表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の心は金の波  作者: 日野真春
本編
14/34

十四







 刺繍をしましょう、と誘われて、母とともに小さな花を刺した。母は鮮やかな赤を、オリヴィアは濃い紫を。上手ね、と褒められた。母が1つ花を咲かせる間に、娘は2つと半分が出来上がる。

 指導者として付いていた侍女も、手放しで賞賛した。

 小さな花束が描かれた白いハンカチ。


 お茶会にでかけるという母のため、あまり時間の経たないうちにお開きになった。

 オリヴィアは? と予定を聞かれて、代わりに侍女が答えた。

 お嬢様はこれから、思想学のお時間です、と。

 そんなつまらない話は、昔から嫌いだったの、一緒に来ない? と明るくオリヴィアを母は誘った。


 奥様、と侍女はたしなめた。

 お嬢様は学院の先生からお褒めになられるほど、素晴らしい才能をお持ちなのです、と。

 でも、つまらないでしょう? と取り合わなかった。オリヴィアが同じだと、疑わない言葉だ。

 こんな時のかわし方を、オリヴィアは身に付けていた。


「お母様のような、立派な淑女になりたいのです」

「なら一緒に来ましょう? 手本を見せて差し上げるわ」

「……ですが、約束を守るのが淑女だと、先日教わりました」


 母は、ここで黙り込む。仕方ないわね、と肩をすくめるのだ。そして、すぐに背を向ける。オリヴィアのことは、きっとこの時から忘れてしまえる。

 行きたいところへ、行く人だった。

 自分の望みが、叶うことが当然の人だった。


「オリヴィア。ねえ、かわいいオリヴィア」


 手が伸びる。決して届かない格子の後ろから、それでも白い繊手は伸びてきた。


「お前は私の娘」

「お前は私の子供」

「お前は私の跡継ぎ」


 どうしてそこにいるの。どうして自由なの。どうして、どうして。

 お前だけは裁かれない。罪人の咎もなく。

 叩きつける言葉の嵐に、オリヴィアはただ黙っていた。


 最後に会っておきますかと問われて、十六歳のオリヴィアは頷いていた。

 裁判に時間はかからなかったという。だがあらゆる事件の裏にいた黒幕の処刑は、周囲を掃討する前には行われず、一年の空白が開いた。


 オリヴィアの両親は、その間に様変わりしていた。

 やせ細り、狂気が垣間見えるほどに。


 父はオリヴィアを、憎んでいた。

 母はかわいいわが子に助命を請うた。


 そして……それ以上に、サイラスの名を口にした。

 闇の中にいた時間は短かったけれど、オリヴィアは十分に思い知っていた。


 彼らの血の流れるオリヴィアは。

 彼を、守るためにも。


 (サイラス)に近づくことは許されない。


 変貌した両親が、恐ろしかったのではない。怖いものはない。

 彼らはもう、滅んでいくだけだった。怨嗟の視線は、オリヴィアを縛り付けはしても、傷つけることはなかった。

 気持ちだけが一層強くなった。


 あの方を守らなければ。


 小さなオリヴィアが、かつて決めた以上に、心に刻んだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