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ヒロイン(転生者)と悪役令嬢(転生者)と同じクラスのモブ(転生者)の私

作者: 岩崎春

 高校二年生の夏、私は交通事故に巻き込まれてその短い生涯に幕を閉じた。

 何も悪いことはしていないし、まだまだこれから楽しいことが沢山あるはずだったのに、世の中は不公平である。

 なんて恨めしく思ったのが神様にも届いたのか、私は気付いたら赤ん坊になっていた。私の魂は無に還ることなく“転生”して第二の人生を歩み始めたのだ。


 予想外だったのは前世の記憶が残ったままである事と転生先が前世で愛読していた少女漫画『雨夜の星』の世界だった事。

 漫画の内容を簡単に説明するとお金持ち学校として有名な『三峯(みつみね)学院』の高等科を舞台とする学園もので、社長令嬢であるものの学内では平凡な一般生徒であるヒロインが生徒会長で大財閥の御曹司であるハイスペックイケメンに一目惚れされ、俺様で強引な彼に振り回されるという私ってば一体どうなっちゃうのー!?な話である。


 転生後の父が中小企業の社長だったため三峯学院に入学した私は、本格的に物語が始まる高等科二年までひたすら地味に過ごしていた。

 というか特出した能力もないのに目立ちようがない。好きな漫画なのでキャラを見掛ければミーハー心は疼くが、積極的に話に介入する気もないので、主役である彼らを遠巻きに眺めるだけで満足だ。

 第二の人生の主役は私だが、この物語ではただのモブに過ぎない。

 そのことをちゃんと理解している私は、高等科二年になってヒロイン達と同じクラスになっても名前なしのクラスメイトその1として平和に過ごしていた。

 いや、名前はありますけどね。両親に『鈴木日奈子(すずきひなこ)』という素敵な名前をつけてもらったんですけど、紹介のコマが無いものでね。


 

 そんな感じでモブとしてでしゃばらずに背景に徹していたのだが、どうにも妙なことがある。

 クラス変えで入学してから初めてヒロインの『高槻蛍(たかつきほたる)』と彼女のライバルポジションである『天宮織音(あまみやおとね)』と同じクラスになったのだが……この二人、なんか漫画と微妙にキャラが違うのだ。


 まず、ヒロインの蛍ちゃん。

 設定では一応社長令嬢だけどこの学園の中では家柄的に一般生徒に過ぎず、何をとっても平均的で特に目立つ女の子じゃない。

 こうやって列挙するとモブである私と変わらないように思えるが、実際は普通にヒロイン顔だし、俺様生徒会長に限らず色んなタイプのイケメンに好意を持たれるようになるので物語後半では一般生徒どころかマドンナである。まあ、お約束か。

 設定的には平凡の彼女が女子生徒の憧れである俺様生徒会長や学内でも人気の男子達を侍らせれば周囲も面白くないわけで、彼女を妬む者達の策略により執拗な嫌がらせを受け、段々とクラスでも孤立していくようになる。

 そういった虐めに負けず、立ち向かっていく彼女の強さもこの漫画の見所の一つだ。


 その蛍ちゃんだが、漫画ではロングヘアーでリボンをつけているのに実物の彼女はショートカットでリボンも何もつけていなかった。

 ヒロイン顔なのでその髪型もよく似合っていて可愛らしい。でも随分と大きな変更点じゃないか?最初は誰かわからなかったぞ。

 しかも漫画では帰宅部のはずの彼女が、バスケ部所属になっていた。

 別に運動が苦手という描写はなかったが……なんでバスケ部?

 そもそもこの漫画は蛍ちゃんが俺様生徒会長によって特例で生徒会メンバーに加入する事から始まり、そこでの活動が主軸となる。

 帰宅部だからこそ比較的自由に動けたのだろうが、今回はどうするんだ。

 同時進行でバスケ物語するの?結構イベント盛り沢山だけど大丈夫か?両立出来る?



