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庭は、春を告げて美しく彩られていた。
早咲きのバラ、野辺の姿をそのまま移し替えたスミレ、新緑に輝く低木。
かすかに吹いた風が、オリヴィアの金の髪をふわりと揺らす。
懐かしい、風景だった。
目が離せなかったオリヴィアに気を利かせて、迎えの侍従は一足先に主へ来客の知らせを持って行った。構いません、という言葉に甘えて、散策しながら、若木に手を伸ばす。
ウィルコットの屋敷は、一度国に接収され、庭も建物もすべて改められた。当然、かつての草木が残っているわけではない。屋敷内も、構造こそ一緒だが、調度品はすべて変わっていたのを、以前訪れて知っていた。あの時は、庭にまで目を配る余裕はなかった。
けれど、いくつか見覚えのある花が咲いていた。それも、以前と同じ場所だ。
オリヴィア、と呼ばれて振り返った。
「サイラス様」
礼儀正しく一礼しようとするオリヴィアに苦笑しながら、サイラスがそっと手を取る。そのまま、自然とエスコートされる形になった。
「君はいつまで、私をどこかの紳士と同じにするのかな? おかげで今日も、君に挨拶のキスが出来なかった」
「……」
囁きが聞こえるのは、耳元でサイラスが話すから。オリヴィアはどう返答すればよいのか、困惑するままにサイラスを見上げた。
ここで申し訳ありません、と言ってはさらに他人行儀だ。だが出会いがしらの言葉や作法を他に知らない。シシリーのように、明るく笑顔でおはよう、と挨拶するには、オリヴィアの口が重すぎた。
「……うん、私が悪かったよ、オリヴィア」
「いえ、そんな」
私こそ、と続ける前に、唇にふわりと口づけられた。いたずらに成功した笑みが、目の前にある。
「君の挨拶は綺麗だよ。だからいつも見惚れて、私の方が忘れてしまうのさ」
「ご冗談を……」
つぼみのように薄く頬を染めながら、オリヴィアが目線を逸らす。あいにくと、その挨拶に一目ぼれをしたサイラスとしては、嘘は一言も言っていなかった。
ふと、黄色い花をこぼれるほど付けた一株に、オリヴィアが目を止めた。視線を追ったサイラスが、花に手を伸ばすと、オリヴィアがそっと押さえた。
「サイラス様、そちら、棘がありますから」
「そう?」
「はい。バラの一種なので」
サイラスが意外そうに、黄色い花を見つめる。少し前に通り過ぎた大輪のバラとは、まったく趣が異なっていた。
「さすがによく知っているね。じゃあ後で、庭師に飾らせよう。気に入ったかい」
問いかけに、オリヴィアがゆっくりと頷く。この花もまた、思い出を呼び起こす。
広い庭は、今ちょうど半分を回ったところだ。けれど、十分だった。
「サイラス様」
「なんだい?」
「懐かしい庭師を、お迎えになりましたのね」
足を止めて棒立ちになったサイラスの様子が、答えだった。




