娘で、れっきとした貴族だ。社交界にも参加し、きちんと情報も得ていた。
オリヴィアの身の上も、よく知っている。
とっさに答えは浮かばなかった。
兄のことが好きだったか、と聞かれて、素直に答えられたためしはない。好悪をよりも先に立つ感情が多すぎて、いつもこうして黙り込んでしまう。
「嫌なら断った方がいいわよ?」
「嫌、では……ないけれど。どちらかというなら、不必要、かしら」
家族になって、と望まれた。父や母がいれば形式上であれ兄妹だった。元に戻るとしても、
彼はあの家を、領地をまとめ上げ統治する立場に置かれている。
今必要とするのは、「妹」ではないはずだ。
もちろん、オリヴィアが役に立つこともあるだろうけれど……正直言って、邪魔をすることの方が多い気がしていた。
「そーゆー問題、なのかしら……」
「そういう問題って?」
「うーん。だから、後ろ盾、みたいな話?」
「シシリー、はっきり言わないと、わからないわよ」
「いや、コレはっきり言っていいのか微妙よ……」
うーんうーんと悩んで、結局シシリーは何も言わなかった。オリヴィアも、それ以上続けなかった。
昨日。再会したのは四年ぶりでも、多忙な公爵との面会時間はとても短かった。
綺麗だ、と。
ただそれだけが心に残っていた。