 続いて、ライバルポジションの天宮さん。

 彼女は俺様生徒会長こと『星名公平(ほしなこうへい)』の幼馴染みで婚約者である。

 蛍ちゃんや我々モブなど目じゃない大企業のご令嬢で、学園一とも言われる美貌の持ち主だ。勉強も運動も何でも出来る完璧超人であると同時に高飛車でプライドも高い。

 選民意識も強いため婚約者が全てにおいて自分より劣る蛍ちゃんに夢中になった事に腹を立て、取り巻きと一緒に彼女へ様々な嫌がらせをしていくライバルというか悪役に近いポジションだ。

 最終的には全て露見し、婚約破棄。一応蛍ちゃんとは和解するもののこれまで仕出かした悪事を考えると学院での居場所は無くなったも同然なので留学という形で物語からは退場した。


 そんな彼女は、やけに大人しい。

 漫画では完璧超人と言えど性根は典型的な我が儘バカお嬢様。

 取り巻き達をぞろぞろ引き連れてキャーキャー五月蝿いイメージだったのだが、実物の彼女は休み時間になると一人で静かに読書をしていた。美人なので絵になるが、こっちとしては吃驚である。

 取り巻きはいるみたいだが、漫画のような威圧感はないし、家柄差別も無く誰に対しても同じ態度で親切だった。


 ヒロインもライバルもなーんかキャラが違う。どういうこと?

 私という異物の存在が狂わせたのだろうか?でも私はキャラの家族や親戚でも何でもないモブだぞ?


 不思議なのはそれだけじゃない。

 物語が本格的に始動するのは五月からで、今は五月下旬。

 既に俺様何様星名様――原作ファンからの愛称『ほっしー』――は蛍ちゃんに一目惚れしているはずなので、そろそろ彼女に会いに教室まで乗り込んでくるイベントがあるはずなのだが、一向に来る気配がない。

 どうした、ほっしー。道に迷っているのか。


 変だなーと思いつつモブなので何も出来ずに待ち続けていたら、六月の中旬、ついにほっしーが教室までやって来た。予定より随分遅れたものだ。

 何をとっても完璧、皆の憧れハイスペック生徒会長の登場にざわつくクラスに合わせて私もモブらしく騒ぎたてる。効果音は任せてくれ!

 昼休みになると同時に他クラスへ乱入してきたほっしーは、教卓の上に体育館用シューズを置いた。


「この靴の持ち主、出てこい」


 あれ、こんなシンデレラみたいな探し方するんだっけ。

 記憶と違う彼の第一声に戸惑ったのは私だけで、皆は何事かと顔を見合わせる。漫画では顔をばっちり覚えていたから蛍ちゃんの目の前まで行って連れ出すんだけど……?

 覚えのない小物を持ってきたほっしーの行動を黙って見守っていると後ろの方から「あ」と声が上がった。蛍ちゃんだ。

 教室中の視線が集まる中、彼女は臆することなく教卓まで進んで行った。


「お前のか?」

「うん、多分。中に名前書いてあると思うんだけど」


 瞬間、室内の温度が2℃くらい下がった気がした。

 主に天宮さんの取り巻きの子達の鋭い視線が蛍ちゃんに刺さる。これは「星名様に何ため口きいてんだコラ!」という目だ。

 学内の絶対的権力者であるほっしーには同級生だろうが敬語というのが暗黙の了解で、ため口が使えるのは教師を除けば幼馴染の天宮さんと生徒会メンバーくらいだ。

 なので、この蛍ちゃんの対応には私も驚いた。彼女は高等科からの入学とは言え、ほっしーへの敬語使用は中等科から上がった内部生の友達に教えてもらっていたはずだ。

 だから漫画では最初から敬語で接していたのに、と思っていたら蛍ちゃんの友達が小声で「敬語!敬語!」と慌てた様子で伝える。

 それが聞こえたらしい蛍ちゃんは「あ、やべ」と短く呟いてから、ほっしーに「やっぱりコレ私のでした。ありがとうございます会長」とお礼を言った。え、なに忘れてたの?うっかり?

 ほっしーは特に気にした様子はなく「ああ、気をつけろよ」と返す。


「お前、名前は?」

「高槻です」

「名字じゃなくて下の名前だ」

「蛍ですけど、それ知ってどうするんスか?」


 また室内の温度が下がる。そうだけど!その通りだけど!

