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悟と日常の崩壊

「ほら起きて……起きなさい」

「う~ん……和美、あと五分」

「誰が和美じゃぁあ――っ! リア充、起きないと蹴り飛ばすぞ!」

「なっ!」


 そのいつもと違う罵声にがばっと起き上がる。眠たげな眼を擦ると、そこには金髪碧眼の美少女が映っていた。あぁ、やっぱり夢ではなかったんだ。急速に昨日からの記憶が蘇る。


 俺はただの高校生だったんだ。いつものように学校へ行き友達とくだらないおしゃべりをし、部活に励む。変わり映えのない日常であった。たまに幼馴染の和美のことでからかわれたりするがご愛嬌。俺は自分の人生に満足しているし、これからもそうなるはずであった。


 そんな日常での帰り道、俺は和美に今話題の「アルクダス」をやらないかと誘われたのだ。


 アルクダスとは、先月、発表された視覚を究極まで再現した次世代MMORPGの中でも最高峰と言われるオンラインゲームだ。発表されるやいなや世界規模で人気を集め、今や「アルクダス」を知らない人はいないといわれるほどにもなった。


 俺も人並みにゲームするし、この「アルクダス」については多少の興味は持っていた。だが、予約が殺到し、手に入れるには一年待ちがざらだとかウン十万単位のお金が必要だとか聞かされると、ゲーマーでもない俺は、そこまでしてやる必要はないとあきらめていたのだが……。


「か、和美。お前、手に入れたのかよ! マジですげぇ!」

「ふふん♪ 私のゲームへの愛を忘れたの? あらゆるコネを使って入手したんだからね」


 すごい。和美のゲームマニアぶりは知っていた。だが、ここまでとは予想外だ。だって、高校生の身分でウン十万のお金を用意し、さらにこの時期入手不可能といわれたゲームを買ってくるのだから。


「まったく、その熱意にはあきれるよ」

「えへん。それでこのゲーム一台で二人までプレイ可能なんだ。それでぇ、しょうがないけど、幼馴染のよしみで悟を誘ってあげたのよ。感謝してよね」

「おぉ、するする。俺もこのゲームには少なからず興味があったんだ。家にカバンを置いたら速攻、お前の家に行くからよ」

「えぇ、待ってる」


 そして、俺は和美の家に行き、和美の説明に促されるままオンラインゲームの世界に足を踏み入れたのだ。


「すっげぇ――っ! まるで本物の風景みたいだ! なぁ、和美?」

「悟待って。先に行かないでよ」

「あ、悪い悪い。ちょっと興奮しちゃってよ。でも見てみろ!」

「うん、確かにすごいリアルなグラフィック、前情報どおりのすごい技術ね。これで嗅覚とか触覚も感じれば完璧なのに……」


 そう、あの時の俺は目の前に広がる幻想的な光景に目を奪われ、和美の説明もあまりきちんと聞いていなかった気がする。


 初日はスタート地点の探索やゲームへの慣れで終わった。


 二日目はシステムにも慣れ、他プレイヤーとの接触もしながらゲームを進めていった。ただ、俺はサッカーの話しかしていなく、イベントについては和美に任せきりであったけど……。


「悟、ちゃんとゲームをしよう。サッカーの話なんて現実でできるでしょ。今は『アルクダス』の世界に浸ってちゃんと情報を集めてよ」

「そうは言ってもワールドカップの時期も近いじゃん。日本の戦術を熱く語っていたらついつい……」

「もぉっ、仕方がないなぁ。とりあえず有益な情報をゲットしたからついてきて」

「有益な情報って?」

「ふふ、先行組、つまりβテストからの上位レベル組がカミーラと対戦するのよ。私達は非戦闘エリアで観戦しましょ!」

「カミーラ?」

「はぁ~悟また説明書読んでこなかったでしょ」

「いや~あんな分厚い説明書なんか読む気しないよ。それにいつも言っているだろ。ゲームは直に体験してやり方を覚える。事前に情報知っているなんてつまらないじゃないか!」

「あのね、それでも限度があるでしょうが……まぁ、いいわ。カミーラはね、三大魔人で魔王軍の六魔将の一角を担っている。いわゆる最高幹部の一人ね。ただ、戦闘力は六魔将の中でも頭一つ飛びぬけている。魔法に関しては魔王軍随一だし、実質副指令という位置づけよ」

