記憶
あの日、私たちは海の見える山荘に来ていた。
私は小さな教会で育てられた。血縁のある者は知らない。捨て子だった。
牧師様の姓をもらい、渡優というのが私の名前だ。他にも身寄りの無い子が5人。小さな教会で牧師様夫婦と家族のように暮らしていた。
今年18歳になる。高校を卒業したら教会を出なくてはいけない。同い年の拓も一緒だ。拓は私が1歳のときに教会に引き取られた。
体が大きくて力持ち。人見知りが激しくて親しい人にしか笑顔をみせない。一匹狼みたいな奴。でも、本当は優しくて頼りになる。弟妹達も私も拓が大好きだった。だけど、高校を卒業したら別々になってしまうことが決まっている。私は地元のペンションに住み込み。拓は札幌の会社の寮に。
最後の思い出作りに牧師様の知り合いの人が持っている山荘に泊まりがけの小旅行に来た。
弟妹達ははしゃぎ回り、怪我をさせないように気をつけていたのに。いつの間にか一番小さい弟が迷子になってしまった。
探している途中で足を滑らせ崖を落ちそうになり、そこへ拓が駆けつけ私の腕をつかんで・・・。私はそのまま落ちてしまった。
最後の拓の顔が忘れられない。
ごめんなさい。貴方のせいじゃ無い。
ごめんなさい。苦しまないでほしい。
死んでしまうだろう私を思って苦しむ貴方が、みんなが悲しくて、神様に願った。私に関係する記憶を全部消して欲しい。
どうか、どうか。
神様 お願いします。
言えなかったけど、好きだよ。拓。
どうか、幸せになって。
祈ってる。
忘れていた記憶。
すべて思い出した。
記憶を無くし、ここに落ちた私。
私の願いを叶えてくれた神様が私に何かを望んでいるのではないか、と考える。
名前を聞かれてすべての記憶がよみがえったのは、どうしてなのだろう。
目を覚ました私は涙が止まらずに、銀ちゃんにも未ちゃんにもこの国の獣達にも心配をかけてしまった。
でも、これで私の名前をみんなに呼んでもらえる。
私は渡優だ。
あの国では御使い様と呼ばれて、私の名は求められなかった。
優は必要なかった。
名前を尋ねるのは、私自身に向き合ってくれようとしているからだ。
私は渡優として皆と向き合う。
出来ることを精一杯がんばろう。私を求めてくれたみんなの為に。
この世界は私の生きていた世界とはちがうと断言出来る。
獣は幾ら知能が高くても、言葉をあやつり、文明を築くことはできなかった。身体が大きくても、牙が鋭くても人間にとって脅威ではなかった。
ここでは、力のある者を王と崇め、話し合いで国を治める。
知能の高い者は文官に力の強い者は騎士団に種族は関係なく選ばれている。
でも、お互いを思いやって、協力し合って生きている。
人と同じ。むしろ、もっと強い絆がある。
強い個の子孫が繁栄し、弱ければ自然に従って淘汰される。
厳しく潔い思想。
その考えはある意味公平で理に叶っている。
でも、人だって力のある者や利口な者だけがもてはやされる訳ではない。
器用だったり、気が利いたり、自分では誇れるものが何も無いと思っている人だってきっと誰かにとっての唯一の人になる。かけがえの無い存在になる。
それをこの国のみんなにも知ってほしい。
弱い者だって誰かの助けがあれば皆と同じように生きられる。
今日助けてもらった誰かが明日は別の誰かの助けになるかもしれない。そうやって支え合って生きて行くのが家族で、社会で、国で。
そういう国になってほしい。
未は2週間前に生まれたそうだ。
普通、子どもは春に生まれる。夏の間大きくなり、冬になる前には脂肪を蓄え冬毛に生え変わる。そうやって育っても厳しい冬が越えられず死んでしまう者もいるが。
ところが、まれに夏に生まれる子どもがいる。そういう子どもは厳しい冬を乗り切る体作りが間に合わないため冬になれば死んでしまう。
それがわかっているため、親も子育てを放棄してしまう。
未も弟も、どんどん弱っていった。弟よりも大きな身体で生まれた未でもまだ目も開かず弱々しい。
私はその弱い子ども達の命をつなぐことから取り組むことにした。
名前は将来の希望をこめて未来に改名。
名が体を表すなら、名前を変えて運命を変える。
命をあきらめない。
ルビの振り方がわからなくてすみません。
漢字の名前 渡 優 わたり ゆう
拓 たく
ライオン 勇 いさみ
北狐 賢 きたきつね けん
銀狼 未 ぎんろう み 改名後 未来 みく
複雑だと作者が覚えられないので、なるべくわかりやすい名前を考えています。読みづらくてすみません。