 ていうか、なんでちょっと体育会系の後輩風の喋り方になったの。バスケ部?バスケ部のせい?

 きっと今脳内で突っ込んでいるのは私だけではあるまい。

 蛍ちゃんはほっしーに「ちょっと来い」と引っ張られて教室を出て行った。きっとこの後生徒会室に連れて行かれるんだろう。細かい部分は違うが、大まかな流れは漫画通りだ。

 突然の出来事にどういうこと!?と声が上がる中、一人、また一人とほっしーの婚約者である天宮さんに視線が集まる。

 ここは取り巻きと共に廊下に出て、去って行く蛍ちゃんの背中を睨みつけるシーンのはずだが……天宮さんは取り巻きに「お昼にしましょう」とだけ言って微笑んで、教室を出た。そのままほっしーと蛍ちゃんには一瞥もくれず反対方向にある食堂へと向かう。

 彼女の目に嫉妬の色はなかった。



 その後、お昼休みが終わる5分前に帰ってきた蛍ちゃんは当然のように質問攻めにされた。

 あの後やっぱり生徒会室へ行ったらしい。

 昨日体育館に忘れた靴を今日体育中にほっしーが見つけて、うちの学年色であることと書いてあった名前を頼りに届けに来てくれたわけだが、そのお礼として生徒会の仕事を手伝ってほしいと言われたそうだ。

 蛍ちゃんは部活があるので断ったがしつこかったようで、暇がある時に雑用を手伝うと約束して帰ってきたとのこと。

 

「なんか人手が足りなくて大変みたいだよ。だから私に声かけたんだって」


 という蛍ちゃんの発言に、納得している人は殆どいなかった。そんなわけあるかと私も心の中で突っ込んだ。

 この学校には階級制度があり、学園を牛耳る生徒会のメンバーは家柄と成績を重視して選ばれる。

 本当に手が足りないなら幼馴染の天宮さんやもっと他に相応しい名家出身の人に声を掛けるはずだ。生徒会は全校の憧れなので、手伝いたい人はいくらでもいる。

 そもそも靴を見つけたから届けに来たというのも普段のほっしーなら考えられない行動である。俺様何様星名様だぞ。

 だからその理由はほっしーの嘘だ。蛍ちゃんは本気で信じているんだろうけど、それは一目惚れした子と何とか接点を持ちたいというほっしーの雑な嘘だ。


 一般生徒で大した能力もない女子の忘れ物を直々に届けに来て、生徒会の仕事を手伝わせる。

 この明らかな特別扱いが意味するものは察しの良い人にはすぐに分かってしまうので、クラスはどことなく剣呑な雰囲気に包まれた。

 その殆どは天宮さんの取り巻きが発しているのだが、一番面白くないだろう天宮さんは至って真面目に次の授業の準備をしていた。

 


◆◆◆◆◆◆


 それから、ちょっとしたズレはありつつも物語は着々と進んで行った。

 ……いや、嘘。全然進んでない。

 もうすぐ冬になってしまうというのに、蛍ちゃんとほっしーの仲は全く進展していなかった。

 色々イベントはあった。けれど、どんな時でも蛍ちゃんが部活を優先するため、ラブラブ恋物語にならないのだ。驚異のディフェンス力。これがバスケの力。

 漫画なら既に互いの想いが通じ合ってほぼ両想いなんだけど、新キャラとか天宮さんwith取り巻きの妨害ですれ違って上手く行かず、という時なのに蛍ちゃんはほっしーへ好意を懐く素振りすら見せない。

 もしかしてこの世界の蛍ちゃんってほっしーに興味ない感じ?と思ってしまうほど彼に靡かないのだ。嘘でしょ、もう何の話かわかんないじゃん。

 ただ、漫画を読んでいる私だから余計にそう感じるのであって、何も知らない周りの目から見れば二人は十分親密らしい。

 親密というか、ほっしーが構ってほしくて纏わりついてるだけというか。けど、それだけでもすごい事で、ほっしーに憧れる女子達の嫉妬心を煽るには十分過ぎた。

 

