兄妹愛
「知ってるかい?人間は皆悪い心を持ってるんだよ」
「それは兄さんも持ってるの?」
「勿論さ」
薄暗く、少し鉄臭い地下室で兄妹が喋っていた。
どちらも淡々とした声音だった。
「それで、兄さんはこの人をどうするの?」
部屋の隅で蹲ってた妹は、椅子に縛られている女性を一瞥し、包丁を研いでいる兄に尋ねた。
「矯正するんだよ。悪い心を持ってるのだからね」
兄は振り向くことなく妹の質問に答える。
ひとつの事に集中して取り組んでいる姿は、まるで職人のようだと、妹は思った。
「兄さんの理論だと、私も矯正されちゃうの?」
「わからないな。僕は君を愛しているからね」
「わからない?どういうことなの?」
「愛している人を、悲しませたくはないからね。君は僕のことをどう思うんだい?」
「…私も愛してるわ」
二人はそれ以降、喋ることはなかった。
暫くの沈黙の後、
「研ぎ終わった」
と、兄が包丁を掲げて、誇らしげに喋る。
「さて、早速矯正を始めるとしよう」
心なしか、目を爛々とさせているようにも見えた。
そして、ゆっくり、女性へ、刃が近づいていった。
「また、やりすぎちゃった」
女性は死んでしまった。
指を全て切り落とされ、目を抉られ、舌を抜かれ、頭蓋骨の右半分から脳が露出し、腹からは臓物がぐちゃぐちゃになって、無残にも床に散らばっている。
猿轡を噛まされ、何も喋ることができずに死んでゆく女性を、妹は虚ろな目で見続けていた。
「今日はここまでだね。もう夜遅いし、一緒に寝ようか」
台の上に包丁を丁寧に置きながら、兄は部屋を開けるドアへと向かう。
「…兄さん」
女性の死体を放置し、部屋を出ていこうとする兄を、妹は呼び止めた。
兄が懸命に研いだ包丁を後ろ手に隠し、近づく。
「私達は化け物ね。」
「急にどうしたんだい?」
ドアに手をかけた兄が、不思議そうに言った。
「私達は親から、世間から、愛されることなく育った。だからかどうかはわからないけど、こんな歪んだ愛情や、考え方しかできないのよ。私達は化物よ」
「…そうかもしれないね」
「そんな私達が、意見を人に押し付けるのは良くないわ」
「何を言ってるんだよ。僕たちは間違ってはいないさ」
「やっぱり、私は思うの。化物は生きてちゃいけないのよ」
そして、妹は残念そうに、
「愛してたわ。兄さん」
そう言うと、こちらを振り向こうとする兄に向かって、手に持っている包丁を再度握り締め、兄の腹を突いた。




