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私の心は金の波  作者: 日野真春
本編
3/34







 元気ないわね、と肩に手が添えられた。

 一人だと思っていた研究室には、いつの間にか同僚のシシリーが戻ってきていた。


「そう見えるの?」

「そうねえ……あなたは口数も多くないし、表情も豊かな方じゃないけど……分かるわよ。結構長い付き合いなんだから。あなたが十三の時からでしょう、もう六年よ、六年。最終学年の生徒だった私は、いつの間にか新米先生になって、もうすぐベテランなんて呼ばれそうなぐらいよ」


 普段通り、オリヴィアの一言には十倍近く長い返事があって、知らずにふっと頬の力が抜けていた。それに気づいて、やっぱり変だったのね、と自分のことを自覚する。

 五つ違いの同僚は、一番気心の知れた友人でもあった。


「公爵に、呼ばれたんでしょう?」

「そうよ」

「何を言われたの?」

「家族に……」

「かぞくぅ!?」

 素っ頓狂な声に、ついおかしくなった。睨まれても、シシリーは怖くない。

「……後ろ盾になってくださるという、お申し出だったと思うわ」


 オリヴィアにはもう、血のつながった家族はいない。父母はもちろん、ウィルコットの恩恵にあずかっていた一族たちは、ほとんどが首都ソーシュを、ひいてはカーティス国を追われている。

 オリヴィアが、王宮のそば近くにある国立の「学院」に留まっていられるのは、ひとえにその才能を惜しまれたからだ。


 だからこそ、研究所(ここ)は同時に、オリヴィアを留める檻でもあった。不満なんて持ちようのない、快適で、十二分な暮らしの約束された――自由、ではないという意味での、檻。


「オリヴィアは……公爵様のこと、好きじゃなかったの?」


 シシリーが、遠慮がちに尋ねてくる。彼女は学院長の末娘で、れっきとした貴族だ。社交界にも参加し、きちんと情報も得ていた。

 オリヴィアの身の上も、よく知っている。

 とっさに答えは浮かばなかった。


 兄のことが好きだったか、と聞かれて、素直に答えられたためしはない。好悪をよりも先に立つ感情が多すぎて、いつもこうして黙り込んでしまう。


「嫌なら断った方がいいわよ?」

「嫌、では……ないけれど。どちらかというなら、不必要、かしら」


 家族になって、と望まれた。父や母がいれば形式上であれ兄妹だった。元に戻るとしても、

 彼はあの家を、領地をまとめ上げ統治する立場に置かれている。

 今必要とするのは、「妹」ではないはずだ。

 もちろん、オリヴィアが役に立つこともあるだろうけれど……正直言って、邪魔をすることの方が多い気がしていた。


「そーゆー問題、なのかしら……」

「そういう問題って?」

「うーん。だから、後ろ盾、みたいな話?」

「シシリー、はっきり言わないと、わからないわよ」

「いや、コレはっきり言っていいのか微妙よ……」


 うーんうーんと悩んで、結局シシリーは何も言わなかった。オリヴィアも、それ以上続けなかった。

 昨日。再会したのは四年ぶりでも、多忙な公爵との面会時間はとても短かった。


 綺麗だ、と。

 ただそれだけが心に残っていた。







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