「何これ」


 体育終わり、女子ロッカーで蛍ちゃんが砂だらけになっている自分の制服を見て言った。

 騒がしかったロッカー内が静まり返る。

 実は、こういった嫌がらせはこれまで何度もあったらしい。

 というのも仕掛けている側は上手く周りの目に触れないようにやっているみたいで、私も「陰でいじめられている」という噂を何度か聞いた程度であり、今日のように現場を目撃したのは初めてだった。

 漫画と違い、クラスで孤立しているわけではないので彼女の友達が「ひどい」「大丈夫?」と気遣う。

 犯人は皆わかっているだろうが、誰も口にしなかった。それが虐めというものである。


「あのさ、こういう事止めてくんない?言いたいことあるならはっきり言おうよ」


 とか思っていたら、蛍ちゃんが皆の方を向いて言った。

 相次ぐ嫌がらせで、この中に犯人がいると睨んだ彼女は摘発すべく堂々と口に出したのだ。えー!?

 私はと言えばこの行動に驚きを隠せない。

 違う違う、漫画では教室で嫌がらせ現場に鉢合わせて、平手打ちされそうになったところをほっしーが庇ってくれて、という流れだったのにこれじゃ不味いって。ここ女子ロッカーだからほっしー来れないよ!?

 不安を覚える私を知らない蛍ちゃんは「私に不満があるなら直接言ってよ」と続ける。完全に臨戦態勢である。

 こんな強気な子だっけ?バスケか?バスケ部のせいか?


「何よ……あなた本気でわからないの!」

「そうよ、自分が何したか理解してないわけ!?」


 凛とした態度の蛍ちゃんに、天宮さんの取り巻き達が食って掛かる。このタイミングは私が犯人ですと名乗り出たのも同然だ。

 取り巻き達はほっしーとの仲を持ち出し、分不相応だとか調子に乗るなとか予想通りの言葉を色々とぶちまける。

 徐々にヒートアップしていき、外見を罵る等聞くに堪えない内容になってきた。怖いよ、先生呼んだ方がいい?

 放っておけば延々続きそうなそれを止めたのは他でもない天宮さんだった。


「あの制服は、あなた達がしたの?」


 外見通りの綺麗な声が聞こえた。な、なんでここで天宮さん!?

 意外な展開過ぎて腰を抜かしそうになった。

 天宮さんが指示してたんじゃなかったの?確かに漫画と違っていつもどうでも良さそうな顔してたけど、心の奥底ではブチ切れてるもんだと思っていた。

 マジでほっしーと蛍ちゃんに嫉妬してないの?この世界では天宮さんもほっしーに興味ない感じなの!?

 心の中で大騒ぎしている間に話は進む。どうやら今まで蛍ちゃんが受けた嫌がらせに天宮さんは一切関与していないらしい。

 取り巻き達を一喝して謝罪させた後、自分も頭を下げた。

 

「私の友人が迷惑をかけてしまったこと、全て謝りますわ。本当にごめんなさい」

「なんで天宮さんが謝るの?天宮さんは別にやってないんでしょ?」

「ええ。ですが、近くにいたのに気が付かなかった私にも責任がありますので」

「へー、しっかりしてるねー」


 親戚のおっさんみたいな蛍ちゃんの一言でこの話は終わった。

 この後の授業を蛍ちゃんはジャージで過ごすことになり、汚れた制服のクリーニング代などは取り巻きが全て負担することで今日の嫌がらせに関してはとりあえず収まったみたいだ。

 そして今までの細かい嫌がらせは謝罪一つで済ませるのも良くないだろうと天宮さんは考えたようで、何か良い償い方はないかと蛍ちゃんに相談していた。被害者の意見を聞くのが一番だもんね。