「へぇ~なんかすごいな。それじゃあ物語後半のラスボス近くの敵ってことか?」

「多分ね。それにしても先行組はそこまで行っているのよ。クリア目前ね。あぁ、私が最初にクリアしたかったな」

「はは、昨日から初めた俺達がそれは無理だろ」

「わかってるわよ。さぁ、戦闘が始まっちゃう前に行くよ」

「あぁ」


 そして、俺達は指定されたエリアまで移動すると、プレイヤーが数十人集まり、一人の女性を囲んでいた。


 あれがうわさのカミーラって敵か……。


 銀髪赤目のすごい美人だ。しかも、ただ見ているだけですごい威圧感みたいなのが、ここまで伝わってくる。


「そういえば和美、ここでカミーラとの戦闘があるなんて情報よく手に入れたな」

「ふふ、実は上位組の一人とフレンド登録しててばっち情報を流してくれたのだ」

「お、お前、いつの間に……」

「あ、悟、静かに。戦闘が始まるみたいよ」


 和美の言葉通り、上位組のプレイヤーとカミーラとの戦闘が始まった。ただ、あれが戦闘というものなのか? 俺の予想では魔法や剣のぶつかり合いからはじまり双方入り乱れてのバトルを期待していたのだが……。


 それはあっけなく幕を閉じた。カミーラがなにやら呪文詠唱を始めたと思ったら幾千もの魔弾が放出され、それがプレイヤーに襲い掛かったのだ。ほとんどのプレイヤーが一撃ないしニ撃でやられ、上位組のリーダらしきプレイヤーが決死の覚悟でカミーラに挑むものの障壁らしきものに阻まれ、反撃をくらってあっさりと命を落としたのだ。


「あれがカミーラ……」

「す、すご――い! キャ――ッ! カミーラかっこいい! 事前情報どおりの銀髪赤目。そして、何よりあの佇まい、すてき!」

「か、和美?」

「いやね。ネットでアルクダスの敵キャラってアップされてたんだけど……カミーラってチェックしてたのよ」

「そ、そうか。マメな和美らしい」

「うん。それにしてもあれがカミーラの必殺技、超魔星魔弾(スターフライヤ)ね。なんてエレガントな技なの!」

「そうだな。すごい強さだ。あんな範囲魔法、反則すぎる。上位組でも手も足もでないんだから」

「本当ね。でも、これでそうそうクリアできないことがわかったわ。ふふ、初のクリアは私なんだから」

「はは……」


 そして、俺と和美は興奮冷めやまぬまま、レベル上げや情報収集に勤しんだ後、その日はそのままログアウトした。


 そして、運命の三日目……。


 そう調子にのった俺はどちらが先にレベル十まで上がるか競争しようと提案し、ソロで活動したのである。和美は「ソロはレベル上げ厳しいよ」と反対していたが、俺が「負けるのが怖いのか?」と挑発したらムキになって挑戦を受けてきた。


 俺は和美に負けまいとモンスターを狩りまくり、調子にのって反撃にあいライフがゼロになったのだ。あぁ、経験値無駄になってしまったぁと嘆いていたが、事態はもっと深刻だったのである。


 うっすらと目を開けてみると、見知らぬ街の風景だった。


 いつの間に転移したんだ? それとも死んだら別の場所に移動するのか? 


 初めは和美の奴にプチドッキリされたのかと思っていた。


 だが、すぅーと息を吸うと嗅覚を感じたのである。


 え!? なんで?


 それに何気なく触った地面、砂や土の感触がはっきりとわかったのだ。


 どうして?


 先ほどまでの視覚だけでなく嗅覚や触覚までリアルに感じたのである。


 訳わかんねぇ!


