漆黒の青年
まだ16歳になったばかりの幼さを残した少女は
銀色の髪をなびかせて舞うように細身の剣を振るう
少女より一回りは大きい若い兵士はは息を上げ、
少女の流れるように早い剣筋を受け止めるのが精一杯だ。
それなのに少女は少しも息を上げることなく
赤い瞳は冷えたままだった。
押されている風向きを変えようと兵士は勝負に出た。
兵士は少女に重い力のある技をかけた。
だが、少女の細身にかかわらず力強い剣を受け止めた。
兵士は絶好の機会とばかりに鍔づりあいに持っていき、力で少女を押そうとした。
しかし、少女はふと力を緩めて男の横に身を退けると
男は自分の力の反動でそのまま前のめりになる。
少女はその瞬間を逃さずにそのまま後ろから剣を突きつけた。
「勝負あり!
勝者エレノア!! 」
その瞬間少女、エレノアの勝利は告げられた。
歓声が上がることもなく茫然として兵士達が見守る中
エレノアは気にすることなく無表情で剣を鞘に納め試合場を後にした。
「すげぇ、あのセロヴィアを……」
「伊達にあの騎士学校の最年少卒業者じゃないな」
「あの銀の髪も美しい。」
「しかし、彼女の瞳は不吉だ……」
「呪われた公爵家の生き残り令嬢だ」
「やはりこの国に災いをもたらす者だ」
背後から尊敬と偏見の入り混じった声がガヤガヤと飛び交っていた。
燦々と輝く日光が緑色の葉を照らしつけ
葉はキラキラと輝いていた。
エレノアは木に腰を下ろし一息ついた。
「疲れる……」
エレノアはため息を漏らした。
エレノアが周りに偏見の目にさらされるのには理由があった。
少数精鋭の魔法部隊や英才教育を受けたレベルの高い騎士団による圧倒的な軍事力を誇る沿岸部にある緑豊かな魔法大国であるアマリス王国では【アマリスの乙女】を信仰してた。
【アマリスの乙女】とは銀の花、アマリスから誕生し、赤い瞳をもつ魔王を邪悪な力を浄化する力で封印した伝説の聖少女。
その伝説の少女と同じ銀色の髪、悪の象徴とされる不吉な赤い瞳をもつエレノアは【幸運を汚しこの国に災いをもたらすもの】として人々から忌み嫌われていた。
また、さらに偏見に拍車をかけたのが5年前。
アマリス王国は長年ハーヴェイ家、マンスフィールド家、プロクター家が権力を三分し牽制していた。
そしてエレノアはハーヴェイ家の公爵令嬢だった。
しかし5年前、例の事件からハーヴェイ家は滅び、唯一生き残ったエレノアは【呪われた公爵家の生き残り令嬢】という大変不名誉な忌み名を得た。
その事件の後、エレノアは騎士団長に引き取られた。
といってもその1年後に王立騎士学校に入学したので戸籍上だが。
王立騎士学校とは、国民が憧れる5年制の最難関の騎士学校だ。
その学生時代、そのことでいじめにあったが、
圧倒的な剣術と知性を示し
次第にエレノアに堂々と言うものはいなくなった。
エレノアは銀色の髪を手で弄る。
腰まで伸びた銀髪はポニーテールでくくっても
肩よりも長い。
エレノアは目をつむって
そよそよと流れる風を感じた。
もう何も考えたくなかった。
「こんなところで寝ていると風邪ひくぞ」
聞き覚えのない低い声が突然かかり
ビクリと体を震わせはっと目を開けた。
目の前には貴婦人がうっとりと見惚れてしまうような顔が覗き込んでいた。
何処か射抜くような漆黒の瞳に高くすっと伸びた鼻、
少し厚めな唇。
漆黒の髪が無造作に整えられている。
どこか懐かしいと思うのは何故だろうか?
記憶を探ってみるが思い浮かばない。
見つめすぎたのか
青年は少し居心地が悪そうに顔を顰めた。
「なにか俺の顔についてる? 」
会ったことないはずなのに会った気がしたなんて言えない。
仕方がないので、
青年が騎士団の制服に身を包んでいるのに、
この1年間見かけたことがないことを見つめていた理由にした。
「いえ。貴方王立騎士団の人ですよね?
失礼ながら、お見かけしたことがないのですが」
「あぁ、普段は王宮にいないからな」
青年は納得したように顔を和らげた。
「ところでまだ訓練の時間だよな?
なんでこんなところに?」
「それは、練習試合で勝ち抜いた人はこの後の稽古に出なくていいことになっていたからです」
「勝ったのか?」
「はい」
エレノアが答えると青年はまじまじとエレノアを見つめた。
エレノアはなんだかくすぐったいような居心地の悪さを感じた。
今まで赤い瞳を見ただけで目をそらす人ばかりだった。
それなのにこの青年は曇りのない漆黒の瞳を向けてくる。
「気味が悪くないの……?」
エレノアは思わず口にした後
後悔した。
こんなこと聞いていったい何になるのだろうか。
しかし、青年は一瞬キョトンとした
「なんで? 目を見ると石になるのか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「だったら何で気味が悪いんだ?
ルビーみたいに透き通って綺麗なのに」
「ーっ!」
エレノアの顔が熱くなった。
こんな歯の浮くようなセリフ言うのなんて
あの超絶シスコンの兄くらいだ。
しかも、この瞳を怖がらないなんて……
「どうした? 」
本人は無自覚なのかいたって普通だ。
エレノアは兄と同じなのだと思い直した。
兄のようなセリフで赤くなるなんてバカみたいだ。
「そういえば名前はなんていうんですか? 」
エレノアは話をそらそうと今まで忘れていたことを口にした。
「ルークだ」
「ルーク先輩とお呼びすればいいですか? 」
「ルークでいい。あと敬語もいらない」
「そういうわけには……」
「そうしてくれ。この後もな」
ルークは何処か含みのある笑みを浮かべた。
「で、あんたはエレノアでいいのか? 」
「……それでいいわ」
名前を教えていないのに知っているルークにエレノアは一瞬驚いたが、すぐに思い直した。
赤い瞳に銀髪こんな目立つ容姿などすぐに有名になるのだ。
ゴーンゴーン
「時間だな」
しばらく雑談したあと、
城の鐘から夕刻を告げる鐘が鳴り響いた。
ルークは名残惜しげに言うとさっと立ち上がる。
「んじゃ、またな」
ルークはそれだけ告げると城の方に入っていった。
エレノアはルークが城の奥に消えるまでただその後ろ姿を見届けていた。