 どうやら彼女は本当に私の知る天宮織音ではないらしい。


 私はモブなのでその後、具体的にどうなったか分からないのだが、意外にもこの出来事を機に蛍ちゃんと天宮さんは仲良くなったみたいだ。

 表面上は今まで通り違うグループに属していて会話もないのだが、私は見たのだ。

 授業中に先生がくだらない冗談を言って一笑い起きた時、二人がこっそり視線を交わして笑い合っているのを。おお、良い傾向じゃないか?仲が良いのに越したことはない。




 そんなある日、事件が起きた。


「織音、正直に話せ。お前が指示したんだろう」


 蛍ちゃんを庇うように立ち、怒り心頭のほっしー。

 なんと蛍ちゃんへの嫌がらせは裏でまだ続いていたらしい。

 それに気が付いたほっしーが天宮さんの仕業だと思ってクラスまで乗り込んできたのだ。こいついつも乱入してくるな。 

 けど、どうして天宮さんだと思ったんだろう。今までの行動が全て演技だった可能性も否定しきれないが、やっぱりこの世界での天宮さんがしつこく蛍ちゃんをいじめるとは思えない。

 モブなので聞けないでいると親切なほっしーが勝手に説明してくれた。彼は蛍ちゃんに嫌がらせを続けていた犯人を現行犯で捕まえたのだが、それが天宮さんに心酔している子達だったのだ。

 彼女らは嫌がらせの理由について「高槻蛍は星名様に相応しくない」「星名様の横は織音様の場所なのに……」と語ったという。

 ついでに以前取り巻きが嫌がらせをしていたという話も小耳に挟み、きっと蛍ちゃんに嫉妬をした天宮さんが全て指示していたんだろう!と結論付けたみたいだ。


「いや、違うから。天宮さんはこんなことしないから」

「蛍、庇わないでいい。織音に脅されているんだろう」

「いやいやいやいや」


 後ろに隠されていた蛍ちゃんが出てきて超高速で手と首を横に振る。

 うん、蛍ちゃんも天宮さんは関与していないと確信しているみたいだ。取り巻きの子達も出てきて「織音様は何もしていません!」と言った。

 が、ほっしーは彼女らを相手にせず、天宮さんを真っ直ぐ見つめた。


「ここではっきりさせよう。どうなんだ、答えろ織音」

「私は知りません。何もやっていません……」


 そう答えた天宮さんは今にも泣き出しそうだった。普段からは考えられないほど、弱々しい様子に驚く。

 しかしその姿は逆に不信感を抱かせたらしい。ほっしーは「嘘はやめろ」と厳しく言った。

 もうなんか犯人決定みたいな扱いだな。ほっしーの中では天宮さんに間違いないってことになっているのだろうか。

 さらに追及しようとした彼を遮るように「あのさ」と蛍ちゃんが口を開く。


「本人がやってないって言ってるのに、なんで信じてやんないの?どうしてそうやって決めつけるわけ?」

「決めつける……?織音がお前を妬んでいるのは周知のことだろ。なら嘘をついている可能性の方が高い」

「いや、おとちゃんは私のことなんて妬んでないってば」

「おとちゃん……?」


 ほっしーだけでなくこの場に居合わせたクラス全員が同じ反応になった。おとちゃん……?

 いつの間にそんな愛称で呼ぶほど仲良くなったんだ?

 蛍ちゃんは深いため息をつくとほっしーの傍から離れて天宮さんの横に行き、呆れたように言った。


「仮にも生徒会長ならさ、もっと中立の立場で話を聞いて、周りの事ちゃんと見なよ。模範になる人が間違えてどうするの」


 そう言うと天宮さんの手を引いて一緒に教室から出ていった。一人残されたほっしーはぽかんとしていた。

 えー!?なにそれ!?なにこの展開!

 何から何まで原作のストーリーを外れている。もうこれは私の知っている漫画ではない。

 この後一体どうなるんだろう。続きはいつ発売だ!?今か!

 気が付いたら足が勝手に動いていた。そっと教室から抜け出し、二人の後を追う。

 モブだなんだと言い訳するのはやめだ。私は一読者としてこの物語を見届けたい。そう、私は今日からゴシップガール!