 しょうがない。勝負は俺の負けでいいから和美に事情を聞いてみよう。


 俺は和美に連絡を取るためステータスを開こうとした。だが、なんとステータスが開けなくなっていたのだ。


 俺はパニックになった。ステータスが開けない。つまり、ログアウトできないので現実に帰れないのだ。そう実感してから先はあまり覚えていない。パニックになって叫んで暴れて……。


 そして、俺はティレアに出会ったのだ。


「お~い、悟聞いているか? お前、朝弱いの?」


 ティレアの言葉を聞いて現実に引き戻される。


「あぁ、聞いている。ちょっと考え事をしていた。冷静になったら色々、思い出したことがあって」

「そっか。とりあえず朝飯できたから食えよ」

「ありがと。それに寝床まで用意してくれて本当に助かった」

「感謝なら学園の一室を貸してくれた学長にしておいてね」

「あぁ、わかった。まずは顔を洗ってくる」


 俺は顔を洗い、ティレアが用意した食卓につく。


 美味そう!


 そこには香ばしく焼き上がったパイ生地とシチューが置いてあった。俺はそのパイ生地をスプーンでサクッという音と共に破る。

 すると、パイ皮に閉じ込められていた香りが広がり俺の食欲を刺激した。俺は無我夢中で食らいつく。


「う、うまい。うめぇよ……ティレア、料理得意なんだな」

「あのね、これでもお客に料理を出しているプロなのよ。まぁ、そう言ってくれるのは嬉しいけどね」

「そっか。一流ホテルのコース料理と比較しても遜色ないと思うぜ」

「そ、そう……えへへ悟もなかなかわかってんじゃん。あ、そんなに慌てて食べなくても良いんだよ。まだいっぱいあるんだから……さぁさぁ食いねぇ、食いねぇ」

「お、おい、さすがにそんなにいっぱい食えねぇよ」


 ティレアはそう言って、次から次へと料理を出してくる。いかん、こいつって調子に乗るタイプなのか。下手に褒めるんじゃなかった。まぁ、本当に料理がうまかったのは事実である。


「ふぅ~食った食った。ごちそうさん」

「お粗末様でした。ところで悟、さっき言ってた思い出した情報ってなんなの?」

「それが俺さ、プレイ二日目にラスボスに近い敵のバトルを見たんだよ」

「な……そんな重要な情報を忘れてたの?」

「そうは言ってもあんときはパニくってて冷静じゃなかったんだよ。とりあえず色々思い出したから」

「そう、それでその敵っていうのは?」

「カミーラって魔人だよ。顔も必殺技も覚えている。あれは反則だよ。カミーラの範囲魔法で上位プレイヤーが一瞬で死んだんだぜ」

「なるほど、超魔星魔弾(スターフライヤ)ね」

「おっ、知っているのか?」

「えぇ、妹がカミーラに憧れていてね。スタイルを真似ているのよ」

「へぇ~ティレアの妹がねぇ」

「うん。私も実際、超魔星魔弾(スターフライヤ)もどきの魔法を食らったことがあるし」

「そうか。とりあえず俺が見た限り、よほどレベルを上げないとカミーラ攻略は厳しそうだった」

「う~ん、ただ上位組が全滅したんでしょ。私のゲーム経験から判断すると、悟がレベルをカンストさせても厳しそうね」

「え? じゃあゲームクリアはどうすんだよ!」

「まぁ、カミーラ攻略については私に任せなさい。妹がカミーラについては詳しく知っているし、妹と相談して戦略を練っておくから」

「わかった。宜しく頼む。それで俺はこの後、どうしたらいいんだ?」

「まずはレベル上げだけど、イベント消化もこなさないとね」

「レベル上げはわかるが、イベント消化はどうすればいいんだよ」

「そう言うと思って情報収集しておいた。悟あなたには武術大会に出てもらうわ」

「ぶ、武術大会! 凄腕の武芸者が参加するんだろ。俺一人でそんな……」

「あのね、魔王を倒そうとしている君がこんな大会にびびってどうするの? 悟、あなた家に帰りたくないの?」

「わ、わかったよ。やるよ。やればいいんだろ!」

「ふふ、それに一人でなくこれは団体戦、だからそんなにプレッシャーを受ける必要はないよ」

「団体戦って、俺はこの世界に知り合いはいないんだぞ。それともティレアが参加してくれるのか?」

「あほ! 私は只の料理人、非戦闘員だよ。仲間についてはアテがあるから」

「そうか。何から何までありがとな」


 武術大会……。


 何かのイベントくさいことは確かだ。


 よし、やるぞ! 武術大会に出場し、勝ち残ってみせる!


 そして、俺は何がなんでも現実に戻ってやるからな!

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