八段目:一日の始まり
『ジリリリ…』
AM6:10
透はベッドから身を起こし目覚まし時計を止めた。
なんだかんだで昨日は9時頃寝てしまったからか、いつもより目覚めが良い。
顔を洗い、服を着替え、髪の毛をワックスで無造作っぽくあげる。
全ての準備が出来た後、透は深く息を吐き、部屋を出た。
階段をゆっくり降りる。
リビングからは物音が聞こえてくる。
居るのは99%母だ。
昨日の事が鮮明に蘇る。
母に会いたくない。
ご飯を食べずに学校へ行こうかとも考えたが、そんな事したらずっと気まずいままだ。
透はリビングの扉を開けた。
「あら、透おはよう。部活終わったのに早いわね。」
母は至って普通だった。
「吹奏楽の練習あるから。これから夏休みまでずっとこの時間。」
「そうだったわね。部活は終わったけどこれからも早起きしてご飯作らなきゃ。あ、今日はもう出来てるからすぐ盛るわね。」
「あ…ありがとう。」
透はある事に気付いた。
母はいつも自分より早く起きてご飯を作ってくれる。
でも、母の仕事は9時からだし、自分が部活をしてなかったらこんなに早く起きる必要は無い。
なのに3年間何も言わず栄養満点の朝食を食べさせてくれた。
それを当たり前に感じてしまい、感謝することも忘れていた。
自分はこんなに母に苦労をかけときながら、一緒に暮らしたいという母を拒否し、父と暮らそうとしてるんだ…。
ふとそんな考えがよぎり、母に申し訳ない気がしてきた。
「考えたんだけどね、今度お父さんと三人で話そっか。」
テーブルにご飯、味噌汁を置きつつ母が言った。
「えっ?」
いきなりで、透は驚きを隠せなかった。
「昨日の夜お父さんに電話したの。もちろん透の進路の事でね。そうしたら、3人でちゃんと話し合おうって。お父さん日曜ならいつでも大丈夫って言ってたから近いうちに行きましょ。透もそろそろ…ちゃんと志望校決めなきゃだしね。」
「…分かった。」
正直理解しきれていなかったが返事をした。
母さんは父さんに連絡を取ったんだ…。あんなに嫌っていたのに。しかも3人で会うのなんて、離婚のゴタゴタ以降初めてだ。
「宮沢先生に上手く伝えられる?あれならお母さんが電話するけど…。」
「それ位大丈夫だよ。そんな子どもじゃないし。」
「あはは。そうね。じゃあ先生にちゃんとお話ししておいてね。」
「了解。」
透は急いでご飯を詰め込んだ。
「あ、これからまた帰るの7時過ぎになるから。」
「うん。吹奏楽も頑張ってね。大会お母さんも見に行くから。大会何日にあるの?」
「7月中だったとは思うけど…いつだっけ?」
「知らないの!?ちゃんと聞いて来てね!」
「はいはい。ごちそうさま。…あ―、…部活終わったのに早起きさせちゃって…迷惑かけてごめん。」
さっき思った事を伝えてみた。
「いきなりどうしたの―?迷惑なんて思って無いわよ。透がまた音楽をやってくれるの嬉しいし、それに透が何かに一生懸命なら母さんはそれを応援するわよ。」
母は笑顔だった。
「…ホントありがとう。それと昨日はごめん。」
透は目線を下に向けたまま言った。
母は何も笑顔で言わず頷いた。
「行ってきま―す!!」
透はいつも通り学校へ向かった。
父さんと会うのはお正月以来だ。毎年正月以外は部活が忙しくなかなか会えなかった。
しかし、今はそれ所ではない。学校へ近づくにつれ、気持ちは進路から吹奏楽へと変わっていった。
『明日は朝から全体練習あるから。』
昨日舞が言っていた。
つまり1時間後には全体練習でシンバルを叩かなければならない。
昨夜もシンバルの事は頭にあったがそれよりも、昨日の透には母との言い合いの方が大きかったのだ。
一気に気持ちが重くなる。
「早く行って練習しよ。」透は走り出した。