 高揚した気持ちを抑えきれずに廊下を走った。



 二人が人のいない別の階の女子トイレに入ったのを確認し、足音を消してそっと近づく。声、聞こえるかな。

 壁に張り付き、全身を耳にした。

 

「次の授業どうする?サボる?」

「うん、なんだかめんどくさいかも」


 会話が聞こえてきた。同時に、あれ?と違和感を持った。

 天宮さんが随分くだけた話し方をしていたからだ。いつもはお嬢様口調なのに、これが素なのかな。


「んじゃ、また鑑識A太郎の話しようよ」


 蛍ちゃんの声が聞こえた途端、私は心臓が止まるかというほど吃驚した。

 正確には、蛍ちゃんが口にした“鑑識A太郎”の名に、まさかという思いが込みあがってきた。二人の話が始まる。

 聞けば聞くほど疑惑は確信へと変わる。

 意を決し、私は中へ入った。


「あれ、鈴木さん?」


 鏡の前で話し込んでいた二人が、突然現れた私を見て少し驚く。

 どうしたの、と不思議そうにする二人に、私は唾を飲み込んでから言った。


「鑑識A太郎……って金曜の夜9時から放送してたやつ?」

「え?」

左京薫(さきょうかおる)が主演のドラマ、だよね?」

「え……?鈴木さん……えっ!?」


 二人が目を見開く。先に口を開いたのは天宮さんだった。


「まさか鈴木さんも……転生してきた人?」


 こくりと頷けば一拍空けて「うそ、仲間だ!」と返ってきた。

 思った通りだ。この二人は、私と同じくこの世界に転生した人だったのだ。


 鑑識A太郎は記録的な大ヒットとなった人気ドラマで、実力派俳優の左京薫演じる鑑識のA太郎こと栄太郎(えいたろう)さんが様々な殺人事件の犯人を暴いていく鑑識ドタバタ推理コメディーである。冷静に考えるとちょっとこのジャンル分け意味わかんないな。


 視聴率は20%を超え、観ていない人でもタイトルくらいは知っているし、主演の左京さんは老若男女を問わず有名である。

 そして、このドラマはこの世界には存在しない。つまり本来ならこのドラマを知る者はいないのだ。

 例外は、私のような前世の記憶を持つ転生者。

 

 そうか、ようやく分かった。この二人の漫画との差異。彼女達も同じく前世の記憶を有する転生者だったわけだ。

 仲間だ仲間だ、と喜び合った後、転生した日から今日までのお話をした。

 天宮さんは私と同じく原作漫画のファンで自分の役についてすぐにわかったが、蛍ちゃんはこの漫画を知らなかったという。

 そもそも彼女は転生前は男で少女漫画なんて読まなかったそうだ。

 それで合点がいった。俺様とは言えあんなハイスペックイケメンに分かりやすく好意を示されていたのに、全く甘い仲にならないと思ったら元男なのか。


「別に未だに女の子が好きって訳じゃないけど、下手に記憶がある分まだ上手く受け入れられないっていうかさ」


 そう言って蛍ちゃんは面倒そうに頭を掻いた。記憶が残ったまま性別変わるって大変そうだよね。

 ショートカットも男時代の名残で、前世ではバスケ部だったため女として転生してからもバスケを始めたとの事だ。この髪型とバスケ部所属はそういうことか。

 妙に強気な性格も体育会系の敬語を使うのも全部前世が影響していたらしい。漫画の事を知らないからこそ、自然体でいた結果、私の知っている高槻蛍にならなかったのだろう。


 対して、天宮さんは私と同じく漫画のファンであり、やはりキャラが違う蛍ちゃんを妙だと思い、取り巻きによる嫌がらせ事件以降「もしかして転生者?」と聞いてみたらその通りだったというわけだ。

 天宮さんも原作通りのキャラを演じるつもりはなかったらしい。


「普通の人間なら虐めなんてしたくないでしょ?漫画みたいな悪役コースは嫌だったからそうならないように気を付けてたんだ。なのに、疑われた時は悲しかったな。全部終わったと思ったし」


