十四
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刺繍をしましょう、と誘われて、母とともに小さな花を刺した。母は鮮やかな赤を、オリヴィアは濃い紫を。上手ね、と褒められた。母が1つ花を咲かせる間に、娘は2つと半分が出来上がる。
指導者として付いていた侍女も、手放しで賞賛した。
小さな花束が描かれた白いハンカチ。
お茶会にでかけるという母のため、あまり時間の経たないうちにお開きになった。
オリヴィアは? と予定を聞かれて、代わりに侍女が答えた。
お嬢様はこれから、思想学のお時間です、と。
そんなつまらない話は、昔から嫌いだったの、一緒に来ない? と明るくオリヴィアを母は誘った。
奥様、と侍女はたしなめた。
お嬢様は学院の先生からお褒めになられるほど、素晴らしい才能をお持ちなのです、と。
でも、つまらないでしょう? と取り合わなかった。オリヴィアが同じだと、疑わない言葉だ。
こんな時のかわし方を、オリヴィアは身に付けていた。
「お母様のような、立派な淑女になりたいのです」
「なら一緒に来ましょう? 手本を見せて差し上げるわ」
「……ですが、約束を守るのが淑女だと、先日教わりました」
母は、ここで黙り込む。仕方ないわね、と肩をすくめるのだ。そして、すぐに背を向ける。オリヴィアのことは、きっとこの時から忘れてしまえる。
行きたいところへ、行く人だった。
自分の望みが、叶うことが当然の人だった。
「オリヴィア。ねえ、かわいいオリヴィア」
手が伸びる。決して届かない格子の後ろから、それでも白い繊手は伸びてきた。
「お前は私の娘」
「お前は私の子供」
「お前は私の跡継ぎ」
どうしてそこにいるの。どうして自由なの。どうして、どうして。
お前だけは裁かれない。罪人の咎もなく。
叩きつける言葉の嵐に、オリヴィアはただ黙っていた。
最後に会っておきますかと問われて、十六歳のオリヴィアは頷いていた。
裁判に時間はかからなかったという。だがあらゆる事件の裏にいた黒幕の処刑は、周囲を掃討する前には行われず、一年の空白が開いた。
オリヴィアの両親は、その間に様変わりしていた。
やせ細り、狂気が垣間見えるほどに。
父はオリヴィアを、憎んでいた。
母はかわいいわが子に助命を請うた。
そして……それ以上に、サイラスの名を口にした。
闇の中にいた時間は短かったけれど、オリヴィアは十分に思い知っていた。
彼らの血の流れるオリヴィアは。
彼を、守るためにも。
兄に近づくことは許されない。
変貌した両親が、恐ろしかったのではない。怖いものはない。
彼らはもう、滅んでいくだけだった。怨嗟の視線は、オリヴィアを縛り付けはしても、傷つけることはなかった。
気持ちだけが一層強くなった。
あの方を守らなければ。
小さなオリヴィアが、かつて決めた以上に、心に刻んだ。




