任命
コンコン
茶色基調の重厚なドアを叩くと
ドアの向こうから入れと少し懐かしい声がした。
金の細工で縁取られたドアノブをくるりと回してエレノアは部屋に足を踏み入れる。
部屋の奥には面倒くさそうに深く腰をかけた男がいた。
土色の髪をオールバックでまとめ、
部屋の中だというのにサングラスをかけた男は
どう見ても王立騎士団を束ねる団長ではなく
ガラの悪いおっさんにしか見えない
男の横には下の方に髪を束ねた妖艶の美女がにこやかに微笑んでいた。
……ヤクザとその愛人にしか見えない。
「用件はなんでしょうか? 」
なんとも言えない気持ちになったエレノアは
気持ちを切り替えて団長に尋ねた。
一応養父に当たる立場だが、
団長とは必要以上に話さないし、
そもそも呼び出すこと自体今までない。
それなのにわざわざ呼び出すとはどういうことだろうか。
団長を見るとよくぞ聞いてくれたとばかりに
ニヤリと口元を歪めている。
……嫌な予感しかしない。
「お前を本日付けで新設特別魔法部隊【ガーベラ】副隊長に任命する。」
予感は当たった。
副隊長なんて冗談じゃない。
しかし、こういう時の団長が何を言っても無駄だというのは心得ていたのでため息だけをついた。
「嬉しくないのか? 」
「私は16ですよ?」
「大丈夫。最年長が21歳の若い部隊だ。それにこの国では珍しいことではないだろう? 」
確かに高い魔力と能力さえ持っていれば年齢関係なく重要なポストにつくことができた。
というのも魔法を扱うには修練が必要なため人口のほとんどが使えない。
魔法は一人で1000人の兵を倒すことが可能な力をもち、アマリス王国の歴史において魔法は文化や国力に貢献してきた。
それ故に魔法を使えるものは重宝されているのだ。
だから、5年制の騎士学校をあまりにも高い魔力と才能に秀でていたために3年で卒業したエレノアがこの歳で魔法部隊の副隊長になるのはおかしくはなかった。
「……では、正直に言いますと、この赤い瞳では人をまとめるのは無理です」
「そんなことを気にしていたのか!
大丈夫だ!
なんせ、俺と副団長とあいつが腕によりをかけて集めた先鋭部隊だからな
そんなことくらいで……騒ぐかもしれんが怯えねぇよ。
第一あいつらも変わり者ばかりだからな!」
あっけらかんと笑言い切る団長に半眼になる。
「不安要素たっぷりなのですが……
で、副隊長っていうから隊長は? 」
団長のサングラスの奥が光った。
「アマリス王国第二王子だ。」
「はぁ!? 何王子を使ってるんですか?! 」
この国の第二王子といえば有名だ。
賢王と誉れ高い王そっくりの容姿で魔法、剣術、学問全てに抜き出ていて分け隔てなく優しい完璧王子
ハーヴェイ公爵の姉である正妃レイチェル様の子供であるとされる。
つまりエレノアの従兄弟である。
しかし、おそらく血の繋がりはない
なぜなら第二王子殿下は父王ともレイチェル様とも似てもつかない漆黒の髪と瞳。
それだけでなくレイチェル様はお腹が大きくなる前に実家に帰り出産した。
これは王家は王宮で産むという慣習を破った特例だ
そういうわけで第二王子殿下は身分が卑しいものの子供ではないというほぼ確定した噂が広がっている。
また、そのことと第二王子の優秀さが原因で
この国を二分する権力をもつマンスフィールド公爵家の側室イザベル様の子供である第一王子とは折り合いが悪いらしい。
それはともあれ、
あまりのことに呆れて声を上げると
サングラスから覗く団長の瞳はますます光る。
「お前は既にあったことあるぞ」
「私は一介の騎士です。
会える身分ではありません。」
今のハーヴェイ家の領土は5年前の事件が原因で継ぐものがおらず公爵家はなくなり王土になった。
ハーヴェイ家を幼さゆえに助けられなかったエレノアがハーヴェイ家を名乗る資格はない。
「いや、会えるどころか……」
「とりあえず、何王子を軍に引き入れてるのですか? 」
「本人たっての希望だ。
もう入っていいぞ」
王子にその口の利き方はないだろと半眼になりつつ、
扉の方に目を向けた。
「ーっ!! 」
エレノアは目を見開いた。
「昨日振りだな。」
そこには漆黒の髪の青年、ルークがいたのだ。
ルークは言葉が出ないエレノアの様子にくすりと笑う
「昨日は誤解させたままですまなかったな。
俺はアマリス王国第二王子、ルーク。
一応、騎士団には所属してるから、間違ってはいないけど」
**
「団長。本当に良かったのですか? 」
副団長は団長に静かに尋ねた。
普段は意志の強いまっすぐとした漆黒の瞳は何処か不安気にうつろいでいる。
「これ以上の人材はないだろう。」
「ですが、あの子は5年前の……」
「だからだろ? どうせ巻き込まれる」
団長は躊躇いがちにあの事件を持ち出す副団長の言葉に上乗せする
「それにな……
この国の命運はあいつにかかっているんだ。」
団長はただエレノアとルークが去っていったドアの向こうを見つめた