 天宮さんはついさっきの出来事を語った。

 ほっしーに詰め寄られた時、彼女が泣きそうになっていたのは漫画と同じ結末になることを恐れたからだ。


「生徒会の雑用手伝ってて気付いたけど、星名ってちょっと思い込み激しいところない?悪いやつではないけどさ」

「うーん、何て言うか自分に自信がありすぎて間違うことなんてないと思ってるんだよね。人間は間違える生き物なのに」


 呆れ顔の蛍ちゃんに天宮さんが困ったように返す。

 ほっしーは生まれついての勝者であり、いつでも自分を中心に世界が回っていたため、自分の導き出した答えが正しいと信じて疑わないのだ。周りと相談しないから、先ほどのように間違えて突っ走る。


「そりゃ確かに婚約者がとられるっていうのはショックだし、虐めの疑いをかけられても仕方がないだろうけど、私は別に蛍ちゃんとほっしーがくっついてもいいの。元々つーちゃん派だし」

「あ、わかるー!私も!」

「鈴木さんも!?つーちゃんいいよね!」


 つーちゃんとは生徒会副会長の不二咲翼(ふじさきつばさ)のことだ。

 いつも優しい笑みを浮かべるフェミニストの王子様で、ほっしーと蛍ちゃんの仲を取り持つ二人の良き相談役、といった感じだったが徐々に蛍ちゃんに惹かれていき、なんやかんや場を引っ掻き回すようになるロールキャベツ系男子である。

 まあ、最後はほっしーと蛍ちゃんを祝福し、後日談の番外編で同じクラスのツンデレ委員長とくっつくのだが。


「不二咲か、あいつちょっと苦手だなー。優しげなふりして結構グイグイくるし」

「やだ、そこがいいんじゃない」

「そうだよー、ロールキャベツだよー」


 ロールキャベツ……?と蛍ちゃんは首を傾げていた。なるほどこれは部活に命懸けてる男の子だ。


「でも私達だけじゃなかったんだ。鈴木さんも仲間で良かったよ。しかも同じクラスに集まるって、運命じゃない?」

「うん、私ら三峯の転生者三人組だね。三羽烏になろうぜ」


 蛍ちゃんの例えが古い。

 全員素を出して笑い合った。

 ゴシップガールとして踏み出して良かった、と心の底から思った。今、とても楽しい。



 自分達の秘密をさらけ出した私達は、三人で行動するようになった。

 完璧超人の天宮さんにほっしーのお気に入りの蛍ちゃん、そこに平凡な私という全くタイプの違うメンバーの集まりに、クラスの皆は驚いていたがそれも一ヶ月ほどで収まり、私達の関係は受け入れられた。

 蛍ちゃんは皆の目の前でほっしーにズバッと言った事から彼への好意は欠片もないのだと証明され、何より天宮さんと仲良くしている事からファンクラブの子達にも目の敵にされなくなった。

 ほっしーはあれから蛍ちゃんに指摘された点を見つめ直し、本人なりに反省し、天宮さんに謝罪していた。

 彼は相変わらず蛍ちゃんの傍をうろうろしているが、彼女の気持ちが全く自分に向いていないことがはっきりしたので、とりあえず友人としてもっと仲良くなりたいそうだ。

 なんだかんだ蛍ちゃんが好きなのは変わらないので、その関係から天宮さんとの婚約を解消した。お互い了承済みで話が拗れることはなく、その後も二人は幼馴染みの良い友人として上手くやっている。

 天宮さんは「原作ルートを辿らなくて良かった!」と泣いて喜んでいた。


 私?私は友達が増えたくらい。

 背景に近いモブから、ヒロインと悪役の友人キャラ・鈴木日奈子に昇格したが、別に物語の大筋には関わっていない。

 まあ、あの話は殆ど崩壊しているんだけどね。

 少女漫画『雨夜の星』ではなく三羽烏の話だったら、私は主要キャラの一人である。


 三峯の転生三羽烏は今日も仲良くやっている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドタバタぶりが面白かったです。 他に転生者がいるかもしれないところも気になります。 鈴木にはゴシップガールとして、もっと色々探って欲しいところ。 [一言] 天宮は優しいですよね。 星名の反…
[一言] 私の好きなジャンルにどストライクで、とても良い話だと感じました! 転生した後のメインキャラ二人がもとあった原作をぶち壊していった感じに、笑いながら読むことができました。 鈴木さんも、突っ込み…
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